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『Fight in rain - 4 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



「ぐぅ……っ」
 うめき声をあげながら、女がのろのろと動いた。まるで寝たきり老人みたいに、のったりした動き。口からも鼻からも、赤いものがあふれている。それを手の甲でぬぐいながら、女はゆっくりと上半身を起こしていった。
「おいおい。まだやるのかよ。たいしたヤツだな。まさか、おまえもトロールのジーンキャリアじゃないだろうな」
 俺は思わず口笛を鳴らした。これほどいたぶり甲斐のあるヤツは久しぶりだ。しかも、女で。かなりのレアものだった。
「ジーンキャリア? おまえみたいなクズと一緒にしないでよね……」
 血の混じった唾を吐きながら、女は暗い目で俺を見た。焦点が定まっていない。顔は青ざめ、濡れた髪が頬にはりついて、その姿といったらまるで幽霊か水死体だった。まぁどっちも実際に見たことはないが。
 女が立ち上がろうとするのを、俺は黙って眺めていた。立ち向かってくるなら何度でも叩きのめす。戦意が完全になくなるまで徹底的に叩きつぶすのが、俺の趣味だった。
 雨は一向に降りやむ気配がなかった。いったいどういう異常気象かと思うほどの雨。水溜まりはあちこちつながって、川みたいになっている。その水溜まりの中に足をつっこみながら、女はフラフラ立ち上がった。
 まるで酔っぱらいみたいな千鳥足だ。俺が何もしなくても倒れそうだった。──と、そう思った直後、女の右足が雨音を切り裂いて跳ね上がった。
 蹴りのとどく距離じゃない。飛んできたのは泥水だ。額や頬に、つめたい泥がはねてこびりついた。どうやら、目潰しを狙ってきたらしい。
「またそれか。小細工の好きなヤツだぜ」
 俺は一気に間合いをつめた。こんな小細工しかできなくなったのなら、もう遊びは終わりだ。
 女は下がらなかった。水溜まりの中に突っ立ったまま、その場で構えをとった。左足と左腕が前に出ている。その腕と足の隙間──脇腹に向けて、俺は回し蹴りを打ち込んでいった。おおかたブロックされるに決まっているが、それでかまわない。ブロックごと倒す蹴りだった。
 ドスッという音。つづけて、骨に響く痛みがあった。
 女は、ただブロックしただけじゃなかった。肘と膝のあいだに、俺の右足が挟まれていた。攻防一体の受け。カンタンにできることじゃない。一瞬でもタイミングが外れればケリをモロに食らう。この状況でまだそんなことを狙っていたのは驚きだった。どうやら、まだ勝負をあきらめちゃいないようだ。
 女は俺の脚を離さなかった。いつのまにやら、足首を固定されている。そのまま、両腕でかかえこんできた。そして、女の背中が後ろに反り返る。足首に痛みが跳ねた。アキレス腱固めだ。
「ムダだっつーんだよ!」
 固められたままの右足を、俺は思いきり振り上げた。ずきっ、とアキレス腱に激痛が走り、女は空中に吹っ飛んで両手を離した。われながら、いまのはちょっと無茶苦茶な外しかただったかもしれない。
 バシャッと水溜まりを踏んで、女は着地した。足元がフラついている。
 俺は何のためらいもなく、もういちど右の蹴りを繰り出した。さっきと同じ箇所を、同じように狙った。わざと、そうしたのだ。
 さっきと同じように、女は受けた。肘と膝の交差法。しかし今度の結果は違った。俺の右足は、その受けごと女を吹っ飛ばした。
 吹っ飛んだところへ、顔面めがけて左正拳突きを入れた。女は首をひねってこれをかわし、俺の手首を握って横へ回り込んできた。
 合気道か何かの動きだ。いつのまにか、手首が極められている。なるほど。いい動きだった。しかし、最初の素早さに比べたら全然おそい。
 俺は女の動きと反対方向に左腕をねじった。これまた力まかせの外しかた。手首に痛みが走ったが、折れることはなかった。女の動きがもうちょっと早ければ、折れたかもしれない。俺の左腕に引きずられるような形で、女の足がもつれた。
「ザンネンだったな」
 右の拳が、女の脇腹にめりこんだ。ミキッ、と肋骨の折れる音。
 女は苦悶の表情を浮かべながら、それでもなお横っ飛びに逃げようとした。
 逃がさなかった。女の飛びのいた方向へ、左のハイキックを跳ね上げた。女は奇跡的な反射神経で、両腕を持ち上げた。バギッ、と今にも腕の骨が折れそうな音をあげて、女の体がピンポン玉みたいに反対側へ崩れた。
 俺は狙いすまして右の正拳を叩きこんだ。女の受けは間に合わず、拳が胸部を打ち抜いた。胸郭の中心をやや横にずれた場所。心臓の位置だった。
 瞬間。女の動きが完全に止まった。心臓がショックを受けたせいだ。ほんのわずかの間だが、女の意識は飛んだに違いない。ケリをつけるのには、それで十分だった。俺は一歩横に回りこみ、女の尻を思いきり膝で蹴り上げた。
「ひぐっ!」
 無様な悲鳴。一瞬、女の体が数センチばかり宙に浮いた。その足が地面についたとき、ガクッと膝が折れた。そうして、女はふたたび地面に膝をついた。
「う、あ……」
 泥水の中で膝立ちになりながら、女は呆然と目を見開いて胸をおさえていた。その目は、もう俺を見てはいなかった。血走って丸くなったその目は、ただ何もない地面を見つめているだけだった。
「終わりだな」
 低い声で、俺は告げた。
 女が顔を上げた。歯を噛みしめながら、悔しげに俺を睨みつけてくる。体は動かなくても、戦意は残っているようだった。つくづく、たいした女だ。もっとも、そんなものはすぐに消え失せる運命だが。
「這いつくばれ」
 膝立ちになったままの女に向けて、俺は手刀を振り下ろした。
 その一撃は唐竹を割るように女の脳天を打ち抜き、女は糸の外れた操り人形さながらに泥の中へ崩れ落ちた。ひどい音をたてて泥水が撥ね散ったが、もうそんなことも気にならないぐらい、俺も女も汚れきっていた。
「く……ぅ」
 泥水の中に突っ伏しながら、それでもなお女は立ち上がろうとしていた。
 さっき尻を蹴ったせいか、スカートがめくれあがってパンツが丸見えになっている。靴下は完全にずり落ちて、泥まみれの太腿がブルブル震えていた。震えているのは、足だけじゃない。背中も肩も──全身熱病に冒されたように痙攣していた。
「おいおい。ケツが丸見えだぜ。さそってるのか?」
 嘲笑を浴びせながら、俺はその尻を軽く蹴りつけた。それだけで、女は再び泥水の中に倒れこんた。
「ははっ。いいザマだぜ」
 笑いながら、女の背中を踏みつけた。背骨の軋む音。エプロンの結び目に、泥の靴跡がクッキリ残った。ストンピングを、さらに背中にもう一回。ケツにも一撃。
 最後に、全体重をかけて女の背中に両足で乗っかった。「げぶっ」と何かの液体を吐き出すような音が、雨音の中に聞こえた。
 泥と血と汗の匂いに混じって、吐瀉物の匂いが鼻をついた。しかし、それもすぐに雨で洗い流されて、あとに残るのは泥まみれになったメイド姿の女ひとりだけだった。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月16日

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