春をカフェ『sino』へ  うららかな、ある春の日の休日。  東雲忍は柔らかな日差しを浴びながら、グロリアスベースの市街地を歩いていた。  すれ違う人間、ヴァルキュリア、放浪者が、忍に気付いて挨拶をする。  それに対して忍も穏やかに挨拶を返した。 「あ、忍さんだ!」 「こんにちは」  猫のぬいぐるみを模した姿のヴァルキュリアにも声をかけられ、忍は返事をした。  ヴァルキュリアは忍の周りをぐるぐると歩き始めたので、忍は足を止める。 「ねえねえ、忍さんはいつも『sino』にいるんじゃないの?」 「今日はカフェ『sino』は休業日だ。だから、こうしてのんびり出かけているのさ」 「へえ、そうなんだ。いつもあそこにいるわけじゃないんだね」  感心したように頷くヴァルキュリアに、忍は微笑みを返した。 「君は何をしにこうして出かけているんだい?」 「ボクはね、あ、いけない! 友達の所に遊びに行くんだった。遅刻しちゃう! またね、忍さん!」 「ああ、また」  慌てたように駆けていくヴァルキュリアを、忍は穏やかな顔で見送る。  そして急ぐこともないのでのんびりと歩いて行き、たどり着いたのは可愛らしい花屋。  店内で一人働いている女性店員に声をかける。 「こんにちは」 「あら、東雲さん。こんにちは。元気そうね。相変わらずカフェ『sino』は繁盛しているのかしら」 「おかげさまでね」  顔見知りである二人は世間話に花を咲かせる。  しばらくとりとめのない話をしてから、店員が話を進めた。 「ところで、花を買いに来てくれたの?」 「うん。春になったし、『sino』に花を飾ると店がもっと明るくなるのではと言われてね」 「それならうちにお任せあれ、よ。どのお花がいいかしら?」  店内に置かれている様々な色・形の花を背に、店員は微笑む。 「店に合いそうな春の花を選んで、フラワーアレンジメントにしてもらえないかな? 花については、僕よりも君の方がずっと詳しいからね」 「まあ、お上手なこと」  持ち上げられた店員はふふふと笑いながら、たくさんの花の方に向き合った。  一転、真剣な顔をして、カフェ『sino』にはどの花がいいか考え出す。 「どんな雰囲気のフラワーアレンジメントがいいか、希望をお伺いしても?」 「そうだね。見た人が穏やかで優しい心持ちになれるような、そんな雰囲気になればいいな」 「穏やかで優しい、ね。了解。それならメインはピンク色の花にしましょうか。ピンクのトルコキキョウなんてどう?」  店員が示した花に近寄り、忍はふむと呟いた。 「優しい雰囲気のする花だね。これでお願いするよ」 「了解。これだけじゃ寂しいから、トルコキキョウを引き立てられるよう、小ぶりで白色のカーネーションも使いましょ。それから隙間を緑で飾って。――これでどう?」  それを生業にしているだけあり、店員は手早く花を選んでいく。  穏やかな微笑を浮かべた忍が首を縦に振ると、彼女はその花を持ってカウンターへ入っていった。  カゴに、水を含ませた吸水性スポンジを入れ、慣れた手つきで花を挿していく。  あっと言う間にふんわりと丸いフラワーアレンジメントが完成した。 「ご満足いただけるかしら?」 「もちろん。いつもありがとう」 「今後ともごひいきに。代金は――」  店員が呈示した金額を支払い、忍はフラワーアレンジメントを持って花屋を出た。  カフェ『sino』への帰り道、またすれ違う人々に声をかけられる。  素敵な花だねと言われると、「『sino』に飾るから、またぜひご来店を」と嬉しそうに返答した。  「準備中」の札がかけられたカフェ『sino』の前を通り過ぎ、勝手口から中へ入る。  作ってもらったばかりのフラワーアレンジメントを持って客席へ。  一番大きなテーブルの中央にそれを置く。 「……うん。綺麗だね。君ならきっと、『sino』へ来てくれるお客さん達を笑顔にしてくれるだろう」  満足げに頷き、忍は微笑んだ。