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『― 回想・父と子の想い ―』
ソール・バレンタイン7833)&(登場しない)

「こんにちは」
 ソール・バレンタインは行きつけのスポーツジムの扉を開けながら中の人間達に話しかける。ジムのスタッフには入会時の身分証明書を提示した為にソールの性別は知られているのだけど、会員達には知られていない。
 その証拠に『今日も可愛いね』や『女の子なんだから怪我をしないように気をつけるんだよ』など男連中はまるでソールをアイドルのように扱っている。
「あはは、僕も慣れてるから大丈夫ですよ」
 ソールは苦笑気味に言葉を返し「着替えてきます」とトレーニングウェアを入れたバッグを持って更衣室へと入っていく。
(「此処のジムは女子でも男子でも個室になってるから着替えやすいな」)
 淡い色合いのトレーニングウェアに着替えながらソールは心の中で呟き、髪の毛が邪魔にならないように括り、それをかきあげて更衣室を出る。
 すると、更衣室の前にはスタッフの一人が立っており少し険しい顔をしている。
「どうかしたんですか?」
 ソールが首を傾げながら問いかけると「‥‥覗こうとしていた不届き者がいてな」とスタッフの男性は大きくため息を吐いて言葉を返してきた。
 つまり、他にも覗く男がいないか見張っていてくれたのだろう。
「あは、何かすみません」
 ソールは軽く頭を下げるとサンドバッグの所へと歩き出す。ボクシンググローブを嵌めて『ぐ』と大きく構える。
 そして勢いよくサンドバッグを殴り、殴るたびに鈍い音がジム内に響き渡って他の会員達を驚かせている。
「相変わらず凄いねぇ、ソールちゃんは」
「あぁ、とても素人には見えないよ――普通にボクサーとして通用しそうな感じするよな、今は女子ボクシングもあるんだから」
 そう、ソールのトレーニング内容は女性がダイエットなどの為に行うボクササイズを大きく超えている。そこらの男性でも此処までのトレーニングは行わないだろう。
 それほどまでにソールのトレーニング内容は他者を唸らせる者だった。
(「練習をしていると‥‥いつも思い出しちゃうな‥‥父さんや昔の僕の事を‥‥」)
 ばすん、とサンドバッグを叩きながらソールは心の中で呟く。

――12年前・ロンドン――

「ソール! この程度でもう身体が動かないと言うのか! バレンタイン家を継ぐ者が聞いて呆れるぞ!」
 ソールがサンドバッグを叩く姿を見て、呆れたような怒っているようなそんな表情でソールの父親は叱り飛ばす。父親は30歳まで空軍のパイロットをしており、ボクシングではオリンピックに出場した事もあり、若い頃は『銀髪の美男子』として知られていた。
 父親は自分の子供の中で唯一の男子であるソールを立派な跡継ぎにする為に、幼い頃から『強さ』をソールに求めていた。
「もういい! 今日は此処までだ、部屋に帰って身体を休ませなさい」
 肩で息をしているソールを見て、少し機嫌悪そうに言葉を投げかけ、ソールはぺこりと頭を下げて部屋へと戻る。
 そして、一人で寝るには大きすぎるベッドに身体を沈め、綺麗な天井を見上げる。
(「父さんの期待には応えたい――だけど、僕は本当に家を継ぐ事に納得しているのかな」)
 幼い頃から当たり前のように『跡継ぎ』として扱われてきた自分、だけどいつからか『自分の道は自分で決めたい』と思うようになったのも事実。
(「早く寝よう‥‥明日もまた厳しいトレーニングが待ってるんだから」)
 目を閉じて睡魔に身を任せ、ソールはそのまま眠りについた。わずか12歳の時から様々な悩みを抱えていたソール、父親もきっと『跡継ぎ』の事が頭を占めていてソールが僅かに見せた悩みすらきっと気がついていないのだろう。

――2年前・ロンドン――

「ただいま」
 ソールは少し震える声で扉を開け、一週間ぶりとは言え、見慣れた屋敷の中へと足を進める。その中でメイドや執事達の驚いた視線に居心地悪いものを感じたが、自分で決めたのだから――とソールは胸を張って前を見据えて歩く。
「父さん、僕は家も会社も継がない」
 父親の部屋に行き、そう告げると父親はソールに背中を見せたまま「‥‥どういう事だ」と低い声で父親は言葉を返してきた。落ち着いたような声色だったが、きっと心の中では驚いているのだろう。
「どういう事だと聞いて‥‥い‥‥」
 何も答えないソールに父親はくるりとソールの方を見る――が言葉は最後まで続かなかった。
「な――お、お前‥‥その格好は‥‥」
 父親が驚くのも無理はない。ソールの今の格好、髪はポニーテールのように括られており、着ている服も女性物――そして何より、女性にしかないはずのふくよかな胸がソールには存在した。
「ごめん、父さんの期待に応えられなくて――本当にごめんなさい‥‥僕の事は勘当して下さい!」
 ソールが頭を下げて、一通りの荷物を纏めたボストンバッグを持って父親に背中を向ける。
「ま、待て!」
 父親の言葉にソールが無言で首を横に振る。
「待てと言っているのが分からないか!」
 突然の事で父親も錯乱していたのだろう。殴るつもりなど父親には全くなかったのに、手は勝手に拳を作り、それをソールに向けている事に気づいた。
 しまった――父親がそう思った瞬間、頬に鈍い痛みが走り、父親は重要な書籍が纏められている本棚に背中を強く打ってしまい、表情を痛みに歪める。
「あ‥‥」
 今まで父親に厳しいトレーニングをされてきたせいだろう、ソール自身もまた手が勝手に動き、父親の攻撃に対してカウンターを行っていた。
「ごめんなさい!」
 ソールはそれだけ言葉を残し、屋敷を出て行く。そして向かう先は空港、父親に今回の話をすると決めていた時からソールはロンドンを出て日本で暮らす事を決めていたのだ。
「さよなら――‥‥ごめんなさい」
 飛行機に乗る前、ソールは振り返っている筈のない父親、そして家族達に小さく謝って飛行機に乗る。
「‥‥ぅ‥‥うっ‥‥」
 飛行機の中で初めてソールは涙を流し、その涙はいつまで経っても止まる事はなく、ソールの頬を濡らし続けていた。


「ふぅ、今日はこれくらいにしておこうかな」
 ソールはサンドバッグを叩く行動を止めて、グローブを外して「熱いや」と手で風を送るようにパタパタと動作を行う。
「ソールちゃん、今日は終わり? もし良かったらこの後にご飯でも食べに行かない?」
 同じくトレーニングを終えた一人の男性がソールに話しかけてくる。慌ててグローブを外したところを見ると、きっと終わらせる時間をソールに合わせていたのだろう。
「んー、折角だけど今日はごめんなさい。そんな気分じゃなくて‥‥」
「そ、そっか‥‥じゃあまた今度ね」
 男性はがっくりと肩を落としながら「またね」と言葉を残してその場を去っていく。
(「今日は何か昔の事をよく思い出しちゃったなぁ‥‥結局会社は姉さんが継いで、父さんは会長――家もきっと姉さんが継ぐのかな」)
 ソールはバッグにトレーニングウェアを入れ「お疲れ様でした」とジム内に残っている人間達に声をかけて外へと出る。
「あ、気持ちいい」
 トレーニングで火照った身体には外の風が少し心地良く感じてソールは目を閉じる。そしてジム近くの自動販売機でジュースを買って、帰り道にある公園のベンチに腰掛ける。
 その時、バッグの中に入れていた携帯電話が着信を知らせてソールは慌てて電話を取り、ディスプレイを見る。
「‥‥父さん」
 そこに表示された電話番号と名前、それは紛れもなくソールの父親だった。ソール自身、父親に電話番号を教えたことはない。教えたのはごく身近な人と姉だけ。
(「姉さんに番号を聞いたのかな」)
 少し緊張気味にソールは通話ボタンを押して「もしもし」と小さな声で呟く。
「私だ、連絡も寄越さないからどうしてるかと思ってな‥‥元気にしてるのか」
「うん、一人で暮らすのは結構大変だけど、毎日が充実してる」
 それからとりとめのない話をして「まあ身体に気をつけてな‥‥」と父親が言葉を投げてくる。
「‥‥うん、父さんも」
 そこで電話を切っただが、ソールは通話の切れた電話を少し眺めたまま横ですこし生ぬるくなってしまったジュースを一気に飲み干し、家へと帰ったのだった。


END


――出演者――

7833/ソール・バレンタイン/24歳/男性/ニューハーフ/魔法少女?

―――――――

ソール・バレンタイン様>
こんにちは、今回執筆させていただきました水貴透子です。
二回目のご発注ありがとうございました!
今回は前回と違い『切ない感じ』をご希望でしたが――い、いかがでしょうかっ。
少しでもご満足して頂けるものに仕上がっていれば良いのですが‥‥。
それでは、今回は書かせて頂き、本当にありがとうございましたっ。

2009/5/29
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2009年06月01日

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