▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 繰唐妓音でわらしべ長者 』
繰唐・妓音5151)&(登場しない)



 袋小路に眉を寄せて、繰唐妓音は怪訝そうに首を傾げた。―――なんでいっつも小路はんはいけずしはるんやろ。責任転嫁に頬を膨らませてみる。
 どこぞの誰かはんは自業自得と言わはるかもしれへん。せやけど別に急ぐ道でもあらへんし。
「迷子の迷子の妓音ちゃん、言うてな」
 妓音は歌を口ずさむような軽やかさで踵を返した。
 そよと吹く風が道端のたんぽぽの綿毛を揺らす。初夏の公園には子どもたち。見れば広い緑地公園。石畳を右へ折れると道の脇に光るものを見つけて、妓音は誘われるままにそちらへ足を向けた。
 小銭はんやったらえぇなぁ、などと草むらに手を伸ばす。
「…………」
 それは丁度手のひらに乗るくらいの丸い透明な球体。ガチャガチャのケースだった。
「また、どうでもえぇもん拾てしもたわ」
 元の場所に戻そうとして目が合った。看板に描かれた愛らしいウサギのイラスト、と。
【ゴミはゴミ箱へ入れてね】
 今日もウィンクしそうなウサギである。
「いややわぁ。いけずはん」
 ウサギに向かって口を尖らせて、妓音はゴミ箱へ向かって歩き出した。普段なら有り得ない行動かもしれない。だが、結局は気分なのである。―――うさぎはんがいけず言わはるんやもん。
 そうしてガチャガチャのケースをゴミ箱へ運ぼうとした時。
「小母さん」
 屈託ない声に妓音はピクリと眉尻をあげた。無視しようと思ったが声をかけてきた男の子が妓音の前を塞ぐように立ちはだかる。小学生にあがるかあがらないかくらいの男の子だ。
 妓音は引きつる頬をピクピクさせながら笑顔を取り繕って、男の子の言葉を訂正した。
「お姉はん」
 しかし男の子は臆した風もなく訂正するでもなく言った。
「それ、いらないんだったら頂戴」
 妓音が持っているガチャガチャのケースを指差す。
「これ?」
「うん」
 妓音は首を傾げつつ手の中のそれを見やった。とても何かの役に立つような代物には見えない。何に使うのだろう、興味が沸いて妓音は笑みを返す。
「ええけど何に使わはるのん?」
 と、ガチャガチャのケースを男の子に手渡すと、男の子はありがとうと言って走り出した。駆ける先に風船を持った、男の子より更に小さい幼稚園にあがるかあがらないかくらいの女の子が立っている。
 同じ柄のズボンとスカートを穿いているので兄妹だろうか。
 妓音はそのお兄ちゃんを追いかけた。お兄ちゃんは妹を連れて砂場へ向かう。ガチャガチャのケースを開けて中に砂を入れた。それから風船の糸を挟んでカチリ。
 妓音は「おお」と思わず感嘆。
 妹の風船はガチャガチャが重石になって地面から糸の長さの高さでふよふよと浮いている。これで空に飛んでいってしまう心配もない。
 妹は嬉しそうに笑って、風船に戯れた。お兄ちゃんはそれをやりきった顔で見守っていた。
 それから、砂場の端に立っていた妓音に気づいて駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、これ、あげる」
 そうしてお兄ちゃんがポケットから一枚のカードを取り出した。今度はちゃんとお姉ちゃん。一応妓音の訂正は聞いていたらしい。
「これ?」
「うん」
 食玩によく付いてくるような何かのアニメのカードだった。ピンクの髪の女の子が露出の高い戦闘服を着てポーズを決めている。
「おおきにぃ」
 妓音が受け取ると、男の子はそのまま踵を返して妹のところに戻ってしまった。
 ガチャガチャのケースがアニメのカードに。なんだか得したのか損したのかよくわからない。かといって貰い物をその場ですぐに捨てるのも忍びなくて、どうしたものかと考えていると。
「あのぉ」
 遠慮がちに、野太い男の声が妓音の背を叩いた。振り返る。
 一番最初に目に付いたのはカラフルな女の子のイラストの描かれた紙袋。それから、何が入っているのか想像もつかないリュックサック。脂肪を纏った体。趣味を疑うタータンチェックのシャツにブルージーンズ。うちわを持っていないのが唯一の救い―――になるのか。そこには見るからにヲタクと呼ばれる人種の男が立っていた。
「なんえ?」
「そのカードを譲ってください!!」
 ヲタクは真剣な眼差しで妓音に詰め寄った。
「カードはん?」
「それはシークレットカードなんです。もう10万近くつぎ込んでるのに全然出てこなくて、もう全財産が……」
「10万……」
 妓音は半ば呆気にとられつつ、しげしげとカードを見返した。このカードにそんな希少価値があったとは。
「この映画の試写会のチケットと交換してくれませんか!? お願いします!!」
 縋り付いてくるヲタクに妓音は辟易と後退った。もともと元手はゼロの拾い物。そこから物々交換できたのだ。今更これがレアカードとわかったところで、妓音にとっての価値があがるわけでもない。
 結局妓音は二つ返事でカードを差し出した。ヲタクが嬉しそうにカードを受け取り、妓音に試写会のチケットを渡す。
 てっきりアニメか何かかと思ったら実写映画だった。【SAEMON】時は戦乱、所は鳴沢。そこで生きた鳴沢左衛門と杏姫との美しくも切なく儚い時代劇エンターテイメント。
 1枚で2名様までご招待らしい。
 とはいえ、誰か一緒に行く人も思いつかず。何分行き当たりばったりな上に現在地もわからなければ、この映画館に辿り着ける自信もなく。
 現地調達。
 と、相手を求めて妓音は公園を歩き出した。
 しばらく歩くと、道端を地べたを這うようにして四つん這いになっている少年に出くわした。
 見た目は“えぇ男はん”だが、四つん這いなのはよろしくない。
「どないしはったん?」
 声をかけてみると少年は妓音を見上げて、ワンピースに着物というその和洋折衷な服装に一瞬面食らったが、そのまま小さくため息を吐いた。
「なくしたんです……」
「何をなくさはったんえ?」
 コンタクトレンズか何かだろうか。
「プレゼントです」
「プレゼント?」
 妓音は純然たる興味本位100%で尋ねた。
 少年はそんな妓音をどう思ったのか、ぽつりぽつりと話し始めた。もしかしたら、藁にも縋りたい気分だったのかもしれない。
 要約するとこんな感じだ。何でも今日は彼女の誕生日。プレゼントを用意したはいいがうっかり紛失。新たなプレゼントを買おうにも、プレゼントを買うためにバイト代をつぎ込んでしまったため、お金は明日バイト代が入るまでない。というわけだ。
「ほな、うちもてっとうたる」
 妓音は腕まくりをしながらウキウキ笑って言った。
 なんだか宝探しをする気分だ。この公園のどこかに落ちているはず、らしい。まずはプレゼントの形状を確認。白地に花柄の包装紙。赤いリボン。高さ15cm、直径5cmくらいの筒状。中身はネックレスらしい。誰かに拾われた可能性もないではない。
 草むらを重点的に捜索。しかしなかなかお宝の発見には至らず。2人とも砂だらけの顔を見合わせた。
「あらへんねぇ」
「はぁ……」
 少年はがっくりとため息を吐く。かれこれ小一時間探し回ったのだ。やはり誰かに拾われてしまった後なのだろうか。諦めかける少年に妓音は辺りを見渡した。ごみ一つ落ちていない公園内。ふと目に止まったのは網で中が透けて見えるゴミ箱だった。
「あれとちゃう?」
「え?」
 妓音が指差す方を少年が見やった。妓音が指差しているのは缶・ビンと書かれたゴミ箱である。空き缶にしては汚れた筒状の何か。汚れから少しだけ顔を出す白。
「あれだ!」
「やったぁ!!」
 2人は両手をあげて喜んだ。お宝発見、万歳三唱。さっさと取りに行けばいいのに2人は舞い上がっていた。
「やった! やった!!」
 と両手を繋いで地面を飛び跳ねる。
 そこへ一台のトラックが止まった。横に『ゴミ収集車』と書かれている。
 それは一瞬の出来事だった。ゴミ箱の中身が収集車の中へ投げ込まれる。
 制止の声どころか、あ、と言う間もなかった。
 収集車はゴミを潰しながら飲み込んでいく。
 ―――ぐしゃっ。
「…………」
「世は諸行無常やねぇ」
 なんとものんびり妓音が言った。
 しかしそれに言い返す言葉も見つからないのか、少年は愕然とそれを見送り、ゴミ収集車が見えなくなっても呆然と佇んでいた。
 少年が発する沈うつな空気に妓音は扇で風を送って吹き飛ばすと笑顔を向けた。
「……したら、映画に誘てあげたら?」
「映画? でもお金が……」
「これ、試写会のチケットなんえ。1枚でふたり入れるんやてぇ」
「え……? でも、いいんですか?」
「えぇよ。バシッと決めたりぃ」
 妓音は景気づけとばかりに少年の背を叩いた。
「……はい!」
「うん」
「あ…あの、お礼……」
 少年はきょろきょろと何かを探すように視線をさまよわせて、学生かばんの中をごそごそと漁る。
「これ……」
 差し出したのは黒い折りたたみの傘だった。
「今日、夕方から雨だって言ってたので」
「でも、あんたはんはえぇのん?」
「はい」
 妓音は天を仰ぐ。空は晴れ渡りとても雨が降りそうには見えない。
「したら遠慮なくぅ」
 妓音は笑顔で傘を受け取った。
 少年は何度も頭を下げて公園の石畳を出口へ駆けて行く。
 その背を見送って妓音はのんびりと歩き出した。
 ガチャガチャのケースが、カードになって、映画のチケットになって、そして折りたたみの傘になった。まるでこれではわらしべ長者だ。
 そうして太陽が西の空に傾き始めた頃、突然空が暗くなり、少年が言ったとおりにポツリポツリと雨が降り始めた。
 妓音が折りたたみの傘を開く。
 あちこちでも降り始めた雨に慌てて雨宿り先を探す人々が目に入った。
 そして彼と目が合った。
「…………」
 公園の片隅で似顔絵やらを描いて売ってた画家志望らしい好青年。これまた“えぇ男はん”である。
 雨に濡れては大変と、慌てて絵をかたずけていた。妓音は濡れそうになっている絵にそっと傘を翳してやった。
「ありがとうございます」
 青年はホッとしたように絵を仕舞っていく。
「まさか、雨が降るとは思わなくて」
「ほんまや。うちも全然思てへんかったわぁ」
「…………」
「これ、濡れたら大変やし、これ使いぃ」
 妓音は青年に傘を差し出した。
「え? でも、いいんですか」
「ええよ」
 どうせ元手はゼロ、物々交換の果てに得たのだ。
「あ、じゃぁ、よかったらこれ貰ってください」
 青年はそう言って一枚の絵をビニール袋に入れて妓音に差し出した。
 半透明な袋越しに夕日に黄金色に染められた麦畑の風景画がうっすら見える。
「えぇのん?」
「はい。売れ残りで悪いんですけど」
 青年がぺろりと舌を出した。
「ほな、おおきにぃ」
 妓音は笑みを返して傘を渡し絵を貰うと雨の中、雨宿りを求めて小走りに駆け出した。
 一件の喫茶店の軒下に飛び込む。雨はまだ止みそうにない。妓音はビニール袋から絵を取り出してみた。
 キャンバスのサイズはよくわからない。大きさは大学ノートを広げたくらいだろうか。絵のことは詳しくないどころかよくわからない。これが何という手法で描かれたものかも怪しいくらいだ。
 それでも単純に綺麗だと思った。風が吹いて黄金の海が今にも波打ちそうな絵。
「素晴らしい」
 傍らで突然声があがる。振り返ると老紳士が妓音の絵を覗き込んでいた。
「よく見せて頂けますかな?」
 言われて妓音が絵を差し出すと老紳士が言った。
「中に入りませんか? お茶でもご馳走します」
 促す老紳士に妓音は素直に頷いた。
 喫茶店の店内はコーヒーの香りと穏やかなクラシック。コーヒー豆を挽くミルの音。ウェイトレスが出迎えて、妓音と老紳士を窓際の席へ導いた。
 好きなものを頼んでいいという老紳士の言葉に甘えて、妓音はBLTサンドにパフェとコーヒーを頼む。
 コーヒーだけを頼んだ老紳士はしばらく無言で絵を眺めていたが、やがて。
「この絵を譲っていただけませんか?」
 妓音がBLTサンドを頬張り困ったように首をかしげると、それをどうとったのか紳士は小切手を取り出す。
「好きな額を」
 妓音は首を横に振った。口の中がいっぱいでしゃべれないのだ。
「駄目ですか」
 妓音は胸を叩きながら口の中のものを飲み込むとコーヒーを啜って笑みを作る。
「いややわぁ。そんなんとちゃいますのん」
 元手はゼロから始まって、カードに映画のチケットに傘に絵に。ここまできたら最後まで物々交換でいきたくなるのが心情というものだ。
「では?」
 尋ねる老紳士に妓音は首を傾げた。
「綺麗なんがえぇなぁ」
 絵のことは全然わからないけれど、単純に綺麗だと思った。その絵と見合うぐらいの綺麗なもの。
「…………」
 それに老紳士はふむと首を傾げて、それから自分の指に嵌められていた指輪を取るとそっとテーブルの上に置いた。
 大きな赤い宝石の嵌め込まれた真っ赤なルビーの指輪である。
「これで、いかがです?」
「ええよ」
 妓音はにっこり笑って答えた。
「ありがとうございます、お嬢さん」
 嬉しそうに応えて、老紳士は飲みかけのコーヒーもそのままに伝票と絵を持って喫茶店を出て行った。
 妓音は雨が止むのを待つようにパフェを頬張りコーヒーを啜る。
 ふと見た窓の向こう。通りを、映画のチケットをあげた少年が女の子柄の傘を持って歩いていた。傘の中には少年と、おそらくはその傘の持ち主だろう女の子。
「あんじょういかはったんやねぇ」
 なんだかこちらまでウキウキしてくる。
 パフェを食べ終わり、空が夜色に変わった頃、漸く雨も止んで妓音は喫茶店を出た。
 空を覆っていた雲はいつの間にやら風に流され空には満月。月灯りに赤いルビーの指輪を翳してみる。光を反射してキラキラと輝いた。
 しかし指にはめてみてもぶかぶかだ。
「お花さんも散るさかいに惜しまれるぅ、言うしぃ」
 妓音はにっこり呟くと、目に止まった小汚い食堂の前に置いてある人形の前に立った。
 手を振る人形の指に指輪はぴたりと収まる。
 妓音は満足げに笑って夜の街へと歩き出した。
 たとえば数年後、このルビーの指輪でこの食堂が人気のレストランに生まれ変わったとしても、それは彼女のあずかり知らぬところである。そも、妓音がこの道に再び辿り着ける可能性は限りなくゼロに近い。
 風に吹かれて気の向くまま、雲のように流れては時々嵐を巻き起こし、ふわりふわりと軽快な足取りで今日も妓音は楽しい予感に誘われ行くのだった。





 ■■End■■
PCシチュエーションノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年05月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.