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『人の恋路自分の恋路』
ネフティス・ネト・アメン(ea2834)

 外はしとしと雨が降っている。
 雨はあまり好きではない。なぜならば、彼女を導いて下さる太陽神の御姿を厚い雲が隠してしまうからだ。それに、冬は体の芯まで凍ってしまうのではないかと思うぐらい冷たいし、この時期はこの時期で体に纏わり付くようで気持ち悪い。
「早く止んでくれないかしら‥‥」
 長い溜息をついて、ネフティス・ネト・アメンは卓の上にばったりと倒れ込んだ。
 雨の日は憂鬱。
 いつもは元気に走り回っている子供もいないし、鳥や動物達の姿もない。世界の全てが息を潜めて、雨雲が通り過ぎるのを待っているみたいだ。
「ネティ? どうかしたのか?」
 規則正しい足音と共に、穏やかな声がかけられる。卓の上に伏したまま、ネティは視線だけ上げた。柔らかで落ち着いた微笑みを湛えて自分を見下ろしているのは、友人であるエスリン・マッカレルだ。
 こんな気合いの入らないお天気にも関わらず、いつもの通りに背筋を伸ばし、凛とした空気を纏っている。
「エスリン‥‥」
 そろりと腕を伸ばし、ぎゅうと友人に抱きついた。
 彼女の持つ気は、森林の中にいるかの清々しさだ。そう言ったら気のせいだと笑われてしまったけれど、彼女の側は、やっぱり何となく落ち着くような気がする。
「本当にどうした? 何かあったのか?」
 心配を声に滲ませる友人に抱きついたまま、ふるふると首を振る。優しい温もりと髪を撫でる手が気持ちいい。何だか甘えん坊の子供になった気分だ。だから、思いつくままに言葉にしてみた。
「エスリンって」
「ん?」
 体に直接響く声も落ち着く。ああ、そうか。だから子供はお母さんに抱きつくのが大好きなんだわ。納得して、ネティは顔を上げた。友の目を見て、途中で切った言葉の続きを口にする。
「絶っ対、いいお母さんになると思うのよね」
 瞬き数回の空白の後、友は、ぽんっと音を立てて真っ赤になった。
「わ、私はっ! 私は騎士でっ、その、家を」
 慌てふためく「常は」冷静な友人から離れ、卓に肘をついて、ネティはにんまり笑ってみせる。根が正直な友人の気持ちはだだ漏れで、今では結構な数の仲間が気付いている。それでも、彼女は必死に「騎士」の自分を保とうとするのだ。
「いい機会だわ、エスリン」
「は?」
 まだ頬から赤みが引かない友人の手を掴み、ネティは自分の前の席に座るよう促した。怪訝そうに、でも素直に椅子を引き、腰を下ろした友人に満足そうに頷いて、ネティは肌身離さず持っているタロットカードを卓の上に広げてみせた。
「これからあなたの恋の行方を占ってあげる!」
「え゛?」
 あからさまに動揺し、助けを求めるように周囲を見回した友に、笑顔で釘を刺す。
「最近、巷で評判で予約が一杯の占い師が占ってあげるのよ。嫌とは言わないわよね?」
 押し売りみたいなものだけど、そう言われては断れない友人の性格を見越しての事だ。固まってしまったエスリンを尻目に、ネティは楽しそうにカードを切り始めた。彼女の事は聞かなくても分かっている。相手の事も、情報はちゃんと仕入れてある。
 手際よく並べたカードを順番に捲りながら、今度は打って変わって神妙な顔をした友人を見た。
「ねぇ、エスリン。ずばっと聞くけど、進展なしね?」
 確認とか、そんな生易しいものではなかった。断定口調のネティに、エスリンの体がぐらりと傾ぐ。目には見えないがネティの言葉が彼女の心にぐさりと突き刺さったに違いない。
「駄目よ、もっと攻めていかなきゃ」
「せ‥‥攻めて‥‥って」
 むぅと頬を膨らませて腕を組む。ちょっと説教しておいた方がいいだろう。カードが示した結果を見ながら、ネティはこほんと咳払った。
「いい? このカードは相手の状態を表すものなの。これによると、最近、色々と賑やかみたいよ」
「色々」に同性が含まれる事はネティも知っているが、この際横に置いておく。ヲトメの妄想はただの妄想だ。多分。
 それよりも問題なのはエスリン自身のカードだ。
「なのに、どうしてそんなに消極的なの! もっと押して押して押しまくって丁度いいぐらいよ!」
 次のカードを捲ったネティは、ほらと半眼でエスリンを睨んだ。
「でないと、相手は手の届かない所に行っちゃうわよ」
「そっ、それは」
 エスリンの表情に焦りに似たものが過ぎる。心当たりがあるのだろうか。その辺りはよく分からないが、友の恋を応援したいネティとしては、もう少し危機感を持って貰いたくて、わざと大袈裟に溜息をついた。
「それが嫌なら、攻略方法を変える事ね。もっと積極的に行かなくちゃ。既成事実の1つや2つあってもいいくらいよ」
「きっ、きせ‥‥」
 年頃の娘があっさりさらりととんでもない事を言う。額を押さえて嘆息したエスリンは、そういえばと思い至った事を口にした。
「ネティと‥‥その、サウザンプトンのアレクシス殿は、その‥‥そういう仲なのか?」
 さすがに憚られたのか、言葉尻は小声になる。
 が。
 効果は思っていた以上に現れた。
「なっ、な‥‥! 私がなんでアレクと!!」
 憤慨したようにカードを握り締めたまま、わなわなと震えるネティに、エスリンは首を傾げる。
「違うのか? 私はてっきりそうだと思っていたが」
「違うわよ! あんないい加減で片付けも出来なくて女ったらしな奴なんかっ!」
 ほお?
 そんな声が聞こえたような気がして、ネティは思わず身構えながら背後を振り返った。だが、そこには誰もいない。以前なら、いつもそうやって突然に現れたのに、彼は今はそれどころではないのだ。
 彼のせいではないのに、一生懸命頑張っているのに、それでも寂しいと思う自分がいて、ネティはぎゅっと口を引き結ぶと眉を寄せた。
「ネティ? その‥‥私は余計な事を言ってしまったか?」
 案ずるエスリンの声に首を振る。
「ううん。いいの。ただ、調子が狂っただけ」
 そう。こんな雨の日だから、感傷的になるのだ。
 薄布を幾重にも重ねた故郷の服の裾を握り締めて、ネティは思う。
 世界から切り離されている、そんな気がする雨のせいで、ちょっと弱気になっただけだ。忙しそうに采配をとり、名前もよく知らない部下の人達に囲まれて色々と命じる彼が、急に知らない人に見えた事や、自分がそこにいると気付いて貰えなかった事に不安だっただけ。
 言い聞かせるように、心の内で何度も繰り返すネティに、エスリンが心配そうな視線を向けて来る。
「大丈夫よ、エスリン。私は大丈夫。だってあいつの方が何倍も大変なんだもん。寂しいとか、そんな事‥‥」
 ぽろりと、不意に零れた涙をネティは急いで拭った。なのに、涙はネティの意思に反して、後から後から零れ落ちる。
「あれ‥‥? ごめんね、エスリン。エスリンのせいじゃ‥‥」
 ふわりと温かな腕が、ネティを包み込んだ。彼女を落ち着かせるように、優しく背を叩く手に、逆に泣きたくなってしまう。
「アレクシス殿も、今は色々と大変なのだったな」
 う、と堪えていたものが、その一言で堰を切って溢れてしまう。ひっくと肩を奮わせたネティを更に優しく抱き締めて、エスリンは幼子に言い聞かせるようにゆっくりと囁いた。
「でも、大変な時期だからこそ、側にいなくては。例え、相手の目に映っていなくても、相手が疲れた時、困った時に、すぐに助けて差し上げられるように‥‥。相手の力になれるように‥‥」
 変なの、とネティは泣きじゃくりながら笑った。
 自分がエスリンの恋愛相談をしていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転している。
「エスリンも‥‥ううん。何でもない」
 友人の腕を軽く叩いて、もう大丈夫と体を離す。
「そうね。エスリンの言う通りだわ。雨が止んだら、アイツの所に行って来る。だって、監視の目が無くなったら、絶対、サボっているもの。私がしっかり見張っておかなきゃね!」
 それが一番いい。
 こんな所でいじけているより、アイツと怒鳴り合って喧嘩している方が何倍もマシだ。
 うんと頷く友人に、ネティは最後のカードをそっと差し出す。
「エスリンも頑張ってね。何が起きても、諦めちゃ駄目よ。そうすれば、きっと希望の光は差すわ」
 厚い雲の合間から、太陽の光が差し込むように、諦めなければいつか必ず報われる日が来る。
 2人の娘達は手を取り合ったまま笑い合った。
 その手に握られた「希望」を意味するカードが示す未来を信じて。
WTアナザーストーリーノベル -
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2009年06月11日

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