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『Deep Forest - 5 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 鬼鮫の目は、ひどく血走っていた。完全に常軌を逸した目つき。口元には引きつったような薄笑いをへばりつかせて、なおも瑞穂の体を痛めつけようとしている。
 弓なりに絞り上げられた瑞穂の上体は、もはや垂直をとおりこして真っ二つに折れそうなほどの角度になっていた。いつ背骨が砕けてもおかしくない状態である。それでも、限界ぎりぎりのところで彼女の体は壊れずにいた。あとほんの一押しで壊れてしまう、薄氷のように危うい境界。
 もとより、鬼鮫は瑞穂を「破壊」する気でいた。薄い氷に力を加えてゆき、その表面にヒビが入っていくところを楽しむのも心地良いが、最終的にその氷は粉々にされなければならない。鬼鮫は、そう考えている。ぎりぎりまで追い込んだものが最後の一押しでブッツリと息絶える瞬間。それこそが、鬼鮫にとって最大の愉楽なのだ。

 そして、鬼鮫はついに最後の仕上げを実行した。「破壊」である。キャメルクラッチの体勢のまま、体重をかける位置を変えたのだ。瑞穂の太ももを全体重でおさえつけ、鬼鮫は渾身の力で獲物のあごを引き絞った。負荷の角度が変わり、瑞穂の首と腰に激痛が走った。
 ゴリュッという音は、どこかの骨が折れたのかもしれない。人間の体がそんな音をたてるのかというような、異様きわまる音。
 瑞穂は悲鳴さえあげなかった。彼女にできたのは、ただ全身を痙攣させることだけだった。それは断末魔の痙攣にも似て、いつまでもおさまることがなかった。のどから漏れる声はヒュゥヒュゥという呼吸音のみで、そのリズムも痙攣の動きと同調している。それは、いつ停止してもおかしくないほどの、弱々しくかすれた呼吸だった。
 夜空を見上げるような形で、瑞穂の顔は上を向いていた。背中のラインは、折れた弓さながら異常な角度で曲がっている。ほつれた髪には血と泥が絡みついて、彼女の顔を覆い隠していた。髪の隙間から覗く瞳の色は、死体のもののように暗い。瞳孔が開きかけているのだ。

 完全に沈黙した瑞穂の体を、鬼鮫はようやく解放した。
 その腕が瑞穂のあごから離れたとたん、バネ仕掛けのオモチャのように彼女の体は地面に打ち付けられた。その勢いで彼女は激しく顔面を打ったが、もはやその程度の痛みが意識にとどくことはなかった。彼女に届こうとしているのは、痛みではなく死神の鎌だった。
 鬼鮫の嗜虐心と破壊衝動は、それでもまだ止まらなかった。
 彼は瑞穂のスカートをつかむと引きちぎるような勢いでめくりあげ、むきだしになった尻に向かって拳を振り下ろした。白い肌はあっというまに赤く腫れあがり、ショーツの形は乱れてほとんど尻の割れ目に食い込むような状態になった。
 鬼鮫の拳が一回振り下ろされるごとに、瑞穂の体はビクンビクンと震えた。紅潮しきった顔にあるのは、輝きを失ったうつろな瞳。人形のようなその表情は、鬼鮫の激情をさらに煽った。
 もはや、彼は瑞穂を殺さずにはいられなかった。この女の息の根が止まるところを見たいという、狂気ゆえの情念が彼をつきうごかした。

 鬼鮫の右手が、瑞穂の髪をわしづかみにした。つかんだ髪に力をこめて、彼女を引きずり起こす。髪がごっそり抜けて地面に落ちたが、鬼鮫も瑞穂もそんなことを気にしてはいなかった。
 瑞穂は髪をつかまれて引きずられるまま、手で頭をおさえることさえしなかった。ほとんど、死体と変わりないありさまだった。
 立ち上がらせた瑞穂の鳩尾に、鬼鮫の右拳がめりこんだ。「ごぶっ」と瑞穂の口から音が漏れた。声ではない。音だ。肺の中の空気が圧搾されて搾り出される音。
 だらりと上半身を折り曲げて、瑞穂はふたたび倒れこんだ。

 倒れこもうとする彼女の体を、鬼鮫が後ろから抱きかかえた。腰に両手をまわして、彼女のへその上で指をクラッチする。
 瑞穂は何の抵抗もしなかった。ほとんど意識を失いかけて、力なく前のめりになっている。髪の先端は地面に触れて、その上に血のしずくがボタボタ落ちた。
 ふんっ、と鬼鮫の呼気が音を立てた。それと同時に、彼の体が後ろにそりかえった。瑞穂をクラッチしたまま、ブリッジの要領で後ろへ抱えあげたのだ。完璧なフォームのバックドロップ。
 瑞穂の体は半円の弧を描き、脳天から地面に激突して凄まじい音をたてた。杭打ち機で地面を穿つような音。
 もうもうと土煙が舞い上がり、やがてそれが落ち着くと月明かりの下に凄惨な光景が照らし出された。それは、胸まで地面に埋まり、下半身をあらわにして屹立する瑞穂の姿だった。非現実的な、悪夢のような光景。

 瑞穂は、それでもまだ生きていた。まっすぐに天を向いた足の先はこまかく痙攣して、彼女の命が終わっていないことを示している。やがて、硬直がとけたようにカクンと膝が折れ、彼女の両足は力なく垂れ下がった。それは、どこか異世界の植物が実らせる果実のようにも見えた。
 瑞穂が動いたのは、そこまでだった。それ以上、彼女はぴくりともしなかった。上半身を地面に埋め込まれたまま、さかさまになったフレアスカートの内側を無防備にさらけだして、いつ途切れるともしれない微かな呼吸だけを彼女は繰り返していた。

 鬼鮫は酷薄な笑みを顔全体に浮かべながら、腕組みして瑞穂を見つめていた。そこにあるのは下半身を空に向かってつきだすメイド姿の女だったが、鬼鮫の表情に好色な部分は微塵もなかった。
 彼は瑞穂の動きが完全に止まったことをたしかめると、ゆっくり近付いて彼女の足首を握った。そして、そのまま一気に引き抜いた。
 ボゾッという音がして、瑞穂の上半身が地面から抜けた。顔も髪も泥まみれで、口の端からは血の泡が吐き出されている。ひらかれたままの瞳には、もはや生気の色が完全に失われていた。死んでいないことが不思議なほどの形相だった。

 鬼鮫は、瑞穂の足首を離さなかった。右腕だけで彼女の足をにぎったまま、無造作に歩きだした。
 ずるずると、瑞穂の背中や髪が地面にこすれた。あっというまに、彼女の服はボロ雑巾のようになった。髪はもっとひどかった。鬼鮫が数歩あるくごとに、瑞穂の髪が抜けて地面にへばりついた。おびただしい血や汗といっしょに。
 鬼鮫はそんなことを気にする気配もなく、ちょっと持ちにくい小荷物を引きずるぐらいの足どりで、森の中を歩いていった。その足跡の後ろには赤黒い直線がべったりと引かれたが、それを見る者はどこにもいなかった。
 そうして、鬼鮫は瑞穂を引きずりながら森のどこかへ消えた。
 あとに残されたのは、真っ白なフリルのついたカチューシャと、おびただしい血のあと。そして、凄絶な戦いの熱気。それだけだった。
 夜空にあるのは、上弦の月。それは血の色に染められてなお赤く、瑞穂の運命をあざ笑う悪魔の笑みのようだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年02月24日

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