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『Troll - 1 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 午後六時。勤務交代の時刻がやってきて、俺は警備室を出た。
 朝から座りっぱなしだったせいで、尻が痛い。俺の体に埋め込まれたトロールの遺伝子はほとんど全てのケガやキズを自動的に治してくれるが、硬いイスのせいで痛めつけられた尻の痛みまでは面倒見てくれやしない。
 おまけに、肩もひどく凝っていた。正直言って、俺はデスクワークに向かない。一日中警備室でモニターを眺めていると、息が詰まりそうになってくる。短期間の仕事とはいえ、うんざりするような業務だ。

 俺は、肩をもみほぐしながら廊下を歩いた。エアコンのせいで、やけに空気が乾燥している。のどが渇いていることに気付いたそのとき、ふと忘れ物を思い出した。ミネラルウォーターのボトルを警備室に忘れてきたのだ。
 わざわざ取りにもどるのも面倒だったが、このときは喉の渇きが優先された。屋敷を出て自販機まで歩くよりは、警備室にもどるほうが遥かに早い。無駄なカネも使わずに済む。──だが、もしかすると何かの予感があったのかもしれない。いわゆる、第六感というヤツだ。

 警備室にもどると、そこはもぬけのカラだった。俺と交代で警備についたはずの若造が、どこにも見当たらない。
 わけがわからず、俺はそいつの名前を大声で呼んだ。
 返事はなかった。十秒ばかり様子を見て、もういちど呼んだ。結果は同じだった。
 どうやら、非常事態が起こったらしい。ともかく非常ベルを鳴らして──と思いつつモニターの群れに目をやると、そこに一人の侵入者が映し出されていた。

 女だ。
 みじかいスカートに、エプロン姿のメイド服。そのくせ足元は革のブーツで、手にはグローブをはめている。こんなメイドがいるわけがない。茶色の髪を結い上げてポニーテールにしているのが特徴的だった。
 見覚えのある女だ。何日か前に、住み込みのメイドとして雇われた女。名前は、高科瑞穂とかいった。ちょっと変わった雰囲気の女だと思っていたが、どうやらコイツが特務警備課のスパイだったようだ。

 なるほど──と俺はうなずいた。
 つまり、この屋敷での退屈な仕事も今日で終わりというわけだ。もともと、俺がこの職場に呼び出されたのもスパイを見つけ出して捕まえるのが目的だ。相手の正体がわかってしまえば、あとはラクな仕事。うごけなくなるまでブチのめして、クライアントに報告すればいい。それだけだ。
 女は監視カメラの視界ぎりぎりのところで、なにやら写真を撮っていた。
 なにを撮影しているのか、考えるまでもなかった。クライアント「さま」の、取り引き現場だ。
 なにを取り引きしているのかは、俺の知ったことじゃない。ただ、億単位のカネや兵器がやりとりされているのは確かだ。無論、そんな現場の写真を持ち出させるわけにはいかない。

 俺は非常ベルを押さずに、警備室を出た。ベルが鳴れば、女は一目散に逃げるだろう。相手が超常能力の持ち主だった場合、とりにがす可能性がある。それよりは、気付いてないフリをして待ちかまえるほうが無難だ。
 それよりなにより、いまは少し体を動かしたい気分だった。見たところ大した相手じゃなさそうだが、かりそめにも特務警備課のスパイだ。ちょっとぐらいは遊べるに違いない。
 俺は早足に廊下を歩きつつ、女の逃走経路を頭に思い描いて、戦うのに都合の良い場所を考えた。この屋敷には、裏口がふたつある。あの女は、どちらかから逃げるはずだ。──いや、そのまえに服を着替えるかもしれない。いくらなんでも、あの服装のまま屋敷の外へ出るのは目立ちすぎる。おそらく、どこかで着替えるはずだ。
 この屋敷で働くメイドたちには、更衣室を兼ねた休憩室が与えられている。食堂の隣だ。──つまり。

 そこまで考えて、俺は休憩室に足を向けた。
 もしかすると、女は他のルートを選ぶかもしれない。が、それならそれで追っ手を放てば済む話だ。クライアントは、カネには困っちゃいない。追跡に特化した能力者でも何でも、カネで雇える。
 それに、もしも女が逃げおおせたところで俺にとっては何の不利益もない。しょせん、カネで雇われているだけなのだ。俺の目的は、能力者とやりあうことのみ。非常ベルで応援を呼ぶことを避けたのも、実際はそれが理由だった。

 休憩室には誰の姿もなかった。ほかのメイドたちは、食事の準備やら何やらで忙しいに違いない。使い古しの応接セットが部屋の中央に置かれて、テーブルの上には飲み残しの入ったコーヒーカップが出ていた。
 ドアを閉じて、俺はソファの横に立った。ネクタイをゆるめて、革靴のヒモを縛りなおす。あまり格闘向きの靴じゃないが、べつにかまわない。相手だって、どう見ても格闘向きじゃないメイド服だ。ブーツとグローブは別だが。

 待っていたのは、五分程度だった。
 ドアがひらいて、高科瑞穂が顔を見せた。ドアを開いたまま、なにかおかしなものでも見るように俺の顔を見た。部屋には入ってこなかった。
「おつかれさまです、警備員さん。……なにかあったんですか?」
 すっとぼけた調子で、女は言った。
「中に入って、ドアを閉めろ」
「……え?」
「聞こえたはずだ。二度は言わねぇぞ」
「すみません。なにをおっしゃっているのか、よくわからないんですけれど。私が何か失敗でも……?」
「とぼけんな。自衛隊の回し者だろ、おまえ」
「…………」

 とぼけても無駄だと悟ったのか、女は黙って俺をにらんだ。値踏みするような目つき。勝てるかどうかを考えたに違いない。案の定、女はこう言った。
「わかってるなら、そこをどいてくれる? どこのだれだか知らないけど、一人で私をつかまえることなんてできないわよ?」
「ずいぶんと強気じゃねぇか」
「事実を教えてあげただけよ。わざわざ痛い目に会いたくないでしょう?」
 小馬鹿にするような口調だった。余裕を見せるつもりなのか、胸の前で腕を組んでいる。胸が圧迫されて、エプロンを突き出すような形になっていた。よく見ると、馬鹿みたいにデカい。
 胸だけじゃなかった。尻のほうも無駄にでかい。そのくせ、腰はやたらと細かった。そこらのモデルと比べても、見劣りしない。なるほど。メイドのふりをして潜り込むには最適の逸材というわけだ。

「おもしろいこと言うじゃねぇか。まぁドアを閉めて中に入れよ。一応言っておくが、もし廊下へ逃げたら俺は仕方なく応援を呼ぶぜ? おまえにとっても面倒だろうによ」
「意味がわからないわね。なにが目的なの? すぐに応援を呼ばない理由は?」
 ほんとうにわからないようだった。不可解そうな目で、俺を見ている。
「俺の目的は、おまえらみたいな能力者と戦うことだ。そして、殺すことさ」
「……ふぅん」
 女の表情が、汚物でも見るようなものになった。実際、それを言葉にした。
「ゴミの相手をしてるヒマはないんだけど。どうしても痛い目に会いたいわけ?」
「ゴミかどうか、やってみりゃわかる」
「せっかく忠告してあげたのに。アタマ悪いのね」
 溜め息まじりに、女は後ろ手でドアを閉めた。
 ガチッ、と鍵のかかる音。
 その途端、女の全身から刃物のような殺気が放たれた。
 どうやら、退屈しのぎにはなるらしい。おもわず舌なめずりしながら、俺はゆっくりと身構えた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年03月06日

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