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『まさかのサーカスデビュー!? 』
柴樹・紗枝6788)&団長・M(6873)&竹取・めぐる(NPC5246)


 サーカス団のテント裏……そこには出番を待ちかねている動物たちが、まるで会話とも思えるような鳴き声を発していた。いつもならスポットライトに照らされるはずだが、今日は暗闇の中でひとときの休息を楽しんでいる。今日も厳しい稽古を終え、檻の中でほっと一息ついているのだろう。老いも若きもオスもメスも、一緒になって会話をしているのかと思えば、この声も不思議と賑やかで楽しいものに思えてくる。
 淡い光の蛍光灯ランタンが道標のように並ぶ檻のマンションを、ひとつの人影がせわしなく動き回っていた。少年だ。きっと裏方の人間なのだろう。どうやら、動物たちのお食事の後片付けをしているようだ。彼が動くたび、『カチャカチャ』と食器の奏でる音が小気味よく響く。その動作には無駄がなく、機敏であった。
 この少年、世話だけをしているのかと思えば、何気なく動物に話しかけている。なんでも実家ではウサギを飼っているらしく、こういう癖がついてしまっているそうだ。もちろん動物たちと会話が成立している保証などどこにもない。それでも彼は友達と接するかのように話していた。

 「あーっ、お残ししてるじゃないですか。ダメですよ、ちゃんと食べないと。ニンジン、ちゃんと見えないくらいまで砕いたのにな……あ、匂いでわかっちゃったのか。」
 「あら、その子……今、ちょっとぞっとしたみたい。めぐるくんの食事はそのくらい変化に富んでるってことかな?」
 「あ、紗枝さん。お疲れ様です。」
 「お疲れ様。ああ、その仕事が終わったら団長室に来てもらえる? 話があるの。」

 めぐるは何気なく「わかりました」と返事するが、何の用で呼ばれるのかはさっぱり検討もつかない。空になった皿を誇らしげに見せるハトたちを褒めながら、「いったい、何のご用事でしょうね?」と首を傾げた。生活費を補うために始めたアルバイトを、ここで手放すわけにはいかない。とにかく粗相がないように心がけ、残った仕事を片付け始めた。


 アルバイトの面接以来の訪問となる団長室。その時の団長はピエロ姿でのお出ましで、めぐるも『さすがはサーカス団』と感心した覚えがある。そんなユニークな面々が中にいるかと思うと、ショーでもないのにわくわくしてしまう。めぐるは心の中に広がる気持ちを仏頂面で抑えつけ、部屋の前で「失礼します」と声を発し、団長の了承を得てから中に入る。
 ところが、団長室にいるのは紗枝だけだった。返事したのは、間違いなく団長なのだが……めぐるは柄になく慌て、きょろきょろと周囲を見渡す。

 「あ、あの……めぐるですけど、団長?」
 「めぐるくん、机の上の椅子にいるわよ。」

 いくら紗枝とはいえ、こんな冗談はいただけない。机の上に椅子が乗っかっていれば、子どもでも簡単に気づくというものだ。めぐるはあくまで確認のため、机に視線を送る。
 すると、言葉どおりの状況が目に飛び込んできた。普通の机に小さな椅子があり、そこにシルクハットをかぶったメガネザルが悠然と葉巻を燻らせているではないか!

 「あ、あれ? お、お、おかしいな。だ、団長さんは、ピ、ピエロのはず……」
 「なるほど。お前さんはまだ知らなかったか。あの日のピエロの肩にサルがいただろう。あれがワシじゃ。」
 「えーーーーーーーっ! じゃじゃじゃ、じゃあ、あなたが団長さん?!」

 いつものことながら予想通りの展開に、思わず紗枝が吹き出す。団長の正体を知った者の反応は、だいたいこの辺に落ち着くようだ。めぐるは肝に銘じていた粗相をやらかしたと慌て、団長に一礼をして非礼を丁寧に詫びる。

 「まぁまぁ、そのくらい気にしなくてもいい。ところで、お前さんを呼んだのは他でもない。うちの団員になってみないかということなんだがの。」
 「だ、団員っ?!」
 「普段の身のこなしも軽いし、仕事ぶりも正確かつ迅速な対応をしてくれるし、何よりも動物たちとコミニケーションを取ってるところがいいわ。」

 団員への昇格の理由を紗枝から伝えられても、どうにもめぐるは実感がわかない。驚きの方が大きいというのもあるのだろう。彼の興奮を冷ますかのように、団長は結論を急がせないように注意を払いながら話を進めた。

 「お前さんのことは、見てないようで見てたんだよ。まぁ、あれだけの動きだ。何か特技があると踏んでるが……どうかね?」
 「人様に自慢できるほどではありませんが、体を動かすのは得意です。あとは、ちょっとだけ軽業師の真似事が……あ、あくまで我流ですから!」
 「いいのいいの、魅せる動きはみんなが教えるから。団長、さっそく衣装合わせを……」

 めぐるのバカ正直さは計算のうち。話の主導権は、完全に団長と紗枝が握った。

 「あ、あ、あ、そ、そんなぁ、ボクで大丈夫なんですかぁ?」
 「大丈夫じゃなかったら、ワシが声をかけとらんよ。おお、これだこれだ。」

 紗枝が準備した男性用団員服を持たされ、めぐるは衣装室で着替えて戻ってくるように指示される。道すがら、少年は衣装を広げて確認。紗枝と同じような燕尾服に蝶ネクタイ、ロングブーツに全身タイツのようなノースリーブの白いインナーウェア。インナーウェアを『全身タイツのよう』と表現したが、局所に肉体美をアピールする加工が施されており、装着時の胸の露出が容易に想像できる代物だった。

 「きっとサーカスだから、こんな感じなんだろうなー。」

 めぐるは簡単に納得したが、これはいけない。世の中には簡単に飲み込んでいいものと、ダメなものがある。これは明らかに後者だ。何にでも理解を示してしまうめぐるは躊躇なく衣装に袖を通し、団長室へ戻る間はどれくらい動きを阻害しないものなのかをチェックする。生地はほどよい伸縮性に加え、布とは思えない軽さ。悪い癖とわかっていながら、めぐるはこれがどれだけ高価なものかと考えこんでしまった。


 すっかり団員の仲間入りといった姿で戻ってきためぐるだったが、それを見た団長と紗枝が「うーーーん」とうなり始めた。まさかこんなところで躓くなんて……ふたりにとっても、これは予想外。どうしても、次に出す言葉が思いつかない。
 さっきまで着ていためぐるの服は、雑用で汚れてもいいようにパーカーにジーパンというお気楽スタイル。つまり全体的に体の線が想像しにくい姿だったのだ。それが今になってはっきり出たのだが、どうも見た目が落ち着かない。そう、めぐるは華奢な体型なのだ。双子の姉がいるらしいが、おそらく彼女もこんな感じなのだろう。ここまで男性用の衣装が似合わないとは……

 「これは……その、あの、なんだ。お前さんの身のこなしが軽いわけがよーくわかるのぉ。」
 「そ、そうですね、団長。あ、めぐるくん。ちょっとこっちのセットも試してくれる?」
 「あ、別の種類があるんですね。わかりました、じゃあこっちに着替えてきます。」

 紗枝が渡したのは、彼女が私的に持っている衣装セット……と言ってしまうと、中身がわかってしまうので、肝心なところはいっさい語らずめぐるに押しつけた。それを何の疑いもなく持っていっためぐるは、絶対におかしいと思いつつも指示通りに着替える。

 「これ……絶対に……女性用、だよね。」

 シルクハットに燕尾服、蝶ネクタイにロングブーツまではいいとしても、コルセットだかブラウスだかハイレグショーツは明らかに女性もの。普通ならこんなもの着ないのに、めぐるは姉のいたずらでよく女性ものの服を着せられているからか、この辺の感覚が麻痺している。だからいくら疑問に思っていても、体が勝手に着替えちゃうのだ。
 さらに不幸なことに、出迎えた団長と紗枝から絶賛された。特に紗枝は胸のあたりで手を組んで、いやんいやんのポーズで「似合う似合う!」「かわいいかわいい!」を連呼。団長もタンスの奥から支給品を引っ張り出す。苗字の竹取からイメージしたのか、藤色の燕尾服に鶯色の蝶ネクタイ。そして当然のように白ブラウスに白手袋、黒のハイレグショーツとロングブーツ、そしてシルクハットを机に揃え、「さぁ、受け取りたまえ!」と胸を張る。

 「あ、あの……これ、女性用……」
 「萌えとかいうのが流行らしいの。お前さんにそのポジションを任せようかの。」
 「声も高いし、問題ないね! 外のみんなにもお披露目しなきゃ……」

 人間はまだしも、動物にまで女性として認識され、しかも観客の前で女性を演じることになってしまうのか……めぐるは卒倒しかけていたが、団長と紗枝の会話は弾む。

 サーカスに紛れ込んだ野良犬が声高らかに吠える。まるで、めぐるの心境を現しているかのようであった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年07月17日

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