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『■ 花咲く君への想いにこそ ■ 』
キース・ファラン(eb4324)

「香代」
 名を呼ばれて振り返った石動香代(ez1196)は、同時に彩り鮮やかな甘い匂いに視界を覆われて目を瞬かせた。
「‥‥ぁ、あの‥‥」
「プレゼント」
 腕の中にすとんと彩りが納まり、それがようやく何種類もの花を束ねたブーケだと気付いた香代は、同時に、贈り主ことキース・ファラン(eb4324)の笑顔を目にして頬を染めた。
「‥‥っ」
 嬉しい、けれど。
 ものすごく、嬉しいのに。
「‥‥どうして‥‥?」
 素直ではない言葉しか発せられない自分自身に表情は翳った。


 ***


「‥‥どうして‥‥?」
 香代の低い問い掛けにキースは困る。
 彼女の笑顔が見たくて用意した花束の贈り物。これで機嫌を損ねられてしまうと、どうしたら良いのか判らない。――が、これまでも幾度となく挑戦してきた経験は伊達では無い。
 少しくらい表情を翳らされたからといって退く理由にはならなかった。
「香代にあげたかったんだ」
 キースは笑う。
 陽気に。
「もうすぐ夏で、あっちこっちにたくさんの花が咲いているのに、香代の家には花がないだろ? せめて家の中に花が咲いていたら、気持ちも和らぐんじゃないかと思ってさ」
 何度か訪れた事のある、彼女が兄達と暮らす家は、緑豊かで涼やかな印象を受けるが彩りはほとんど無い。花は手間が掛かり、忙しい身の上ではきちんと世話が出来ないから育てないのだと聞いた事もあったが、切花を屋内に飾る事ならば手間にはならないはず。
「花って見ているだけで優しい気持ちになれるし、‥‥俺が一緒にいられない時も、さ。この花を見て、香代が微笑ってくれていたら良いなって思う」
「‥‥っ」
 キースが言い終えるが早いか、香代は腕の中の花束で顔を隠した。
「香代?」
 不思議に思いながら顔を近付けてみれば、微かに見える瞳は――潤んでいた。
「‥‥どうして‥‥そう言うこと、言うのかしら‥‥」
「? そういう事って?」
「‥‥そういう‥‥恥ずかしい事‥‥っ」
 聞き返す彼に香代の語調が若干だが強くなる。
 しかしキースの笑みは深まるだけ。
「恥ずかしくなんかないよ、香代の事が好きだから言うんだ」
 好き、という言葉に彼女は今度こそ顔全部を花束に隠す。
「香代の事が好きだから笑っていて欲しいし、喜んで欲しいし、俺の居ないところでだって幸せでいて欲しい‥‥うん、本当は俺の傍で幸せだって感じてもらえるのが一番だけど」
 それじゃあんまりに自分勝手だよな、とキース。
「だからせめて花を香代に贈るよ。一人きりの時だって絶対に独りじゃない、俺が傍にいるって伝わるように」
「‥‥でも‥‥」
 花の向こう、か細い声が告げる。
「‥‥花は、いつか枯れるわ‥‥」
 それと同じように、いつかキースの気持ちも枯れてしまうかもしれない。彩を失い、消えてしまうかもしれない‥‥と、さすがにそんな想いを香代が素直に語る事はなかったけれど、キースは察する。
 否、想いゆえに感じ取れたのかもしれない。
「枯れないよ、俺が贈る花は」
「‥‥枯れないわけない‥‥だって、花だって生きているんだもの‥‥」
「生きてるから枯れないんだよ」
「枯れるわ‥‥っ」
「枯れないよ。俺が毎日だって新しい花を贈るから」
「‥‥っ」
「毎日、新しく咲く花を香代に贈る」
 それは育まれて行く気持ちに代えて、蕾が綻び咲く瞬間を想いに見立てて。
「枯れそうな花は香代が見る前に俺が取り除いて行くから」
「‥‥どうやって‥‥?」
「んー‥‥」
 少し考えて、ふと思いつく。
 香代の兄に協力してもらおう、と。
 まるで名案を思い付いたように揚々と語ったキースに、香代は。
「‥‥ふっ‥‥」
 花の向こう、綻ぶのは。
「香代‥‥」
 あれほど頑なに綻ぶことの無かった香代という名の蕾が。
 表情が、いま確かに微笑んでいた。
 和んだ目尻から零れる涙は、朝露のように清々しく。
「‥‥綺麗だな」
 見惚れ、思わず声に出してしまった呟きに彼女は頬を染め。
「‥‥バカ‥‥」
 花に隠れる、語られぬ言葉。
 けれど今はそれで充分。

「香代、大好きだ」

 花を見て、花が咲く。
 それは言葉よりも雄弁に語られる彼女の想いの形だから――‥‥。
WTアナザーストーリーノベル -
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Asura Fantasy Online
2009年06月29日

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