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『 Power makes crazy 〜後編〜』
天波・慎霰1928)&和田・京太郎(1837)&(登場しない)



 世界は白く爆ぜた―――。

 慎霰は天狗の団扇を懐に仕舞って風斬鎌を両手で握りなおすと、上下を逆さに持ち替えた。京太郎を斬りたいわけではない。最後の慈悲なんて知らない。柄の先で突く。狙ったのは鳩尾。だけど届かなかった。京太郎の作る大気の塊に弾かれる。
 風斬鎌でなければ京太郎の風を切り裂けないのか。扇を一振りしなければ京太郎の風を越える事も出来ないのか。
「まだまだァ〜!!」
 この程度、兄弟子との修行に比べたら全然軽い。
 慎霰が鉄骨を蹴る。
 京太郎の雷撃。慎霰は天狗の翼で飛翔すると風斬鎌を旋回して弾き飛ばし一息に彼との間合いを詰めた。棒術の要領で風斬鎌の柄を薙ぐ。軽々と一歩退いてかわした京太郎の足が鉄骨を横へ蹴った。
 横に飛びながら構える彼の指鉄砲。発射される無数の淡い光。電撃の弾が慎霰を襲う。
 風斬鎌では応戦しきれず天狗の団扇を振るった。そのまま強く仰ぐ。上位の天狗にのみ許される団扇が京太郎を飲み込むような竜巻を生んだ。

 ―――陰陽師のリミッターが働いてるのか。

 風鬼の力では抑え込めず京太郎は風に巻き込まれ鉄骨に強く背を打ち付けて倒れた。
「京太郎!!」
 駆け寄ろうとする慎霰の足が止まる。
 京太郎が小さく蹲っていた。その前に、初老の和服姿の男が立っていた。
 穏やかな目で慎霰を暫く見やり、ついっと背を向ける。何気ない所作のどこにも隙がなくて、慎霰は動けずに固まっていた。
「何をしている? 私はここに棲み付く悪霊を祓えと言ったのだよ
「煩い!! 黙れ!! 力の制限を解け!」
 京太郎は蹲ったまま荒い息を吐き、男を睨みあげて怒鳴った。
 男はそれに穏やかな声を返す。
「契約を果たしたまえ」
 凛と響く男の物言い。有無も言わせぬ力強さに京太郎は口惜しそうに唇を噛みながら立ち上がった。
 チラリと慎霰を見やって舌打ちを一つ。そのまま慎霰の乱入で逃げ散った餓鬼共を探すように走り出す。
「おい!?」
 突然水を注さされて慎霰がムッとしたように男に鋭い眼差しを投げつける。
 男が鷹揚に慎霰を振り返った。
「天狗の童子風情が我々の邪魔か?」
 カッと頭に血が昇るのを感じながら慎霰は一歩踏み出そうとして、その足が動かない事に愕然とする。
「!?」
 ―――影縫い?
 慎霰は息を呑んだ。いつの間に。呪を結んでいる事すら気づかなかった。
 その一方で慎霰は思い出してもいた。京太郎を式神として使役する陰陽師の存在。彼が京太郎の力を鎮めてみせるほどの験力を持つ男だったのだ。
 慎霰は無意識に足元に視線を落とした。
「……邪魔をするつもりはない」
 そう答えると、ふっと体が軽くなった。体の拘束は解けたが自分がまだ彼の結界の中にある事を感じて、慎霰は風斬鎌と天狗の団扇を下ろす。
「ならば、そこで見ていたまえ」
 そう言って陰陽師は京太郎へ視線を戻した。
 京太郎は丁度餓鬼共を追い詰めているところだった。
 慎霰もそれを見やった。
 無意識に胸のところで拳を握っている。
 陰陽師に使役されればその発露する力は陰陽師自身の験力がリミッターとして働く―――その方がいいのか?
 だけど。
 脳裏を過ぎるのは早池峰山での一件。阿鼻叫喚にも等しい、惨劇と呼んでもおかしくないほどの地獄絵。力の暴走。血を這う修験者たちの苦鳴が頭から離れない。
 あんな事態を招いてしまったのは、間違いなく自分のせいだった。
 それを今更、誰だかわからない人間に押し付ける気も、託す気にもなれない。
 程なくして、京太郎が餓鬼共を祓い終えて戻ってきた。
 慎霰は拳を握る。
「京太郎……ごめん」
 握った拳に呟く声。
 本当は泣きたいくらい申し訳なさでいっぱいだった。あれは全部自分のせいなのだ。自分の不用意のせいなのだ。
 慎霰は地面に両膝を付いた。
「頼む。京太郎を解放してくれ」
「…………」
 頭を下げる慎霰に陰陽師はただ涼やかな視線を返した。
「なっ……!?」
 ただ京太郎が驚いたようにうろたえていた。
「頼む」



 京太郎はずっと人と関わらないようにして生きてきた。人である事を望みながら、人でない事を拒みながら、なのに、人を避け、人と自分の間に線を引いてきたのだ。
 だから、こんな風に誰かが自分のために頭を下げる事なんてなくて動揺する。
 動揺して、自分の心が自分でも訳分からなくなる事にイライラした。戸惑う自分に。困惑する自分に。
「何してるんだ、お前。バカじャねェの?」
 自分の心が、自分自身が、思い通りにならないような錯覚におろおろして、それがまた許せなくて、子どもみたいに剥きになった。
「京太郎」
「俺は別にムリヤリ使役されてるわけじャねェ!」
 大声で怒鳴りつける。まるで自分に言い聞かせるみたいに。
「―――だ、そうだけど?」
 陰陽師が方を竦めて慎霰に声をかけた。けれど慎霰はまっすぐに京太郎を見つめていた。
「どうしてだ?」
 慎霰が問いかける。京太郎は何故だかうろたえたように後退った。
 自分がこの男に使役されている理由。
「力をきちんと制御したいからだそうだよ」
 代わりに答えた陰陽師に京太郎は眉尻をあげた。
「煩い! 黙れ!!」
 だが陰陽師は黙らなかった。
「楽しい呪術を学びたいそうだよ」
「黙れ!!」
 慎霰が陰陽師を見やる。
「楽しい―――?」



 慎霰の脳裏を過ぎったのは、餓鬼でシューティングゲームをしている京太郎の姿だった。
『慎霰だっていつもやってる事じゃないか』
『何?』
『こんな風に、相手をおちょくって、楽しんで』
 慎霰は京太郎をマジマジと見やった。
「京太郎……」
 一つだけわかった事がある。
 ずっと言葉にする事も認める事も拒んできた。だけど、それは確信に変わる。
 自分の胸の内に転がる不安。その正体。
 慎霰が天狗の昇進試験に京太郎を誘った理由。京太郎がその誘いにのった理由。
 それはきっと同じなのだ。

 ―――お前がいないと寂しいんだ!

「京太郎を返してくれ」
 慎霰が言った。
「慎霰……?」
 京太郎は困惑している自身にイライラして、慎霰にも陰陽師にもイライラして、自分をねじ伏せる力に抗うように自分の中の鬼神格に手を伸ばした。けれど届かないもどかしさに歯噛みする。
「いいだろう」
 陰陽師はあっさりと慎霰に答えた。
「本当か!?」
 思わず身を乗り出す慎霰に。
「但し、彼の力が暴走するのは迷惑だ。だから、君が私に勝てたら」
「……!?」
 出された条件に慎霰は息を呑んだ。
「と言っても、その結界も破れないんじゃね」
 くすりといたずらっぽく笑う陰陽師の言葉に慎霰は口惜しげに奥歯を噛み締めたが、事実なだけに返す言葉も見つからない。
 修験者と違い自ら災厄の地に赴き数多の災厄を祓う陰陽師。その経験値は、場慣れだけではない格の違いのようなものを自分と男の間に強いているようだった。
 ギリと奥歯が鳴る。今の自分の実力では上位の天狗団扇の力を最大限に引き出す事もままならないという事か。
「仕方がない。私の最弱の式神―――土蜘蛛に相手させよう」
 そう言って陰陽師は右手を振るった。何かが慎霰の捕らえる結界の中へ投げこまれる。
 小さな蜘蛛。最弱とはいえ、この陰陽師の式神だ。
 慎霰は団扇を懐に仕舞い、両手で風斬鎌を構えた。天狗の黒い翼を開いて、相手の出方を見るように間合いをはかって飛翔する。
 いつもは先手必勝と突っ込むところを、この時ばかりは警戒心が働いていた。
 それが結果的に仇となる。
「!?」
 翼がうまく羽ばたかない。まるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように。
 身動きの取れなくなった慎霰に石つぶてのようなものが無数に飛んできた。一つ一つの威力は大したことはなかったが、それは頬の、腕の、腹の、足の、薄皮を裂いていった。
 慎霰は自分の動きを鈍らせる糸を切り裂く様に風斬鎌を振るった。
「そんな鎌では糸は切れない」
 陰陽師の言。
 腕を翳すぐらいでは凌ぎきれず、鎌を振るう腕は蜘蛛の糸に絡まったように動きに精彩を欠き、数の多さに埒も明かなくて、慎霰は風斬鎌を手放すと天狗の団扇を取り出した。
「団扇で弾くことは出来ない」
 団扇を振るう。逆巻く風。しかし陰陽師の言葉通り攻撃は弱まる気配を見せなかった。
 印を結ばず放つ幻術はまるで相手をすり抜けていく。
 絡みつく蜘蛛の糸。身動きがどんどん取れなくなる。
「くそッ……」
 攻撃は大したことはない。だけど、薄皮を裂かれた場所に再び攻撃が当たれば、少しづつだが傷は深まった。
 蓄積されていくダメージ。
 いつの間にか全身が血まみれになっていく。
「くッ……まだまだァ〜!!」



 自分を奮い立たせるようにして、動かなくなった腕を振り上げようともがく慎霰に、京太郎は自分の呼吸が荒くなっていくのを感じていた。
 動揺が胸を掴む。うろたえる。彼は何をしている、と問いかける。わからなくて―――いや、わからないフリをして。ただ半歩後退る。
 どうして彼は自分のためにここまでするのか。理解できなくて、理解できないフリをして。戸惑いが京太郎自身を襲う。
 うまく息が出来なくて。
 傷つく慎霰に自分はどうしていいのか、どうしたいのかわからなくて。
 ただ。
 もう見ていられなくなって。
「やめろ!!」
 悲鳴にも似た声と共に京太郎は飛び出していた。その叫びは果たして、どちらに対して向けられたものだったのか。
 石つぶての攻撃が止む。慎霰が半ば茫然と京太郎に視線を馳せた。
 陰陽師も振り返る。
「随分、時間がかかったね」
 にこりと笑って。
「…………」
 蜘蛛の糸に捕らえられていたように動けなくなっていた体の束縛が途切れる感覚に、慎霰は力が抜けて膝を付いた。
 気づけば血も傷も消えていた。最初に陰陽師が何かを放った場所には、蜘蛛ではなく鏡のようなそれが転がっている。結界も解けていた。
「幻…覚……?」
 ぽつんと呟く。それが陰陽師の言霊に翻弄されていただけだったと慎霰が気付くのはもっと後になっての事で。
 ただ、陰陽師は京太郎に歩み寄ると、彼を見下ろして言った。
「君たちは友達なんだろ?」
「友…達……?」
 京太郎が陰陽師を見上げる。
「彼は君と一緒に行きたいと望んでいるようだったが?」
 陰陽師は“彼”に目配せする。その視線に促されるように、京太郎は慎霰を見た。
「…………」
 ずっと他人と深く関わることを避けてきた。だから伸ばされた手の掴み方を知らなかった。
「お前、まさか……」
 呟く慎霰に陰陽師が笑顔を返す。肯定の意。
「君たちの会話をずっと聞かせてもらってね。君の気持ちは一貫している。後は彼の気持ちを確かめたかったんだ」
 どうやら陰陽師は待っていたらしい。友達の窮地に京太郎が動き出すのを。
 いや、その前から。慎霰が京太郎の前に現れた時から陰陽師はすぐに姿を現さなかった。ずっと見ていたのだ。自分たちを。
 慎霰が1人で意気込んでもきっと空回りするだけだろう、京太郎が自分から自分の殻を壊さなければ先へは進めない。
 まだまだ時間はかかるのかもしれないが。その一歩を、京太郎の本音を、陰陽師は引きずり出したかったらしい。
「それ…で?」
 慎霰が尋ねた。
「彼との契約は破棄しよう」
 陰陽師はサラリと言った。
「本当か!?」
 慎霰は無意識に身構える。
「その代わり……」
 陰陽師は京太郎の手首に数珠のようなブレスレットを嵌めた。
 京太郎の頭の二本の角が消える。
「これは封魔の珠が全部で5つ嵌め込まれている。彼の力を封じるために」
「…………」
 それから慎霰の元へ。
「君が見極め、君が一つづつはずしてあげなさい」
「俺……が?」
「この石は、君にしか外せないようにしておこう」
 京太郎自身が力を御せるようになったら、万一の時、慎霰が彼の力を抑え込めるようになったら、1つづつ力を解放していくように。
 いつか全部はずせるように。
「いいのか?」
 陰陽師が微笑む。どこかくすぐったげにその単語を口の端にのぼらせながら。
「友達なんだろ?」
「ああ!」
 慎霰は大きく頷いて立ち上がると京太郎に歩み寄った。
 手を伸ばす。
「京太郎」
「慎霰……俺……」
 伸ばされた手の、その掴み方がわからなくて逡巡する京太郎に。
「ッたく、止めるなら、もっと早く止めてくれよなッ」
 慎霰は怒ったように言ってみせた。声は怒気をはらんでいるように見えたが、口ほどに語る目は怒ってはいない。
「…………」
「傷も幻覚だったから良かったようなもんだけど。痛かッたんぜェ」
 まくし立てる慎霰に京太郎は半ば気圧されるように答えた。
「……ごめん」
 そんな京太郎の肩を組む。バンバンとその肩を叩いて。
「しゃーねェから、許してやるよ」
「…………」


 ―――だから、これからも一緒に歩いていこう。





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2009年06月10日

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