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『未来へと続く道 』
ネフティス・ネト・アメン(ea2834)

●素直じゃない2人
 サウザンプトンの領主館は、奇妙な静けさの中にあった。
 皆、忙しく立ち働いているにも関わらず、まるで重篤な病人を気遣うように足音を忍ばせ、声を出すのも憚って。
 重苦しい空気が館全体を包んでいるようだった。
「まったく。しょうがないんだから」
 勝手知ったる他人の家。というよりも、もはや下働きの少女にも顔を知られた屋敷だ。気軽に声を掛けて来る顔見知り達に挨拶を返しながら、ネフティス・ネト・アメンは、目指す部屋の扉を勢いよく開け放った。
 なのに、部屋の主はちらりとネティを見ただけで、すぐに手元の書類に目を戻してしまう。
ー何よ、あれ! 人がせっかく心配して来てやったって言うのに!
 憤慨して頬を膨らませかけて、ネティは思い留まった。
 自分が何の為にここにやって来たのか、目の前の男にどうしたかったのかを思い出したのだ。
「アレク。あのね‥‥」
「今、忙しい。後にしてくれ」
 言葉を返すのに、顔も上げない。
 忙しいのは分かっている。彼の立場を誰よりも理解し、影のように付き従い、全ての事柄において彼を支えて来た戦友が、裏切りに近い形で去ったのだ。内外からの批判、特に預かっていた姫を奪われた事に対する責任を問う声が大きいと聞く。
 そして、全てを采配していた者が居なくなった代償が、信頼して任せきりにして来た彼に降りかかっている。
 分かっている。
 分かっているのだが。
 ばん、とネティは執務机に手を叩きつけた。
「忙しいのは分かっているわよ! でも、お客様が来たのに、その態度は何!?」
「お客? 誰がだ!? 勝手にやって来て、勝手に屋敷に入り込む奴を客と言うのか!?」
 むか。
 確かに、仮にも領主の館を訪ねる場合には、それ相応の手順を踏まねばならない。それは分かっている。
 勝手に屋敷に上がり込むなんて事をするのは、このサウザンプトンの領主館だけだ。
ーまるで、私が礼儀知らずな女みたいじゃないの!!
 こんな風に、何の約束もなく領主の執務室まで押しかけるのは、サウザンプトンの領主に対してだけ。それを分かっているのだろうか。この男は。
 ふん、と鼻を鳴らして手元に目を戻した領主から、ネティは書類を奪った。
 ついでに、その辺りに置いてあった羊皮紙の束も掻き集める。
「‥‥おい」
 低い声に、つんと顎を反らす。
 抱えた書類は奪われないように、しっかりと抱え込んで。
「いい加減にしろ」
「何が?」
 呆れたような、疲れたような溜息が、更にネティの癇に障る。
「子供みたいな事をするな。いいから、それを返せ」
「いやよ。返して欲しければ私の言う事を聞きなさい」
 ようやく、彼は顔を上げた。
 眉間に皺を寄せた、厳しい顔。ネティの暴挙に怒っているのだろうか。
 けれど、ネティの目には、それは疲れた顔に映った。
「言う事を聞け? 誰に向かって言っている。今すぐ摘み出されたいか」
「やれるものならやってみなさいよ。その代わり、これがどうなっても知らないわよ」
 人質ならぬモノ質を盾にとって、ネティは虚勢を張る。相手は男、しかも騎士でもある。彼が本気で奪い返そうとしたら、ネティの反撃などあっという間に封じて、書類は取り戻されるだろう。
 けれど、ネティにも意地があった。
「‥‥ったく」
 小さく吐き捨てると、彼がぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した。
「で。何が望みだ?」
 諦めたのか、彼は椅子の背もたれに体を預けて、問う。それまで彼を取り巻いていた空気が、僅かに和らいだ事を感じて、ネティの顔にも安堵に似た表情が浮かぶ。
「美味しいお菓子と温かいお茶! お客様にはまず、それでしょ!」
 びしりと指を突きつけて、ネティは片目を瞑ると笑ってみせた。
「お前は‥‥」
 口元を引き攣らせる彼の顔も、先ほどまでとは全然違う。
「とびっきり美味しいお菓子でなきゃ駄目よ。でなきゃ、ツィアの最新情報だって教えてあげないんだから!」
 降参、と彼は両手を挙げた。
 ついで、机の上に置いてあったベルをチリンと慣らす。
 すぐにやって来た女給頭に茶と茶菓子の準備を命じると、彼はそのまま机の上に肘をつき、頭を乗せる。
「まったく、いつも唐突だな」
 その肩が小刻みに揺れているのに知ないフリして、ネティは澄ました顔で部屋の中の長椅子に腰をかけた。

●心配性の彼女
 ちゃっかりと夕食まで居座り、料理人が腕を奮った晩餐を一緒に頂いたネティを客室まで案内しながら、女給頭は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ネフティスさま。ここしばらく、ご領主様はロクにお食事もされず、お仕事や色々な対応に追われてましたから‥‥」
「‥‥そんなにひどかったの?」
 頷いた女給頭に、ネティは肩を竦めてみせた。
 基本的に、彼は要領がいい。
 甘える対象がいる場合はわざと何もせず、構って欲しがる子供のように叱られるのを楽しんでいたフシがあった。だが、本当の彼は有能だ。あまり表には出さないけれど。でなければ、いくら優秀な家人がいたとしても、サウザンプトンが短期間のうちに、こんなにも発展する事はなかっただろう。
 そんな彼が、寝食を削って仕事に打ち込んでいる理由は、1つしかない。
「まったく。どっちが子供なのよ」
 呆れながらも、ネティの顔に浮かぶのは微笑みだ。
 ほんの少しでも、彼が安らげたのであればそれでいい。ここまでやって来た甲斐があったというものだ。
「あんまり無理しちゃ駄目よ、アレク‥‥」
 呟いて、枕元の燭を吹き消す。
 訪れた暗闇の中、旅の疲れも手伝って、ネティはやがて心地よい眠りの中に落ちて行ったのだった。

●不器用な彼
 灯りが消えた部屋の前で、彼はドアの把手に手をかけて、動きを止めた。
 部屋の中は静まり返っているようだ。どうやら彼女は眠ってしまったらしい。
 しばし躊躇して、彼は把手から手を離した。
 自嘲めいた笑みを浮かべると、軽く頭を振る。そして。
「‥‥ありがとな、ネティ」
 呟きは、夢路を辿る彼女の元に届く事はなかったけれども。
WTアナザーストーリーノベル -
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Asura Fantasy Online
2009年08月03日

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