『■ 過去への願い 未来への祈り 』

リール・アルシャス（eb4402）

　夜闇を覆った金色は、あまりにも突然で。
　リール・アルシャス（eb4402）は咄嗟には何が起きたのか把握出来ずにいた。けれど頭上から届く声が思考の痺れを解いてゆく。
「すまなかった‥‥」
　リラ・レデューファン（ez1170）囁きにも似た謝罪の言葉が彼女以外に届く事は無く。
　風も、葉擦れの音も、闇すらもその五感から絶たれて。
「‥‥本当に、すまなかった‥‥」
「‥‥っ」
　繰り返される侘びの言葉にリールは頭を振ったが、彼に伝えるべき適当な言葉が思いつかない。瞳を閉じると彼の匂いに包まれている事がより鮮明に伝わって来て、嬉しさと、切なさと、――祈りが、溢れた。
（「ああ‥‥」）
　心の中、思い出される遠い日々。


　――‥‥リール‥‥


　最後に触れた唇を噛み締める。もうその形すら憶えてはいないけれど、呼ばれる度に心をこそばゆくさせた声は忘れない。
　最初で、最後の恋人だった彼は、今どうしているだろう‥‥そんな言葉が胸中を過ぎる。彼との時間を失って以降、その時の痛みを忘れられず、再び同じ痛みを抱える可能性を怖れて異性との間に距離を保ってきた。恋愛感情よりも友情を先に置くことで自身を守り。
　一方で、誰かを傷付けて来たのだと思う。


　――‥‥リールさん‥‥


　いつも朗らかに笑い掛けて来てくれた彼や、無表情で冗談を言いながら自分を笑わせようとしてくれた彼――向けられる好意に気付かぬフリで、何も言わせずに遠ざけた彼らも、今は元気にしているだろうか。
　もしもあの時ああしていたら、こうしていたらと考えなかったわけではないけれど、そう考える度に、傷付いたあの日の自分が蘇えって心が竦んだ。友情が持続される限りはこれまで築いて来た関係も壊れはしないと自身に言い訳して、‥‥気付けば友情も消え、それにすら何かしらの理由をつけて深くは考えないようにしていたのだ。
　だが、今。
　恋した相手に想いを拒まれた彼らがどんな思いをしたのかが痛いほど判る。
　傍にいれば想いは溢れ、抑えようとして止められるものでは決してなく、抱いた感情を表に出す事も許されないまま、最後には去るしかなかった、彼らは。
（「‥‥すまなかった‥‥」）
　もはや伝えられるものではない。
　それでも謝罪の言葉しか紡げずに、いま過去の彼らのために出来る事をと考えたなら。
（「‥‥どうか、幸せでありますように‥‥」）
　祈る。
　それだけを。
　新しく出逢った誰かと、あの日の君達らしく笑い合えていますように。
（「どうか幸せに‥‥」）
　ただひたすらに、願った。




　そうしてどれだけの時が過ぎたのか。
　不意に二人の間に吹いた風。
「‥‥そろそろ戻ろう。皆が心配する」
　離れた温もりを惜しみながらも「まだ二人きりでいたい」と告げる勇気を持てないリールは小さく頷く。
「そうだな‥‥」
　戻る事に同意はするが、最初の一歩を動かせずにいる彼女へ。
「さぁ」
　差し出されたのは、掌。
「――」
　驚くリールへ、彼は微笑んだ。
「夜道は危ない」
　だから手を、と促す彼にリールの鼓動は高鳴った。次にはぎゅっ‥‥と苦しくなる胸の内。
　傍にいたい、離れたくない。
　手に手を重ねれば、彼がこうしてくれるのは自分だけでありたいと願ってしまう己は何て欲深いのだろう。
　だが、それこそが。
（「‥‥リラ殿が好きだ‥‥」）
　過去の痛みも、過去の彼らへの罪の意識も、リラの掌から伝わる温もりに覆われて胸の内、心の糧になる。
　あの日々があったからこその、この想い。
　愛しい、大切にしたい。
　今度こそ失いたくはない。
「行こう」
「ああ‥‥」
　手を引き、進む彼の歩調はとてもゆっくりだ。もしかすると、この時間が少しでも長く続くように、と。自分と同じ事を考えてくれているのかもしれない。
（「‥‥そうならば嬉しい、な‥‥」）
　リラの事だから、自分のそんな考えを見抜いた上でゆっくりと歩いてくれているのかもしれないけれど、それでも。
（「今はこれ以上は望まない‥‥」）
　だからどうか彼も――リラも、幸せに。
　自分が感じる幸せを彼が少しでも共有してくれていることを願いながら、彼の隣、影を寄り添わせながら歩いた――‥‥。

ＷＴアナザーストーリーノベル

月原みなみ

Asura Fantasy Online

2009年08月06日