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『〜最後の欠片〜 』
来生・億人5850)&(登場しない)


「なんや〜今日もあっついなぁ…」
 ぼそり、といきなりしゃべり出したのは、猫である。
 かんかん照りの空を見上げ、嫌そうな顔――猫にそれがあれば、だが――をしつつ、同じように周りでぐだぐだしている猫たちに同意を求めた。
「なぁ、どうして毎日こないに暑いんやろなぁ…」
「わからん」
「何とかなんないのかなー」
「うごきたく、ない」
 一斉に自分の感情をぶちまけ始めた猫たちに混じって、来生億人(きすぎ・おくと)はぐったりと草地にうなだれた。
 実際、日本の夏は暑いのだ。
 特にこんな首都圏にいると、その暑さは倍になったような気がする。
 人口と、アスファルト――このダブルパンチでだいぶやられるのだ。
 ただ、そうは言いながらも、億人はこの顔馴染みの猫たちとこうやって、だらだらと話しているのは好きだった。
 猫という種族はとても気安い。
 わがままだとか、奔放だとか言われもするが、その分とても自由で、嘘がいらない分、非常に気が楽だった。
 そうやって日がな一日ぐうたらしていたある日。
「ん?」
 遠くから見かけない黒猫が、ゆっくりと彼らの輪に近付いて来たのだった。
 だが、周囲の猫たちはその存在に気付いていないらしい。
 億人はあくびをしているふりをしながら立ち上がり、近付いて来る黒猫を待った。
 そして、すぐ横をすり抜けようとした黒猫の後を追って、その集会場を一時的に離れることにしたのだった。
 猫たちの視界から相当離れたある場所で、億人は元の姿に戻った。
「なんや、用か?」
 億人は見た瞬間に、その黒猫が同じ悪魔だと気配で気付いたのである。
 だからこそ、集会場から離れて、こんな休みの日の工事現場までやって来たのだった――話を聞くために。
「私は地獄の皇帝の伝令です」
 黒猫は、その赤い口の中と真っ白な牙をのぞかせながら、流暢な日本語をしゃべった。
「あなたに任せてある『最後の欠片』の発見と回収の目処はついたのですか?計画は試験段階で止まったままです。早く見つけて回収しないと、計画の発案、そして実行責任者である貴方の立場が危険になりますが…」
 滔々と話す黒猫の言葉を聞く内に、億人の目の焦点が徐々に合わなくなっていく。
 それと共に、普段のあどけなさを残した億人の表情は消え、その顔に、ゆっくりと悪意に満ちた微笑が浮かび始めた。
 そして、黒猫を嘲るように少し顎をそらして上段から見下ろし、冷たさを含んだ声で言い放った。
「欠片は30年前に全部見つけとるわ。俺は最後の欠片が自分の正体を知るのを待っとるだけや、動揺しとる隙に付け入れば回収もしやすいやろ。あの2人が絶望するの見て楽しんだら、最後の欠片もちゃんと持って帰るがな。オヤジにもそう言うとけ」
 黒猫は、あからさまなため息をついた。
「本当でしょうね?」
「俺がこの件で嘘をつく訳ないやろ。つまらんこと言うなや」
 にやり、と笑って億人は言った。
 またため息をついて、黒猫は一礼した。
 そして、その姿がかき消すようにいなくなった。
「………ありゃ?」
 不意に億人は我に返った。
 さっきまでのんびり顔馴染みの猫たちと、井戸端会議の最中だったはずである。
「俺、なーんでこんなとこにおるんやろ…」
 さっぱり訳がわからない、と顔に書いて、億人は頭をかいた。
 ひとまずこんな炎天下の中に、ずっと立っている気にはならなかった。
「はよ日陰に戻らんと〜…」
 空気の抜けた風船よろしく、億人は口調も行動も間延びさせながら、よろよろと元いた空き地に向かう。
 こんな場所まで来てしまったのは、おそらく天気のせいだろう。
「そうやな〜これだけ暑いんや、なんかえらいおかしなこと、してもしょうがないわ…」
 億人は、そんなことをつぶやいて、のろのろと空き地へ入って行った。
 
 
 〜END〜
 
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 
 今回は前回のお話と関連しているということでしたが、
 億人さんにこんな使命があったとは、
 とちょっと動揺しております…。
 いえ、いつも兄弟おふたりがあまりにほのぼのされているので…。
 「殺意の音色」とも関係しているのでしょうか…?
 とても先が気になってきました…。
 
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年08月17日

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