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『〜闇が生む音〜 』
来生・十四郎0883)&来生・一義(3179)&(登場しない)


 一日くらい周囲がずっと暗闇でも、「まあ、そんなものか」で済む。
 だが、これがいつ果てるとも限らず、延々と続くとなると話は別だ。
 何も、出来ない。
 今まで、当たり前のように過ごして来た日々が、あっという間に不便なそれに変わる。
 誰かの手を借りなければ、生きることすら出来ないなど、いったい誰が想像できただろうか。
 医者は「一時的なものだ」という。
 だが、その「一時的」がどれくらいの期間を指すのかは、まったく教えてくれなかった。
 何が医者だ、と来生一義(きすぎ・かずよし)は思う。
 せめてそれくらいのことは、診断してくれても良さそうなものだ。
 日に日に、魂が抜けたようになっていく弟の来生十四郎(きすぎ・としろう)を見ていると、こちらまで悲しくなってくる。
 バイタリティの塊のような十四郎が、まるで生き人形のようなのだ。
 だが、だからと言って、自分に何が出来る訳でもない。
 食事を作り、お茶を淹れ、ぶつかって怪我をしないように部屋を掃除して――本当に、そんな日々の営みを正しく行うことくらいしか、出来なかった。
 だがある日。
「おい」
 十四郎が、ふとこちらに声をかけてきた。
 声を聞いたこと自体が数日ぶりで、思わず一義は弟の元に、文字通り「飛んで」馳せ参じた。
「どうした?」
「…俺の目がいつ見えるようになるのか、兄貴にもわからねぇんだよな?」
「ああ」
 すまなさそうに、一義は答えた。
 ひとつ頷いて、十四郎は空中に何かを書く真似をした。
「今、頭ん中に、いろんな記事が出来てるんだ。今のうちに書き留めとかねぇと、絶対忘れちまいそうなんだよ。俺が口頭で内容をしゃべるから、兄貴はそれをまとめてくれねぇか?」
「口述筆記ってことだな?」
「そうだ」
 一義はため息をついた。
 まだまだやることが残っている。
 たとえば、掃除とか洗濯とか。
「忙しいんだぞ、俺は…」
 ぶつぶつと、小さい声で文句を言いながら、一義は十四郎のパソコンの電源を入れた。
(…何だ?)
 ずっと聞こえている「音楽」は、兄のものだと気付いていた。
 言葉ではいろいろ言っているようだが、それとは裏腹に、ひどく明るく、快い音色になっている。
 ああ、と十四郎は思った。
(兄貴、喜んでるんじゃねぇかよ…)
 目には見えないが、その心のうちは、すべてこの「音楽」が示してくれている。
 見えないことが、これほどありがたいと思ったことは、初めてだった。
(…ずいぶんでかい心配、かけちまってるんだな…)
「さぁ、準備はいいぞ。どこから行くんだ?」
「あ、あぁ、そうだな…」
(悪ぃこと、しちまってたな…)
 十四郎は、見えない目を兄に向けた。
 せめて、何か少しでも伝えられたらいい、そう思いながら。
 
 
 夕方になって、今日の夕食を作ろうと台所に立った一義は、冷蔵庫の中を見て愕然とした。
 見事に食糧が尽きている。
 それもそうだ、買い物に行く時は、十四郎と一緒に行くか、居候に行ってもらうかしていたのだ。
 自分ひとりで行ったとなれば、確実に、今日中に帰っては来られないことを覚悟しなくてはならない。
 身の回りのことをするだけでも、十二分に苦労している十四郎を置いて、今、無駄な迷子は避けなくてはいけなかった。
 いや、「無駄ではない迷子」があるとは思えないが。
 しかし、このままでは自主的な兵糧攻めは必至である。
 慌てて周りを見回したが、いつもその辺にいるはずの居候は一向に姿を見せない。
 そういえば、と一義は思い返す。
(ここ、ニ、三日、見ていないな…)
 一度、十四郎を振り返って、その背中を見やる。
 思ったより小さく見え、一義は少し驚いた。
 いつもは自信満々で、傲岸不遜で、どことなく厭世的な雰囲気の漂っている十四郎が、こんなに小さく見えるとは。
 仕方ない、と一義は思った。
 十四郎を飢えさせる訳にはいかない。
 せめて、日々の生活くらいは、守ってやりたい一義だった。
 バタバタと出掛ける支度を始めた兄に、十四郎は気がついた。
 ずっと聞こえていた音色が、何だか妙に乱れ始めている。
(これは…不安、か…?)
「おい」
「な、何だ?」
「…まさか一人で出かけようなんて、思ってねぇよな?」
 一義は戸惑った。
 更に乱れに拍車がかかった音色を感じて、十四郎は大きく舌打ちした。
「別に目が見えなくてもな、知ってる道とか場所なら、記憶でナビが出来るんだぜ?どこに行きたいか言ってみろよ」
「あ、いや、食べ物がなくてな…駅前のデパートに行きたいんだが…」
「じゃ、ふたりで行こうぜ。それくらいの距離なら余裕だ」
 十四郎は立ち上がった。
 慌ててその腕を取る一義に、十四郎はぶっきらぼうにこう言った。
「兄貴が俺の目になればいい、原稿を打つのと一緒だ」
 そうか、と一義は思った。
 ふたりで、ひとつの風景を共有すればいいのだ。
「ああ、そうだな、十四郎」
 一義は頷いた。
 頷いて、嬉しそうに微笑んだまま、その部屋を後にした。
 
 
「…ちっ」
 十四郎は、今日何回目かの舌打ちをした。
 頭ががんがんする。
 外に出ると、途端に自分の聴覚がおかしくなる。
 いや、正確に言うと聴覚ではないのだろう。
 耳という器官で聞いているようには、思えない。
 周囲の人間からあふれ出す「音色」という名の騒音。
 あまりにうるさすぎて、耳を塞ぎたくなってくる。
 無論、そんなことをしたところで、何も効果はないのだが。
 顔をしかめながら、十四郎は家を出てしまったことを少しだけ後悔した。
 だが、兄の音色が安定しているのを聞くにつけ、外出は仕方のないことだったのだと思うようにした。 自分の記憶に頼りながら、一歩一歩道を歩いて行く。
 仮に道を間違ったとしても、一義にはそれがわからない。
 そもそも、どれが正しい道なのかすら、わからないのだ。
 だが、十四郎は気付いた。
 自分が正しくなさそうな道を選ぼうとすると、兄が少し不安げな音色を奏でて来るのだ。
 そのたびに、
「今、何が見える?」
 そう尋ねて、視覚部分を補う。
 そうしてようやく駅までたどり着き、目的のデパ地下へと下りて行くことが出来たのだった。
 買い物自体はすっかり兄に任せていたが、人でごった返す、彼にだけ異常に騒がしいデパ地下を引き回され、疲れ果てた十四郎は、ぐったりしながら帰途についた。
 早く帰ろうぜ、と言おうと、口を開いた時だった。
 全身が一瞬にして凍りついた。
「な…んだ、この音は…」
 限界まで目を見開き、十四郎はつぶやいた。
 冷や汗が、頬を伝った。
 それは一瞬だった。
 周りで起こるすべての「騒音」を消し去るほどの、圧倒的な「殺意」の「音色」が耳に飛び込んできたのだ。
 そして、それは十四郎の全身を否応なく包み込み、ガタガタと震わせた。
「お、おい、十四郎?!大丈夫か?!」
 兄の音色が焦りのそれに変わる。
 だが、返事が出来なかった。
 あまりの恐怖に、心臓を鷲づかみにされる。
 引きつったような呼吸をしながら、十四郎はその場に座り込んだ。
 もう、一義の声も、音色も、耳に入らなかった――
 
 
 〜END〜
 
 
 〜ライターより〜
 
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 こちらこそ、今年度もどうぞ宜しくお願いいたします!

 一義さんの弟さんへの愛情は、
 いつ拝見しても幸せにさせていただいています。
 それと、十四郎さんの聞かれた、
 「殺意の音色」の出所が気になりますね…。
 周りに被害が出なければいいのですが…。
 
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年05月28日

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