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『【剣豪への道】 』
村雨 紫狼(ec5159)

●霧立ち込める海域に棲む 竜との約束の後に
 目の前には月道。行先と目的を告げたものの、傍にいる二人の精霊らにどこまで通じているだろうか。ただ普段おちゃらけ陽気な主人とは明らかに異なる何かを、感じ取っているのかもしれない。心配そうに見上げる風と光の精霊に、紫狼は笑いかける。
「大丈夫だって! 修行して絶対もっと強くなってやる。これからすげえ戦いがあるんだ、俺はやるぜ。待ってろよ子爵野郎」
 ふわりと浮きあがる精霊二人が、紫狼にしがみ付く。
 光に彩られた月の道、という天界から来た彼にはやはり見慣れない、不思議かつ幻想的な光景がそこには広がる。
 彼はアトランティスの地からジ・アースのジャパンへと向かった―――。確かな決意を胸に。
 しかしながら―――到着した後の事は考えていなかったのである。
 強くなる、しかしどこでどうやって、という事柄を、である。
 此度の物語はかの地を踏みしめた後、本格的に始まるのであった。


●捨てる神あれば――――
「うぉあああああああ!!」
『だいじょーぶ!?』
「いってってて‥‥」
 したたかに地面に体を打ちつけて砂利で肌を擦って、体は痛みを訴える。
「身分を証立てられる物もなく、紹介状もなく誰でも門戸を潜れると思い込むなど笑止、我が道場も甘く見られたものだ。お引き取り願おう」
 長身の紫狼すら凌ぐ背丈の大男は、厳めしい面に口を真一文字に引き結びぎり、と睨みつけた後。弟子らと思しき青年を引き連れ奥へ消え、門を閉めた。
 これで一体いくつ目の門前払いだろう。最初こそ、次があるさ、と自らを鼓舞して精霊達と仲良くあちこち良さそうなところを渡り歩いていた訳ではあるが、こうまで続くとへこむのも無理はない。紫狼もむう、と唸りながらさすがに毒づく。
「くっそぉー剥げ坊主! 遥々アトランティスから来てんだぞ、もう少し歓迎しろってんだ」
 でもそこで落ち込み続けないポジティブシンキングが彼の良いところ。体についた砂を手早く落として、手伝ってくれる可愛い精霊達の頭を撫でへへ、と笑う。
「いかにも名門です、っていう立派な看板があるところは避けて、隠れた名門を捜してみっか。まだまだ俺は諦めねえぞ〜〜!! よーしやっちゃるぜ!!」
『うん、がんばろー!』
 ぱたっ。
「ん?」
 ぽたたぱたたたたたっ。
 頬に流れる水滴に、紫狼は目を丸くする。見上げると先程まで晴れていた空は、どこへやら。薄く空を覆った雲から雨が落ちてきている。人々が軒下に逃れたり、驚いた様子で空を見ていたり。
「うぉ」
 ばたばたばたばたっ。当然紫狼は傘なんて持ってない。江戸に来たからといって彼の纏う服はアトランティスで身に付けていたものと同じもの、特に買い直している訳でもない。備品もしかり、だ。
「冷てぇなっ!! 二人とも移動するぞっ」
 精霊らは濡れた所でそれが何といったところだが、人間の主人はそうはいかない事がわかるのだろう。若干焦ったようにこくこくと頷き、駆けていく主人のすぐ脇を飛行してついていった。


●拾う神、あり?
「はいはい、混ぜご飯と味噌汁と、魚の塩焼きと漬物ね」
 ふっくらとしたふくよかな女主人が差し出した定食に、紫狼は歓喜の声をあげ、礼も手短に、がつがつがつと米やおかずを平らげていった。
「おばちゃん、この混ぜご飯さいこー! おかわりっ」
「うふふ、はいはい」
「あらあら凄いだべっぷりだねー、兄さん。こっちの国のおまんまは美味いかい?」
 黒髪の婀娜っぽい女性が言えば、どっと他の客からも楽しげな笑い声が上がる。
「うん、やっぱ米はうまいよな。アトランティスから来てずっとあちこちの道場訪ね歩いてたからさー。そういえば、落ち着いてまともに飯なんて食ってなかったんだよな」
 外は凄まじい雨だ。皆おてんと様が出るまで待つかね、と飯屋でのんびり時間を過ごすことにしたらしい。外に出るのも勇気がいる豪雨の中、遥か遠くの異国から来た紫狼は、彼らにとって格好の時間潰しの材料だったようで。
 食べながらも本来話すのが好きな彼は、事情を説明していった。訳あって強くなりたいと切望していること、立て続けに門前払いを食らってしまったこと。それでもまだ諦めていないことを。
 どかっと先程から何度も紫狼に話しかけてくる美女が、どっかりと目の前に座ってにやにや彼を見ていた。
「強くなりたいんだ?」
「おう!」
「あたしの爺ちゃんのとこで修行してみるかい。一応昔は名の知れた剣豪だったんだよ。道場は今もやっててね、門下生は少ないけど、今だってそんじょそこらの青二才には負けないって鍛えてんの」
「?」
「おりんちゃん、それは」
 やめとけやめとけ、と忠告交じりの笑いが沸き起こる。
「ただし面会はさせてあげるけど、爺ちゃんは結構見る目が厳しいよ。実力が大したことないって判断したら門前払いもありうる。でも、面会料は頂くよ。手間賃ってことで酒一升瓶をおごってもらおうかな」
「あのさ、その爺ちゃんはほんとに強ぇ?」
 考え込んだ紫狼。
「あたしは爺ちゃん以上に強くて格好いい男を見た事がない」
 猫のように細まる目、艶やかな微笑が浮かぶ。だからおりんちゃんは未だに嫁いでねえのよ、と揶揄の声が飛んだが、煩いよっと手ぬぐいが飛ぶ光景すら、紫狼の目に入っているのかいないのか。
「―――おっし、面会させてくれ。このままアトランティスに戻るつもりなんて、全然ねえんだ」
 いい覚悟だ、と快活に女は言った。


●武者修行
「想ったより骨のある男みたいだねぇ。音をあげず修行に明け暮れるとは、予想外だったな」
「おりんちゃん、酒代浮かなくて残念だったねぇ」
「ほんとに、あてが外れたよ。あっおっかさん、団子と濃いお茶追加ね。ただ―――」
 長屋の一角の食堂では、馴染みの客たちが昼時を過ごしている。歩いて数分の場所にある彼女の祖父が師範を務めるその道場から出てくる事もなく―――剣術修行に精を出すあの若い天界人は、甘ったれた事も言わず無駄口を叩く根性も失わず、頑張っているらしい。
 ―――夜はさすがに死んだように眠っているらしいが。
「爺ちゃんが楽しそうにしてるから、ま、いっかな」

 柊先生、と呼ばれる白髪の老人は、老いを感じさせない気迫の持ち主だった。
 彼は紫狼の潜在能力を認めた。軽い言動の影にある、本気で強くなるという想いも組み取り弟子入りを許した。時は有限であることを知った以上、修行は厳しさを極めた。
「(お、俺、そのうち死ぬかも‥‥)」
 と布団に横たわる瞬間、このまま目が覚めなかったらどうすっかな、と冗談と本気半分ずつで紫狼は考えたが。布団の両脇に潜りこむ精霊達の可愛い寝顔を見ると、情けねえこと言ってんな、頑張れ俺、と自らに喝を入れる、それを毎晩繰り返した。

 最初こそ体が酷い筋肉痛だの、剣術の未熟さを指摘され、竹刀で叩き落とされたり道場の床に沈められたりとそういったことを繰り返していた訳ではあるが。

「ちゃんと食いなよ。倒れちゃうからね。柊先生は厳しいから、結構体きついだろう?」
「まぁ楽じゃねえけど、これくらいは覚悟してきたから。ありがと、おばちゃん!」
 長屋の店に集う人々と顔馴染みになり、皆紫狼に修行の進み具合はどうだ、調子はどうだ、と言葉をかけてくれる。他国に来てこれ程人がきさくに接してくれると思わなかった彼は、精霊らの声援だけでなく彼らの温かい心遣いに辛さも軽減する心持で、頑張り続けた。

「師範に真剣を使わせるとは、紫狼さん中々やりますね」
 一番弟子の腕の立つ若者が、穏やかに評した。修行は竹刀からより実践重視の真剣へと変わっていた。紫狼が戦わなければならない相手とは、世間を騒がす人よりもっと恐ろしい、『強大な者』だと感じ取ったからかもしれなかった。―――紫狼は詳細は、語らなかったが。
 ―――絶対負けられねえんだ。ほうっておくと泣く奴が増えちまうから‥‥。
 それを口癖のように言う彼に、師範は何か思うところがあるようではあったが。


●譲り渡されし宝刀
 濃密な日々は過ぎていく。一日が一月のように感じる、有意義な時間が。紫狼が、自惚れではなく確かに実力をつけたと、自分でも思う程に変わっていった。
 そして、そのある日の事――――。

「どんな強い敵にも弱点があるものだ。自らより強い敵と相対するそういう時こそ、焦りに囚われるな、己の息遣いが聞こえる程神経を研ぎ澄まし、風や鳥の声が聞こえる程耳を澄ませ、敵の弱点を見破り、その刀で敵を打ち砕くがいい」
 畳の上に置かれた、黒漆塗りの鞘に収められた、見るからに年季が感じられる刀。
 鞘から半ばまで引き抜くと、磨かれた稀に見る一品と解る刀身が露わになる。
 チン、と澄んだ音を立て、それを収め。師範は紫狼に、その一振りの刀を差し出す。驚き絶句した紫狼に、その刀の名を告げた。
「菊一文字という、―――以前わしが愛用していたもの。そなたが護りたい者らの命を救う為に闘うというのなら、譲るのがその刀を生かす事にもなろう。剣術修行は一朝一夕では身につかぬ。ここを離れても自らを律し強くなる為の努力を怠るな。さすれば、二天一流ももっと磨かれ、そなたはさらに、強くなっていく事であろう」
「‥‥!! ありがとうございました!!」
 刀を受取り深々とお辞儀をした彼を見る、老剣士の見る目は穏やかだった。  


●また、いつの日か
「なんかちょっと去りがたくなったけど、でも永遠の別れって訳じゃねえしな」
 再び月道の前に佇む紫狼は、様々な思いを胸に再び決戦の地へ向かう。
『また、皆に会いたいね』
『また、来ようね!』
「おうっ!!」
 紫狼は笑う。その手には剣豪から譲り受けた宝が、確かに握られていた。
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Asura Fantasy Online
2009年07月21日

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