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『Fight in rain - 2 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 俺は適当に両手を持ち上げ、適当に構えをとった。
 女の実力はわからない。たしかにシロートじゃないようだが、俺を倒せるほどでもないだろう。というより、俺を倒せる人間などどこにも存在しない。すくなくとも、素手の格闘では。俺を殺すなら、刃物か銃が必要だ。
 女は、すべるような動きで斜めに回り込んできた。指を伸ばした右手を、拝むようにして顔の前に立てている。そこからどういう攻撃が来るのか、見当もつかなかった。
「私の速さについてこれるかしら」
 言うのと同時に、女の動きが早くなった。一気に間合いをつめて、いきなり蹴りを放ってきた。腰の位置が高い。俺は、とっさに頭をガードした。──が、蹴られたのは脇腹だった。ハイキックと見せかけて、ミドルを放ってきたのだ。
 こざかしいフェイントだった。しかも、ブーツの爪先で蹴ってきた。ハンマーで殴られたような痛みが、右の横っ腹に突き刺さる。
「ちっ」
 痛みをこらえながら、俺は蹴り返した。いま女に蹴られたのと同じ、左の中段回し蹴り。あたれば、女の体は派手に吹っ飛ぶはずだ。
 あたらなかった。女は軽快な身ごなしで後ろにさがると、バネみたいな動きでもういちど飛び込んできた。笑っている。理由は察しがついた。俺の蹴りが遅いと言いたいんだろう。ムカつくヤローだ。
 女の左手が動いた。動いたと見えたときには、腹に衝撃があった。早すぎて見えなかったが、ボディを叩かれたらしい。たいしたダメージじゃないが、攻撃が見えないってのはちょっとマズい。
 いったん仕切りなおそうとして、俺は後ろにさがった。そのさがった分の距離を、一瞬で女が詰め寄ってきた。人間ばなれした反射神経と身のこなし。いったい何なんだ、こいつ──。雨のせいか、寒気が背中を襲った。
 顔の前に立てられていた女の右手が、フッと消えた。軌道は見えなかったが、俺はカンで首をそらせた。
 次の瞬間、女の右手が音もなく空気を切り裂いた。一瞬前まで、俺の頭があった場所だ。指が二本つきだされているのが見えた。目を突きにきたらしい。食らってたら、いまごろ目が見えなくなってるところだ。女とは思えない攻撃だった。べつに、女を差別するわけじゃあないが。
「よくかわしたわね」
 余裕めいた口調で、女が言った。
 言いながらも、次の攻撃を放ってくる。ふたたび、左のミドルキック。──と思いきや、角度が途中で変化してローキックになった。鞭で打たれたような痛みが膝にはねる。
 ガクッ、と足が崩れた。ダメージのせいじゃない。膝の関節を蹴られたせいだ。
 そこへ、次の攻撃がやってきた。肘だ。ガツッという音。こめかみに当たった。
 俺は倒れそうになりながらも、腕を伸ばして女のエプロンをつかんだ。そのまま、思いきり引きずりよせた。ほとんど重さを感じなかった。女が、まったく抵抗しなかったのだ。俺の力にあわせて、女はふところに飛び込んできた。
 気がつくと、俺の左腕は絡め取られていた。手首と肘が完全にロックされている。動かない。そして、女が俺の後ろにまわりこんだ。くずれた体勢の俺はその動きについていけなかった。左腕だけが、女と一緒に後ろへ回った。
 肩に激痛が走った。関節を固められたのだ。後ろを振り向こうにも、ちょっと動けば肩が折れそうだった。
 背中に、女の体温が感じられた。やわらかいものが、強く押し付けられている。雨と泥の匂いに混じって、香水の匂いがした。ライムみたいな匂いだ。耳元で、女の呼吸する音が聞こえた。
「観念しなさい。私の動きについていけないのは、もうわかったでしょう?」
 ささやくように、女が言った。
 俺は笑った。
「はっ。それで勝ったつもりか?」
「そのつもりだけれど、異論はある?」
「おまえごときじゃ、俺には勝てねぇよ」
「口だけは達者みたいね」
 ぎちっ、と肩が軋んだ。痛ぇ。
「このまま折ってもいいのよ?」
「折ってみろよ」
「あら、そう。じゃあ折らせてもらうから。悪く思わないでね」
 こともなげに女が言い、それと同時に俺の左肩がボグッという音をたてた。
 すさまじい痛みが襲った。左腕を切り落とされたような痛み。それも、刃物で切り落とされたんじゃなく岩か何かで叩きつぶされたような痛みだった。
「ぐ……っ!」
 痛みには慣れちゃいるが、関節を破壊される痛みは別格だった。切られたり刺されたりする痛みとは、種類が違う。骨に響く激痛。それは、俺の能力でもコントロールできないものだった。
「ほら、痛いでしょう? だから言ったのに」
 俺の腕を離して、女は一歩さがった。同時に、膝の裏に衝撃。後ろから蹴られたのだと気付いたのは、泥水の中に倒れたあとだった。つめたい泥が顔に飛んで、口の中まで入り込んだ。にがい。唾ごと、それを吐き捨てた。
「あーあ。泥だらけになっちゃって。ママに怒られるわよ、坊や」
 たのしそうに、女が言った。たしかに、ガキのころオフクロに怒られた覚えはある。イヤなことを思い出させる女だ。
「ほら、盗んだものを返しなさい。まだ右手が動くでしょう? それとも、右手まで折られたい?」
「それは勘弁してくれ」
 俺は無抵抗をよそおってゆっくり立ち上がり、右手を使って報告書を抜き出した。ビニール袋に雨粒が当たって、パサパサ鳴り響く。
「最初から、そうしておけば良かったのよ」
 そう言って、女は近づいてきた。完全に油断していた。
 俺は、渾身の力を込めて左腕を振り回した。肩はまだ折れたままだが、それでもある程度は動かせた。俺の体にはトロールの遺伝子が埋め込まれている。その再生能力のおかげだった。おそらく、女は俺の左腕を完全に殺したと思い込んでいたに違いない。
 女は両腕で攻撃を防ごうとしたが、手遅れだった。俺の左手は手刀の形をとって女の首筋をとらえた。首を掻っ切るような一撃。女はのどをおさえて、「ひゅぅ」と空気を吸い込むような音をたてた。呼吸が止まったに違いない。ついでに、足も止まっていた。
 すかさず、俺は右の拳を女の腹に叩きこんだ。ドボッ、と肉のかたまりを叩く音。鳩尾に入った。完璧な一撃。「げこっ」というカエルみたいな声が、女の口から絞り出された。
 そのまま、エプロンの上から腹をおさえて、女は泥の中に膝をついた。泥水が撥ねて、スカートやエプロンのあちこちに飛び散る。俺のほうにまで、泥の飛沫が飛んできた。
「油断しすぎだぜ、おまえ」
 左肩をおさえながら、俺は女を見下ろした。
 苦悶の表情を浮かべながら、それでも女は反抗的な目で俺を睨みかえしてきた。さっきまでの余裕は綺麗さっぱり消え失せて、肩や背中はブルブルと小刻みに震えている。その上に、大粒の雨が次から次へと降りつづけていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月16日

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