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『沈み込む悪意 3 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)


 キィ、と掠れた音を発てて蛍光灯が揺れる。そこに立ち尽くす者と、地面に伏す者。二つの影を剥き出しのコンクリートへと描き出すそれを、立ち尽くす者――鬼鮫は見上げた。
 その隙を、伏す者――高科瑞穂は見逃さなかった。
 僅かに重心の移動した足を渾身の力で掴み、関節技を仕掛ける。成功すれば、鬼鮫の腱は絶たれ、生涯歩くことすら困難になったであろう。
だが魔の力を宿す身となれば、仮に受けたとしてもその傷は癒え、意味を成さない。けれど容易く受けるほど、鬼鮫も優しくはなかった。
 捻る力を抵抗することなく受け入れ、己の身を捩る。上手く力を受け流して体勢を整えると、既に瑞穂の身体は鬼鮫から十分な距離をとっていた。
 ごろごろと無様に地面を転がった所為で外れたカチューシャを投げ捨て、気丈にも立ち上がる。
 己の唾液で濡れた頬を拭い、痛めた腹部を押さえる瑞穂の姿に、鬼鮫の背にぞくぞくと何かが走り抜けていく。
「まだ、終わりではっ、……ありませんよ」
 先程まで上気して色見を増していた紅唇は、今度は物理的な要素で赤く染まっている。その塊を吐き捨てて、瑞穂は鬼鮫に視線を置いた。ともすれば力無くくずおれそうになる身体を必死で立ち上げ、構えを取る。
「ああ、もっとだ。……俺をもっと、楽しませるんだ」
 その手足を、身体を、意識を。
 自らの手で引き裂く幻視にも似た妄想。その昏い欲望に満たされた男は、嬲るようにか細い身体へと手を伸ばした。
 すでに人の身では受け止めきれぬほどのダメージを受けた瑞穂は、だがそれでも己が身体を操って、鬼鮫の魔の手から逃れる。そしてそれだけではなく、返す力のままに攻撃することも忘れない。
 特殊警備課に所属するエージェントとしての責務だけが、瑞穂を突き動かしていた。
 この男を止めなければならない。その為には、なんとしても自分の手で捕らえる。その妄執にも似た義務感に支えられ、瑞穂は攻撃を繰り返した。
 僅か数ミリ先を拳が掠め、そのうねりが頬を打つ。
 寸前で打撃を避けた瑞穂は、鬼鮫の腕に手を添えて潜り抜けるように背後へと廻った。
「くそっ」
 鬼鮫の驚愕の声を聞きながら、相手が振り返るより早く膝を蹴りぬく。堪らず膝をついた男の、腕と首の関節を瑞穂は奪った。豊かな胸部をその身体に押し付けるように身を寄せ、擦り傷だらけの白い腕を絡める。このまま上肢を崩し、足で押さえつけることができれば、関節技はきまるはずであった。
 だが、肉弾戦で敵わない以上、鍛えることの出来ない場所へと移したはずの攻撃は、またしても鬼鮫によって阻まれる。
 ふっ、と息を吸い込んで集中した鬼鮫の身体がその場に留まり、中途半端に絡みついたままの瑞穂ごと腕を持ち上げた。
「なっ、なんで……」
 ふわり、と自分の身体が持ち上げられる感覚に、瑞穂は思わず幼げな表情を覗かせた。目を見開き、信じられないものを見るような目で、鬼鮫を見やる。 男は、確かに片腕で瑞穂の身体を持ち上げていた。しかも、半分は関節技を決められながら。
 信じられない膂力であった。
 そんな驚愕に襲われた瑞穂の視界に影がさした。それがなんであるか認識するよりも早く、瑞穂は目を閉じて衝撃に備える。
 がっ、と鈍い音と共に額から脳へと貫くように痛みが走り抜ける。
「ぐぅううっ、」
 噛締めた奥歯が嫌な音を立てる中で、続け様に顔面に肘打ちをくらい、瑞穂の身体は力なく鬼鮫の腕から離れた。重力に従い落ちる身体へと、今度は鳩尾めがけての攻撃が続く。
「あぁあっっっ、ああああああ」
 先刻、散々いたぶられた鳩尾への攻撃に、瑞穂はあられもなく声を上げる。ただそれだけが苦痛を和らげるものであるかのように、すがるように天を掻く。
「ぐっがっ、ああっ、ああぁ」
 ぐりっ、と再び肘が瑞穂の柔らかな身体へとめり込む。短い悲鳴を繰り返す中で溢れるように唾液が流れ、青白い光に照らされた咽喉元を滑らせる。もう、立ち上がることすらも出来なかった。
 身を起こそうと四肢に力を入れようとも、そこにまるで存在しないかのように動かない。いまや傷だらけとなった腕を、鬼鮫の腕が容赦なく掴んだ。
 引き摺られるままに体勢を変え、その身体が相手の思うままに翻弄されていくのを、瑞穂はどこか遠くから眺める気持ちで見つめた。わざと屈辱に晒すように足を大きく開かれ、抵抗する間もなく関節を奪われる。
「がっ、ああぁああっああ、ああ……」
 白い腕が、豊かな胸の膨らみが、柔らかな太ももが、鬼鮫の関節技の前に、なすすべもなく蹂躙される。瑞穂にできることはただ、悲鳴を上げ続けるだけであった。
 抵抗する力も奪われ、今はその身体の自由すらも奪われていく。辛うじて繋ぎとめられた意識は、もう何も、考えることは出来なかった。
 痛みと、苦しみと。
 いつ果てるかも解らない時の中で、瑞穂の瑞々しい肢体は嬲られ続けた。
「っああぁ、うぅ、」
 止めようの無い声がいつまでも咽喉から溢れ、その咽喉も自らの上げた悲鳴で傷ついている。瑞穂の掠れた呻き声に、やっと満足したように鬼鮫は固めていた腕を放った。
 まるで生気の無い、人形の腕のように落ちた腕を見届けた鬼鮫は、止めとばかりに瑞穂のカチューシャをなくした頭部へと、己の肘をつきたてた。
 がぎっ、と骨と骨とがぶつかり合う鋭く鈍い音が響く。続け様に二度ほど肘を打ちつけたところで、瑞穂の身体が大きく痙攣した。びくびくと小刻みに震える身体を打ち捨てて、鬼鮫は立ち上がり、その身体を見下ろした。

 そこに、先程までの凛とした瑞穂の姿は無かった。

 度重なる凶行に抗う術ももたず侵略された肢体が、横たわるだけであった。
滑らかな輪郭を彩っていた髪は乱れて絡まり、その顔はかつての美貌の面影を無くしていた。所々がどす黒く変色しているのは全身に及び、裂けた衣服の間から覗く身体にも、その傷跡を刻まれている。
 力なく伸ばされた腕と、開かれた足。隠すことも出来ない姿を鬼鮫の前に晒したまま、瑞穂の細くしなやかな身体は、いつまでも小さく震えていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
風凪 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年04月06日

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