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『Broken sword - 5 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 鬼鮫は瑞穂の背中や尻を蹴り上げながら、首を絞めつづけた。
 ひゅう、と笛のような音が瑞穂の喉から漏れた。頚動脈を絞めれば一瞬で彼女はラクになるが、そうはさせまいと鬼鮫は気管を狙って絞めつけている。まともに呼吸ができず、瑞穂は鬼鮫の腕をかきむしりながら何とか息を吸い込もうとしていた。
「どうだ? くるしいか?」
 サディスティックな笑みをうかべつつ、鬼鮫は問いかけた。
 瑞穂が答えられるはずもなかった。声を発するどころか、息を吐くことさえ満足にできないのだ。無論、答えたところで何の意味もなかった。
「くるしいかって訊いてんだ、よ!」
 最後の「よ」のタイミングで、鬼鮫はひときわ強烈な膝蹴りを叩きつけた。臀部だ。かぞえきれないほどの蹴りを受けてすでに痛覚が麻痺しかけていたところだが、この一撃は麻痺していた痛覚を呼びもどすほどのものだった。
 蹴り上げられた瞬間、瑞穂の体は三十センチ以上も地面から浮き上がった。彼女にとって唯一しあわせだったのは、その拍子に鬼鮫の腕が外れたことだった。
 解放された瑞穂は、蹴り上げられた勢いそのままに顔から床へ落ちた。「ぶぎゅっ」という音。踏みつぶされたカエルみたいな声だった。
「ブザマだなぁ、おい」
 ひひっ、と高い声で鬼鮫は笑った。
 顔を地面にこすりつけたまま、瑞穂は動けなかった。いまの一撃で、足腰が完全に動かなくなっていた。蹴り飛ばされたときの姿勢のまま、彼女は尻をつきだして四つん這いになった。まるで、土下座するような姿勢。まくれあがった修道服の裾は、彼女の頭を覆うような形になっている。太腿から尻まで、むきだしの状態だ。赤く腫れ上がった尻の肉が、真っ白なショーツからこぼれそうなほどだった。その尻も、背中も、ブルブルと小刻みに震えている。
「あ……、く……」
 目に涙をためながら、瑞穂は両手で尻を隠した。
 無論、隠しきれるものではない。手の間にできている隙間──尻の中心を狙って鬼鮫は蹴りを放った。かるく助走をつけた、ペナルティキックのような蹴りかた。地面に顔をこすりつけながら、瑞穂はベタンと崩れ落ちた。
 それでもなお、彼女は諦めてはいなかった。足腰は動かない。しかし、彼女にはまだ奥の手がひとつだけ残されていた。
「くああっ!」
 気合とともに、瑞穂は『能力』を開放した。床に散らばっていたボトルのひとつが浮き上がり、一直線に鬼鮫の後頭部へ向かう。完全に、死角からの攻撃だった。
 バシャン、と音をたててボトルが砕けた。鬼鮫の足がよろけて、一歩前に出る。その手が後頭部をなでると、ガラスの欠片にまみれた血がベッタリついてきた。
「ふ……」
 瑞穂は薄笑いを浮かべたが、反撃もそれまでだった。サーベルの斬撃や刺突にも耐えた鬼鮫の肉体が、ガラス瓶程度の攻撃に堪えるはずもなかった。
 次の瞬間、鬼鮫の蹴りが彼女の顔面をとらえていた。
 人形みたいに床を転がって、瑞穂は壁にぶつかった。つづけて腹部に蹴りが叩きこまれると、彼女は呻き声をあげながら体をよじらせた。彼女にできるのは、ただ体を丸めて小動物のように体を震わせることだけだった。
「おら、立てよ」
 鬼鮫は瑞穂の髪をわしづかみにすると、力まかせに引っ張り上げた。髪の抜ける痛みに耐えかねて彼女は立ち上がろうとしたが、どうやっても足は動かなかった。立つどころか、引きずることさえできなかった。
「立てねぇなら、こうしてやる」
 瑞穂の腰をかかえると、鬼鮫はそのまま彼女の体を持ち上げた。ひょいっと、まるで米俵でも取り扱うようなやりかた。
 鬼鮫の右肩に、瑞穂の背中が乗る形になった。背中以外、どこもささえられていない。鬼鮫の両腕は、完全に瑞穂の胴回りをクラッチしている。プロレス技だ。カナディアン・バックブリーカー。
 重力にしたがって、彼女の背中は弓なりに折れ曲がった。背骨全体を、激痛が貫く。瑞穂は弱々しく手足をばたつかせたが、それはさらに背中の痛みを増幅させるだけだった。はだけた修道服の裾から下半身がさらけだされ、背骨が反り返るに従って胸がつきだされる格好になっていく。
「あうっ……! おうっ……!」
 アザラシかオットセイのような声をしぼりあげながら、瑞穂は全身を痙攣させた。
 鬼鮫は瑞穂を抱えたまま離さない。肩を揺さぶるたび、瑞穂の背骨が軋み、呻き声とも悲鳴ともつかない声があふれた。
「そろそろくたばっとけ」
 最後の一揺すりで、鬼鮫の両腕が万力のように瑞穂の胴体を締め上げた。
 ゴキッという、太い骨が折れる音。ベキッという、細い骨が折れる音。その両方が、同時に空気を震わせた。「ごぼっ」と下水管の詰まったような音を立てて、瑞穂の口から血のかたまりがこぼれだした。
「これで終わりだ」
 鬼鮫は、高々と瑞穂を持ち上げた。そのまま、脳天を叩きつけるようにして、まっさかさまに床へ投げ落とした。
 爆音のような音をたてて、床板が割れた。割れたところへ、瑞穂の頭部が突き刺さった。頭部だけではない。肩から腰まで、上半身すべてが床下に叩き込まれた。致命的な一撃だった。
 下半身をさらしながら、瑞穂は完全に沈黙した。繰り返されるのは、かすかな痙攣ばかり。崩れた天井から差し込む日の光が、その影を床に投げかけている。さながら、二股に分かれた奇形の墓石のようだった。
 静まりかえった廃屋で、鬼鮫はしばらくのあいだその墓石を眺めていた。──が、やがて何かを思い出したように床からボトルを拾うと、空を向いてそれをさかさまにした。こぼれてきたのは、数滴のウイスキーだけだった。
 鬼鮫は舌打ちすると、瑞穂の足をつかんで引き抜いた。彼女の上半身は血みどろだった。割れた木片があちこちに突き刺さり、修道服は縦に引き裂かれて片方の乳房が露出している。
 鬼鮫はボトルを軽く放り投げた。くるくると放物線を描いて、ボトルは瑞穂の顔に命中した。つぶれた鼻から血が流れたが、それでも彼女が意識を取りもどすことはなかった。
「さて、ちゃんと処分しねぇとな……」
 面倒くさそうにつぶやいて、鬼鮫は瑞穂を引きずりだした。
 瑞穂の体が引きずられたあとには、ペンキを塗ったように赤黒いラインが引かれた。おだやかな午後の日差しが、その色を鮮やかに浮き上がらせていた。そうして、鬼鮫ともども瑞穂は霊園のいずこかへ消えた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年04月06日

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