●君がため 惜しからざりし 命さへ  辺り一面燃えていた。ナイトメアに蹂躙され、街並みは破壊され、痛々しい傷跡を残している。悲鳴と爆発音が鳴り止まない。未だこの街は戦場の真っ只中なのだ。  SALFに入ったばかりのアイザックは、その光景に怯み、敬愛する兄の顔を見上げた。いつもなら余裕のある兄の顔を見るだけで落ち着いた。それなのに今日だけは兄の顔を見て、心の臓が壊れそうなほどに、キツく痛んだ。 「……アイザック。負傷者を連れてお前は撤退しろ。ここは私が食い止める」 「兄さんを置いて逃げるわけにはいきません!」 「ケイン家に生まれたんだ。戦場で死ぬ覚悟はあった。アイザック。お前もそうだろう?」  祖父も、父も、兄も。ケイン家は代々軍人として生き、誇りを持って戦い抜き、みな戦場で散っていった。ベッドの上で安らかに死ねるとは、アイザックも思っていなかった。  それでも、幼い頃から慕ってきた兄を見捨てて逃げるのは、受け入れがたい。 「アイザック。お前は生きろ。生きて一人でも多くの人を救ってくれ。それが私の最後の願いだ」  兄の笑顔は全てを悟ったかのように穏やかで、覚悟を決めてしまったのだとアイザックも理解した。 「わかりました……兄さん。一人でも多くの人を救うと、ここに誓います」  いつか自分も兄のように、戦いの果てに死ぬのだろうと、この時アイザックは覚悟した。  だからいつ死んでもいいように、毎日を大切に生き、悔いを残す事なく、全力を尽くそうと。  日本に来たアイザックは「一期一会」という素晴らしい言葉を知った。任務中も、平和な日常も、たった一つのかけがえのない時間だと、心に決めて日々を過ごした。  いつ死んでも惜しくない。そう思ってた僕が、誰かの為に、長く生きたいと願う日が来るのだろうか? ●死んだ町 「ずいぶん派手にやられたな。これじゃあ生存者がいる見込みはなさそうだ。交代要員が今こちらに向かっているらしいから、我々も撤収しよう」  破壊された町並みを見て、ベテランライセンサーは眉をしかめた。  ナイトメアに襲われた町。近くの支部から人員をかき集め、緊急出動し、なんとかナイトメアは撃破した。だが町中に煙がくすぶり、死んだように静かだった。  アイザックもベテランライセンサーの正しい判断だというのはわかった。それでもまだ諦めきれない想いがある。 「もう少しだけ、僕は生存者の捜索をします」 「それは交代要員に任せて……」 「皆さんは先に撤退してください。交代要員の皆さんが到着したら僕も撤退します」  アイザックの瞳には、燃え盛る炎のような強い意志があった。それを見てベテランライセンサーは説得を諦めたようだ。 「生きて帰るまでが任務だ。無茶するなよ」  その言葉にアイザックは無言で頭を下げた。  死んだように静かな町を、アイザックは歩いた。細い雨が降りしきり、アイザックの体を冷やしていくが、気にもとめずに懸命に探した。  誰か一人でも生きている住人はいないだろうか? 本当にいないのだろうか?  一人でも多くの人を救う。それは兄との誓いだ。 「にいちゃ……」 「……たすけて」  微かな悲鳴が聞こえて、アイザックは反射的に駆け出した。先の戦闘でバリアーも損耗し、スキルも全て使い果たし、疲労で鉛のように体は重いが、それでもわずかな可能性にかけて。  声の聞こえた場所に到着すると、家が倒壊した瓦礫の下から子供の声がした。 「今助けるから! 頑張って」  必死に瓦礫を動かして、助け出せたのは金色の髪と青い瞳を持つ10歳程の少年と、その兄らしき少し年上の少年。弟の方はアイザックの顔を見て、思わず泣き出した。 「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。僕が側についている」 「ぼ、ぼく…………こわかった……」  泣きじゃくる少年を優しく抱きしめて、背をさする。兄の方が立ち上がろうとして、足を引きずってるのが目に入った。 「足を怪我してるのか。歩けるかい?」 「だい……じょうぶです。なんとか歩けます。僕はお兄ちゃんだから。コイツの面倒を見ないと」  弟の手を取って、兄は歩き出す。幸い弟にけがはないようだったが、怯えた弟は兄の手を必死に掴んで離さない。  兄弟の絆の強さを見て、一瞬アイザックの頭の中に兄の姿がよぎった。すぐにその想いに蓋をして、通信機で仲間に連絡をとる。 「生存者を発見。10歳程の少年とその兄。兄の方は足を怪我して走れないようなので。保護してすぐにてった……」  言いかけた所でその声は途絶えた。 「ぐるぉぉ……」  遠くから不気味な呻き声が聞こえてきて、兄弟は恐怖で怯えた。  ナイトメアの生き残りがいた事に気づき、とっさに二人を抱え、アイザックは物陰に隠れる。  保護対象を抱え、疲れきったアイザック一人でナイトメアと対峙するのは無謀だと、冷静に判断して。    だが……不幸なことに、物陰に隠れたアイザック達に、敵は気づいた。 ●緊急連絡  ナイトメアで壊滅した町へと、キャリアーが向かっていた。  既に先発隊がナイトメアをほぼ討伐し、生存者ももういないだろうとの予測である。  先発隊が街で交戦した映像が流されライセンサー達はそれを見た。 「でももしかしたら、討伐されていないナイトメアがいるかもしれないし、生存者がいるかもしれない。皆さんにはその捜索任務を行っていただきます。もし敵が出るとしたら、こちらと同じタイプになるでしょう」  オペレーターが任務の説明をしていたら、緊急連絡が入ってきた。オペレーターが通信に耳をすますと、みるみる顔が青ざめて行く。 「皆さん。任務を変更します。先発隊にいたアイザック・ケインが少年2名を発見したという報告の後、連絡が途絶えたそうです。恐らくナイトメアに襲われているのでしょう。アイザック・ケインと少年の保護を最優先でお願いします」 ●ながくもがなと 思ひけるかな  冷静に考えれば、損耗の激しいアイザック一人で敵を倒すのは不可能で、アイザックが殺されれば、この兄弟も死ぬ。  三人無駄死にするくらいなら、アイザック一人で逃げ出して、生き残り、この先の未来で、より多くの人を救う方が、正しい選択かもしれない。  だが……アイザックにはこの兄弟を見捨てることができなかった。  まだ死ねない。この子達の無事が守られるまで。  あと少し、もう少しだけ……生きたい。 「大丈夫。君達の事は僕が守るから」  少年達を見て、アイザックは儚く微笑んだ。  ──この子達を護りきるまでの間だけ、初めて命が惜しいと思った。  アイザックの障壁は消え去り、腕に、足に血が滲む。もはや限界か……と思った時に、視界の片隅に彼らの姿がよぎった。  ああ、良かった。これでこの兄弟だけは、助かる。