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『Fight in rain - 5 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 雨は収まらなかった。おさまるどころか、風まで出てきて嵐みたいな様相を呈している。天気予報でも見てくりゃよかったと思ったが、そんなものはここ十年ぐらい見たおぼえがなかったことに気付いて、俺はちょっと笑った。
 うつぶせになったまま、女は荒い呼吸を繰り返していた。風になぶられて斜めになった雨が、容赦なく背中に降りつける。まるで、滝に打たれてるみたいだ。背中や尻に残った泥の足跡も、あっというまに洗い流されてしまった。
「ぐ、う……」
 絞り上げるような声を出しながら、女は腕を動かした。指先が泥の上に突き立てられて、こまかく震えている。その手が泥をつかんだかと思うと、女はゆっくり顔を上げた。風が吹いて、髪が横に流れる。真っ赤に充血した目が、俺を睨んでいた。
「ほぉ。まだ立つのか? 立つなら相手してやるよ」
 俺は右手を前に出して、手のひらを上に向けた。そして、かかってこいという具合に指を動かした。
 女は両手を地面について、立ち上がろうとした。必死の形相だった。まるでポンコツの自動車みたいに、全身が振動している。女はほんの一瞬立ち上がりかけて、しかしすぐに尻餅をついた。完全に足が死んでいるようだ。義足で立ち上がろうとするリハビリ患者だって、もうすこしマシにちがいない。
 水溜まりの中に尻をつきながら、ぺたんと座り込んだまま女は動かなかった。呼吸に合わせて、肩が激しく上下している。その目は、ずっと俺のほうを見ていた。
「立てないなら、お遊びはおしまいだな」
 二歩近付いて、俺は女の頭を蹴りにいった。
 あっさり終わるはずだったが、まだ終わらなかった。女が両腕でブロックしたのだ。
 どうやら、まだ抵抗するつもりらしい。俺は軸足をスイッチして、今度は全力で中段蹴りを放った。思いっきり体重を乗せた蹴り。頭に当たれば首から上が千切れてもおかしくないぐらいの蹴りだった。
 ごうっ、と風が雨を切り裂いた。「ひっ」と息を詰まらせたような女の悲鳴が、その音にかさなった。
 蹴りは女の両腕にぶち当たった。バギッ、と骨の折れる音がして、女は勢いよく横倒しになった。そして、倒れたままの姿勢で女は甲高い悲鳴を上げた。見ると、女の腕は肘の上あたりで折れ曲がっていた。しかも、左右両方ともだ。
「ああっ。あっ!」
 喘ぎ声みたいな悲鳴を漏らしながら、女は自分の両手を見つめていた。芋虫みたいに、体をよじっている。
 どうやら、これで完全にゲームオーバーだ。俺は水溜まりの中に手をつっこんで、女の髪をつかんだ。そして、そのまま引きずり上げた。
「いたっ! いたい!」
 女は髪をおさえようとしたが、折れた腕でそんなことができるわけもなかった。もちろん、悲鳴なんか上げたところで俺が手加減するわけもない。
「よぉ。これから殺されるっていうのは、どういう気分だ?」
 俺は女の顔を覗きこんだ。
 髪をつかんで無理やり起き上がらせているおかげで、顔はひどくゆがんでいる。鼻や口のまわりは血まみれで、顔も髪も泥だらけだった。さっきまで反抗的だった目つきも、すっかり怯えた風になっている。ライオンの群れに囲まれたシマウマみたいな目だ。それでも、女は気丈に言い張った。
「殺すなら、さっさと殺しなさい」
 言ってることはカッコよかったが、声は震えていた。そりゃそうだろう。いくら軍人といっても、この女はまだ二十歳ぐらいだ。死ぬ覚悟なんか出来てるわけがない。
「ずいぶん立派じゃねぇか。命乞いするなら、助けてやってもいいんだぜ?」
「だれがそんなこと……」
 最後まで言わせず、俺は女の顔を平手打ちした。
 泥と雨水と血の飛沫が、しぶきになって飛び散った。
「もういちど言うぜ? 土下座して命乞いしたら助けてやるよ」
「ふざけたことを……」
「ふざけちゃいねぇよ」
 俺は、もういちど女の頬を張り飛ばした。さらに、左右の拳で頬を挟み、つよく締め上げる。苦痛にゆがんでいた顔がますますゆがんで、唇の端から血と唾液がこぼれた。
「や、やめ……」
 女は頭を振って逃げようとしたが、無論そんなことができるわけもなかった。
 俺は女の首を両手でつかみ、そのまま引っこ抜くようにして真上に持ち上げた。
「ぎ、ぐ……っ」
 苦悶の声を漏らしながら、女は両腕をばたつかせた。
 俺は女を無理やり立たせ、さらに首を締め上げていく。女の足が地面から離れて、宙に浮いた。女の体重すべてが、首にかかる。プロレス技だ。ネックハンギングツリー。その気になれば、あっというまに人を殺せる技だった。
「ぐかっ、がっ!」
 俺の頭より更に高い位置で、女は呻き声と血を吐き出した。足がじたばた動いて、俺の膝や脛を蹴りつけてくる。痛くも痒くもなかった。折れた両腕で首をおさえようとしているが、まるきり無駄な抵抗だった。
「がうっ!」
 女が、獣みたいな声を上げた。
 その瞬間、後頭部に何かがブチ当たった。たいしたダメージじゃなかったが、おどろいて女の首から手を離した。女は泥水の中にひっくりかえり、俺は後ろを振り向いた。
 そこには誰もいなかった。ただ、足元に何かが転がっているのが見えた。そこらへんにたくさん落ちている枯れ枝だ。どうやら、こいつが俺の頭に命中したらしい。なるほど。なにがあったのか、だいたいわかった。
「そうか。おまえ、遠隔操作能力を持ってるのかよ」
 女は答えなかった。地面に尻をついたまま、苦しげにのどをおさえている。ヒューヒューいう呼吸音が、この大雨の中でさえ聞こえるほどだった。
「こたえろよ」
 俺は女の胸を靴底で蹴りつけた。女は地面に手をついて耐えようとしたが、折れた腕はあさっての方向に捻じ曲がり、女は無様に倒れた。
 倒れたその上に、俺は馬乗りになった。腹の上にのっかり、どすっと体重をかけてやる。水袋でも押しつぶしたように、「ぐぶっ」と女が血を吐いた。真っ赤な飛沫が、一メートルぐらいの高さまで噴き上げられた。
「おら。いまの超能力をもういっかい使ってみろよ」
 俺は女の首根っこを左手で押さえつけながら、右手で頬を張り倒した。
 女は口を開かなかった。遠隔操作も使ってこなかった。
 もういちど、今度は拳で頬を殴った。うまく殴れなかった。ぬるっ、と拳がすべった。血と泥と雨水と汗と──なんだかわからない液体やらで、女の顔はぐしゃぐしゃだった。最初のイメージは、もはや見る影もない。いまなら、親や兄弟が見たってコイツが誰だかわからないだろう。
 拳を大きく振り上げ、俺はハンマーを振り下ろすようにして女の顔を殴った。鼻が折れて、血が噴き出した。もういちど、鼻を殴りつけた。さらに血が噴いた。俺の拳は、あっというまに血みどろになった。
 それでも、さらに俺は殴りつづけた。鼻だけじゃなく、顔全体をまんべんなく殴っていった。目尻や唇が切れて、そこかしこから血が流れた。一発ごとに女の顔の形が変わっていくのは、なかなかの見ものだった。
「やめ……、やめて……」
 女は折れた腕で顔を隠そうとしたが、その腕ごと殴ってやるとキチガイめいた悲鳴をあげた。分厚い鉄板でも引き裂くような、すさまじい悲鳴だった。俺は笑った。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月17日

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