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『 終ワラナイ初夢 』
虎王丸1070



 【Opening】

 少女は胸を躍らせながら筆を取った。
 クラブの先輩に教えてもらった素敵な初夢を見るおまじない。
 帆掛け舟に七福神の乗った宝船。
『なかきよのとをのねふりのみなめさめなみのりふねのをとのよきかな』
 綴られる文字を三度唱えて枕の下へ。
 少女はそうして眠りについた。
 楽しい初夢を見るために。



 ◆ ◆ ◆



 お正月も松の内を過ぎ誰もがお正月気分の抜けた頃、1人の少女がその法医学研究所に運ばれた。
 名前は遠野友加里。都内の都立高校に通う2年生。一人っ子。彼女の所属するクラブはテニス。学校での成績は中の上。友達は多い方。学校で苛められていた形跡はなし。両親は共働きで家を開ける事が多く、現在は2人とも海外赴任中だったが、さすがに年末年始は日本に帰国していた。

「死んでないわよ?」
 TOKYO−CITY衛生局医療計画部医療計画課法医学研究室の研究員マリアート・サカは、ストレッチャーの上に乗る友加里を一瞥して言った。
 彼女の扱うのは監察医務院が担当する遺体の中でも、人的作用によるものではない―――むしろ霊的作用による―――不自然死の遺体である。
 そもそも生者は彼女の管轄外だ。病院へ連れて行けと言外に付け加える。
「そんな事はわかってるんだけどねぇ」
 相変わらず、掴みどころのない口ぶりで白衣の男が肩を竦めた。マリアートが研究員とは思えないような黒のレザーのパンツルック姿なのに対し、こちらは監察医らしい白衣姿である。名を、瑞城東亜。
「わかってるんだったら持って来ないでよ」
 マリアートは黒目がちの大きな目をすがめるようにして東亜を睨みつけた。とはいえ美人なだけなら迫力もあっただろうが、童顔な分だけ今一つ迫力に欠ける。
「いや。俺も管轄外だから」
 東亜がやれやれと溜息を吐いた。
 彼にとっても管轄外の人間が彼の元に運ばれてきた理由。それを彼が自分のところに連れてきた理由。面倒くさい事になりそうで嫌な予感にマリアートの声は自然オクターブ下がる。
「で、何?」
「この子、年明けからずーっと眠ってるんだってさ。本当にただ眠ってるらしいんだけど」
「年明けからって、今日はもう15日よ?」
「うん、そうなんだよ。2週間ずーっと眠ってて起きない」
 東亜の言葉にマリアートは友加里を見下ろした。確かに眠っているだけのように見える。揺り起こせば、今にも起き出しそうだ。植物状態か何かだろうか。
「それで?」
「調べて」
「……はぁ!? そんなの全然管轄が違うじゃない!!」
「だから蛇の道は蛇ってさ。恩を売っといて損はないよ。それにまぁ、あれだよ。このまま衰弱死、なんて事になったら必然的に君んとこに運ばれるわけだしさ」
「…………」
 東亜の言葉にマリアートは絶句するしか出来なかった。





 【1】

「無限に広がる海」
 広大なそれを前に皓は、ずれた眼鏡を戻しながら厳かにのたまった。
 穏やかな風が彼の黒髪を撫で付けていく。
「普通は有限だがな」
 ぼそりとツッコミが入った。何世紀も昔ならいざ知らず、21世紀の現代に無限に広がる海もあるまい。
「…………」
 茶々が入って不愉快そうに皓はツッコミを入れた人物を振り返った。青空にも負けないくらいのスカイブルーの髪を掻きあげてシャナンが舌を出している。
「もう、やめてよ。適当な事言うのは!!」
 マリアートこと、リマがヒステリックな声をあげた。お怒りの彼女に即座に皓が頭を下げる。
「ごめんなさい」
「そうだぞ、皓。お前が喋るとろくな事がない。もっと建設的な事を言え」
「シャナンに言われると何かムカつく」
「なんだとぉ!? 天から食糧が降ってくる、のどこが説得力がない!?」
 二人のやりとりに半ば頭痛を覚えそうになりながら、リマは声を張り上げた。
「それより!! これ、どうすんのよ!!」
 広大な海。そのど真ん中にヨットぐらいの大きさの小船。その上でたった3人こっきり。
 皓は無駄に広がるばかりの海をぐるりと見渡して、やがて困ったように首を傾げて言った。
「……う〜ん、どうしましょう?」


 》》》


 事の起こりは少し前に遡る。
 正月だというのに帰省もせず―――より事実を正確に記するなら、飛行機代が捻出出来ずに帰省も出来ず、暇はあるのに食費もままならないのでシャナン・トレーズはその日、リマことマリアート・サカの元を訪れたのだった。用件―――たかり。それもまた日常といっても差し支えないくらいよくある光景で、ともすれば働かざるもの喰うべからずと、リマが仕事を提供するのも思えば日常茶判事と呼べる光景であった。
 シャナンは闇医者である。医師免許を持っているにも関わらず自称非合法な医師活動を行っている。理由はどうでもいいくらいくだらない。くだらないが、それが自分の首を絞めているとは本人も気付いていない。無名の闇医者にかかろうと思うほど奇特な人間がいないから―――というよりは、あまりに無名すぎて誰も彼の実績どころか存在すら知らないからである。結果として仕事がこない。暇はあるが金はない。だが闇医者としてのプライドが彼に病院の看板を掲げる事を許さないのだった。負のスパイラル完成。
 閑話休題。
 とにもかくにもそんなこんなでシャナンはいつものようにリマの仕事をランチ一つで手伝う事になったのだ。
 しかし、一人で手伝うのは骨が折れる。大抵、リマの仕事は面倒事が多い。だからこの日、シャナンは自分の代わりに全力で働いてくれるだろう相棒を伴って来ていた。
 姫川皓。シャナンの同居人である。ティッシュペーパーよりも薄っぺらで軽い男。無駄な方向に全力でフェミニスト。出会った女性は人だろうが人外だろうが須らく口説く。それが女性への礼儀と信じて疑わない。女性の頼みは無条件で何でも聞いてしまう。リマを前にこれほど御しやすい男もあるまい。リマの頼みなら二つ返事で聞くはずである。うまくすれば、皓と自分の分と2人分のランチが自分の懐に入ってくるかも、などと皮算用しているシャナンは、自らの素晴らしいアイディアに浮かれてもいた。
 案の定、皓は内容も聞かずにあっさりリマの頼みを二つ返事で引き受けた。口説いて速攻振られたにも関わらずまったくめげる様子はない。ある意味、才能である。
 というわけで、目の前に目覚めないという女性。
「覚めないのではなく本人が目覚めたくないと望んでるんじゃないのか? もしかしたら夢の中はとても居心地がいい場所なのかもしれん。ならば栄養は点滴から取ればいいし、本人が目覚めたくないなら、無理に起こす事はないだろ。よし、解決だ。ランチにしよう」
 今回は意外と簡単な仕事だったな、などと勝手に終了を確信して踵を返すシャナンだったが、さすがにリマはそれでOKを出してはくれなかった。
「あのね。そんなんでランチは奢れないわよ」
「何ぃ!? 何がいかんのだ」
「根拠がない。ただの憶測だけで、はいそうですか、とはならないのよ」
 つまり、そうであるという証拠がいるのか。
「ううむ……」
 シャナンは腕を組んで考え込む。腹が減る。食べてからにしないかと思うが、そうもいかない顔付きのリマであった。更に考え込む。いかにランチをゲットするか。
 すると横から皓が口を挟んだ。
「そうだぞ、シャナン」
 そしてストレッチャーの女を見下ろしながら、彼は胸を押さえ、芝居じみた口調でのたまった。
「リマ女史もお困りのようですが、可愛い女性が眠ってしまったままなんて胸が痛む話ではないか。眠れる森の美女を起こして差し上げるのが、この俺の役目!!」
「…………」
 相変わらず無意味にフェミニストぶりを垂れ流す。
「ちょっとこれ、黙らせてくれる?」
 皓の背中を指差しながらリマがシャナンに救いを求めるような視線を送る。
「難しい事を言うな」
 シャナンはリマの視線から逃げるように顔を逸らせた。
 今にもキスしそうな勢いの皓をリマが押し留めていると、皓が何かに気付いたように枕元に手を伸ばす。
「なかきよのとをのねふりのみなめさめなみのりふねのをとのあきかな?」
 読み上げる皓にリマが覗き込む。
「ああ、それ。枕の下に入ってたらしいメモなんだけど、何の事だかさっぱり意味不明」
「何だ?」
 シャナンも一緒になって覗き込んだ。
「宝船の回文だ。間違えてるけど」
「怪文? 犯行声明というやつか?」
「違う。怪しい文じゃなくて回る文。新聞紙、みたいに前から呼んでも後ろから呼んでも同じになる文の事だ。正しくは、長き世の、とおのねふりの皆めざめ、波乗り船の音のよきかな」
「その回文がどうしたの?」
 リマが興味顔で尋ねる。目覚めない原因と何か関係があるのか。
「いや、これは悪夢を船で流してくれる―――西洋でいったら獏みたいなものかな。ステキな初夢を見るためのおまじないってやつです」
「なんだ? まさか彼女が夢と一緒に獏に喰われたとでも言いたいのか?」
「違うけど……はっ!? そうか!!」
 皓が何事かに気付いたように目を輝かせた。シャナンもリマも皓を注視する。
 皓が言った。
「もしかしたら、どこかの夢の海で彷徨ってるのかも!」
「お話にならないわね」
 リマは呆れたように肩を竦める。夢に捕らわれたというところまでは考えないでもないが。しかし推測だけならいくらでも出来る。
「夢の海か……どうせなら桃がいっぱいなってる桃源郷の方がいいな」
 シャナンが言った。桃源郷を若干誤解しているらしい。
「船なんだから当然海だろ。今彼女は、夢の海で途方に暮れてるかもしれないんだぞ。それを颯爽と現れ助ける俺。うん。かっこいい! よし。俺たちも夢の海へ突入だ!」
 言い放つ皓にリマが突っ込む。
「どうやって?」
 夢の海はともかくも、夢の中に突入出来るというのであればリマも興味が沸かなくもない。だが。何分、これの言う事だ。
「とりあえず、寝てみる?」
 言った皓にリマはやっぱり、と溜息を吐く。 その背後で皓はまだ喋り続けていた。
「そして友加里さんを助けるべく果てしない冒険の大海原へ、いざ行かん! ……なんちゃって?」
「あのねぇ……」
 とリマが更なる脱力をしかけた時。
「何だ、なんだ?」
 シャナンもがれに気付いて辺りを見渡した。リマの研究室だった空間が歪む。輪郭が限りなくぼやけて白く溶けた。
「うーん。久々にきちゃったみたい?」
 皓が首を傾げる。
「久々って何が?」
 リマが変貌する世界に息を呑みながら尋ねる。
 状況を理解したと思しきシャナンが声を荒げた。
「バカ! そういうのはもっとお菓子の家が建つとかそういうのに使えと常々言ってるだろーーー!!」
 皓の持つ特殊能力。嘘から出た真。適当なでまかせが現実化してしまうとんでもない力の発動。本人自身、制御出来ないから更に始末に負えない。
 そして冒頭に繋がるのだった。


 《《《


 夢の中に来たという事は、自分たちも現実世界では眠ってしまっているのだろうか。
 その上、何の用意もなく無策で来てしまった。リマは頭を抱えたくなる。
 ちゃんと元の世界に戻れるんでしょうね、と問い質したい。
「あれではないか。嘘が現実になったのだから、大海原を大冒険して皓が颯爽と彼女を助ければ戻れるんじゃないのか?」
 シャナンが言った。
「まさか……」
 リマは半信半疑で皓を見やる。
 皓はすっとぼけたように首を傾げていた。
「……たぶん?」




 【2】

 その少女が飛び跳ねるたび、シャンと涼やかな鈴の音が聞こえてきそうだった。その柔らかくも艶やかな舞いは、まるでさっきまでの彼女とは別人である。
「うーん。一体どういう仕組みなんだ」
 虎王丸は何とも複雑そうに呟いた。
「仕組みなんてどうでもいいじゃん。綺麗なら」
 空がお気楽な調子で答える。
「いや、そういう事ではなくて、お姉さん?」
 虎王丸の言う仕組みと、空の言う仕組みが微妙に違う。だがそんな事はまるで大した事でもないかのように、空は虎王丸の首に両腕を巻きつけるとしなだれかかるようにして、下から虎王丸の顔を覗き込んでいた。切れ長の目。彼女の白銀の瞳に自分の呆けた顔が映っている。
「もしかして、妬いてるの?」
 妖艶に微笑む大人のお姉さま。
 思わず虎王丸は空を上から下までまじまじと見返していた。スラリと引き締まったスレンダーなボディ。胸の谷間、腰のくびれ、緩やかに描かれた曲線美。
 無意識に生唾を飲み込む。
「なっ…何にっていうか、お姉さん?」
 大人の女性が持つ何とも言えない迫力に気圧されたようにたじろぐ虎王丸に、空はそっと顔を寄せた。
「助けて貰ったお礼がまだだったわね」
 濡れたルージュの唇が間近に迫ってくる。
 虎王丸はわずかに視線をそらせ考えるみたいに彷徨わせてから彼女に戻して答えた。
「まあ、そういう事なら謹んで受け取るけどさ」
 どうせ夢だ。自分だけが見ている夢ではなさそうだが、彼女にしたって所詮これは夢でしかない。
 いつになく大胆に、いつになくあっさりと虎王丸、結論。
 しかし、これは一体どういう事なんだ。


 》》》


 事の起こりは少し前に遡る。
 ふと気付けば虎王丸は和風の宮殿で新春を祝う華やかな宴の中にいた。自分好みのセクシーなお姉さま方が給仕をしてくれて、自分は旨い酒をガバガバ飲んでいた。霊獣の力を封じるあの忌々しい鎖がない。現実にはありえない状況。程なくして夢と解釈。傍若無人に振舞っても咎められるどころか、誰にも何も文句を言われない。
 そこへ宴の場を盛り上げるように一人の少女が現れた。華やかな衣装に身を包み、美しい琴の音色に合わせてしゃなりしゃなりと舞い踊る少女。虎王丸は気付けばそれに見惚れてしまっていた。戦いにあくせく生きてきて、我ながらそういう感受性には乏しいと思っていたがそうでもなかったのか。
 明らかに自分の好みからはずれる女性。なのにうっかり見惚れてしまう。プラチナブロンドの綺麗な髪。紫の大きな瞳。
 やがて舞が終わったのか。
 少女が綺麗に一礼して顔をあげた途端、虎王丸はぎょっとした。
 とろんとした焦点の合わない眼差し。半開きの口からは今にも涎が溢れそうで。それが、てとてとと幼女のような歩みで虎王丸に近づいてくる。かと思えば、「あ〜あ〜」と意味不明な奇声を発し彼の腕を掴んだのだ。
「なっ……何だ!?」
 思わず動揺。
「下がれ、無礼者!!」
 自分の夢だという事も相俟ってぞんざいに命じてみるが聞く気配はない。無理に振り払うと少女はもんどりうった。それでもめげじと床を這うようにして虎王丸の方に近寄ってくる。
 せっかくいい気分で夢を楽しんでいたのに、邪魔されて虎王丸は不機嫌に叫んだ。
「なっ!? えぇい、くそ。消えろ!!」
 念じるようなその声に世界が白く解ける。夢の世界が彼の念じた通りに消し飛んだ。
 けれど、彼女だけは消えなかった。ただ立ち上がって虎王丸の腕を掴んでいた。
「なんなんだよ」
 辟易と虎王丸が息を吐く。夢なのに思い通りにならない事が更に自分を苛立たせる。わけのわからない少女。どうしたものかと半ば途方に暮れかけていると、ふと、少女が目を閉じて手元に顔を俯けたまま、斜め後方をまっすぐに指差した。
 夢に目的があるのか、夢に意図があるのか。
 わからないまま虎王丸がそちらを見上げる。その先、真っ白な世界に黒い球体。
 まるで闇の侵蝕。ブラックホールのように。
「あぁ〜…うぅ〜…」
 相変わらず何を言ってるのかわからない少女の言葉。けれど霊獣としての直感。
 次の瞬間、虎王丸は白虎に変化していた。少女はまるで驚いた風もない。
「乗るか?」
 と、声をかけると少女は頷いて白虎の背中にしがみついた。
「涎垂らしてくれんなよ」
 半開きの口から溢れるものに頬を引き攣らせつつ、虎王丸は自分の夢に侵蝕してくる黒い球体に向かって飛んだのだった。

 一方、白神空は、この時、その黒い球体の中にいた。
 正確には虎王丸が駆けつける直前、それに飲み込まれそうになっていたのである。
 やはりその少し前。
 煌びやかな建物、アルハンブラ宮殿の風情。可愛い男の子や女の子に囲まれ、ワインで充たされたプールを前に、美味しい料理に舌鼓を打つ。手近な少女を抱き寄せて、別の少年に給仕の真似事。
 これぞ正にハーレム&酒池肉林を満喫していた。
 どうやら夢らしい。
 そういえばと思い出す。極東の島国に『初夢』というのがあるそうだ。お正月早々に見る夢は末来に起こる現実らしい。つまりこれは正夢!! だったらサイコー。
 美味しい酒や食事に綺麗で可愛い子らに囲まれる生活が近い将来待ってるなんて、考えてみただけで楽しいに決まっている。
 そうして空がワインプールで一泳ぎと立ち上がりかけた時。
 数多いる少年少女の中に一人、風変わりな服を着た少女が立っている事に気付いた。
 極東の島国に伝わるという伝説の女子中高生の制服。確かセーラー服と言ったか。セーラーカラーは紺地に白の2本のライン。赤いスカーフ。プリーツスカート。美少女とは言い難いがそこそこ可愛い女の子。
「こちらへいらっしゃい」
 空が手招きする。
 セーラー服の少女はゆっくりと空に近づいた。だが、その少女の目の焦点が合っていない事に、空は殆ど条件反射のように飛び退っていた。空のいた場所を少女の拳が抉る。その拳圧に、空にはべっていた少女がひしゃげて消えた。
「ちょっ……何よ」
 茫然と目を見開く空に、セーラー服の少女が両手を広げる。
 空の目に、はっきりとそれが映った。セーラー服の少女の背に広がる黒い翼。まるで悪魔のようなそれ。
「やめてよね。せっかくの正夢を台無しにする気?」
 空は少女を睨みつけた。
 けれど少女は口の端をあげて辛辣に笑み返すだけだった。黒い翼を羽ばたいて。広げられる翼が影を落とす。
 それは空の夢を飲み込むようにして空自身をも飲み込もうとしていた。
 身構える空。
 と、そこへ何かが黒い翼を切り裂くようにして現れた。
「!?」
 白虎に変化した虎王丸である。
 咄嗟、敵か味方かの判断を付けかねる空だったが、野生の勘か、脳の奥で点灯しているのは青信号。彼らは大丈夫。
 虎王丸は空を背に庇うようにしてセーラー服の少女の前に立つと、背中の少女―――彼女の名前がアーシアだと知るのは空も虎王丸ももう少し後の事になる―――を下ろして変化を解いた。
 アーシアが空の元へ駆け寄る。
「大丈夫か、お姉さん?」
 振り返り尋ねる虎王丸に空は小さく頷いた。
「ええ」
 虎王丸はセーラー服の少女に向き直る。が、速いか限定獣化による高速移動で虎の爪を一閃。
 少女の昏倒。それと共に黒い翼も消えた。
 倒れた少女を抱きとめて。
「……ふぅ」
 虎王丸は人心地吐くと空を振り返った。
「ね、ね。この子、何? 綺麗にしたら綺麗になるんじゃない?」
 空がアーシアの顔を覗き込みながら言った。閉じられた目。盲目らしい。変わらない表情に半開きの口。今にも涎を垂らしそうで、言葉にならない音の羅列を紡ぐだけ。どうやら痴呆か。
 だが、よく見ると整った顔立ちをしているような気がしなくもない。
「ああ……まぁ、こういうんでも別人になるよ」
 虎王丸はそう言ってすっと腕を掲げた。目を閉じて念じる。作り出される自らの夢。どこからともなく流れる二胡の調。
 首を傾げる空に、虎王丸はアーシアを促す。
 彼女の無表情が薄らいだ。閉じられていた目が開いたからだろうか。大きな紫の瞳。淡い微笑み。軽やかなステップ。少女舞い。
 そして冒頭に繋がるのだった。


 《《《


 これは夢だ。だがここにいるのは自分の夢の住人ばかりではないらしい。干渉できない者たちがいる。恐らくは、空やアーシアたちも夢を見ている側の人間という事なのだろう。それぞれの夢が混線でもしてしまったのか。一体、どういう仕組みなのだ。
 だが考える虎王丸を他所に、空はお気楽なものだった。
「いいじゃない。可愛い子がいて、美味しい酒と食べ物があれば。だって、これは初夢! つまり正夢になるのよ!」
「これが、正夢?」
 虎王丸は不審そうに空を見返した。
「そうそ。きっとこの子もさ、好きな子と一緒になる初夢を見たかったんじゃないの?」
 そう言って、意識を失っている少女の髪を撫でる。
「でも変なものに憑かれちゃったのよ。さっきの黒いのみたいな。うん。でも、これからでも遅くない。みんなで見よう!」
「まぁ、お姉さんがそう言うなら」
 セクシーな大人のお姉さんには滅法弱い虎王丸であった。
 かくて大宴会は始まったのである。
 しゃなりしゃなりとアーシアが舞う。目も見えない。言葉も話せない。それが舞いを踊り始めた途端別人のようになる不思議。一体、どういう仕組みなのか。しかし空にとってそれは大した問題ではない。可愛くて綺麗でちょっと手のかかるペットを手に入れた。
 やがてセーラー服の少女が目を覚ます。少女は友加里と名乗った。大宴会に茫然としている彼女を空が引きずりこんで恋ばなに花を咲かせる。
 虎王丸は時々空たちの話しに耳を傾けながら、これが現実になったら、などと夢想しつつ酒をがばがば飲んでいた。
 そうしてどれくらいの時間が過ぎただろう。
 ふと、アーシアが舞いの手を止めた。
 虎王丸の腕を掴んで頭上を指差す。
 先ほどのように。
 言葉は話せないけれど、アーシアには何か不思議な力があるらしい。
 空と友加里も少女の指差す方を見上げた。
 どこまでも続いているように見える白い天。まるで巨大な模造紙。それを破るように水が滝となって溢れだした。
「へ?」





 【3】

「で、この無限に広がるはるか水平線をどっちに進めばいいわけ?」
 小船の上でリマは腰に両手を当てて、憤然と尋ねた。
「そりゃ風任せだろ。帆船なんだから」
 シャナンが答える。さも当たり前の事のように。
 小船にかかった帆は、風をいっぱいに受けて既に走りだしていた。
「うーん。順風満帆だなぁ」
 しみじみと皓が呟く。
 リマは溜息を一つ吐いて言った。
「順風満帆て言葉の意味知ってる?」
「そりゃ勿論です。今のような状況ですよ」
 皓はさらりと答えた。
「今の―――ね。音、聞こえない?」
「音ですか?」
 リマの問いに皓は首を傾げる。
「そう、音」
 耳を澄ますと、風と、波を作る船の音の他に、微かにもう一つ聞こえてくる音がある事に気付く。
「ああ、これはあれですね。滝の音」
 或いは、ダムの放水の音。
 シャナンがそっと視線を俯けた。
「やはり、セオリーは外さないのか」
 こういう時、大抵相場は決まっている。この後の展開も。
「うーん、そうみたいだな」
 ちっとも動じた風もなく話す二人。滝の音はどんどん近づいていた。
 リマは眉尻を吊り上げる。
「セオリーですってぇ!? 大体、これは誰の夢だと思ってんのよーーー!!」
 ヒステリックに撒くし立てるリマに、皓が笑みを返す。
「あ、もしかして俺ですか?」
「俺ですかじゃないわよ!! 何とかしなさーい!!」
 だが、既に滝は間近に迫っていた。
「大丈夫だ。これが夢なら俺は飛べる! I’m bird!!」
 シャナンは滝を見据えて両手を羽のように羽ばたかせた。
 ゆっくりと小船が滝の淵に差し掛かる。
「順風満帆ってどういう意味!?」
 半ばヤケクソに怒鳴るリマに、皓が答えた。
「自然の摂理には従うのみって事ですーーー!!」
「キャーーーーーッ!!」
「I’m bird!! my bird!!」


 ▼▼▼


「な…なによ、いきなり!?」
 突然出現した滝を空は唖然としながら見上げていた。
 溢れる水は、聖獣装具のマリンオーブもかくやといった量で瞬く間に足元に水がたまり始める。
「とりあえず船だ! 船を念じるぞ」
 虎王丸が船を念じる。彼の念じた船は大きな楼船だった。
 空やアーシアらもその船の甲板へあがる。
 友加里が何かに気付いたように滝の方を指差した。
「ね、あれ! ヨット!! ヨットが落ちてくる!!」
 それに虎王丸が目を凝らす。
「人が乗ってるようだな」
「あー…あぅー…」
 アーシアが船の先端へ駆け出した。両手を伸ばすように。或いは何かを受け止めようとでもするかのように。
「お前には無理だ」
 虎王丸が白虎に変化して駆ける。落ちてきた3人の内2人を背中で受け止めて、1人は口に咥えて船に戻った。
 落ちてきた小船は転覆している。
 口に咥えていた男―――シャナンを下ろすと、シャナンはぐったりと両手を付きながら、ぶつぶつと呟いていた。
「my bird……」
「俺の鳥になってるから……」
 すかさず、突っ込みを入れて女―――リマが白虎の背から下りる。
「ありがとう。助かったわ」
 虎王丸に礼を言ったかと思うと彼女はキッと背後を振り返った。
「もう、信じらんない!! 皓!!」
 だが、彼女が振り返った先に、その皓はいなかった。
 彼は。
「ああ、そこの麗しのお姉さま。お名前は何と仰るのですか。僕は姫川皓。もし宜しければ、僕と楽しい一時を」
 そう言って、空の前に跪くと彼女に向かって手を差し伸べていた。
「何だ、お前は?」
 皓と空の間にムッとしたように虎王丸が割って入る。
「ふっ。この世の女性を口説くのは女性に対する礼儀だ」
「バカだろ、お前」
 きっぱりと言い切った皓に、虎王丸もきっぱりと切り捨てた。
 だが、聞いていないのか彼の視界に男は入らないのか、皓は今度はアーシアを口説いている。
「ああ、そちらのお嬢さんもお美しい。名を何と仰るのです」
「あー…うぅー…」
 アーシアが答えた。
「なるほど、アーシアと」
 皓がアーシアに笑みを返す。
 虎王丸は面食らった。
「わかるのか?」
 全く意味をなさないと思っていた音の羅列だと思っていたが。
 それに皓はさも当たり前の事のように胸を張って答えた。
「世の女性は全て至上の―――」
 話し始めた皓の後に続く言葉を思い描いて虎王丸は視線を泳がせる。
「もういい」
 長くなりそうというよりも、バカの話は聞いてられないといった風情。
 そんなやり取りを肩を竦めながら見ていたリマが、セーラー服の少女に気づく。
「ああ!? あなた、友加里さん!?」
「え? あ…あなたは?」
 初対面に名前を呼ばれて友加里が不審にリマを見返す。
「あ、私は衛生局の者だけど……良かったー。探してたの。説明は後でいっか。とりあえず早く目覚めましょ。皓! さっさと何とかしなさい」
 そう言って皓を振り返る。
 だが、その前に空が立ちふさがった。
「あら、あなた可愛い顔して随分と無粋な事、言うのね」
 リマの顔を覗き込むようにして空が言う。
「何よ?」
 リマはムッとしたように空を見返した。
「友加里はまだ彼とゴールインするまでの夢を見てないのよ」
 そう言って友加里を自分の手元に引き寄せる。
「だから?」
「正夢にするためにも最後まで見届けなくちゃ。それにあたしもまだ遊び足りないし」
「最後まで見届ける事と正夢にする事は関係ないでしょ?」
 リマが言う。
 すると背後からぶっきらぼうな声。
「夢のない女」
「なんですってぇぇぇ!? 喧嘩売ってんの、このガキ」
 リマが怒りも露に虎王丸に突っかかった。
「同じくらいだろ」
「私はこれと同い年よ」
 リマが皓の首根っこを掴みながら言った。
「え?」
 虎王丸はリマと皓を見比べて、それからリマの頬を撫でる。
「本当だ。俺より肌の艶も張りもない」
 ぶちっ。
 何かが切れる音がした。
「ぶっこわす!!」
 どこからともなく機関銃を取り出してリマが構える。
 それまでぐったりしていたシャナンがやっと体力を回復したのかリマを止めに入った。
「まぁ、落ち着け。目的は彼女を目覚めさせる事だろ」
 そしてランチを食べに行く事だ、とは言外に。もうこれ以上余計なことはせず、ランチのために最短の道を進みたいシャナンなのであった。腹が減っていたのであった。シャナンには友加里がランチに見えるのであった。
 だが空はにっこり微笑むとリマの鼻先を指でつんと弾いてみせた。
「どうせ夢は覚めるものよ。慌てる必要はないでしょ」
 リマはキッと空を睨み返す。
 シャナンも物凄い剣幕で睨みつけた。慌てる必要が大いにあるのだといった風情。自らのランチの為に。
「目覚めないから困ってるんじゃない!」
「そうだ、そうだ!!」
 だがそんな二人に空は、くすりと笑みを返して踵を返した。
「行こ。夢の続き見なくっちゃ」
 アーシアと友加里を促す。まるで心得ていたように虎王丸が白虎に変化した。その背に跨る。
「冗談じゃないわよ!」
「俺のランチを返せ!!」
 シャナンとリマが怒鳴ったが聞こえた風もなく、空は皓に声をかける。
「あなた、この子の通訳が出来るみたいだから一緒に連れてってあげる」
「はい、お姉さま」
 それに虎王丸は厭そうに眉尻をあげたが、セクシーなお姉さまのお願いにうっかり負けて皓の体を口に咥えると助走をつけて軽やかに風を切った。夢の中ならではに大気を凝縮して、それを足場に正に天を駆ける。
「皓!! この裏切り者ーーー!!」
「ううむ。やはりこちらに足りないのは色気―――ぐはっ」
 呟いたシャナンの後頭部にリマの回し蹴りが綺麗に収まっていた。
「ふん!! 待ちなさーい!!」
 と言っても海の上では追いかけようにも足場がない。虎王丸が使っている足場は見えないというより、残っているのかも怪しい。
 足場、足場と念じていると、やがて海の水面からシャボン玉のような球体がふわりと浮かび上がってきた。色とりどりのカラフルな風船だ。
「よし。行くわよ」
 リマが風船を足場に白虎を追いかける。
 シャナンもそれに続いた。
 現実では、運動神経が複雑骨折しているため再起不能なまでの運動音痴と貧弱さを合わせもつシャナンだが、夢は現実とは違う。テラ抜群な運動神経を誇っている自分を妄想。颯爽と風船を伝い登る―――と思っていたが、妄想と現実のギャップか、どこの神経をどう使えばどういう動きが出来るのかを瞬間的に即時判断する能力が足りないのか、はたまた想像力があまりにリアル過ぎたのか。
 何とも器用に自分の右足で自分の左足を引っ掛けて風船にダイブした。
 バッタリ。
「うう……腹が減って動けん」
 思えばランチもまだだったのだ。とはいえ、このままでは一人こんな場所に取り残されてしまう。それもちょっと困る。
 食い物、食い物、食い物。三度唱えてシャナンは顔をあげた。
 目の前に巨大な豆の木が出現した。それだけではない。辺り一面食べ物で出来ている。
 カラフルな風船は気付けば雲のようなわたがしへ。
 シャナンの夢。それは全てが食べ物で出来た世界であった。
「…………」
 先頭を駆ける白虎が半ば呆れたように溜息を吐いた時。
 三度、アーシアが何事か口走りながら明後日の方を指差した。
「悪夢が……来る?」
 アーシアの意味不明な言葉を女性への愛だけで解読して皓が言った。
「悪夢?」
 訝しむ虎王丸。
「あれは……さっきの黒い翼?」
 空がアーシアの指差す方を見上げながら呟いた。
「いっ…いっ…」
 友加里が怯えたように後退る。その尋常ではない怯え方に空が怪訝に首を傾げる。
「友加里?」
「嫌ーーーーーーーっっ!!」



 楽しい夢を夢見たの。
 現実には決してありえないから。
 夢の中で、夢の中だけでも。



「つまり、本当に無粋だったのはあれって事ね」
 わた菓子の上に降り立って空が言った。
「女性を脅かすなんて許せないな」
 皓も指を鳴らしながらわた菓子の上に立つ。
「俺の!! 俺の肉林を喰らうとは、食べ物の恨みその身で購わせてやる!!」
 シャナンが闇、或いは黒い羽、はたまた悪夢を睨みつけた。
「……ま、いっか。あれが諸悪の根源っぽいし」
 やれやれとリマが溜息を吐く。手にはいつの間にかライフル。
「お姉さんたちは下がってろ」
 獣化を解いた虎王丸が、空の前に出た。
「はいは〜い。宜しく〜」
 空は二つ返事で引き下がる。戦いも必要であれば戦うが、基本的には女性である事を生かして守ってもらう。面倒事もお願いするスタンス。
 虎王丸は空がさがるのを確認して、反対の後ろを見やった。
「足手まといも下がってろ」
「何ですって!?」
 リマが目くじらを立てるが。
「了解だ」
 皓はあっさり後退した。
「って、皓!? あんた颯爽と現れ、助けるかっこいい俺はどこ行っちゃったのよ!?」
「言葉の通じない相手は苦手なんです」
 口八丁だけで生きてきた男。口先三寸で丸め込んで戦闘回避。必要であれば戦わないでもないが、出来る限り肉弾は避けるスタンス。
「…………」
 リマは呆れたように脱力する。それでも男か。
 と、そこへ意外な伏兵。
「ふん。そんな腑抜けはほっておけ。俺の肉林に手を出した罪、その体に叩き込んでやる!」
 皓を遥かに越える貧弱な男が珍しくやる気。殺すと書いてやる気満々の眼差し。
 夢の中ならギガ抜群な運動神経で敵をねじ伏せられるとでも思っているのか。
「うーん。いつになく勇ましいな、シャナン」
 腕組みなんぞして皓がしみじみと呟いた。
 だが。
 シャナンは自信満々に悪夢を指差して言い放った。
「行け! 白い虎!!」
「…………」
「自分で行かないのか。やっぱりシャナンだ」
 皓がうんうん頷いている。
 何だか気勢の殺がれた虎王丸だが。
「言われなくても!!」
 虎王丸は腰に佩いた刀を抜いた。炎を纏う。
 闇。或いは悪夢を切り裂くべく。
「あ〜…うぅ〜…」
 というアーシアの声が交錯した。
 それを皓が言葉にする。
「だめ……え? だめ?」
 皓が訝しげにアーシアを振り返ったのと、友加里の悲鳴と、そして虎王丸の放つ炎はどれが一番先だったのか。
「キャーーーッ!!」
「え? 友加里!?」
 空が目を丸くした。
 闇を焼き尽くさんとする虎王丸の炎の刀。
 それと呼応したように炎が友加里を襲う。
 友加里の悲鳴に反射的に虎王丸は刀の軌道を変えて離れた。
「まさか、悪夢と友加里の体が同化してるってこと?」
「ちっ……」
 口惜しげに虎王丸が舌打ち。
「あぅ〜…うぅ〜あぁ〜」
 アーシアが意味をなさない音を発する。意味をなさない。いや、そうではないのだろう。
「どうやら、あれに夢を侵食されると俺たちも同化するらしい」
 皓の通訳。
「それで?」
 リマが先を促す。それよりも知りたい事はどうやって友加里を目覚めさせるか、だ。
「同化を解く」
「どうやって?」
 聞かれて皓は友加里を見た。悪夢に怯える彼女に近寄って。
「悪夢には楽しい夢を見ることです。悪夢を吹き飛ばすような楽しい夢を」
「それなら、私に任せてよ」
 楽しい夢に反応して空が手を挙げた。それから友加里に囁く。
「ふふふ。男なんて世界にゃ腐るほどいるんだから。ほぉら、選り取りみどりよ」
 空の夢がそこに展開した。ハーレム&酒池肉林。とはいえ、ちゃんと友加里とした恋ばなも反映されているらしい。
「夢なんだからパァーッと派手にいこう!」
「…………」
 唖然としている友加里の手を取って空は夢に身を投じた。
 友加里好みの男たちが友加里に手を差し伸べている。楽しいデートへ友加里をエスコートするために。
「大丈夫」
 空が促す。
 友加里は躊躇いがちに男の手を取った。
「さ、『最後』までゴールインしなくちゃ」
 一方、空と友加里を唖然と見送って、リマは皓に尋ねた。
「で、友加里さんと悪夢の同化が解けたら?」
 皓は首を傾げながら答える。
「船で流す」
「船で?」
「そう。そのための宝船です」
 皓が自信満々に言った。
「それ、アーシアが言ったの?」
 不審そうなリマ。
「誰がそんな事言いました?」
「もしかして、またあんたの口からでまかせか!!」
 リマがライフルの銃口を皓に付きつける。
「わー!! 待て、待ってください、早まらないで!! アーシアが言ってるんです! 本当です!」
「あぁ〜あ〜…」
「と…とりあえず、みんなの悪夢のイメージを統一しようって」
「イメージ?」
 リマが銃口をそのままに尋ねる。
「あれ、それぞれに見え方違うみたいですよ」
 黒い球体だったり、黒い翼だったり。
 言った皓の傍で、シャナンが何やら念じ始めた。
「ううむ……。にっくき敵…にっくき敵…にっくき敵」
 すると、黒い翼、或いは黒い球体、そんなようなものだったそれが、テカテカした茶色の羽をもつ昆虫に変貌し始めた。
 その大きさにリマがぎょっとしてライフルを投げ出す。
「キャーーーーー!! なんてもん想像すんのよ!!」
 悲鳴をあげながら小さく縮こまった。
「俺のイメージだ」
 シャナンが茶羽の『それ』をハッたと睨みつけて言った。台所でかさかさと音をたて、生ゴミを漁る『それ』。1匹見たら30匹はいると言われる『それ』。ゴミだけならいざ知らず、シャナンの大事な食糧にまでゴミと間違えて足を踏み入れる『それ』。シャナンの人生最大にして最凶のライバル。
「まぁ、万物の敵って感じでいいんじゃないか?」
 虎王丸が若干嫌悪感を抱きながら呟いた。
「さっ…さっさと斬っちゃってよ!!」
 リマが泣きそうになりながら言うのに、虎王丸はアーシアを振り返る。
 じわじわと夢を侵蝕し、じわじわと大きくなっていく『それ』。しかし不用意には手を出せない。悪夢と友加里が同化している間は。
 今、友加里は空の夢の中で楽しく過ごしているはずだが、きっと『それ』に攻撃を仕掛ければ彼女にまで危害が及ぶに違いない。
「…………」
 そうして徐々に成長していく『それ』を睨み据えていると、やがてアーシアが奇声を発した。
「あぁ〜…あぅ〜…」
 相変わらず虎王丸には意味をなさない音の羅列でしかない。
 けれど、アーシアが微かに微笑んでいるような気がして。
「そうか。友加里と悪夢の同化が解けたんだな。よし!!」
 虎王丸は再び日本刀を鞘走らせた。
 茶羽の『それ』を一閃。
 半分に裂かれた『それ』が落ちる。
 足下に広がっているのは大量の水。ざぶーんと大きな波がその残骸を浚っていった。
「消えた? もういない?」
 リマが顔もあげず恐る恐る尋ねる。
「ああ、もういないぜ」
「良かった……」
 安堵の息を吐いてリマは顔をあげると辺りを見渡した。本当にあれはいなくなったらしい。
 気付けばいつの間にか、わたがしは水面に浮かんでいた。最初にリマたちが訪れた時のような無限に広がる海に。
 程なくして。
 時間の流れがいびつに出来ているのか、デートを満喫した風情の空と友加里が戻ってくる。
 友加里の晴れやかな笑顔。空も満足げだ。
「もしかして、こっちも終わったみたい?」
 空が尋ねる。
「とりあえず悪夢の脅威は去ったようだぜ」
 虎王丸が答えた。
 すると、どこからともなく海の彼方から何かが聞こえてくる。
 ドンチャンとバカ騒ぐような滑稽な音楽。
「? 何、この音?」
「どこからだ?」
 シャナンも辺りを見渡す。
「あれ、帆掛け舟か?」
 虎王丸が目を細めた。
「宝船じゃない?」

 ―――長き世の とおのねふりの 皆めざめ 波乗り船の 音のよきかな

 そんな歌が彼らの脳裏を巡る。
 刹那、世界が白く霞み始めた。
 まるで朝を迎え強い日差しが瞼を叩くように。
「!?」
「混線していた夢が……」
「それぞれに戻っていく?」
「夢はいつか覚めるから夢でいいのよ」
「だからといって夢は終わるわけじゃないでしょ?」



 ▼▼▼



「…………」
 それぞれがそれぞれの場所で目を覚ました。
 しばし、呆けたように天井を見上げる。
 どうやら現実世界に帰ってきたらしい。



 ―――うーん。面白い夢、見た!





 ■End■





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【SN3708/白神・空/女/24/ルーンアームナイト】
【SN1070/虎王丸/男/16/火炎剣士】
【TK6206/シャナン・トレーズ/22/闇医者】
【TK6262/姫川・皓/18/自称国際弁護士】

【TK-NPC/マリアート・サカ/18/法医学研究室の研究員】
【SN-NPC/アーシア/17/踊り子】

 TK:東京階段 / SN:聖獣界ソーン


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございました。斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

 またお会い出来る日を楽しみに。
LEW・PC迎春挿話ノベル -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年03月09日

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