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『変わらぬ絆 』
クリス・ラインハルト(ea2004)

 夏の日差しがきらきら輝いている。
「良かった、素敵なお天気ですよ」
 パリの郊外、ある家の木漏れ日の下で、小柄な老婦人が小手をかざして笑顔を見せた。老いてなお、その青い瞳は澄んでいる。クリス・ラインハルトは振り返るとテーブルを庭へ運ぶよう指示した。
「おばあちゃん、今日のお客さんはどんな人?」
「おばあさまの大切な方たち‥‥よね?」
「そうですよ〜とても、とても大切なお友達」
 矢継ぎ早に問うてくる孫たちに機嫌よくこたえるクリスは、楽しげに鼻歌を唄いつつ無地のクロスをテーブルに掛ける。次いで広げたレースのテーブルクロスを見た孫のひとりが、それはと尋ねる。
「確か、おばあさまが織っていらしたレース‥‥?」
 孫娘が摘んで来た庭で咲いていたペチュニアを受け取って、クリスは微笑み頷く。
 テーブルの中央に花瓶、そこに活けられた可憐な花が示す言葉の如く、心安らかな、満ち足りた笑み。
 だって今日は大切な友人たちが来る日。
 セッティングは上々、勿論お茶とお菓子も抜かりない。長い時を経て続く友情に捧ぐ、もてなしの準備は万端だ。

「5年‥‥本当に久しぶりですね」
「あの頃からすると40年ってところかしらね‥‥?」
 連れ立って歩く女性たちは40年前には生まれていないのでは――?『あの頃』とは歴史上の出来事を指しているのだろうか。
 否、一見三十路の彼女たちはエルフ、長寿を誇る種族である。嫣然としたガブリエル・プリメーラの容姿に年月による身体の衰えは全く見えない。さらに言い添えれば、彼女はいまだ現役の冒険者でもある。
「時間というものは不思議ですね」
 久しぶりだと言った女性――シェアト・レフロージュが話を結んだ。
 短くもあり長くもあり。もうすぐ会えるのに、それすら長く感じるのは何故だろう。
 クリス家に着いた2人を出迎えたのは、当のクリスとかつての仲間たち――5年、40年の月日を一気に忘れるような再会が、そこにあった。
「クリス殿も皆さんもお変わりなく」
「エルディンさんも昔と変わらずダンディなのです」
 気さくに声を掛けてきた金髪の紳士に年上を相手にするような口ぶりでクリスが応えると、彼女と同年代の男性が茶々を入れた。
「紳士然としていらっしゃいますが、エルディンさんはこれでなかなか人遣いが荒くて‥‥」
「何をおっしゃるオルフェ殿、信頼し頼りにしている証拠ですよ」
 エルディンと呼ばれた中年の紳士――エルディン・アトワイトはオルフェ・ラディアスに片目を瞑ってみせた。オルフェはよろず情報屋を生業にしている腕利きだ。老いてなお、その手腕と情報網は古びる事はない。
 オルフェやクリスは時の流れと同じ速度で年齢を重ねている。エルディンはガブリエルやシェアトと同じエルフの時を生きているのだ。
 そしてもうひとり、長き寿命を持った女性がいる。アーシャ・イクティノスは落ち着いた様子で歳を重ねた友人との再会を言祝いだ。
「クリスさんったら、相変わらず可愛いんですね〜」
 口調は変わっていなかった。
 アーシャの延ばし気味の語尾が懐かしくて、お転婆だった頃を思い出して、くすくす笑うクリス。その笑顔はキラキラと輝いていて、アーシャの言うように可愛らしいとシェアトは思った。

 降り注ぐ午後の日差しの中クリスに案内されたのは、夏の青葉が日差しを遮り木漏れ日が美しく煌めく、心地良さそうな庭の木陰。
 クロスの掛かったテーブルと、統一された茶器、3段のティースタンド――そして一行を出迎えたクリスの家族。彼らは簡単に挨拶を済ませると屋内へと下がる。残った旧友たちは、寛いだようすで思い思いの席に座り、この場のホステスであるクリスが順に紅茶をサーブしていった。
 お茶とお菓子が行き渡り、一同敬虔に互いの無事に感謝を――でも堅苦しいのはここまで。今日は気心知れた友人たちが旧交を温めに集まったのだから。
 ティースタンドの上段に形良く盛られたシェアトお手製の焼き菓子を一つ取って、口元へ運んだガブリエルは美味しいと破顔した。
「クリスもすっかり良いおばあちゃんよね。私も‥‥息子と冒険に出るなんて、考えもしてみなかったけど」
「ガブお姉さんは今も現役冒険者なんですよね。子供さんはパートナーとしてどうですか?」
「あの子はまだまだ半人前だわね」
「母の厳しさ‥‥です?」
 笑い合う2人の遣り取りを、アーシャはスコーンにクリームを塗りながら興味深く耳を傾けている。
「私も、子たちと一緒にモンスター退治をしたいと思っているのです」
「アーシャも冒険者に復帰するの?まさか‥‥旦那さんと上手くいってないの?」
「彼との仲は良好ですよ〜」
 ガブリエルの問いに、ぽっと頬染めるアーシャは未だ新婚のような初々しさだ。クリスはシェアトに水を向けた。
「シェアトさんちの子供さんたちは、将来のお話してますか?」
「ええ、冒険に出てみたいとか何になりたいとか。まだ甘えていて欲しいのですけれど‥‥でも独立後の夫婦2人きりの生活もまた楽しみで」
「寂しいような楽しみのような、ですね〜今日は子供さんたちどうしてるんです?」
「旦那様‥‥いえ、ラフに預けて来ました。あの頃に戻って、お話に夢中になってしまいそうでしたもの」
 少女のように紅潮するシェアトの家庭も円満そのもののようだ。今日の焼き菓子は家族全員で作って来たのだと言い添えて、彼女は花のような微笑みを浮かべた。
 皆それぞれに伴侶を得、子を成し、幸せな家庭を築いている。満ち足りた様子に安堵するのは、互いが互いの幸せを願ってやまないが故。
「良き父、良き母。みんな幸せそうで良かったです」
「クリスさんも、可愛いらしいお孫さんたちに囲まれて、幸せそうです」
「可愛いんですけど、とってもやんちゃで困ってるんですよ〜」
 まんざらでもない様子でクリスが愚痴れば「血筋じゃないの」の声が複数挙がって。
「え〜そんな〜!」
 皆、顔を見合わせて笑い出した。

 友の心は変わらねど、長き歳月はそれぞれの境遇や立場を変えている。
 現役冒険者の頃から情報屋をしていたオルフェは引退後も生業として続けている。にこやかに近況を聞きながら、彼は興味深く旧友たちを眺めた。
 現役冒険者に領主夫人に現職の大司教。
「オルフェ殿‥‥何か?」
 視線を感じたエルディンは、耳をひくひくさせた。
 目の前で気さくに耳を動かしてみせる人――大司教エルディンは人権運動の活動家でもある。就任後、ハーフエルフの人権向上を始めた今話題の人なのである。
「いえ、エルディンさんは立場上大変な事も多いのではと‥‥」
「それほどでもありませんよ」
 神の御遣いが如き輝く聖職者スマイルと人の信頼を勝ち得る聖職者ボイスで、エルディンはさらりと謙遜した。
「かねてから心に秘めていた事です。確かに険しい道ではありますが、協力者もいますからね」
 目の前に。
 涼しい顔でカップを傾けるエルディン、苦労を苦労ともせず使命として立ち向かう友人に、オルフェは助力をとは思う。だが2人は時の流れ方が違う人間とエルフだ。
「お願いですから長生きしてくださいよ」
 カップから唇を離した友に言われてしまった。安請け合いするのも躊躇われて、還暦を迎えたオルフェは昔を思わせるたおやかな物腰で話題を変えた。
「さて、とっておきの噂話をご披露しましょう」
 オルフェの提供した秘密の話に触発されて、話題は街の噂に移ってゆく。
「以前指導したバードが巷で評判になっているんですよ〜」
「私の教え子たちは、この世界の中でどんな歌を歌ってくれるでしょう‥‥とても楽しみです」
 昔取った杵柄、元バードのクリスは後継者育成にも力を入れているようだ。同じく元バードのシェアトも家で歌や音楽を教えているとの事で、友の自慢を自分の事のように喜んだ。
「教え子と言えば、アーシャさんも剣を教えているのですよね」
 現イスパニア領主夫人であるアーシャには5人の子がいる。冒険者を引退後に同じ元冒険者でナイトの男性と出会って結婚した。子供たちはいずれも彼女と同じハーフエルフだ。
「ええ、いつか一緒に冒険へ行きたくて」
「歳の事は言っちゃいけないけれど‥‥大丈夫?」
「腕は衰えていませんよ?領内で一番強いのは私ですから」
 かつてを思わせる太陽のような笑顔で、アーシャはからりと言ったものだ。

 楽しい時は瞬く間に過ぎゆくもので――
「名残惜しくはありますが、また数年後にお会いできるといいですね」
 オルフェが柔らかく言った。
 命あるものには須く天寿が定められている、明日は誰にも判らぬもの――だからこそ再会を祈りたい。
「次に会う時には冒険者に復帰しているかもしれません」
「ふふ。皆さんのお子さんやお孫さんと歩く姿を見られる日を楽しみにしています」
 子供たちと一緒に。そうアーシャが笑むと、シェアトもにこやかに続けた。
「またこうした時を共に過ごせますように」
 おおらかにエルディンが結んだ。

『クリス。私があんたの子供も、孫も、見守っていく。見届ける』
 客人たちが家路に着いた後、クリスはひとりテーブルの片付けをしていた。頃合を見計らって、孫たちが手伝いにやってくる。
 ありがとうと力仕事を任せて、彼女はガブリエルが残した言葉に想いを馳せた。
 40年前同年代だった友人たち。種族の違いでそれぞれに年齢の重ね方は違っていて、オルフェと自分以外は殆ど老いた様子は見られなった。
 我が子と同年代に見える友人たち。それが現実――だけど。
 クリスに後悔はなかった。自分と友人たちの時の違いを知って尚、何も悔やむ事はなかった。友と過ごした冒険の日々は、今も胸に残る彼女の宝物なのだから。
 レースのトップクロスを畳もうと手に取って、ふと織り目の交差に目が留まる。この日を思い、長い長い時間を掛けて織り上げたレースは、糸の重なりで繊細な模様を成す。それは人と人との繋がりに似て。
 クリスはそっと生地に指をなぞらせた。先ほど別れたばかりの無二の友、姉とも慕う人の声を思い出して目を閉じた。
『それが…続く絆、私たちの友情、って奴?』
WTアナザーストーリーノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2009年08月03日

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