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『熱戦の闘技大会〜拳を掲げろ!真の男をとくと見よ! 』
ガイ3547)&(登場しない)

額に滲んだ汗を拭きながら、恰幅のいい男は平身低頭に―いや、本当にテーブルに鼻先をこすり付けんばかりに、向かい合わせに座るガイに頼み込む。
優に1時間は経つと言うのに一歩も引かないのは喝采ものなのだが、ガイの方は黙然と話を聞いているだけで一言も発しない。
「ガイ、引き受けてもらえんかね?お前さんの腕前を見込んでのことだ。町の有力者といっても、こいつは人を見る目がある」
ワシからも頼むよ、と雇い主の店主の口ぞえに男は顔を輝かせると再び頭を下げて頼み込む。
「よろしく頼みます、ガイさん。噂の凄腕用心棒が参加するとなれば、ここいらで腕っ節の立つ連中も集まる。見物客も集まって街が潤う。どうか、どうか」
必死に頭を下げる男にガイは組んでいた両の腕を解き、利き手の親指を立てる。
「いいぜ、引き受けよう」
にっと笑うガイに有力者である男は男泣きとばかりに喜んだ。

―町で主催される闘技大会に出場して欲しい。
雇われていた酒場兼賭博場に前触れもなくやって来た街の有力者だという男が店主を通してガイへこう依頼した。
毎年この時期に開催される大会で、腕に自信のある武術家や格闘家が集まってくるので近隣でそれなりに名の知れたものだ。
治安が悪さを払拭するという意味合いもあるので、町の有力者たちが話し合って特別代表選手を選出している大会だ。
が、ここ数年。その特別代表選手がほとんど1回戦負け―良くても3回戦で敗退という散々な結果が続いていた。
盛り上げの意味にも欠ける上に治安の悪化に拍車がかかり、普通の観光客たちは離れていく。さらに領主からは目をつけられるという体たらく。
町としてもこれ以上の失態を重ねるわけにもいかない。しかし、確かな腕を持った御仁が早々見つからない。
そんな絶望した状況に飛び込んできたのは流れた噂話。
―雇われ用心棒に凄腕あり。
曰く、町の一角にある酒場兼賭博場で厄介ー失礼、腕に覚えありと言われた酔っ払い常連客を一撃の下で叩きのめし、窮地を救った、と。
居合わせた吟遊詩人がガイの圧倒的な強さに感動し、一昼夜掛けてその武勇を称える唄を作り上げ、行く先々で希代の英雄譚として語り継いでいる、と。

実際に吟遊詩人がいたことは確かだ。唄を作ったのも事実である。
が、この場に当の吟遊詩人がいたら全力で否定しただろう。
―感動だぁ?あんな凶悪な体験……二度としたくないわ!!
おそらく、いや確実に怒りのパトスを迸らせ、町の中心で心底から絶叫していたはずだ。
だが、悲しいかな。この詩人はすでに遠い旅の空。
自分の作った歌がよもやこんな事態を引き起こしているなんて思ってもいない。
けれど、この唄が絶望のどん底にあえいでいた有力者たちを救い上げたのも事実である。

「まさにこの方だ、と皆思ったわけです。ガイさんなら我が町の格闘大会を救ってくださるに違いないとね」
喜色満面の笑みで揚々と語る男にガイは内心、苦笑をこぼす。
大会を盛り上げるなどのうんぬんはともかくとして、ガイが出場を決めたのは極めて個人的な思いを優先させただけの話だ。
なにせ、この有力者の男が己の事のように語る一件のお陰で治安が悪いはずの店はすっかりと豹変。
今ではお年寄りから楽しめる平和な娯楽の楽園と化している。
平和なのはいいことなんだろうが、修行中の身であるガイにとっては退屈でしかない。
不謹慎極まりないが、これも格闘に生きる者の宿命だ。
なにより雇い主の勧めがついているから気兼ねもなく、大きな顔で参加できる。
さらに言うと店の同僚達も交代で応援させてもらうぜ!というエールつき。
嬉しいことかぎりないが、それ以上に周辺で名の知れた強者たちが集まるという話がガイの格闘魂を燃え上がらせる。
―ここで引いたら男がすたるというもんだ。
湧き上がる闘志を必死に抑え、ガイは闘技大会会場の一角にある控え室へと踏み込んだ。
扉を開いた瞬間、全身に感じたのは凄まじいばかりの闘気。ずらりと居並ぶ男達の眼光が集中する。
はちきれんばかりに鍛え上げられた両腕の筋肉とぶ厚い胸板。硬くなった太い指。
がっちりかつしなやかに仕上げられた両足。
誰もが皆、限界ぎりぎりまでに鍛え上げられた格闘家の身体にガイは息を飲み―瞳を鋭く光らせた。
「こいつは…面白くなってきたな。」
殺気立つ男達の中で最もがっしりとした大男が楽しげに笑いながら、ガイに近づく。
ざわりと周囲が沸き立つのを大男は気にも止めないその姿には絶対的な自信を感じる。
「お前がガイだろう?どこぞの吟遊詩人がご丁寧に英雄譚じみた唄に出てくる凄腕の用心棒さん」
「唄はともかく俺がガイだ。おまえは?」
すっと目を細めて問うガイに男は答えず、満足げに控え室から立ち去る。
再び沸き起こるざわめきの中で聞こえた言葉がガイの疑問を解き明かす。
―あいつか……例の優勝候補ってのは?
―らしいぜ。なんでもあちこちの大会を渡り歩いて、優勝を総なめにしてるっていう奴だぜ!
―噂じゃ全戦全勝。負け知らずの無敗記録を更新してるってよ
思わず息を飲み―ガイは指を鳴らす。
無敗記録保持の大会荒らしの大男と聞いては腕が鳴るのは当然の成り行きだ。
一気に燃えるガイであるが、その耳には届いていない出場者たちの囁きは全く聞こえない。
仮にあの吟遊詩人がいたら頭を抱えて叫んでいた。
―分かってないのか!?アンタも優勝候補なんだよ!!と
そう、叫んでいただろう。力強く、これ以上になく力いっぱい訴えていた。
ガイは全く気にもしていなかったが、あの唄の広がり具合は半端ではない。しかも王都に近いところまで広まっていて出場者の間では別の噂で持ちきりになっていた。
―凄腕用心棒のガイ。あいつが優勝の最有力候補。
―暴れまくる酔っ払い格闘家を一撃で叩きのめしたんだとよ!しかも天井裏まで投げ飛ばしたって話だ。
なんだか意味不明な尾ひれまでついていたのは噂の恐ろしいところ。
まことしやかに流れる噂が持ち合わせる威力は絶大で、今大会の出場者は前回よりも倍増。
その理由というのが揃いもそろって、『噂の超凄腕用心棒と戦いたい!』というから分からない。
何はともあれ、ここに集いし格闘家たちの祭典・格闘大会は幕を開けたのだった。

ねじりこむように放たれた両者の拳が互いの頬を、胸を綺麗にとらえ―リング外へと吹っ飛ばす。
両者ダウンを高々と告げるレフリーの絶叫に観客から湧き上がる大歓声と熱狂ぶりが見るもの全てを圧倒する。
試合が進むに連れて、否応なく盛り上がる場内で怒号に近いレフリーの声が歓声を貫いた。
「さぁぁぁぁあぁっ!盛り上がってきたぜ、ご一同!!準決勝第一試合までは波乱含みもいいとこだっ。まさかまさかの大波乱……両者、リングアウトで失格ぅっっ!!」
激闘の末に気絶し、運ばれていく両選手を指差すレフリーの叫びに観客の絶叫が加速する。
「だぁが!!素晴らしき格闘家両者の熱き戦いは近年まれな好試合。どっちが勝ってもおかしくなかった!!」
その健闘を称えながら、レフリーは滑るようにリングサイドで登場を待つ二人の選手に視線を送り、天へ向かって右人差し指を高々と掲げた。
「しかし!……男同士の熱き戦いに敗者復活は存在しない。さぁ、泣いても笑ってもこいつで決勝戦!!勝った奴が最強、今年度の優勝者だってんだっ…全員、気合を入れて見やがれってんだ!!」
熱狂の最高潮に包まれた場内でレフリーは大きく息を吸うと、声も裂けんばかりに勝ち残りし二人の強者の名を呼んだ。

白い円状のリングにのっそりと上がったのは優勝候補とされた例の大男。
そして続いて上がったのは、この町ではもはや知らぬものはいない凄腕用心棒・ガイだ。
観客の歓声に混じって同僚の用心棒達の応援が聞こえ、ガイはそちらに視線を送り―瞠目した。
必勝の二文字を書いた大横断幕を掲げ、大喜びする用心棒たちの中に雇い主である店主と出場を勧めた有力者の男が血管が切れんばかりに声を張り上げて声援を送っているのが見えたのだ。
これは望外の嬉しさがあったが、すぐにガイは気持ちを切り替え、相対する大男を見返した。
危なげなくここまで勝ち上がってはきたが、相手の男が並外れた強さを持っているのは肌で分かる。
発する闘気でそこいらの似非格闘家などは裸足で逃げ出すほどの強烈だが、その顔に浮かぶのは強者を見抜き、戦えることを喜ぶ武人の笑み。
一分の隙もないその姿にガイは震えにも似た歓喜を感じた。
「こんな奴と戦えるとは……嬉しい限りだ」
「お互いさまだ…ガイさんよ。俺もお前のような奴と戦えるなんざ、格闘家としてこれ以上ないくらいの嬉しさだ」
感極まったような声を出し、大男は悠然と腕を解いて構えに入る。
「いざ!!」
ごくりと喉を鳴らし、ガイは来るであろう拳に身構えた。
「尋常に!」
二人の足が踏み込むと同時に試合開始を告げるレフリーの笛が響く。
「勝負っっっ!!」
瞬間、ものの見事に重なった両者の叫びとともに常人の目には捉えられぬ勢いで両者の拳が繰り出された。
大男の顎を完全に捉えていたはずのガイの拳が寸前で目標を失って空を切り、そのまま不安定な体制で思い切り身体をひねり、鳩尾を狙い済ました大男の拳を避ける。
が、繰り出された強烈な拳圧で腹部にわずかなかすり傷が浮かぶ。
勢いあまってたたらを踏んだ男は片足をつくような体勢を取り、研ぎ澄まされた―鋭いガイの蹴りを回避するが、風圧の凄まじさで髪が数本、リングに舞い落ちた。
ほんの一瞬の攻防。
静まり返った場内が天も裂けんばかりの大歓声に包まれるが、リングで闘う二人の耳には届いていない。
その目に映るはお互いの動きと呼吸のみ。
「いい蹴りだ……最初の拳も悪くねぇ。最初から読んでたんじゃ、こうはいかなねぇだろう」
「あんたもな。すげぇ奴だ。」
愉快そうに笑う大男にガイはニッと口の端をあげながらも、大柄な体格のわりに黒豹がごとき俊敏な動きに感嘆する。
鳩尾を確実に捉えながらも避けられることを予測した上でがら空きになったガイの顎を頭で狙っていた。
本能的に蹴りを放ったのはある意味正解であろうが、次への攻撃を封じられたのは致命的である。
防御もなにもない完全な無防備状態に陥っていたガイに対し、大男は屈んだ体勢で即座の反撃に入れた上に勝負を決める絶好の勝機。
あのまま拳を振り上げていれば大男の勝利で決着はついていた。
けれど分かっていて、あえて流れを止めた大男の度量の大きさにガイは感じ入る。
「男の勝負に言葉はいらねーだろ?ガイさんよ」
ぐいっと掲げられた大男の拳にガイは表情を引き締め、拳を構える。
「真の男の勝負に小細工は無用!!ただ正々堂々とあるべき!!」
「この拳で勝負のみ!」
叫びが響くが早いか、両者の拳がリングで激しくぶつかり合う。
先ほどまでの一瞬の攻防とは違って、互いの全力を拳に乗せてぶつけあうのみの強烈な光景。
観客のみならずレフリーまでもが雄叫びをあげ、興奮する。
ぶつかり合った拳が一点で動かず、激しくも拮抗したせめぎ合いを演じる。ただそれだけでありながら、場内にいるもの全てを魅了してやまない。
ギシリと鈍い音を立て、ガイと大男が立つリングの石盤が割れていく。
どちらが勝ってもおかしくない。
だが見るものが見れば、ガイが不利であることを察していた。実力は拮抗。けれども相手との体格差が物を言い出した。
大柄な男の拳にはそれに見合った威力が加えられ、わずかに下方に立つガイを圧倒する。
激しいせめぎ合いの均衡が破られ、ガイが膝をくずし、男は勝利を確信する。
だが、この瞬間、ガイの右腕の筋肉が急激かつ爆発的な盛り上がりを見せ―形勢が瞬時に変化した。
勝利への執念、いや、格闘家としての誇りが無意識のうちにガイの力を解放し、強烈な気が爆風となり大男をまともに取られていた。
怒号にも似た雄叫びを上げ、意識を飛ばした大男がリングに打ち倒れ、痛いような静寂が場内を支配する。
が、続いて大熱狂の嵐が渦巻いた。
肩で荒く息をつきながら、リングに倒れた大男を見下ろしてすっくと立っていたガイの右手をレフリーが高々と上げ、勝利を宣言。
かくて世紀の大熱戦は歓喜の渦を巻き起こし、終幕したのだった。

「行くのか?ガイ」
「ああ、もっと修行して強くなりたいからな」
朝も開け切らぬ町の門を前にガイは再び大男と対していた。
あの大激闘の決勝戦から数日。
有力者達一同の感謝感激の涙と同僚の用心棒一団の筋肉大感謝演舞によってあっという間に用心棒の契約終了を迎えることとなったガイは店主にのみ別れの挨拶を済ませ、まさにここから旅たとうとしていた。
「お前のような男と戦えたことを誇りに思うぞ。俺もまだまだ鍛錬を積まねばならぬな」
見送りに来たと言外に伝えながら、大男は利き腕をぐいと突き出す。
「またいつか手合わせ願いたい!ガイ、お前のような真の男とな!!」
「ああ、俺もまた腕を磨く。どこかで闘おう!!」
薄暗い闇の空を一筋の朝日が照らし出す中、豪快かつ爽やかに笑う大男に応え、ガイは利き腕をぶつけ合う。
旅立ちにこれ以上の餞はなく、ガイは次なる闘いを胸に朝焼けに照らされた街道へと踏み出した。

FIN

PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年04月06日

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