▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Deep Forest - 1 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



 深夜。鬱蒼とした森を、月明かりが照らしている。真っ二つに断ち割られたような右半身の半月は、上弦の月。これから満ちてゆく月だ。血のような赤に彩られたその形は、悪魔の微笑みのようですらある。こぼれ落ちる赤い月光につつまれて、深い森のどこからどこまでも、いまは完全な静謐に満たされていた。
 森の中心。月明かりの下に、一軒の邸宅がそびえている。巨大な洋館だ。コンクリートの墓石を貼り合わせて作られたようなその外観は、まさに無骨そのもの。森の中に隠された要塞といった風情の威容を誇っている。

 その要塞の一室──モニタールームで、いま一人の女性が裸身をさらしていた。名は高科瑞穂。
 淡い蛍光灯の光に映えるのは、陶器のように白い肌。腰のあたりまで伸ばされた亜麻色の髪は油を流したようにつやめいて、その下に隠された腰のラインは飴細工にも似た滑らかさを見せている。
 腕も足も、すらりと長い。ただ長いだけでなく、ある程度の筋肉がついているため形が良い。美しさと運動性をそなえた、ダンサーのような体。ゆたかな胸の隆起は重力にさからうように上を向いて、白のブラジャーに覆われている。
 腰に巻かれているのは、こまかなレースの施されたガーターベルト。ぴんと張ったクリップが、ニーソックスを留めている。どちらも、ブラジャーと同じ色合いの白。

 瑞穂の腕がゆっくり伸びて、スーツケースから一枚のペティコートを取り出した。上半身まで覆うタイプのものだ。下着と同じ、ふわりとした印象の白。
 それを身につけると、彼女は次に濃紺のワンピースを手に取った。ゆったりしたパフスリーブと極端にフレアしたスカートが特徴的な、ニコレッタ調のメイド服。
 数秒のあいだ、瑞穂はその服を見つめていた。それから、なにかを決心したような勢いで頭からかぶった。スカートの裾を整え、背中のホックを留めて、両手で髪をかきあげる。さらさらと流れる髪は光の加減で赤や金色にも見えて、最後に指で撫でつけられると琥珀のような茶色に落ち着いた。

 瑞穂がエプロンを身につけるのと、モニターランプが赤く点滅するのは、ほぼ同時だった。彼女が目を向けたのは、壁一面に据えられている二十台のディスプレイモニター。館内いたるところに設置された隠しカメラからの映像が、鮮明に映し出されている。うごくものが映り込んだときにだけ、ランプが点灯する仕組みだ。
 いま、一台のディスプレイに人影が映されていた。侵入者だ。場所はサーバールーム。いかにもスジモノといった風情の男が、意外なほど流麗な手つきでコンピューターを操作している。データを盗んでいるのだ。

 ふ、と瑞穂の口元がゆるんだ。どこか冷たさを帯びた、余裕たっぷりの微笑。冷笑と言っても良いかもしれない。忍び込んだネズミを見つけた猫のような表情。
 獲物を監視する山猫の目でディスプレイを見つめながら、瑞穂は両手に革グローブをはめた。指の甲をガードする、格闘用のグローブだ。無論、見世物のための格闘技用グローブではない。相手を無力化するための──あるいは殺すための、軍用グローブだ。
 グローブの次は、やはり軍用の革ブーツ。膝までとどく、ロングブーツだ。沼地や砂漠をも踏破できるほどの頑強さをそなえた一品。くわえて、爪先には鉄板が埋め込まれている。水牛さえ、ひと蹴りで倒せるブーツだ。
 ディスプレイに目をやりながら、瑞穂はしばし考えたのちにヘッドドレスをつまみあげた。ちょんと頭にのせて、適当に位置を整える。それで、完璧なメイドスタイルの完成。グローブとブーツはそのスタイルにそぐわないものだったが、彼女の美貌がすべてを補完していた。美女は何を着てもサマになる。その真理を、彼女は身をもって証明しているのだった。

 ディスプレイの向こうでは、侵入者がサーバールームを出たところだった。
 その行く先を見て、瑞穂は急ぎ足にモニタールームをあとにした。薄暗い廊下に、ゴツゴツと重い靴音が刻まれる。一寸の狂いもない四拍子。それは、彼女の軍人としての優秀さを示すものでもあった。規則正しい歩法は、優秀な兵士の証左である。
 廊下を抜けて扉をくぐると、瑞穂は洋館の外へ出た。眼前に広がるのは、暗く深い森。空にあるのは、血のような赤に輝く上弦の月。その色にほんのわずか不快げな表情を見せて、瑞穂は森の中へと踏み込んでいった。
 この館は森の中心にあって、外へ抜ける道は二本しかない。侵入者がどちらの道を選ぶか、瑞穂には確信があった。それも、絶対の確信だった。まちがえるはずがない。そうした姿勢を全身ににじませて、彼女は森の小道に立ちはだかった。
 ──現実は、彼女の予想どおりのものになった。

「なんだ、おまえ」
 館から走ってきた男は、無骨な顔に驚きの表情を浮かべていた。
 無理もない。無事にデータを盗んで逃げおおせたと思ったら、目の前に女が立ちふさがったのだ。それも、場違いと言うほかないようなメイド姿で。
「見てわからない? 優秀なメイドがネズミをつかまえに来たのよ」
 嘲笑に近いほほえみを浮かべながら、瑞穂は言った。
 男は、キツネにつままれたような顔になった。なにを言ってるんだ、この女は。そういう表情をした。実際、それを口にした。
「なにを言ってるのか、まるでわからねぇな。さっさとそこをどけ。おうちに帰って、ベッドでおとなしくしてろ。さもなけりゃ、メイドらしくご主人様の朝飯でも作っとけ」
 瑞穂は、まったく動じなかった。
「あいにく、おまえみたいなのをつかまえるのが私の仕事なのよ」
「ただのメイドが俺をつかまえる? 寝言じゃねぇだろうな?」
「寝言を言ってるのは、どっちかしらね」
「なに?」

 男が言った瞬間。瑞穂が動いた。
 おそろしく素早い動き。森の闇に姿が溶けて、残像さえ見えないほどだった。刹那の静寂。足音もなかった。ただ一度だけ、枯れ葉を踏む音が空気の中に刻まれた。
 その直後、ゴスッという音がして男の体が後ろへ吹っ飛んだ。瑞穂の掌打が男の胸板を打ち抜いたのだ。体重をのせた一撃だった。男は背中から地面に倒れ、後ろへ一回転して仰向けになった。
「ごほっ」と、男は息を吐いた。普通の人間なら昏倒しているところだったが、彼は違った。普通の存在ではないのだ。瑞穂は知らない。目の前の男が「鬼鮫」と呼ばれる超常能力者であることを。彼はトロールの遺伝子を持つ、通称ジーンキャリアだった。

「痛ぇな、この野郎」
 胸をおさえながら、のっそりと鬼鮫は立ち上がった。口の端から、血が垂れている。いまの一撃で肺を傷つけられたのだ。
「……よく起きられたわね」
 瑞穂の声音には、驚きと恐れが含まれていた。全力でなかったとはいえ、相手を無力化するのに十分な打撃を打ち込んだのだ。もしかすると能力者かもしれない──。と彼女は考えた。
「どうやら、ただのメイドってわけじゃねぇようだ」
 低い声で言いながら、鬼鮫は身構えた。空手やボクシングのフォームではない。どっしりとした、レスラーのようなフォーム。かんたんには崩れない、山のような構えだった。
「へぇ……」
 瑞穂の顔に、緊張が走った。
 そのようにして、二人の戦いは始まった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年02月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.