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『Possibility 』
海原・みなも1252)&碧摩・蓮(NPCA009)


「お前、不細工な顔してるねぇ」
 背の高い女が気だるそうに呟いた。檻を挟み、何かよく分からない毛むくじゃらの物体が樹にぶら下がっている。
「可愛くないですか?」
「いやぁ……あたしはそう思えないけどねぇ」
 しかし、不細工と言われたそれの動きはあくまでスローモーション。むしろほとんど動かない。
「確かにこいつは名前どおりのやつだよ」
 呆れたようにまた背の高い女が呟いた。普段の自身の生活ぶりは棚に上げているようだ。

「それにしても、本当に沢山いますね」
「そうだね。偶にはこういうのも悪くない」
 休日だと言うのに人は疎らで、代わりと言ってはなんだがそこかしこから何かの鳴き声が聞こえてくる。
 檻を挟んだ向こう側には森の代わりになる樹木や川の代わりであろう巨大な水溜りなどが見受けられる。
 人が少ないことは逆によかったかもしれない。煩わしいこともなくのんびりとそれらを観察できるのだから。
「オーストラリアじゃコアラを抱っこできる動物園もあるらしいよ」
「それはとても素敵ですね。何時か行ってみたいです」
「だけどコアラってあれで繊細だし、力もとんでもないらしいけどね」
 そんな会話を交わす二人が立つのは、今正に話していたその動物がいる檻。

 海原みなもと碧摩蓮。彼女たちは、なぜか動物園に来ていた。





「動物園に行きませんか?」
「……はっ?」

 海原みなもは悩んでいた。と言っても深刻な悩みではない。どちらかと言えば、分からないことがあってもどかしいといった類の悩みだ。
 自身が今纏っている服。それは本当の意味では服とは言えない生物である。
 自身の思考に呼応して姿かたちを変える魔法生物。生きている服とでも言うべきものであった。
 ひょんなことから手に入れ、紆余曲折あったものではあったが、今ではすっかり彼女と順応して服としての、道具としての生を謳歌している。

 そしてそれを纏うみなもは、この服に色々な可能性があるのではないかと考えた。
 例えば、外見としての服ではなく自身の内面……筋肉や様々な臓器などに纏わせることで能力を上げてみるとか。例えば、動物のようになってみるとか。兎も角そういった可能性を模索し始めたのだ。
 服は実に優秀で、彼女の思い至る部分であれば見事にそれを再現してみせた。しかし、勿論無理なものもあった。
 例えばあまりに質量が大きなもの。例えばみなもの思考が追いつかない他の動物の動き。
 前者は物理的に無理なのだから仕方がない。しかし後者はどうだろう?
 服はみなもの思考を忠実にトレースしそれを投影する。筋肉の増強なども可能であると既に実験で分かっている。ならばやってやれないこともないのではないか?

 結論から言えば、どちらとも言えなかった。そもそもそれらの根本的な知識というものがみなもになく、想像どころの話ではなかったのだ。
 一応DVDなどで知識を得てみたが、それでもあくまでなんとなく分かっただけである。やはり現物を間近で見なければこういうものは理解しづらいのだ。





 そうして二人は今動植物園にいる。みなもは動物園だと言っていたが、足を踏み入れてみれば植物園も併設されていたのだ。単に近場を選んだだけだったのだが、元々植物の知識も欲していたみなもにとっては渡りに船と言ったところだろう。
 動物園に行くならお弁当。そんなお約束があるのか、手作りのお弁当を入れたバスケットも持っている。
 みなもはボーダーのロングカーディガンにサブリナパンツという出で立ち。みなもも女の子である、春らしい服装にはちょっとした拘りを持っていた。雑誌をチェックした後、『服』をマリンルックに変化させたものである。
 対する蓮は何時もどおりのチャイナドレスにコート。その姿は入園者が少ないだけに余計に目立ち、そこかしこから視線を集めていた。もっとも本人は気にすることなく紫煙を吐いていたが。
 そんな正反対な二人があれこれと動物を見て回る姿はどこかおかしなものだった。

「こうやって見ていると、色々分かるものですね」
「例えばどんなこと?」
「そうですね……」
 例えば、とみなもが象のいる広場を指差した。
「生の動物は常に違う動きを見せますよね。映像では同じようなところばかり見えますから、違う動きを見せたときどういう風に筋肉や組織が動くか分からなくて。
 ほら、鼻一つを動かすだけでも色々な組織が動くのが分かりませんか、なんとなく」
「いや、あたしにはさっぱり」
 蓮は一つ肩を竦め、「しかしでかいねぇ」と象を見上げる。
 みなもはなんで分からないんだろうと首を傾げた。が、それも無理はない。元々得ていた知識に加え、彼女の左目瞼に溶け込んだ逆鱗が無意識下でそれを可能にしていたのだ。あくまでみなもにとってもなんとなく、というものではあったが。そしてそれはDVDだけでは知識を得られきれなかったことの一端だろう。
 そもそも彼女に同化している逆鱗は、水があって初めて機能するものである。DVDなどという無機物ですらないただの映像からは何の情報も得られないのだ。
 無意識のうちに最適手段で知識を得ているのは、ただの僥倖かはたまた『服』がそうしむけたのかは分からない。
「あ、蓮さん次はあれにいきましょう」
 みなもが指差し、言うが速いか駆けていく。その先には動物ふれあいコーナーがあった。どうやら羊や山羊などと触れ合えるらしい。
「……勉強のためとかいって、単に楽しいだけじゃないのかねぇみなもは」
「蓮さーん」
「はいはい」
 呼びかけるみなもには笑顔が溢れている。恐らく蓮の推測は正しいのだろう。
 みなもが楽しくなるのも仕方ない。単純に動植物の知識を得るのは自分のためにもなったし、その動植物と触れ合えるというのも中々ない機会である。
 そして何より、何時もお世話になっていた蓮へのお礼代わりに作ったお弁当を喜んでもらえた。テンションが上がらないわけもなかった。



 そうして夕方までたっぷり動植物と触れ合ったみなもは、帰るなり泥のような眠りについてしまった。楽しかったが、それ以上に無意識に発動していた逆鱗の副作用で疲労が溜まっていたのだ。こういうときは『服』の衛生管理機能が有難い。
 心地のよい疲労感の中、彼女の見た夢は一体なんだったのだろうか。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 翌日みなもはアンティークショップレンへと足を運んでいた。勿論昨日学んだことを活かすためにである。
 そこには蓮がいてくれるから、みなももある程度であれば安心して無茶を出来た。蓮もそんなみなもに何も言わずにいた。単純に彼女の頑張る姿を見ているのが最近楽しいのだ。
 今日は何をするのだろうか。そんなことを蓮が思っていると、みなもはおもむろに準備運動を始めた。
「昨日感じたことを、忘れないうちに実践してみようと思うんです」
 何も聞いていないのに、まるでみなもは独白のように呟く。
「なんとなく……本当になんとなくですが、色々なことが分かった気がします。それをフィードバックできれば、うまく『彼』に伝えることが出来れば……」
 みなもは以前にも言っていた。『服』を活かすことが出来るのは自分だけ、だからその可能性を探っていると。
 蓮からすれば昨日の動植物園もただ遊んでいるだけのようにも見えたが、みなもが言うようにきっと何か掴んだことがあったのだろう。蓮には窺い知れない何かを。

 紫煙を吹かしながらそんなことを考える蓮の前で、みなもは一人集中し始める。
 イメージするのは草食動物の脚。
 実に複雑なイメージだった。脚だけではなくその内部である筋肉や骨、血流と言ったものの想像、同時に脚と言うフォルムの想像。
 細かいところまでは全てイメージしきれない。みなもはその手の専門家ではないのだから当然だ。ならばどうするか。昨日感じた『何か』を加味し、イメージを膨らませるのだ。
 その曖昧な『何か』は、しかし逆鱗を持って感じ取った確かな知識でもある。あくまで無意識下での学習ではあるが、彼女の中でははっきりとした映像としてイメージすることが出来た。
 想像の中で彼女の思い描きだした脚には血が巡り、骨に筋肉が張り巡らされ、そしてそれが確かなイメージとして『服』へと流れていく。元々『服』が記憶している知識とそれが合わさり、複雑で曖昧なはずのイメージが徐々に確かな現実へと近づいていく。

 脚ははっきりと想像できた。次に、みなもはそれと自身の融合に取り掛かった。
 そもそも人間と草食動物の脚部構造は違っている。それは進化の過程上仕方のないことである。その違ったものを同一のものとして融合させる。先日やってみせた筋肉の増強などというものとは全く話が違っていた。
 しかし、今のみなもには出来るという確信があった。
 大きく違っているとはいえ、内部を構成するもの自体は全く同じもの。さらに言えば、大きな水の流れがあるのも大きかった。
 彼女の持つ逆鱗、その力は水を知覚することによりその物体を丸裸にする。生物のほとんどは水分で構成されている。ならば、なんとなくであってもそれを理解出来ない理由はどこにもなかった。
 全くかけ離れたイメージを解体し、同じ生物の組織として再構成させていく。少しずつ少しずつ思考の中でピースが重なり、そのイメージが融合し始めた。
 ベースは人間の脚。そこに草食動物特有のたくましい筋肉や骨などが融合され独特の形状を描き出す。
「へぇ」
 物珍しい光景に、蓮が思わず感嘆の声を上げた。
 少しずつみなもの脚の内部へと纏われていく何か。複雑ながらも美しい、言わば機能美とでも言うべきその形状。
「……やってやれないことはないんですね」
 そこには、見事に草食動物の筋肉を纏わせた立派な脚があった。

「これでいいんでしょうか……」
 しかしながら、変化させてみたがそれで本当にいいかはみなもにも分からない。だから、とりあえず走ってみることにした。そしてそこで、何か違和感に気付く。
「……?」
 所謂人間のような足全体を地面につける蹠行型では速く走れない。今のみなもが纏っているそれは、馬などの草食動物に見られる蹄行型と呼ばれるものの筋肉や組織である。だから走ろうとした瞬間にその違和感に気がついた。
「あぁ、こういうことですか」
 何度か試行錯誤を繰り返した後、その状態では爪先立ちがもっともやりやすいことに気付く。考えてもみれば、馬などは全て蹄で爪先立ちをしている。内部などを想像するだけではなく、そういったことも理解する必要があるのだとみなもは一つ学んだ。
 それを理解してからは話が早かった。構造の違いなどはあれど、間接自体はそう大きく違わない。動き回ることに支障はないようだった。
「では、改めて」
 言うが早いかみなもはクラウチングスタートの体勢を取る。人間であってもスタートの際に用いるそれは、四足歩行の動物の動きそのものでもあるから。

 その状態で、みなもは最後の準備に取り掛かった。それは、心構え。
 動物たちが走るとき、彼らは何を考えているのだろうか?
 そればかりは全く分からない。彼らの思考は、どうやっても読み取れないのだから。だから、ここだけは自分の想像だけを働かせる。
 馬が走るのを見て感動したことがある。あれだけのスピードで優雅に大地を駆け巡るとどれだけ気持ちがいいのだろうかと。
 もっと早く、もっと風を。だから、一心不乱に走る。
 それだけを心に置き、自らの心に纏わせた。
(……これなら、あなたにもあたしの気持ちが分かりますよね)
 その心構えは、同時に『服』への配慮でもあった。
 今から一緒に走るのだから、彼にもそれを感じてもらいたい。彼がそれを理解できなくても、知識として蓄積してくれればそれでいい。
 彼の力がどんなに素晴らしいかを、彼自身にも分かってもらうために。

 ひゅっと小さく息を吸う。そして、前を見た。
 前脚となる両手を弾けさせ、同時に右足が一歩を踏み出した――。

「おー……こいつは凄い」
 紫煙を吸うのも忘れ、蓮はその光景に目を奪われた。
 まるでスプリンターのように、しかしそれよりもはるかに速いスピードでみなもが大地を駆けていく。まさに風を切り、風そのものになったかのように。
「なるほど、確かにこいつは立派なタッグだ」
 その光景はみなも一人では決して描き出せないもの。同時に服だけでも不可能なもの。両者が助け合い、まさに二人三脚となって初めて見れるもの。
 笑顔でその風を感じるみなもに応え、その脚は益々の力を持って大地を駆けているように見えたのだった。



 とは言え、問題がないわけでもなかった。
 まず前回の筋肉増強と同じようにみなも自身の体に纏わせているため、肉体的な疲労はダイレクトにみなもへ返ってくる。
 また構造上完全に全てをトレースできるわけではないため、その能力は本物に比べれば幾分か劣るということも分かってきた。とは言え十分すぎる能力の飛躍ではあるのだが。
 さらにこれはみなも自身の問題ではあるが、無意識とはいえ逆鱗による過度の情報処理はそのまま負荷として彼女に圧し掛かってきたのだ。今回感じた中で、恐らくこれが一番彼女にとっては辛かっただろう。
 しかしそれらを味わってなお、みなもの顔には笑顔が溢れていた。
「嬉しそうだねぇ」
 蓮がみなもの頭に冷たく濡らしたタオルを置いてやると、冷たいと彼女は小さく笑った。
「だって、色々分かりましたから。それに、『彼』の可能性が本当に無限大じゃないかなって思えて、嬉しくなりました」
「そうかい。よかったね」
「はい」
 小さく頭を撫でてやると、またみなもは嬉しそうに笑う。本当に嬉しそうに。



 暫くの休憩の後、みなもはまた色々と試し始めた。今度は体に大きな負荷がかからないような小さなことから。
 そんな彼女を眺めながら蓮は小さく紫煙を吐き出す。何時もどおりのどこか気だるそうな笑みを浮かべて。
「お互いがお互いを必要とするってのは、いいことだねぇ」
 人間でも、動物でも、道具でも。何時か自分が置き忘れてしまった気がするそれを、少し羨ましく思いながら。





<END>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月30日

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