サンプル小説:「赤の女王とクレマチス」 ●  出発時間が近づき、ライセンサー達の乗り込んだアサルトコアが続々と港に並ぶ。  愛機「クレマチス」に乗り込んだトモエは大きく息を吸い、顔を上げた。  胸の奥が鈍く疼く。  それの正体を「不安」だと認めないトモエを責めるように、周囲の風の音が強くなっていく。 (諸君はこれから、最も重要な任務に就く。これが成功するかしないかで、今後の作戦の成功……いや、人類の未来が大きく変わるかもしれないという事を今一度強く心に刻んでほしい!)  上司の声がトモエの心の中で何度もリフレインする。  平和が近づくか、遠のくか。  絶望が近づくか、遠のくか。  大きなプレッシャーがトモエの上に伸し掛かっていた。 (ここまできたら、やるしかないのだけれど)  頭で分かっていても、心がついていかない。  そんなジレンマに苛まれるトモエの耳に、通信機から仲間の声が聞こえた。  仲間はトモエを自分の名前ではなく、過去の作戦で得た称号で呼んだ――「赤の女王」と。 『赤の女王と「クレマチス」がいるなら、今回の失敗はありえないよな! みんな、気楽にいこうぜ!』  その声に反応し、他の仲間が笑い声を立てる。  トモエの額を冷や汗が伝った。  きっと彼らには悪気などないのだ。  純粋に、自分を信じて期待してくれているのだとトモエには分かっている。  だがこんな時、トモエにはこの称号がたまらなく憎らしくなる。 (ああ、もうこの「クレマチス」を脱ぎ捨てて逃げだしてしまいたい……!!)  狭いアサルトコアのコックピットで、トモエは震える手を握りしめた。  深紅に染められたこのアサルトコア「クレマチス」に乗るようになってはや2年。  己の未熟さと不甲斐なさを日々自覚するトモエにとって、「赤の女王」と呼ばれ、期待されることは重くてたまらないのだ。 (……赤の女王だなんて、呼ばれるべきじゃない……あの作戦の成功だって、きっとまぐれで……)  急な体調不良を言い訳にしたら、今回の作戦を離脱できないだろうか。  今までずっと、無理やり自分を奮い立たせて頑張ってきた。  きっと、一度くらいは許されるだろう、これくらいは――。  プレッシャーに追い詰められ、トモエがそんな事を考え始めた時だった。  コックピットの窓から視界の端に見えたのは、ライセンサー達を見送りに出てきた一般市民達だった。 「ライセンサーの皆さん! どうか無事に帰ってきてください!」 「皆さん! どうかこの国をお願いします!」 「クレマチス! 見えていますか?! この子達は、街の子供たちはみんな、クレマチスに救われたんです!」  あの日、赤の女王がいたから――。  声は聞こえなかったが、横断幕を掲げ、また旗を振って叫ぶ市民らが何を言いたいのかはトモエにも分かった。  視界の中で、重すぎたはずの自分の二つ名が、子供たちの描いた赤いアサルトコアの絵が、涙で滲んでいった。  人々は「危ないから前へ出ないで」と制するSALFの関係者の向こうから声を張り上げ、彼らを押し返さんばかりの勢いで自分達を激励していた。   彼らは自分の乗る、この深紅の機体を見ていた。 (ここで帰ったら……「クレマチス」に恥をかかせてしまう。私が女王なんじゃない、彼らにとっての「赤の女王」は、この深紅のアサルトコアなんだ)  アサルトコアの戦いしか、彼らは知らないはずだ。  口々に叫ばれる「赤の女王」の名は知っていても、きっと彼らに希望を与えているのはトモエというライセンサーではなく、この深紅のアサルトコアの存在なのだ。  トモエはその事を、強く強く感じ取った。 (彼らの希望を、私のちっぽけな感情で打ち砕いてはいけないんだ。私は……「赤の女王」にならなければいけない!)  手の震えはいつしか収まり、トモエの心の中に1つの炎が燃えていた。  私は赤の女王。  いざ、人々の悪夢を打ち砕くために――。  深紅のアサルトコアはその堂々たる姿を人々の目に焼き付け、戦場へと飛び立っていった。  --------------------------------------------------------------- (作者より)  仲間の期待にプレッシャーを感じてしまう女戦士――。  戦闘前の描写ってあんまりシナリオではないかなと思い、書いてみました。  シナリオでは書けない部分を今後、ノベルのサンプルとしてご提案させていただきます。  連載っぽくしてみようかなとか企んでるので、時々覗いてくださいまし(笑)