などと鼻歌を口ずさみながら。  十二月二十四日。今晩はクリスマスイヴ。  色とりどりのイルミネーションに華やぐ街は、いつになく賑やかだ。楽しげなクリスマス・キャロルがどこからか聞こえてくる。すれ違う人たちはみんな楽しく幸せそうで、こちらも釣られて浮かれてしまいそうだ。  今日は身を切るような寒さだ。風は冷たく、空を見上げると鈍色の曇天が広がっている。この分では、今晩は降るだろう。ホワイトクリスマスになれば、それはとてもロマンチックだ。  暖かい部屋で、グラスのシャンパンを傾けながら、雪の降る夜空を眺める。  それは、とても素敵なように思えた。 「などとしゃれたことが出来るほど、お金持ちではないのでした、まる」  独りごちて、そそくさと早足で家路を急ぐ。手袋をしていても、重たい袋を提げていると、手のひらと指が痛くなってくる。どこかの喫茶店に入るのも一つの手ではあったけど、暖房で袋の中身を痛めてはまずいし、そんな余分な手持ちもないのであった。  私の趣味はお菓子作りである。近所の子供達にはそれなりに評判で、腕はある方だと自負している。  将来的にもその方面へ進むことを考えているので、現在は学校に通いつつ、ケーキ屋でアルバイト――修行をさせてもらっている。とてもよくしてもらっていて、卒業後しばらくは勤めることになる……という話になっていた。それももう、あと三ヶ月程度の話である。  ちなみに、今日がクリスマスイヴということは、当然バイト先のケーキ屋さんだってかき入れ時である。忙しいのである。それなのに何故私が家路を急いでいるのかというと、単純に朝勤だったからだ。今日のバイトは早めに帰らせてもらうことが出来たのである。  朝の仕込みを手伝って、デコレーションもして、接客もして……と、てんてこ舞いで疲れてはいたけれど、不思議な充足感があった。ここまで忙しいことは滅多に無いから、きっとお祭り気分に中てられたのだろうと思う。……いや、別に理由はあることは分かっているのだが。  そして、特別ボーナスという扱いで、ケーキのデコレーション用の材料をもらって帰ってきたのが、この袋の中身だ。……多分、お給料から天引きということはないと思う。  実際のところ、ケーキをそのままもらって帰るということも出来たけど、そこはそれ、自分の分は自作したかったのだ。  ……自分の分。そう、自分の分だ。  ふっと現実に帰ってしまい、ため息をひとつついて、家に続く坂道を上っていく。     …  自分の家――というかアパートの一室に戻ってきて、袋の中身をひとまず冷蔵庫へしまう。  キッチンのケーキクーラーを確認すると、昨日に二つ焼いたスポンジは、しぼまずにしっかり冷めていた。大丈夫、問題はなさそうだ。  そして、マナーモードを切るために携帯電話を確認すると、メールが一件届いていた。  かすかな期待と、大半のあきらめの気持ちでそれを確認する。  ――件名『ごめん』  ――今日中には片付けられなさそう。約束の時間までに間に合いそうにない。ごめんね。  はあ、とため息と共に携帯を閉じる。ある程度分かっていたことではあるけど、かすかな期待もあっけなく裏切られて、憂鬱な気持ちを隠せない。  メールの相手は、私の二つ上の先輩だ。この時期は学校のことが忙しいらしく、この頃は泊まり込んでいることも多かった。もともと真面目で熱心な人だったし、学校のことをおざなりにしている私とは正反対である。  だからこうなることは目に見えていたし、本人の口からも聞いていたから、ある程度の覚悟はしていた。覚悟はしていたが、かといって現実に直面して平気でいられるかどうかというのは別の問題である。  ――ぶっちゃけて言えば、私と先輩は恋人同士……いやいや、良く見積もって友達以上恋人未満……といったところだろうか。私の憧れから始まった、まだまだ未熟だけれども悪くない関係である。  だから正直なところ、この冬は楽しみにしていた。あこがれていたクリスマスに出来るものだと思っていた。けど、現実は手加減無しに甘くないようだった。 「ケーキ、食べて欲しかったんだけどなあ……」  独りごちて、ベッドに身体を投げ出す。いや、食べてはもらえることにはなっている。ただし、それは先輩のタスクが全部片付いた後の話だ。明日の二十五日、クリスマス本番に間に合えばラッキー、というレベルの話である。イヴの夜、二人でケーキを食べながら、という甘い幻想は、所詮幻想だったらしい。  ふてくされながら、ベッドの上で一休みすること数十分。 「さて、そろそろ換気しましょうか……」  もう十分へこんだし、これ以上、部屋の空気を陽気なクリスマスから隔絶させるわけにもいかないので、気分を入れ替えてケーキ作りに取りかかりましょう。     …  そもそも、私はクリスマスが大好きである。  それは一緒に過ごす人のいるいないに関わらず、純粋にこの時期の『空気』が好きだった。  浮かれる街の空気も、クリスマスならではの歌も、サンタの話も、そして何より甘いお菓子が大好きである。子供っぽいとは自分でも思っているから口には出さないけど、周りに便乗して浮かれるのも、楽しくてたまらないのだ。  そもそもお菓子を作るようになったのは、クリスマスのものを自分が『作る側』になりたかったから、というのが原初だと記憶している。 「というのは流石に言い過ぎです」  流石に幼い頃にそこまで考えてはいないよなあ、うん。  デコレーション用の生クリームを泡立てながら、しばし回想に耽っていた。  ケーキ作り。こうしているだけで機嫌は戻っていた。しかしまあ、今日は朝から同じ作業をしていたというのに、我ながら単純というかバカである。好きなことにも限度があるだろ、と友達から言われたことがあるが、その意見には全くもって同意するしかない。しかしこれは本能レベルですり込まれていると言っても過言ではなく、つまりバカだった。  あとは作ったスポンジが、二つとも同じサイズなこととか。 「一人でワンホールは……無理だよねえ」  作ってから考えるなという話である。  うち一つは友達のためのもので、毎年依頼されて作っているものである。お代は、ちょっと高いランチ一食ということになっている。お互い、ささやかな贅沢というやつだ。  ちなみに例年は友達のために作っていって、それでパーティーをしていたのだが、今年は  ――リアジューは来んな!  という、よく分からない単語で罵られ、その後励まされた。どうやら彼氏持ちという意味らしいということだけ汲み取ったが、はて、どういう字を書くのだろう。  閑話休題、さてもう一つをどう消化しよう。  先輩に持って行く分は、都合が付いてから焼き直すつもりでいる。作り置きはしておきたくない。つまり、ワンホールまるまる一人で食べることになるのだ。私は、作るのは好きだが、だからといって食べる量が多いわけではないから、けっこうな苦行である。  もちろん、事情を話して友達に合流してもいい。しかし確か、今年は人数が集まらなかったらしくて、友達も家族でパーティーをすると言っていた気がする。人の家族パーティーに入り込む度胸は流石にないし、向こうも困るだろう。そもそも、予定を急に変えるのも忍びない。  捨てるのは論外だし、となると、 「何日かに分けて食べるしかないか……」  味が落ちるからあまりやりたくないのだが、背に腹は代えられない。となると、あまりこってりした甘い味付けはやめた方がいいだろう。甘さ控え目にしよう。  と、結論づけて、ふと窓の外を見、 「えっ」  サンタさんがいた。