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『Fight in rain - 1 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 雨の夜だった。
 土砂降りの雨だ。豪雨と言っていい。指先ほどもある大粒の雨滴が、突き刺すように全身にブチ当たる。痛いぐらいの雨だった。
 雨は好きじゃない。皮膚感覚が鈍るし、だいいち鬱陶しい。
 それでも、今日みたいな日には雨のほうが好都合だった。──そう。今日みたいな潜入任務のある日には。
 任務の内容は、いたって簡単だ。指示された場所に忍び込み、指示通りにファイルを盗ってくればいい。それだけだ。もちろん敵に見つかれば実力で排除するだけだが、見つからなければラクに終わる。気配や足音を消すのに、雨音は都合がいい。
 潜入先は、バカみたいにでかい洋館だ。どういう屋敷なのか、くわしいことは知らない。知る必要もない。
 事前に渡されていた合鍵を使って、俺は裏口から入り込む。あっというまに廊下はびしょぬれだが、気にしてるヒマはない。わざわざ、警備の手薄になるこの時間を選んで忍び込んだのだ。一秒でも早く、この仕事を片付けなけりゃならない。
 屋敷の間取りは、アタマに入っている。念のため間取り図も持ってきたが、どうやら必要なさそうだった。俺はできるかぎり足音を殺しながらも素早く廊下を駆け抜け、階段を下りて地下へ向かった。
 薄暗い廊下には、いくつものドアが並んでいる。その中から、『資料室』とプレートの貼られた部屋をさがして、忍び込んだ。この部屋のカギも、事前に渡されている。上の連中のやることには、抜け目がない。
 資料室は真っ暗だった。ペンライトを使って、目的のファイルをさがしだす。聞いたところだと、右から三番めのキャビネットに──。
 ──あった。どこかのマヌケな連中が残した、会計報告書だ。濡れないようビニール袋につっこんで、ジャケットの内ポケットにしまう。これで用件は終わりだ。あとは、こいつをクライアントに渡せばいい。
 俺は資料室をあとにして、廊下へ出た。来たときと同じ経路をたどって、裏口へまわる。外を見ると、あいかわらずの雨模様だった。バケツをひっくりかえしたみたいな土砂降りの雨が、延々と降りつづけている。
 ジャケットの襟をあわせて、俺は館の外へ走りだした。あとは、この裏道を抜けてストリートに出るだけだ。そのあとは、クルマを使ってファイルをとどけ、自宅にもどってシャワーを浴びたらビールでも飲めばいい。一件落着ってわけだ。思った以上にカンタンな任務。
 そう思ったとき。横合いの小道から、スッと人影があらわれた。
 女だった。傘をさしている。夜目にも鮮やかな、真っ白な傘。その下で顔を隠すように立っているのは、メイド服姿の小娘だった。あの屋敷の小間使いだ。こんな雨の夜中に、買い出しでも行っていたのか。
 俺は女を無視して走り去ろうとした。が、女の声が俺を呼び止めるのが先だった。
「待ちなさい」
 するどい声で、女が言った。メイドにしては、ずいぶん偉そうな口調だ。
「なんだ?」
 俺は立ち止まり、できるかぎり威圧的に問いかけた。そこらへんの女なら、声を聞いただけで怯えるはずだ。ところが、この女は違った。
「盗んだものを返しなさい」
 はっきりと、女はそう言った。
 俺は耳を疑った。だがどうやら俺の耳は壊れてないようだ。そうすると、この女の頭が壊れてるのかもしれない。
「よく聞こえなかったぜ。もういちど言ってくれよ、ねえちゃん」
「資料室から持ってきたものを返しなさいと言ったのよ」
「へぇ……」
 俺は、まじまじと女を見つめた。
 妙な女だった。まず、服装からして奇妙だ。紺色のワンピースに、白いエプロン。スカートは膝上ぐらいの高さで、それこそ傘みたいにフレアしている。太腿に見えるガーターベルトも、膝まである靴下も、場違いなほど白い。頭にかぶったヘッドドレスも同じだ。エプロンやスカートの裾には、やたらヒラヒラしたフリルがついている。どこからどう見ても、完全なメイドだ。なにしろ、傘にまでフリルがついている。
 ただ、女の服装がただのメイドじゃないことは一目瞭然だった。両手に、革のグローブをはめているのだ。おまけに、足元は軍用かと思うようなゴツいブーツ。こんな格好したメイドがいるわけはない。どうやら──と俺は思いいたった。
「おまえ、敵のスパイか」
 すると、女は嘲笑うような表情になった。そして、「スパイはおまえのほうでしょうよ」と言った。なるほど、たしかにそのとおりだ。
 女はつづけた。
「言っておくけど、そのファイルはわざと盗ませてあげたのよ。警備が手薄すぎると思わなかった? あれは、おまえみたいな泥棒ネズミを捕まえるために仕掛けておいた罠なのよ」
「ほぉ。おもしろいこと言うじゃねぇか」
「べつに、おもしろいこと言った覚えはないけど。おまえがマヌケだっただけ」
「へぇ。俺がマヌケだったのか。そいつぁ知らなかった」
 たしかに言われてみれば、警備が薄すぎたのは事実だ。おそらく、本当に罠だったのだろう。この女がウソをつく理由が見つからない。──とすると、俺はいま完全に包囲されている可能性が高いわけだ。面倒なことになってきやがった。クソ。
 が、俺の思考を見透かしたように女がこう言った。
「包囲されてると思ったでしょう? 安心しなさい。ここにいるのは私だけだから。……まぁどっちにしても逃げられやしないんだけどね」
「一人だと?」
「そう。ネズミ一匹つかまえるのに、何人も駆り出す必要ないでしょう? 私たちだって忙しいのよ」
「それはつまり、腕に自信があるわけか?」
「そういうこと」
 ニッ、と笑って女は傘を放り投げた。開かれたままの傘が、ふわりと地面に落ちた。
 たちまち、降りつける雨が女の服を濡らした。紺色のワンピースは水分を吸って黒に近い色になり、ぴったり貼りついた服が体のラインを浮き上がらせる。
 胸がでかい。バレーボールでもつっこんだみたいなサイズだ。ついでに、尻もでかい。そのくせ、ウエストは引き締まっている。そこらのモデルより良いスタイルだった。
「あんまりジロジロ見ないでくれる?」
「そんな服を着てるほうが悪ィんだよ」
「しょうがないでしょうよ。あの屋敷にもぐりこむには、これが一番だったんだから」
「そのままずっと屋敷にとじこもってりゃ、痛い目にあわずに済んだものをな」
「ご忠告ありがとう。でも、痛い目にあうのはどっちかしらね」
 そう言って、女は右手を軽く持ち上げた。肩の高さで、手刀を作りながらこっちへ向けている。まるで、仏でも拝むような格好だ。見たこともない構え。
「なんだそりゃ。中国の拳法か何かか?」
「さぁね。やってみればわかるわよ」
 言い終えると、女はゆっくり前に出てきた。
 足元は、雨でぐしゃぐしゃになった黒土の地面だ。あちこち水溜まりができている。その足元の悪さを感じさせないほど、女は静かに向かってきた。女の肩や髪のまわりで雨粒がはじけて、オーラでも発しているように見える。
 実際、女の体からは周囲の空気をゆがませるような、刃物に似た雰囲気がほとばしっていた。素人にできることじゃないのは、一目でわかる。どうやら、家に帰ってシャワーのあとビールを一杯飲む前に、ひと仕事かたづけなけりゃならないようだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月16日

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