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『『引っ越してきた隣人』 』
イアル・ミラール7523)&響・カスミ(NPCA026)



「あら?」
 イアル・ミラール(いある・みらーる)は、買物から戻り住まいのマンションへ戻ろうとした時、マンションの前に、沢山の荷物を積んだトラックが止まっている事に気がついた。
 その荷物はソファーや本棚、机といった生活用品であったから、かつて中世の時代に生きていたイアルでも、誰かがここへ引っ越して来た、という事ぐらいはわかる。
 イアルはトラックの脇を通りマンションへ入り、自宅である部屋へと戻った。
 ここは響・カスミ(ひびき・かすみ)が1人暮らしをしていたマンションであったが、神聖都学園でカスミにより運命の目覚めをしたイアルは、目覚めてからこのマンションに居候させてもらっているのであった。
 それからというもの、カスミを通じてこの平成の日本という世界を色々と学んだ。神聖都学園の生徒として生活をしているし、現代の社会がどういうものなのかも学んだ。
 今ではカスミと一緒に、この現代という時代をそれなりに楽しんではいるのだが、彼女にはかつて妹が自分を救うためにかけた石化の魔法がいまだに残っており、月の光を浴びれば石になってしまう。
 しかし、おかげで彼女は数百年の時を経て、この平成の時代で生きている。彼女の家族や、かつて住んでいた国はとっくの昔に滅んでいても、イアル自身は今こうして生きているのだ。
「おかえり」
 自宅へ戻ると、カスミが読んでいた音楽雑誌から顔を上げた。
「お店混んでた?」
「いえ、そこまでは。最近はハーブを買う人が増えたのかしらね。あと少ししか、ハーブも置いてなかったわ」
 そう言ってイアルは、買ってきたハーブをキッチンのテーブルの上に置いた。
「健康ブームだから」
 カスミは雑誌に視線を戻しながら答えた。
「ところでカスミ。誰か、このマンションへ引っ越して来たみたいよ?」
「そうみたいね」
 カスミがあっさりと答えるので、イアルはわずかに目を丸くする。
「何で知ってるの?」
「だって、イアルが買物に言っている間に、お隣の方が挨拶に来たのよ。でも、今は引越しの準備で忙しいから、また落ち着いたら挨拶に来ます、ってそう言ってたわ」
「何だ、そうだったの」
 カスミの答えに、イアルは納得し頷いた。
「どんな人だった?」
 イアルは先ほど見た引越しの光景を頭の中に思い浮かべながら、カスミに問いかける。
「外国の方みたい。ヨーロッパの方だとか。どこの出身かまでは聞いてないけどね。でも、感じの良い女性だったわよ」
「それじゃカスミ。私、お隣の方に挨拶に行く時に、ハーブのお菓子を持っていくわ。ちょうど買ってきたところだしね」
「それはよいアイデアね」
 カスミがにこりと、イアルに笑顔を返した。
 イアルにとって、カスミは恩人である。それに居候させて貰っている身だ、少しでも彼女の役に立ちたいという気持ちもあった。



「こんにちは、失礼します」
 イアルが手作りのハーブ入りクッキーを完成させた頃、玄関で女性の声が聞こえてきた。カスミがドアをあけると、そこには美しい長い黒髪の、細身の女性が立っていた。
「こんにちは。わたくし、今日から隣に越してきた者です。引越しが終わりましたので、改めて挨拶に伺いました」
「まあ、こんにちは。私は響・カスミ。それから、あっちが同居人のイアル・ミラールよ。どうぞ、よろしくお願いしますね」
「イアルさん、どうぞよろしくお願いします」
 カスミの言う通り、感じの良い女性であった。彼女に初めて会うイアルでも、その雰囲気に好感が持てた。
「これ、つまらないものですが」
 女性はカスミに、挨拶の手土産と思われる箱を差し出した。
「手作りのハーブクッキーとハーブティーです」
「あら!」
 カスミがイアルの方を振り返り、驚きの声を上げた。
「私達も、ご挨拶にハーブクッキーとハーブティーを用意していたところなんです。偶然ですね」
 カスミの笑顔に女性も笑顔になり、場が急に和んだ。つい数分前に始めてあった隣人であったが、この先も仲良くやっていけそうな気持ちがした。
「イアルは、お菓子を作るのがとても上手なんです。それに、彼女が淹れてくれる紅茶は最高よ。貴方も紅茶がお好きかしら?」
「はい、紅茶大好きですわ」
 女性が笑顔で答えた。
「カスミ、クッキー出来たわよ。今、紅茶を入れるわね」
 イアルがそう言うと、カスミは女性に笑顔のまま言った。
「もし、お時間よろしければ、一緒にお茶にしませんか?せっかくですから、皆でお茶を楽しんだ方がいいですものね」
「はい、喜んで。初対面なのに、気遣って下さり有難うございます」
 イアルの作ったハーブクッキーとハーブティー、そして隣人の女性の作ったハーブクッキーとハーブティー両方をテーブルの上に準備し、女3人のティータイムが始まった。
 隣人の女性が作ったハーブクッキーもなかなかの味で、また女性はイアルの淹れた紅茶をとても美味だと、大変喜んでいた。
 女性もまた菓子作りが趣味だったということで、翌日から、菓子を作った時はお互いにお裾分けしあう様になった。
 そのうちに、菓子を作る時イアルは、カスミと自分だけでなく、隣人の分まで作るようになった。ティータイムの時間、皆で楽しく談笑し、やがてお互いに夕食に誘い合ったりする様にまでなった。その時間が楽しく、隣ということもあり、まるで家族の様に楽しい時間を過ごしていた。



 楽しい時間を隣人と過ごす様になってから、あっという間に一ヶ月が過ぎていった。
「あら、カスミ?」
 ある月夜の晩、イアルはカスミがもそもそと立ち上がり、ゆっくりと玄関の方へ歩いていく事に気づいた。
「どうかしたの?こんな夜中に、コンビニでも行くの?」
 しかし、カスミは返事もせずに、まるで夢遊病者の様に玄関へと歩いていく。呼びかけるイアルのことなど、まったく眼中にない、という様子であった。
 寝ぼけているには、少し様子がおかしい。それとも、イアルをからかっているのだろうか。しばらくすると、カスミはパジャマ姿のまま玄関の扉を開けて、履物も履かずに外へと出て行ってしまった。
「ちょっと、カスミ!」
 イアルはカスミを追いかけようと、玄関から外へと飛び出した。そして、自分の視界に三日月の光が飛び込んできた。
「あっ!しまった!」
 イアルは声を上げたが、もう手遅れであった。
 月の光を浴びると、自分の体に残された魔法が動き出し、イアルは瞬きをする暇もなく、体が動かなくなり、カスミがどうなったのかはわからないまま、イアルは石の姿となってしまった。
「気をつけないとだめじゃない」
 イアルが気づくと目の前に、心配そうなカスミの顔があった。窓から朝の光が漏れているところを見ると、夜はとっくにあけていたのだろう。
「あら、カスミ?」
 石化の魔法が解け、イアルは再び自由に動ける様になっていた。カスミが口づけをして、石になっていた自分を元に戻してくれたのだろう。
「カ、カスミ。昨晩に、何をしていたの?」
「え、何の事?」
「覚えてないの?」
 カスミは首をかしげて、きょとんとした顔をしている。
 昨日、確かにカスミは部屋から出て行った。それを追いかけようとして、うっかり月の光に当たってしまいイアルは石になってしまった。それは確かなことだが、一体カスミはどこへ行こうとしたのだろう。
 それに、まったくその事を覚えていないところを見ると、自分の意思で行動したとは考えられない。
 何かの病気なのか、それとも別の何かの力がカスミの中で働いているのか。カスミが自分で自分の行動を記憶していない以上、イアルが真相を究明するしかない。しかし。

「ああ、ダメだわ!」
 月の光を浴びれば石になる事はわかっている。だから、曇りであったその日、イアルは相変わらず外へ出て行くカスミの後を追ったが、ちょうど月の光が雲の隙間から出てしまい、イアルは再び石となってしまった。
 その後、月の光を浴びて石になることは承知で、イアルは毎晩外へ出て行くカスミを追いかけては石になり、朝になってカスミのキスで目を覚ます、という毎日を繰り返していた。
 カスミはいつの間にか戻ってきているが、何度聞いても夜の行動の記憶はない様であった。石になってしまうとわかっていながらも、カスミを追いかけようとするのは、それほどカスミの事が心配であったからだ。
 ここまで繰り返すのは、ただ事ではないだろう。おそらくは、何かの術をかけれているに違いないが、今のイアルにはそれを確かめる事が出来ず、もどかしい毎日を送っていた。
 だが、そのもどかしさも長くは続かない。
「今夜こそ、突き止めるわよ」
 今夜は新月の晩であり、月は出てこない。イアルにとって数少ない、自由に歩ける夜である。カスミはいつもの様にふらりと起き上がると、パジャマのまま外へと出て行った。イアルはそれを追い、静かに外へ出る。今夜は新月だ。イアルが石になることはない。
「え、何であの人の家へ?」
 カスミはふらついた足取りのまま、隣人の女性の部屋へと入っていくのを目撃した。
「まさか、あの人が何かを?」
 仲の良い隣人を疑いたくはなかったが、間違いなくカスミは隣の部屋へ入っていった。疑いの心を持ちながら、イアルは隣人の家の扉を慎重に小さく開けた。
 扉の隙間から、部屋の中の様子を伺う。いつもは綺麗に片付いている部屋だが、置かれている家具は一緒なのに、どこかいつものと雰囲気が違う。
 イアルは扉を大きく開け、静かな足取りで部屋の中へと入った。そして、さらに奥、いつも隣人と食事をして楽しんでいるはずの居間の扉を開けた。
「カスミ!」
 イアルは、隣人の女性に液体の薬品を飲まされたカスミが、石像へと変化していくところを目撃した。さらに石像となったカスミは、その女性の命令を忠実に聞いており、イアルの声はまるで届いていない様であった。
「まあ、いらっしゃい。ちょうど、実験をしていたところなの」
 隣人の女性は、声を上げたイアルの存在に気づき、妖しさを増した口調でイアルに話しかけた。
「実験?カスミを石像に変えて操る実験ってこと?」
「そうよ。ストーンゴーレムを作る実験をしているの」
 女性は笑いながら答えた。今までとは違う、企みに満ちた声で答えた。
「ストーンゴーレムを作り出すなんて。貴方は魔女ね」
「魔法の知識は、人より多いつもり」
 魔女はそう言うと、妖しく笑みを浮かべたまま手を振りかざし、ストーンゴーレムとなったカスミに命令を下した。
「見られたからには、黙っては置けないわ。さ、ゴーレム。あの娘をやっつけなさい」
「ちょっと、待って!」
 魔女の手の動きに反応し、カスミはイアルに襲い掛かってきた。
「カスミやめて!」
 石とは思えない柔軟な動きで、カスミはイアルに体当たりをしようとした。イアルは寸前のところでかわした。カスミはイアルの後ろにあったテーブルにぶつかったが、テーブルはカスミに体当たりされ、まるで発泡スチロールのように簡単に折れてしまった。
 しかし、イアルにカスミを攻撃することは出来なかった。カスミは魔女に魔法をかけられて、操られているだけだ。そんな状況にいる彼女を、傷つけるわけにはいかない。
「やめてカスミ!」
 再度叫んだが、カスミはまったく反応しなかった。それどころか、さらに向きをかえて、イアルへと襲い掛かってくる。
「あっ!」
 イアルは足を何かにとられて、床にしりもちをついてしまった。後から気づいたが、床に以前イアルが魔女にプレゼントしたハーブクッキーの箱が落ちていた。
 すぐにカスミに押さえつけられ、イアルはカスミにより妙な薬を無理やり飲まされた。とても苦い薬であった。悔しい思いでいっぱいであった。この魔女と、カスミと3人であのハーブクッキーを食べながらお茶会を楽しんだ事もあったのに。イアルの脳裏に、魔女との思い出が浮かんでは消えていった。
「だめ、私がカスミを守らなきゃ!」
 薄れていく意識の中、イアルはカスミの笑顔を思い出した。彼女はイアルの恩人だ。このまま、彼女を魔女の好きなようにさせてはおけない。今、ここで自分がやられたら、誰がカスミを守れるのだろう。
 イアルは気を持ち直し、鏡幻龍の力を使った。5つの首を持つ龍がイアルの体に憑依し、その力を発揮する。
 鏡幻龍はカスミの体を優しく包み込んだ。その力は相手を攻撃するだけでなく、呪縛系の解除も出来るのだ。カスミは体こそ元に戻ってはいなかったが、イアルに今まさにとどめを刺そうとした手を止めた。
「あら?イアル?何をしているの?」
「カスミ、お願い、その魔女を、やっつけて。今の、貴方なら、出来る、はずよ」
 イアルはついに意識を失ってしまった。まどろむ意識の中で最後に見たのは、石になっているけれどカスミのいつもの顔であった。



「イアル、おきて!」
 自分を呼ぶ声で、イアルは目を覚ました。
「カスミ?」
 体が動く。イアルは目を開けると、隣にいるカスミの顔を見つめた。今、カスミは元の血の通った肌を取り戻していた。
「良かった、元に戻ったのね」
「何のこと?」
 カスミはまたもきょとんとしている。イアルは体を起こすと、あたりを見回した。
「良かった、倒れているから、心配したの。それじゃ、私は今日は仕事だから、学校へいくわね」
 時計を眺めてから、カスミはにこりと笑い部屋から出て行った。
 どうやらここは、カスミの自室ではなく隣の家のリビングのようであった。
 イアルのすぐ横の椅子に、隣人の女性…魔女が座っており、カスミは魔女に軽く挨拶をすると、部屋から出て行ってしまった。
「どういうことなの?話してくれるわよね?」
「わかっているわよ。ちょっとやりすぎてしまったわね」
 魔女は反省をしている顔であった。
 魔女の話によれば、自分はストーンゴーレムとして操る実験を行っている魔女であるらしい。その実験台として、たまたま隣に住んでいたカスミを使ったのであった。
 昨日の新月の晩、いつもの様にカスミを操っていたが、イアルに邪魔をされてしまい、カスミを助けて気を失ったイアルの代わりに、意識を取り戻したカスミに
「イアルを傷つけるものは許さない!」
 と懲らしめられたとのことであった。ストーンゴーレムの力で懲らしめられた魔女は、仕方がなくカスミとイアルを元の姿へ戻したが、カスミは術の副作用のせいか、再び眠りに落ちてしまった。朝、目を覚ましたカスミは昨日の出来事は夢であったと信じ込んでいるという。目を覚ましたら魔女の部屋にいたことも、魔女がカスミは酔っ払って自室と隣の部屋を間違えていたわよ、と説明し、カスミはそれで何の疑問も抱かなかったそうだ。
「しかし、まさか邪魔が入るとはね。もうちょっと、強いストーンゴーレム作らなきゃ」
「懲りてないみたいね!」
 イアルは魔女に、食ってかかるような顔を見せた。
「また懲らしめられたいの?」
「冗談だわよ」
 そう答えた、魔女の顔が笑っていなかったことが、イアルはとても気になったのであった。
 翌日、魔女は別の場所へと引っ越して行った。理由は特に聞かなかったが、イアルは魔女は自分達の隣にいるのも悪いと感じたためではないかと、考えていた。
 カスミは仲の良い隣人が引っ越してしまったと悲しんでいたが、イアルは真実は口にしなかった。カスミが昨日の出来事を夢だと信じている方が、彼女にとって一番良いのだから。(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年04月01日

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