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『Deep Forest - 4 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 鬼鮫の平手打ちは、永遠に続くかと思われた。瑞穂にできるのは、どうにか顔を覆って少しでもダメージを減らすことと、隙をついて反撃することだけだった。
 馬乗りの体勢から逃れることができれば最善だが、二人の体重差はあまりに絶望的だった。瑞穂がどんなに力をこめても、鬼鮫の体はビクともしなかった。まさに、まな板の上の鯉だった。
 それでも瑞穂は諦めずに鬼鮫の隙をついてパンチを繰り出したりはしたが、立っていてもマトモなダメージを与えられない相手に、寝ている状態で有効な打撃ができるわけもなかった。いまや、瑞穂は完全に無力化されようとしていた。

 平手打ちが二十発を数えると、もう瑞穂は両手で顔を覆う以外なにもできなくなった。
 鬼鮫は、それでもなお同じことをくりかえした。
 平手打ちの数が五十回を超えようとするころ、ふいに瑞穂の喉から嗚咽が漏れた。赤く腫れた目からは涙がこぼれ、耳に向かって流れ落ちた。
 瑞穂は泣いていた。いつもの彼女からは、想像もつかない姿。
 そのとき、鬼鮫の攻撃がぴたりと止まった。瑞穂が泣きだしたことで、わずかに嗜虐心が満たされたのかもしれない。それを証明するように、鬼鮫の口元がにんまりとゆがんだ。
 ──瞬間。瑞穂の体が、バネのように動いた。のこされていた意思や体力を、この一瞬に注ぎ込んだのだ。それは、完璧なタイミングだった。
 鬼鮫は「おぅ」と驚きの声を発したものの、とりおさえることはできなかった。あるいは、逃がしたところですぐにまた捕まえられると思っていたのかもしれない。事実、その考えは正しかった。

 立ち上がった瑞穂は、もうその時点で体力のすべてを使いきっていたが、それでもなお戦うことを放棄しなかった。彼女は立ち上がりざま右のエルボーを突き立てていったが、その動きにはもはや見る影もなく、鬼鮫が軽く払っただけでよろけてしまうありさまだった。
 無論、鬼鮫は攻撃を払い落とすだけでは済まさなかった。払い落としたその手で瑞穂の胸に掌打を入れ、足がもつれたところに容赦のないローキックを叩き込んだ。
 完全にバランスを失って、それでもどうにか体勢を立てなおそうとする瑞穂。しかし、そこへ一抹の慈悲もなく強烈な肘打ちが襲いかかった。とらえられたのは、血まみれのエプロンに覆われた腹部。

「おごぉ……っ」
 鬼鮫よりも低い声をあげて、瑞穂は前のめりに上体を折り曲げた。口からこぼれた血が、ぱたぱたと地面に音をたてる。
 がっくりと、瑞穂の膝が折れた。そのまま崩れ落ちようとする彼女の体を、鬼鮫がささえた。胸倉をつかんで、引きずり起こしたのだ。ビリッと音をたててワンピースの胸元が裂け、白い下着に覆われた乳房がわずかに覗いた。
 もちろん、鬼鮫はそんなものを見てはいなかった。彼は何の逡巡もなく、自分の頭を瑞穂の頭に打ちつけた。ゴヅン。骨と骨のぶつかる、重い音。強烈なヘッドバットだった。
 鬼鮫が手をはなすと、瑞穂の体はささえを失ってゆっくり沈んだ。
 沈んでいくその途中で、鬼鮫の拳が左右から瑞穂の頭を打ち抜いた。ミシッという、頭蓋骨の軋む音。その瞬間、瑞穂の瞳がぐるりと裏返った。意識を失ったのだ。半開きになった口から血と唾液をあふれさせて、彼女はびくびくと全身を痙攣させた。その姿には、もはや十分前までの凛とした彼女の面影などカケラも残されてはいなかった。

 鬼鮫の嗜虐心は、それでもまだ満たされなかった。
 彼は両腕を広げると、今度は瑞穂の顔面と後頭部から左右のパンチを叩き込んだ。ぐしゃっという音がして、瑞穂の耳から血が噴き出した。
 後頭部を打ち抜いた拳が離れても、瑞穂の体はそれ以上倒れなかった。顔面にめりこんだ拳が、彼女の体をささえていたのだ。あるいは、血糊のせいかもしれない。
 膝立ちになって前かがみにうなだれる瑞穂のシルエットは、さながら神への祈りを捧げる信徒を思わせるものだった。さしずめ、鬼鮫は許しを与える牧師である。

 だが現実のところ、彼らはそんな世界の住人ではなかった。
 一瞬後、鬼鮫の足が大きく蹴り上げられた。革靴の爪先が瑞穂の下腹部に突き刺さり、その衝撃に意識を取りもどして瑞穂は地面にうずくまった。
 血と泥にまみれたまま、彼女は腹をおさえて苦悶の声を漏らした。汚泥の底から湧き上がるようなその声は、もはや人間の発するものとは思えないほどだった。
 うつぶせになって腹をおさえたまま、瑞穂は動かなかった。動こうにも、腕にも足にも力が入らなかった。ときおり漏れる低い声は「たすけて」と言っているようでもあったが、獣のうなり声のようなその言葉を判別できる者は、どこにも存在しなかった。無論、鬼鮫がその言葉を聞き取ったとしても何の意味もなかった。

 鬼鮫はのっそりした足どりで瑞穂の横に立つと、やおら彼女の上に馬乗りになった。
 瑞穂は、うつぶせである。その背中に、鬼鮫は体重をかけて乗っかった。胸がつぶれて、瑞穂はパクパクと口をあける。陸に打ち上げられた魚のような動作。
「か……ひ……っ」
 意味のない音が、瑞穂の口からしぼりだされた。ろれつが回っていない。まわっていたとしても、鬼鮫の体重がかけられている状態ではまともに発音できるはずもなかった。
「ブザマだなぁ、おい」
 ようやく口をきいた鬼鮫の声音は、喜悦の色に満ちていた。
「い……う、く」
 瑞穂の唇から漏れ出す声は苦悶の色に満たされて、しかしどこか扇情的な喘ぎ声のようでもあった。
「おうおう。いい声だ。もっと鳴け」
 そう言って、鬼鮫は瑞穂のあごに両手をかけた。
 馬乗りになったままである。そのままの体勢で、鬼鮫は体を後ろへそらせた。たちまち、瑞穂の体が弓なりにそりかえった。首と背骨を極める絞め技。キャメルクラッチと呼ばれるプロレス技である。

「ぉう……ッ!」
 アザラシのような悲鳴が、瑞穂の喉からほとばしった。
 ごりっ、と背骨が軋みをあげる。軋んでいるのは背骨だけではなかった。瑞穂の上半身すべての骨が悲鳴をあげていた。骨ばかりか、細胞までもが悲鳴をあげているようだった。体を真っ二つに引き裂かれるような激痛が、瑞穂を襲った。
 鬼鮫は瑞穂の腰に体重をかけて、さらに彼女の上半身を引き絞った。限界まで張りつめた弓の弦を、さらに引くような動作。弓なら弦が切れるところだが、あいにく瑞穂の体に弦は張られていなかった。したがって、壊れるとしたなら弓のほうだった。すなわち、瑞穂の体だ。

 つよく引き絞られた瑞穂の上半身は、いまや垂直に近い角度で天を向いていた。腰を完全に押さえられていてなお、その状態である。どれほど体の柔らかい人間でも、とうてい耐えられるものではなかった。
 いまやエプロンは完全にほどけて地面に広がり、むきだしになったワンピースが月光を受けて深い紫色に輝いている。その胸元にできた裂け目がさらに広がって、ゆたかな隆起が今にもこぼれそうだった。
 限界まで胸をそらせながら、瑞穂は声にならない悲鳴を絞りだした。ごぼりと吐き出された血の泡が頬を伝って顎に流れ、鬼鮫の指を濡らした。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年02月24日

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