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『 Die Erde entkommt Verhütung 』
三島・玲奈7134)&藤田・あやこ(7061)&ドリス(NPC3982)

「人類すべてを真界に複製し、原本であるデータ――すなわち人間そのものを消去する。かつて魚類が両生類となり、陸へあがって進化したように、だ。人類抹殺? 人聞きの悪いことを口にしたのは誰かね? これはデータの移動だよ。我々がこの腐りきった大地から脱出するための手段にしかすぎない。これは、そのための箱舟だ。我々の目的を達することができる、唯一の媒体だ」

 東京湾岸地区。
 深夜の港湾に幾台もの車両が終結しつつあった。濃紺に塗装された車体には警視庁の白文字が浮かんでいる。マイクロバスをベースに防弾処理などの改造が施された隊員輸送用の車両だ。他にもオープンのジープや大型のパネルトラックも見える。それらが、すべて警察車両であることは明白だった。
 それらの車両が回転灯すら灯さず、闇にまぎれるようにして1つの倉庫を包囲する。辺りには、なんともいえない物々しい、しかし異様な雰囲気が漂い始めていた。
 やがて全車が停止し、マイクロバスから武装した隊員たちが姿を現した。誰も言葉を発さぬまま、隊長と思われる人物の指示に従って機敏な動きを見せる。サブマシンガンを両手に構え、倉庫の搬入口へ身を寄せる。そのバックアップをするかのように、幌なしのジープに装着された機関銃の照準が合わされた。
 表の搬入口はもとより、裏口にも隊員が配置されている。黒を基調とした衣服にSATの白文字が刻まれている。警視庁警備部に所属する特殊部隊だ。ハイジャックやテロ事件、銃器類を使用した凶悪犯罪への対処を目的に設立された精鋭部隊である。
 ハンドサインにより、無言のまま命令が下された。その場にいる、すべての隊員が自身のなすべきことを理解していた。訓練された機敏な動き、犯罪者を速やかに制圧するための多用な銃器。よほどのことがない限り、SATは作戦を成功させるだろう。
 某国が軍事利用を目的に開発した人間の受精卵を用いたバイオ兵器。その技術データ、そしてサンプルの一部が何者かによって漏洩し、日本に流入した事実を日本政府、ならびに警視庁公安部が知ったのは、つい2日前のことであった。
 公安部は国内外の諜報機関などと連携し、某国とつながりのある、もしくは某国と敵対する国、あるいは組織と関係のある団体を極秘裏に調査したものの、問題のバイオ兵器の行方はようとして知れなかった。事態は緊急を要する。何者かの手によってバイオ兵器が完成し、実際に使用されれば大惨事は免れないからだ。しかし、2日が経過しても手がかりらしきものはつかめず、完全に手詰まりとなっていた。
 そして湾岸地区に建てられた無数の倉庫群のひとつに、過激な思想を持つ人間が集まり、漏洩したバイオ兵器を使用してテロ行為を企てている――匿名による情報が公安部にもたらされたのが1時間ほど前。ただちに情報の裏付けを行った公安部からの要請により、事態を収拾するため、SATが緊急出動することとなった。
 爆音が静寂を切り裂いた。
 搬入口に仕掛けたコンポジション4――プラスチック爆弾で鉄扉を破壊し、それと同時に別の隊員が内部へ閃光手榴弾を放りこむ。
 相次ぐ爆音と閃光、そして煙。
 閃光が治まるのとほぼ同時に、隊員たちは倉庫へ突入していた。サブマシンガンを構え、無駄のない動きで闇の中を進んでいく。
 しかし――
 SATの隊員たちは知らなかった。
 仲間と思い、信頼しているはずの隊員の中に、別の思惑で動いている人間がいることに――

 秋葉原「茶っと」
 雑誌などでも紹介され、秋葉原でも有名になりつつある腐女子で賑わう店内に、周囲とは少し気色の異なった服装の女性がいた。タイトなミニスカートのスーツを身につけ、肩に美しい紋様の蛾を乗せた20代前半の女性だ。見るからにキャリアウーマン、女社長といった形容が似合う女性――藤田あやこである。
 店内を動き回り、丁寧に接客する若い執事たちをからかいながら、藤田はコーヒーを片手にネットワークの海を泳いでいた。今日は休暇と定めていたが、半ば仕事、半ば遊びのような格好で秋葉原を訪れ、もはや日課となった情報収集に勤しんでいた。
「JKの脳みそ買います? なによこれ?」
 アンダーグラウンド系の掲示板を閲覧していた藤田は、そこに貼られていたリンクの1つから別のサイトへ飛び、画面に映し出された文字を見て思わず驚きの声を漏らした。黒を基調に、おどろおどろしい雰囲気を醸し出したサイト。それが臓器密売を目的とする闇サイトであることは一目瞭然であった。
 藤田は最初、誰かが悪戯目的か足跡狙いで立ち上げた釣りサイトかと考えた。ネット上には、あたかも闇サイトであるかのように偽装し、アクセスした人間のIPなどから個人情報を自動的に読み取るものも少なくない。また違法なアダルトサイトなどと提携し、クリックしただけで料金を徴収するものもある。このサイトも、そうした違法、もしくは脱法的なサイトの1つではないか、と藤田は考えたのだ。
 だが、掲示板に投稿された書きこみを見ていくうちに、これが本物の臓器密売サイトである可能性は高いと思うようになっていた。
「でも、なんで脳みそ?」

 秋葉原路上。
 メイド喫茶「プリムス」にアルバイトへ向かうために近道をしていた三島玲奈は、路地をふさぐようにして立つ男の姿を見て、思わず足を止めた。
 普段だったら気にも留めないだろう。この秋葉原には少し変わった人間が出入りしているからだ。メイド喫茶でアルバイトしているということもあり、玲奈は過去に熱狂的なファンからストーキングされたこともある。いつも通る路地などで待ち伏せされたことも何度となくあった。だから、そのテの人間の扱いは慣れている。
 しかし、今回は雰囲気が異質だった。禍々しさが男の全身から滲んでいる。殺意と言い換えても良いかもしれない。だからこそ玲奈は足を止めたのだ。いつものようなストーカーなら、ちょっかいをかけてきたところで叩きのめし、素通りすれば良いだけのこと。だが、今回ばかりは玲奈の本能が、なにかが危険だと告げていた。
「お兄さん、あたしになにか用?」
 メイド喫茶のアルバイトで染み付いてしまった営業スマイルを浮かべ、玲奈は努めて柔らかな口調で言った。
 だが、男は無言のまま後ろ腰に吊るしたシースから大振りのファイティングナイフを引き抜き、殺意のこもった双眸を玲奈へ向けた。
「貧乏娘の懐に用はねえ……」
 短く吐き捨てると、男は一気に間合いを詰める。
 鋭い突きが繰り出される。
 とっさに身構えた玲奈は、間一髪でナイフを避けた。しかし、わずかな動揺が玲奈の動きを鈍らせ、鋭利な刃が制服の肩口をかすめた。
 男は素早い動きで右手を引き戻し、再び突き出す。ナイフという小型の刃物の特性を理解した攻撃方法だ。近接戦闘におけるナイフは斬るものではない。敵の急所を的確に狙って突き刺し、一撃で致命傷を与えるための武器なのだ。
 胸元を狙った攻撃を、玲奈は身をひねってかわす。だが、男の巧みなナイフさばきにより、またもや完全に回避することはできず、胸元が横一文字に切り裂かれる。
 反射的に片腕で胸元を覆い、玲奈は男との距離をとる。
(よかった……制服の下に体操服、着てきて……)
 最後の授業が体育だったため、アルバイトの時間も差し迫っていたこともあり、体操服の上に制服を身につけて学校を飛び出してきたのだが、今回ばかりはそれが効を奏した。微妙に汗臭くて電車の中では気になったが、こんな男に下着を見られることを考えれば、それもどうということはなく感じられた。
 再び男が距離を詰める。
 先ほどの攻撃で玲奈の胸中はすでに落ち着きを取り戻していた。相手は自分を確実に殺そうとしている。今までの攻撃から、それは明白だった。気を抜けば命を奪われる。それは避けなくてはならなかった。
 ナイフの刺突――
 玲奈は身をひねる。しかし、やはり完全には避けきれない。少しずつ制服が斬られ、剥がされて行く。
 攻撃をかわしながら玲奈は左の後ろ回し蹴りを繰り出す。わずかに体勢は崩れるが、確実にダメージを与えるには蹴りでないとダメだ。戦闘訓練を積んでいない女の軽い拳では牽制になってもダメージは望めない。
 玲奈の左足が男の腹部に叩き込まれた。思わぬ反撃を喰らい、男がよろめく。
 即座に体勢を整え、玲奈は追い討ちをかける。
 しかし、それは男の誘いだった。
 玲奈が男の懐へ跳びこむと同時に、ナイフが繰り出される。
 直撃寸前――
 まさに紙一重で玲奈は刃を避け、男の腹部に右の横蹴りを見舞わせた。
 首筋が裂け、わずかに血が滲む。
 だが、男はうめき声すら上げず、不敵な笑みを口許に貼りつけた。素早い動作で玲奈の足首をつかみ、突き出したナイフの刃を首へ押しつける。
「首から上に用があるのさ」
 ゾクリ、と玲奈の背筋に悪寒が走った。
 静かな口調ではあったが、それゆえに男の本気を玲奈は感じ取っていた。
「……だったら、さっさとしなさいよッ」
 言うが早いか、玲奈は男の右手をつかみ、一瞬の躊躇もなく力任せにひねった。
 鈍い音が響いて男の右腕が砕ける。
 男の口から短い悲鳴が漏れた。しかし、玲奈はその反応など気にするでもなく、さらに男の腕をひねりながら、膝頭へ踵を叩きつける。膝の皿を割られ、体重を支えきれなくなった男の体が、その場に崩れ落ちる。
 崩れ行く男の顔面へ玲奈が膝蹴りを叩きこむと、かすかに血しぶきが舞った。鮮やかな連続攻撃であった。路面に転がった男の顔面へ靴底を叩きつけると、脳震盪を起こして男は完全に沈黙した。
 その姿を見て、玲奈は小さく息を漏らした。
「殺すつもりなら、さっさと殺しなさいよ? そうでないと逆に死んじゃうんだからね?」

 電脳空間。
 情報の海――人間にとっては単なる電子記号の羅列でしかないネットワークも、ドリスには他の次元と同じように1つの世界となって構築される。海ならば海、山ならば山。画像データから非現実を現実のものとして体験することができる。それがドリスだ。
 意識を持ったときには、すでにネットワークの海にたゆとうていた彼女は、人間が構築した様々な情報を漁ることが日課となっている。ときには情報を覗き見し、あるいはちょっとした悪戯で電子記号を好き勝手に書き換え、人間に多大な迷惑をもたらす。
「えっと……なにこれ……?」
 氾濫する情報の中で、ドリスは奇妙なものを発見した。ネットワークの世界にあふれている個人情報のようにも見える。事実、それは個人情報であった。ただし、その人物の生い立ちから、家系図にいたるまで事細かに記された、他ではちょっと見ない類いのものだ。
 三島玲奈。
 稀代の霊能力者の血を継ぐもの。
 地球脱出教団。
 箱舟。
 脳下垂体を動力制御の媒体に。
 そうした数々の情報を盗み見ているうちに、いつの間にかドリスの好奇心は膨れ上がっていた。彼女の行動原理は自分が楽しいか、楽しくないかだけだ。自分の行動が原因で、どこかの誰かが喜ぼうが苦しもうが、ドリスにとっては関係ない。
 満面の笑みを浮かべながら、ドリスは現実世界へと戻った。

 東京湾岸地区、地球脱出教団本部。
「GO,GO,GO,GOッ!!」
 突入は速やかに行われた。
 教団の本部となっている倉庫の内部は、無数の壁で区切られており、さながら遊園地の巨大迷路のようになっている。警察の強制捜査などで踏み込まれたとしても、時間稼ぎができるように考えられているのだろう。
 しかし、そうした事案すらも想定して訓練を受けているSATの隊員は、部隊長の指揮下、全員が素早く慣れた動きで各部屋を制圧する。時折、倉庫の内部にくぐもった銃声が響き渡る。抵抗を見せる信者に対しては、発泡許可が下りているためだ。
 だが、日本の警察は警告もなくテロリストを射殺することはない。隊員のサブマシンガンに装填されているのは、火薬を弱装にしたゴム弾だ。致命傷にはいたらないが、被弾すればしばらく動くことはできない。そうして敵を鎮圧するのだ。
 ものの数分で制圧は完了した。所々で抵抗を見せた信者も、SATのゴム弾を喰らい、床に転がってうめいている。大半の信者は広間に集められ、呆然とした様子で事の成り行きを静観している。自分たちが警察に踏みこまれる理由など思いつかない、といった雰囲気がありありと窺える。
「ご苦労さま。あとは、こちらで指揮を執ります」
 その声とともに、広場に集結した警察官の中から藤田が姿を現した。それを見てSATの隊員たちから不満そうな声が漏れた。
「公安が……」
 決して大きな声では言わないが、そんな雰囲気がSATの間に充満する。同じ警察組織ではあるが、警備部に所属するSATと、警察内部で絶大な権力を握る公安部は、仲が良いとはいえない。今回のように公安の要請でSATが動くことはあっても、結局のところ最終的な権限を握るのが公安である以上、SATとしては面白くない。
 しかし今回の場合、実際に現場の指揮を執っているのは公安ですらない。警察上層部に圧力をかけ、公安部を隠れ蓑にしてSATを動かし、地球脱出教団本部への強制捜査を行わせたのは、IO2だ。公安部の人間に偽装しているものの、この場にはIO2の人間が数多く紛れこんでいる。
「始めてちょうだい」
 藤田の命令に従い、IO2の人間が爆薬の設置を開始した。
 広間の中央には巨大な円筒状のガラスケースが置かれ、その中ではホラー映画にでも出てきそうなグロテスクな化物が薄い青色をした液体に浸されている。そのケースを重点的に、倉庫のいたるところへコンポジション4が設置され、起爆装置へつながれる。
「爆破」
 退避が完了した後、藤田の号令で倉庫の内部は完全に破壊された。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
九流 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年07月10日

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