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『【猿神村】導きの少女 』
ミネルバ・キャリントン7844)&碇・麗香(プライベート)(NPCA036)



 一体、どれぐらいの時間が経ったのか、自分でもわからなかった。
 最初に感じたのは、頭にある鈍い痛みであった。ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)はしばらくぼんやりとしていたが、だんだんと頭がはっきりし、気を失う前の事を思い出してきた。
 確か、自分は猿神村、というところにオカルト雑誌アトラスの編集長、碇・麗香(いかり・れいか)と旅行の途中で迷い込み、村の村長の家の離れで一晩泊めて貰うはずであった。疲れも出てそろそろ休もうと思ったその時、離れに突然村の男達が目を妖しげに光らせながら押し寄せて来たので、異常事態だと感じたミネルバは、麗香を床下から逃がし、男達に立ち向かっていった。
 しかし、いくらミネルバでも一人で大人数には太刀打ち出来ず、元は剣の達人であったという村長の一撃を食らって意識を失い、気づいたらこの部屋にいたのであった。おそらくは、あのあとにここへ運ばれたのであろう。
 暗闇で目が慣れてくると、闇の中に色々なものが浮かんで見える。その視界に入ってきたのは薄暗い10畳程の和室であった。天井に照明はあるが、電気はまったく点けられていない。窓や扉もあるが、わずかな光が隙間からもれてくるだけで、ここはいわゆる座敷牢として使われているのだろう。
 だが、あまり不快感を感じなかったのは、元々は民家だと予測出来るからであろうか。それなりに快適とも思える。
「ロンドン塔の監獄とどっちがマシかな」
 ミネルバは暗闇でそう呟いた。
 彼女の故郷であるイギリスのテームズ川のほとりに、ロンドン塔という血塗られた砦がある。元々は要塞であったが、宮殿として使われた歴史もあるのだが、処刑場としての顔も持ち、過去に数多くの著名な人々が処刑された。
 中でも姦通などの濡れ衣を着せられ、処刑された王妃は平成のいまでも首無しの幽霊として姿を現すと噂されている。
 ロンドン塔は観光地でもあり、昼間は入り口のまわりにサンドイッチ等のフード店や土産屋が並び、またすぐそばには2層構造の広い駐車場があり、観光バスも乗り入れる為になかなか賑やかなのだが、夜になると途端に処刑場としての不気味な姿を浮かび上がらせる。
 ロンドン塔の内部にある監獄には、かつて使われた処刑道具が展示され、また建物の内部の階段を歩いていると、幽霊に突き飛ばされるという噂まである。
 そのような場所に閉じ込められるぐらいなら、まだこの座敷牢の方がいいのかもしれない、ミネルバはそう思っていた。
「誰かいるの?」
 暗闇で、何人かの影が動くことに気がついた。どうやら、ミネルバの他にも何人かこの部屋にいるようであった。皆黙っているが、暗闇の中でもまわりにいる人々の輪郭ぐらいならわかる。
 ミネルバは、自分の周りに3人の人間がいることを確認した。その体のラインから皆女性の様であった。特に、暗闇でも何となく見える胸のラインは、ミネルバや麗香ほどではないにしても、かなりふっくらとしているのだから。
「目覚めたようじゃな」
 突然入り口が開き、村長の老人と数人の男達が入ってきた。部屋の明かりが点けられ、ミネルバはまわりにいる者達が若い女性である事と、何故かその女性達の胸がやたらに大きいことと、村長の後ろにいる男達が異常なまでに目を光らせている事に気づいたのであった。
 まるで、猛獣の折の中にいる様な気分であった。男達は極度の興奮状態であり今にも、ミネルバ達に襲いかかろうとしていたが、男達が一歩前へ踏み出そうとする度に、村長が制止をしていた。村長はまだ理性が保たれている気がしたが、どちらにしても現状は、あまりミネルバやまわりにいる女性達にとって良くない状況であることには変わりなかった。
「乱暴なまねをしてすまんかった。しかし、お主らを帰すわけにはいかないのじゃよ」
「どういう事なの?こんなことをして、いいと思っているの?」
 言いたいことは山ほどあったが、ミネルバは堪えた。今ここで感情を爆発させれば、あの妖しい目の光を放つ男達が何をしでかすかわからない。
 ミネルバ自身は、この人数なら身を守ることが出来るかもしれない。けれど、どうみてもこの部屋にいる女性達は、自分と同様にどこからか連れてこられた者達だろう。彼女達まで危険な目に合わせる事は、極力避けたかった。
「お主らにはやってもらわねばならない事がある」
「何ですって?」
 村長の言葉は予想できた。未婚の男しかいない村、女達は村の外へ行き、村は子供がいなくなり過疎化している。そうなれば、この村にとって最も必要な事は。
「お主達には、子供を産んで貰わねばならんからのう」
 ミネルバの後ろで、えっ!と声が上がった。振り向くと、女性の一人、スーツを着たOL風の女性が頬を高潮させ、表情を固まらせていた。
 他の2人、眼鏡をかけてややぽちゃっとした体型の女性と、耳にピアスをしたショートカットの女性は無表情で村長を見つめている。あまりの事に言葉も無くした、という表情であった。
「それって犯罪じゃない!」
 ミネルバが声を上げたが、村長はまったく動じなかった。
「この村の為じゃ。お前達、この娘達は大事な女達じゃ。決して乱暴したりしてはならんぞ。その約束が守れんものは、いくらこの村の者でも容赦はせん。この村にとって大事な女達なのじゃ」
 そう言って村長は、男達を引き連れて部屋の外へと出て行った。座敷の扉が閉められると、外から声が聞こえてきた。
「あの赤い髪の娘と一緒にいた娘を探し出すのじゃ。近くにいるはずじゃ!」
 麗香が危ない。ミネルバは焦りを感じたが、今の状況を何とかしなくては、彼女を救うことは出来ない。
 何とかしてここから脱出しなければ。そう思った時、眼鏡の娘がか細い声で泣き出した。
「嘘よ、こんな事って。私、好きでもない相手の子供なんて産みたくない」
「あたしだってそうだよ!泣くんじゃないよ、あたしだって悲しいんだから!」
 ショートカットの娘が、叱りつけるように叫ぶ。けれども、彼女も今にも泣き出しそうであった。OL風の女性は、もう何も言わなかった。魂が抜けてしまったかのように、ぼんやりと天井を眺めていた。
「ねえ、皆はどうしてこの村に来たの?」
 ミネルバは、それでも状況を把握するために女性達へ尋ねた。少し間があき、眼鏡の女性が静かに答えた。
「私、車で実家に帰る予定だったんです。そしたら、急に霧が出てきて、気づいたらこの村にいたの。村人達が親切にしてくれて、霧が晴れるまで泊まっていくといいよ、と言ってくれたから、村に泊まる事にしたんです。そしたら」
 女性はそう答えてまた泣き出した。
「あたしもそうだよ。あたしは仕事の移動中で迷い込んでしまったんだ。そこにいる彼女も、そうだって言ってたよ。あんたが連れてこられる前に、そう聞いたんだ」
 天井を見上げているスーツを着た女性に顔を向けて、ショートカットの娘がミネルバに言う。
 このあたりは霧が発生しやすいのだろうか。そういう地域があってもおかしくはないだろう。
 だが、村人の様子は明らかにおかしい。いまどき、娘達を浚って子供を産ませよう等、いつの時代の考えだろうか。この村だけが、外の21世紀の日本から切り取られてしまっている、そんな印象さえ受けた。立派な犯罪行為である。
 麗香の行方も気になるが、自分達の心配もしなくてはならない。いつ、男達がここへ入ってくるかわからない。指示を出すのは村長の様だが、欲求をあらわにした男がいきなり入ってくるとも考えられる。子供がいない事は、特に過疎化している村にとっては大きな問題だろう。
 だが、だからといってどんな手段を使ってもいい、という事にはならない。それに、村長や村人達はミネルバ達を子供を産む道具扱いしている。こちらの意思など関係ないという顔をしている。女性として、ミネルバはそれが許せなかった。
「皆、大丈夫。私がここから救い出してあげるから」
 ミネルバは、女性達を安心させるように囁いた。
「そ、そんな事!」
 OL風の女性が、やっと声を出した。
「私はちょっとだけ強いのよ。だから、私のいう事を聞いてほしいの。助かる為よ。いい、まずは体力を温存するのよ。皆、寝てないと思う。けど、今のうちにちゃんと体を休めて。いざという時に動けなくならないようにね」
 ミネルバは優しく言った。絶望に浸っている場合ではないのだ。この状況を突破するには、とにかく動くしかない。それには、準備というのも必要だ。あいにく、ミネルバ所有していたグルカナイフは、部屋の外に立っている見張りに取り上げられてしまっていた。見張りの男はそのナイフを身につけており、常に扉に取り付けられた覗き窓からこちらを監視している。ヘタな動きは取れそうに無い。
 ミネルバは座敷に横たわった。女性達を大事に扱う、という事なのか、それとも別の目的の為か。部屋には押し入れがあり、布団が数枚収納されていた。ミネルバはそれを部屋に敷くと、布団の中へ入った。
「出来れば、実家の布団に入りたかった」
 ミネルバの言う事を信用するしかないと、女性達は察したのだろう。皆、身を寄せ合うように布団へ入り、ミネルバ達は一時の休息を取ることにした。



 ミネルバは霧の中にいた。どこなのかわからないが、まるで雲の上にでもいるかのようであった。
 ふと気づくと、紅い着物を着たおかっぱ頭の少女が目の前に立っている。昔話に出てくる、座敷のわらしの様な風貌であった。
「今が逃げる時です。早く、逃げてください」
「え?」
「この機会を逃してはいけません、早く、皆を連れて」
 それだけ言うと、少女は霧の中に消えてしまった。ミネルバは少女を追いかけようとしたが、彼女は溶けてしまったかのようにどこにもいなかった。
「ミネルバさん、ミネルバさん」
 誰かの声で、ミネルバは目を覚ました。目を開けると、眼鏡をかけた娘が自分の顔をじっと見つめていた。すっかり、眠ってしまった様だが、夢のことははっきりと覚えていた。あまりにも、リアルな夢であったが。
「どうかしたの?」
「見てください、あの人」
 眼鏡の娘は、覗き窓を指した。窓から外の様子をそっと見ると、見張りの男が扉に寄りかかったままうとうとと舟を漕いでいる。
「今なら、逃げられるかもしれません」
「そうね、まさにチャンスね」
 自分でそう言って、ミネルバは夢のことを思い出した。あの着物の少女が何者なのかわからないが、夢に現れて今がチャンスを教えてくれたのだろうか。とても偶然とは思えなかった。
「私に任せて」
 ミネルバは不安そうな女性達に軽く笑うと、服をわざとはだけさせて、扉へと近づいた。
「見張りの貴方、ちょっと来てー」
 扉を強く叩いた。見張りの男が、驚いた様に窓から覗き込む。
「ねえ、私、吉原でソープ嬢やっているの。本当よ」
「ソープ?」
 男が反応した。ミネルバの顔をじっと見つめている。
「どうせこのまま子供を産まされるのなら、女の欲求だって叶えてくれたっていいじゃない?女だって、好きなのよ。ね、中に来てくれない?私がお相手してあげる」
「お相手」
 男はミネルバの言葉に反応したようであった。今ミネルバに手を出しても、問題ないと感じたのだろう。扉を開ける音がし、男が部屋へと入り込んでくる。こうもあっさり引っかかるとは、男は単純な生き物だとミネルバは感じた。
「うふふ、いい子ね」
 ミネルバは男に抱きつき、口づけをした。男はミネルバを押し倒そうとしたが、ミネルバはその瞬間に男の精気を吸い取った。
「ああ、何てまずいのかしら。こんな男のはごめんだわ」
 男はすっかり精気を吸い取られ、床に倒れ付していた。ミネルバは男からグルカナイフを取り戻し、娘達に言う。
「さ、行くわよ!」
 ミネルバの行為に、驚くばかりの表情を浮かべる女達であったが、逃げられると確信したのだろう。ミネルバのあとに続き、4人は扉の外へと出た。
「あ!女達が!」
 扉を出て家屋の外へ出ようとした時、外から別の男が入ってきた。やはり、見張りが一人であるわけがなかった。
 男は笛を吹いた。鋭い笛の音が、村中に響き渡る。
「ミネルバさん、どうしよう!」
 眼鏡の娘が、ミネルバにしがみついてまた泣き出しそうであった。
「落ち着いて!今、方法を考えるから!」
 しかし、村中の男が集まってくればいくらミネルバでも叶わない。また座敷牢に戻され、今度は厳重に閉じ込められるに違いない。
 どうやってうまくここから切り抜けようか、ミネルバがあれこれと考えていると、窓の外から2つの光がこちらへと向かってきて、そして衝突した。激しい轟音と、地震の様な大きな揺れ。けれどミネルバは落ち着いていた。車が衝突する前、暗闇の中でもはっきりわかったのだ。あれはミネルバの車だ。
「麗香!」
「良かった、ミネルバ、無事だったのね!」
「麗香も無事でよかったわ。とにかく、早く逃げましょう。彼女達も捕まった人なの。詳しいことはあとで!」
 ミネルバは女性達を車へ押し込むように乗せ、驚きの表情の男達を置き麗香の運転の元、すぐにその場を立ち去った。
 男達は瓦礫の下にいるが、大怪我までには至ってない様であった。状況を調べなければならない、ミネルバはそう思った。



「ここなら安全よ」
 麗香がミネルバ達を連れてきたのは、村の郊外にある土手の裏側であった。土手が壁になり、またまわりも茂みになっているおかげで、完全に隠れ家のようになっている場所であった。
 女性達は疲れた顔をしていたが、全員無事であった。ミネルバはしばらく今までのことを思い返した後、麗香へと尋ねる。
「麗香、何でこんな所知っているの?」
「紅い着物を着た子が、教えてくれたわ」
「え、まさか」
 ミネルバは目を丸くした。
 麗香の話では、床下から村長の家の外へ出て、車で逃走しようとしたが、どんなに車で走っても、霧を抜けることは出来ず、元の場所へ戻ってしまうのだという。
 霧の中で途方に暮れていた時、霧の中から紅い着物の少女が現れ、あの座敷牢のある家屋へと麗香を案内したのだという。少女は、ミネルバ達がこの中にいるので助けてやってほしい、今なら助けることが出来ると麗香に助言をし、消えてしまったそうだ。
「偶然とは思えない。麗香、私もその子に会ったのよ、夢の中でだけど」
「ミネルバも?結果的に、こうして皆で脱出することが出来たけど。でも、何者なのかしら?」
「お願いします、村を助けて下さい」
 突然、声が響いた。ミネルバと麗香はあたりを見回し、その声の主を探した。ところが、他の娘3人はまったくその声に反応していないどころか、顔をしかめてミネルバと麗香の様子を見つめている。まさか、彼女達にはこの声が聞こえないのだろうか。
 次の瞬間、目の前に紅い着物のあの少女が姿を現した。麗香も彼女のことをじっと見つめているが、他の女性達はまったく気にしてない。やはり、ミネルバと麗香にしか見えない様であった。
「この村を助けて下さい。救えるのは貴方達だけです。村人は、操られています」
「どういうことなの?」
 麗香が真剣な表情で尋ねた。
「私は限られた事しかお助けできません。どうか、助けて下さい」
「でも、どうやって?」
 今度はミネルバが尋ねた。
「猿神神社へ行って下さい。そこへ行けば、わかります」
「ちょっと、一体何なのよ。村人が操られているって、どういう」
 麗香は少女に問いただそうとしたが、少女は麗香の質問に答えることなく、消えてしまった。
「村人は、朝まで探しには来ないでしょう。お願いします」
 それを最後に少女の声が途絶えた。そして、頭の中に映像が流れ込んできた。まるで、突然画像を頭の中に入れ込まれた様な妙な感覚であった。それは村の地図であり、ミネルバは少女の言う猿神神社がどこにあるのか、手に取るようにわかった。
「ミネルバ、やっぱり行くしかないかしらね」
 麗香の頭にも、ミネルバが見たのと同じ映像が、浮かび上がったのだろう。
「あの子が、朝まで探しに来ないって言ってたけど、本当かしら。だったら、今のうちに逃げた方が」
「ダメよ麗香。霧の事を忘れたの。きっと、逃げられないわ。男達は、私達が逃げられないと思っているのかもしれないわね。とにかく、今はあの子の言う事を信じて、やるしかないわ。それが、私達が助かる道」
 ミネルバの顔が、急に引き締まり軍人の顔へと変化をする。
 わからない事は沢山あったし、少女に聞きたいこともあった。けれど、今はこの時間を有効に使うしかないのだ。麗香や他の女性達、そして自分を助ける為にも、今はやるしかない。
 空気が緊張していた。得体の知れない何かが潜んでいる気がした。村人達を操っているという、人間ではない、何かが。(続)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年02月20日

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