●グレイ伯爵とパラノマイ  それはまだ、我が『グレイ伯爵』という名前を名乗る前の我であった頃の話。  人間の子供が泣いていた。  父親が死んで悲しい。会いたい。一人は寂しい。一緒にいたい。そう言って泣いていた。  我はそれを聞いて思いついた。その父親の死体を墓場からあさり、適当なナイトメアと一緒に融合して、『父親』を作りだし、その子の前に出したのだ。 「ほら、父親と会えて、嬉しかろう?」  だが何故かその子供は怯え、震え、悲鳴を上げて『父親』に石を投げた。  会いたがっていた『父親』に会えたのに、何故石を投げるのだろう。おかしな子供だと首を傾げたが。しばらくしてその『父親』は子供を喰らい始めた。  なるほど。喰って1つになれば、ずっと一緒にいられる。子供の願いは叶ったのだ。  ただ何か違和感を感じていたのだ。  人間は弱く、脆く、感情で動く、理解のできない不思議な生き物だ。  だが、その理解できない所に、何か価値があるのでは……そう思い、この話をした時、パラノマイ様は珍しく多弁だった。 「お前は家畜の心がわからないのだな」 「わかりません。教えていただけますか?」 「心のありようなど、他者が教えられるものではない。わからないなら猿真似でも何でも真似ろ。真似てるうちに、嘘が真になるかもしれない」  真似る。パラノマイ様を真似て人間を『家畜』と呼んで見れば、何かわかるのだろうか? 「家畜には知性と理性と心がある」 「テルミナスは人間……家畜とナイトメアは仲良くなれる。共存できると言っています」 「ナイトメアは他の生物を喰い、進化するのを目標とする。これは本能であり、変えられるものではない。だからナイトメアと家畜が仲良くなれるはずもない」 「いつか食べられるとわかっていて、大人しくしてる道理はない?」 「そうだ。故に我らのあり方は喰うか喰われるかだ。我らに喰われるのが嫌なら、家畜は全力でもって反抗する。反抗の芽を事前に摘むことこそ『家畜を調教する』ことなのだ。もし調教に失敗したら……」 「失敗したら……?」 「我らが家畜に喰われる側になる」 「人間がナイトメアを食べるとは、聞いた事がありません」 「お前は例え話も通用しないのか。我らは負けぬために、家畜の牙を抜き続け、従順に仕立て上げなければならない。でなければ我らが家畜に殺される」 「人間が我らを殺す? ありえません」 「今はありえないな。だが、今ないことが、未来永劫起こりえないと胡座をかくことこそ愚の骨頂だ」  パラノマイ様が、弱みを見せるようなことを言ったのは、このときが初めてだった。  それくらいパラノマイ様は人間を高く評価してるのだと。評価した上で『家畜』として扱うのだと。そう理解した。  同時に、そこまで評価される人間を真似てみたくなった。  できるだけ物知りな人間が良い。そう目をつけて喰らったのが『グレイ伯爵』だ。  自分は高貴な血筋だとか、名門大学を出た知識人を失うのは人類の損失だとか、金ならいくらでもあるとか、訳のわからないことを言って、命乞いをした。  それが興味深いと思った。  家柄、学歴、金。全てナイトメアにとってどうでも良いものだ。しかし人間には価値があるのだろう。  あの日から、ずっと今まで『グレイ伯爵』の真似をし続けた。  しかし真似ても真似ても、やはり人間の心というものが理解できない。