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『玻璃の向かう先(2) 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)
 すーー…、と細く、長く、息を吐く。
 ぴん、と意識が鋭く尖る。それはまるで、玻璃のような。


 戦闘の前は、いつもそうしている。集中はどんな作業や行動にも欠かせない。勿論戦いにも。
 そうしてじっと、相手を見つめた。殺気は隠さない。隠す必要がない。まさにこれから、目の前の敵をうち砕いていくのだから。
 ニコレッタ調のメイド服を着込んだ高科・瑞穂は、そう明確な意思を持って、目の前の男と対峙していた。戦闘体勢を取ると、その衣装は少し滑稽な気もしたが、そこはさすがに、いくつもの任務をこなしてきた瑞穂である。堂に入ったものだった。
 対して、男は両の手を下げたまま、ごく自然な姿勢だった。構えもしない。
 黒いロングのコートに、サングラス。背丈は随分と高く、瑞穂のそれよりも当然高い。
 軽く見られているのだろうか?
 瑞穂はそう思った。相手からすれば、瑞穂に負ける要素のほうが、思いつかないに違いない。男女の体格差、筋力差等など、純粋な力比べでは、確かに男の方に分があるだろう。あっさりと勝てると、タカをくくっているのかも知れない。
 そう考えれば、少し瑞穂の心中は波が立った。舐められては堪らない。こちらは、女である前に、訓練されたプロフェッショナルだ。
 だむっ! ―――編上げのロングブーツが、唐突に床を蹴り、男に向かい蹴りを放った。
 ローキックではあるが、脛に直撃したことに、瑞穂はほくそ笑む。我ながら綺麗に決まった。男の唇がわずかに引き締まるのが見える。目の表情は分からないが、脛は鍛えにくい割には打撃が痛い箇所だ。
 たん、たたん、と軽いステップを踏み、相手と少し距離を取る。
「お前―――所属は? ただの警備員ではないでしょう? 堅気には見えないわ。言いなさい」
 何時もならば…、瑞穂は相手にこのよう問いかけはしない。だが今日は違った。これもベテランの余裕から来ているものなのだろうか。それは定かではないが。
 男はサングラスを指の腹で押し上げ、少し瑞穂を見やった。思いのほか、低く落ち付いた声が、地下の資料室に響く。
「IO2エージェント…、鬼鮫だ」
 その声からは、感情が読み取れない。瑞穂を恐れているのか、あるいは見下しているのか。
 素直に男が名乗ったことに、瑞穂は口の端を釣りあげる。
「IO2エージェント…。その割には大したことないようね。なぜ攻撃しないのかしら」
 軽く息を吐き、顔面に向けて肘鉄をひとつ入れた。床を蹴る音が響き、さらに男の腹部に拳がめり込む。男が少し下がったのを見計らい、膝蹴りがまた一つ決まった。
「―――っはは、呆れたわ…。全然手ごたえがない!」
 失笑すら漏らしながら、素早い二段蹴りを見舞う瑞穂に、鬼鮫は反撃をするでもなく、ただ少し身を引いて攻撃を受けていた。なおも彼女は、鬼鮫をなじる。
「怯えたの? 大の男が、女相手に! まるで―――」
 ペチコートの入っているスカートが翻り、上段蹴りが男の顎にクリーンヒットした、その瞬間、
「カカシのよう…―――ッ!?」
 それは、控え目ですらあったかも知れない。
 男の…、鬼鮫の腹のあたりに作っていた拳が、上段蹴りでガラ空きになっていた瑞穂の鳩尾に、文句のつけようのないほど、強く、強く打ちこまれていた。生々しく、めり込む音が、瑞穂の耳にも確かに届いた。
 ドドドドっ…、と静かに、だが素早く、常人には目を擦ってしまうような素早い拳の打ち込みが、その次の瞬間にはされていた。
「ガッ、はっ、はっぁ!」
 呼吸の困難さから、口を開いたままり瑞穂は、大きく何度も息を吸おうとするも、これが上手くいかない。
 鬼鮫の攻撃は、それだけでは済まなかった。大男とも呼んで差し支えのない、鬼鮫の身体がふわりと浮き、高く上げられた片足が、瑞穂の脳天にぶち当たる。耳を覆いたくなる、ゴツンという低い音。
 美しい瑞穂の、柔らかい茶色の髪の中に、鬼鮫の無骨な黒いブーツがめり込む。
「ぁあああああ! ぐあ、あああ!」
 喉が張り裂けんばかりの、ひどい悲鳴だったが、瑞穂には痛みの余り、それを気にする余裕もない。今だ男の靴がどけられないままだが、それでも構わず、激痛に身体を捩る。
 がつん、と軽く蹴り離された頭を押さえ、しゃがみこもうとした瑞穂を、男は許さなかった。
 背後に回っていた鬼鮫は、こともあろうか、瑞穂の臀部に膝蹴りを喰らわせた。ばちん! とひどく大きな音が示すとおり、それはまた、瑞穂に新たな痛みを与えるものだった。
「ひぃ、ひっ…!」
 数分前までの、優勢はどこへ消えてしまったのだろう。余裕のあった表情も、元が美しいだけに一層の悲壮さを煽る、恐怖の色に塗りこめられていた。
 赤く腫れた臀部を押さえ、半分地面に身体を横たえ。服装とその姿勢は、より攻撃する者の加虐心を煽るものだった。余りの痛みに、涙目にならざるを得ず。目を見開き、口では絶えず呼吸を続けいていた。
「…先刻、なんと言っていた?」
 じゃり、と男が床を踏みにじるような動きを取った。ただの、殆ど何の意味も持たないその行動すら、瑞穂は震え上がった。引き攣るような声を、思わ洩らすほど。
「カカシのよう―――そう言っていたな。どうだ?」
 鬼鮫はゆっくりと…、まるで恐怖を感じる時間を長引かせるように、ゆっくりと。ひとつひとつ、言葉を吐く。
「カカシに転がされる屈辱は。地べたに身体を倒した屈辱は?」
「よっ…、うすを、見ていたと…そう、な、の…!?」
 瑞穂の声は、みっとめなく裏返り―――、震えていた。それでも問いかけたのは、彼女の意志の強さか。
「有体に言えばそうなるな。さて…」
 サングラスを外し、鬼鮫の鋭い眼光が瑞穂を見据える。
「ひっ、い!」
 痛み、それを上回る鬼鮫への恐怖。半分、瑞穂は失神しかけと言っても過言ではないほど、その男への強い感情で張り裂けそうだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
五十嵐 鈴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月26日

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