▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『雪とオーロラ 』
白神・空3708)&エスメラルダ(NPCS005)

「あそこのVIPルームにうさ耳の女の子がいるって本当なのか?」
「俺は見たことないけど、本当らしいぞ。カチューシャじゃなくて、本当に耳が生えてるんだってさ」
「ホントなら一度拝んでみたいもんだよなぁ」


 ディーラーが軽やかな手つきでカードをさばき客へと配る。また別のテーブルでは、うずたかく積まれたチップのタワーを尻目にルーレットが回され、白いボールが投入された。
 ここは、ベルフェ通りにあるカジノ『ゴールドスノー』だ。バニーガールが可愛いことでひそかに有名である。
 白神・空の目は人々の一喜一憂する様を眺めた後、目の前を通った女性にとまった。白い耳をつけた女性――バニーガールだ。ひらひらと手を振ると、彼女は本物のウサギさながらにこちらに向かってくる。慣れた様子でカクテルを受け取り、ついでに彼女の手を掴んでその甲へキスを落とした。
「空様、いけませんわ。仕事中です」
「あたしは仕事中じゃないんだけどね?」
 にこりと笑いかけると、彼女も肩をすくめつつ笑い返してくれた。
 もう少し彼女たちと遊んでいたいところだったが、今日の空にはほかに目的があった。
 フロアの奥に支配人と思しき太った人間がいるのを見つけて歩み寄る。
 行動開始だ。
「ここにVIPルームがあるって聞いたのだけど、どうすれば入れるのかしら」
 突然話しかけられ、憮然とした表情になった男は、しかしすぐに営業スマイルを顔に貼り付けた。
「VIPルームですか。そちらはお得意さまに日ごろの感謝を込めて招待するときなどに使用しておりますから、何度もお越しいただければいずれお通しできると思いますが」
「今夜、招待されたいんだけど、そのためにはどうすればいいの?」
「はぁ……今夜、ですか」
 支配人は問いかけの意味を理解しかねるとばかりに首をかしげ、仕方なくうなずきながら
「そうですなあ、もしもこのカジノがつぶれるほど稼がれてしまったときには、VIPルームにお通しして許しを請うかもしれませんね」
「そう。なるほどね。教えてくれてありがとう」
 空はゆっくりとポーカーのテーブルへ歩みを進めていく。
「できるわけないだろうに……」
 支配人はそういって笑って見せたが、背中がすうっと寒くなるのを感じた。

 いやな予感というものは、往々にして当たるものだ。
「先ほどのお客様が、ポーカーで一人勝ちして……」
「大変です、例のお客様が、ルーレットで……」
「どうしましょう、スロットで資金を4倍に」
 カジノの支配人は次々と入る報告に顔色をどんどん白くしていった。
 いったい何が起こっているというのだ。いかさまをやすやすと許すような管理はしていないつもりだ。何か裏があるに違いない。このままでは店をのっとられかねない。
「あいつを呼べ」
「あいつっていうと……まさか」
「客に勝ち逃げされるわけにはいかんからな」
 支配人は笑ってみせた。最後に勝つのは自分なのだ、と言い聞かせる。


「なぁんだ、結構簡単なものね」
 空は倍になったチップを手元に寄せてもらい、のんびりと眺める。これを現金に換算すれば……と空想しただけで顔がにやける。しかし、一夜で築いた財産は一夜で使い切るのが筋というものだ。たとえばそう、例のVIPルームにいる本物のウサギちゃんと戯れる、とか。
「そろそろおやめにならないんですか? 幸運の女神の微笑むうちが花ですよ」
「あら、女神はずっとあたしにだけ微笑んでくれてるわ。違う?」
 ディーラーの引きつった愛想笑いを一蹴しカードを催促する。そこへ
「ずいぶんと勝っているようですね。貴方の幸運のおすそ分けがほしいところです」
 隣に腰掛けたのは透き通るように白い肌の女性だった。漆黒の髪が肌の白さを際立たせている。太ももに大胆なスリットの入ったドレスをまとっていた。女性にしては低めの声が耳に心地いい。そして、美人だ。空は反射的に妖艶な笑みを浮かべる。
「そうね。貴方にも幸運が訪れるんじゃないかしら。女神は美しいものが好きだから」
 女性にもカードが配られ、勝負が始まる。
「そういえば、あたしは空っていうの。貴方の名前は?」
「……オーロラ」
「素敵な名前ね」
 空に連なる名前だ。偶然だとしても悪い気はしない。ナンパ師なら間違いなくここから話を広げるに違いない。
 手札を見て戦略を練る。ついでに隣に座るオーロラの顔色を伺うが、表情はほとんど変わっていない。そもそもの表情が乏しいタイプに違いない。
「オーロラ、このあと何か予定はあるの?」
「特には」
「じゃあ、一緒に飲まない? どんなお酒が好きなのかしら」
「……飲まないので分かりません」
「それはもったいないわね! あなたのその白い頬がバラ色に染まるところをまだ誰も見ていないってこと」
 VIPルームに行くことになったら是非オーロラも連れて行きたい。空はこっそり算段を進める。

 しかし、オーロラは予想以上に強敵だった。それまで怖いほど自分に運が向いていたのだが、オーロラといるとその運がすべて彼女のほうへ流れていってしまう。空は初めてこの勝負に焦りを感じ始めていた。
「ホント困っちゃうわね。あたしの計画が台無しになっちゃいそう」
「そうですか?」
 淡々とカードを眺めながらオーロラが相槌を打つ。勝っても負けても一喜一憂しない。そこが不思議でならない。
「変なことを聞くけれど、オーロラはどうしてポーカーをするの? というか、なぜこんな場所にいるのかしら」
 欲に目がくらんだわけでもなければ一夜の享楽に溺れたいわけでもない。まるでこの場にそぐわない。
「それは……」
 初めて彼女が戸惑いらしき表情を見せた。逡巡してから、こちらをまっすぐに見据えた。
「大切なものを取り戻すためです」
 強い決意を秘めた瞳で言うものだから、空もそれ以上は踏み込めなかった。そのかわり、ひとつの提案をする。正気じゃない、と誰もが耳を疑う提案だ。持ちかけられたオーロラも、目をしばたかせている。
 空が持ちかけた提案は、次の勝負に自分の全財産を賭ける、というものだった。オーロラが勝てば空の全財産が手に入る。つまり、負ければ一文無しになる。
「何故、そんな馬鹿なことを……」
「可愛いあなたの笑顔が見たいの」
「そんなことのために?」
「あたしにとっては大事なことよ」
 オーロラは長い間迷っていた。けれど、ひざの上に置いた手をじっと見つめ、やがてうなずく。
 周囲からどよめきが上がった。オーロラもまた、自分の全財産を賭けたのだ。
「粋なことをするわね」
「誠意を示したまでです」
 すばらしく頑固でまっすぐな性格だ。ますます笑顔が見たくなる。かたくなに一文字に結ばれたその口元がふわりと微笑む様を、ぜひとも拝みたい。
「では、カードを公開してください」
 ディーラーがいい、二人はそれにしたがってカードを表に返した。
 空のカードは、ハートのロイヤルストレートフラッシュ。滅多にない好カードだ。しかし、
「そんなのありなの?」
 空は思わず苦笑いした。同じロイヤルストレートフラッシュだったが、オーロラのそれはスペードで構成されていたのだ。
「絶対勝ったと思ったのにな」
「勝負は勝負です」
 オーロラは、手にしたチップを目で数えると立ち上がった。
「ありがとうございました、空さん」
 律儀にお辞儀をして席を立つ。オーロラが向かったのは、出口ではなくフロアの奥。小太りの支配人のところであった。空も席を立ち、こっそりと耳をそばだてる。ほんの興味だ。
「約束です。返してください」
「何のことかな」
「私の……大切なものを。VIPルームを開けて、開放してください」
 オーロラはまっすぐに支配人を見つめた。真摯な瞳に耐えられなくなったのか、支配人は気まずげに目をそらした。
「しかしだね、われわれにとってもアレは重要な役割を持っているんだよ。いまさら返せといわれてもねえ」
「約束を破るんですか?」
「しかしだねえ、いきなりは困るよ。ほら、大人の対応をしてくれないと」
 やり取りを見ていた空は、すっと二人の間に割って入った。
「なんだね君は。われわれは話し合いをしているんだ」
「どこが話し合い? あたしにだって分かるわよ。あなたがどうにかして彼女を言いくるめようとしてるってことくらいね。やだやだ、約束を守らない大人にだけはなりたくないわ」
 近寄っていく道すがらダーツを数本拝借していた空は、それらを勢いよくVIPルームの入り口へと飛ばした。それはありえない速度で飛んでいき、正確にちょうつがいを破壊した。メリメリと音を立ててドアが倒れる。
 中から出てきたのは、オーロラと瓜二つの姿を持った少女だった。ドアにすがるようにして立っている。期待と戸惑いの入り混じった目があたりを見渡している。その頭にはウサギのような耳があり、持ち主の気持ちを表すように不安げにぴくぴくと辺りをうかがっていた。が、階下にオーロラの姿を見つけてにこりと微笑んだ。右頬にえくぼができているのがかわいらしい。
「おいで、スノー。一緒に帰ろう」
 オーロラが声をかけた。空はオーロラを振り返り、その笑顔に目を奪われた。VIPルームの彼女とは反対側の頬にえくぼができている。
 この顔が見たかった。すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。しかし、
「勝手なことをして……おい、ドアを閉めろ! 絶対に逃がすな!」
 支配人が叫んだ。ガードマンたちが声に反応して走り出す。VIPルームから外へと出ようとしていたスノーがびくっと肩をすくめ、その場から動けなくなる。
「何故……ッ!」
 オーロラが目に怒りをにじませて支配人をにらみつけた。
「勝手なことをされては困る、というだけですよ」
「約束を破るんですか」
「はて、約束とは何のことやら。何か証明できるものはありますかな」
 支配人はにやりと笑うと、オーロラに背を向けた。そうやってちからづくで、今まで何度も自分の思い通りに人を動かしてきたに違いない。
「――許せないわね」
 空は、全身が熱くなるのを感じていた。空気を掴む手に力がこもる。
 だめだ、どうしたって許せない。


「――で、カジノで馬鹿みたいに勝ったあと一文無しになって、そのあとフロアで大暴れして半壊させた挙句に酔いつぶれてうちに帰ってきた空さんは、結局ウサギさんたちと遊べたのかしら?」
「……それは言わないで」
 エスメラルダに問われ、空はため息をついてカウンターに突っ伏した。
 あのあと、空の起こした混乱に乗じて二人はカジノから脱出したらしかった。嵐が去ったあとには、何も残されていなかった。支配人を問い詰めても、熱に浮かされたように寝言をつぶやくばかりで話にならない。手がかりは一切残っていなかった。
「すごくさわやかな出会いと別れだったような気がするわ。あたしらしくもなく」
 彼女らは結局何者だったのだろう。何故あんなところにいたのだろう。
「また会いたいわね」
 ポツリと呟いた。二人の笑顔を思い出した途端に頬が染まる。まるで恋する乙女だ。
 空はくすりと笑った。

 また会えたら、きっとそのときは――お酒の味を教えてあげなきゃね。


END.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
月村ツバサ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年05月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.