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『〜猫の躾と獣の教育〜 』
白神・空3708)&エスメラルダ(NPCS005)

ライター:メビオス零


●●

 ‥‥‥‥夜の酒場には、様々な仕事を終えた人々が集まってくる。
 普通に街で仕事を取っている一般人でも、独り身ならば帰宅する前に酒場に繰り出すのは常である。それこそ仕事仲間を集めて挙って酒場にやって来ては、日頃から溜め込んでいるストレスを発散するために騒ぎ出す。
 もちろん、酒場に迷惑をかけない程度の騒ぎだ。元々夜の酒場には、大勢の人々が集まる。多少の騒ぎならばその喧噪によって掻き消されてしまうのだが、それでも度が過ぎれば、店を守っている冒険者などが出張ってくれば叩き出されてしまう。そんなことにはならないよう、節度を守った騒ぎである。
 ‥‥‥‥なのだが、そんな喧噪が酒場を覆っている状況でも、不自然に静かな場所が存在する。
 酒場の奥も奥。柱の陰に隠れていて注意していなければ見落としてしまいそうなその場所では、節度を明らかに破っている死闘が静かに繰り広げられていた。

「レイズ。一枚下さいな」

 薄暗がりのテーブルを前に、一人の少女が宣言した。
 テーブルの上には何十枚ものカードが散乱しており、勝負が佳境に入っている事が窺える。
プレイヤーであるテーブルを囲む面々の前にはコインが積まれ、宣言を行った少女は手持ちのコインを数枚掴み、積まれているコインに上乗せする。

「お、おいおい‥‥嬢ちゃん、引き際ってのをわきまえないと、後で痛い目を見るぞ?」

 少女の宣言に、対面に座っている中年男性が制止をかける。
 しかし男性の声は少女には届かず、ディーラー役の黒服からカードを一枚受け取ってカードを確認し、テーブルについている一同に笑いかけた。
 その笑みに、テーブルに向かっている三人の男女が眉を顰める。
 ‥‥テーブルには、少女とカードで勝負をしている三人が向かっていた。一人は中年男性、もう一人は妙齢の女性、そして最後に、気弱そうな黒服の男の三人である。
 そしてその三人と勝負をしている少女は、つい一週間程前に白神 空という冒険者によって石化を解かれた少女だった。
少女は空とエスメラルダの厚意によって『黒山羊亭』に“躍り子見習い”として働いていたのだが、元々博打によって借金まみれになり、追われるようになった少女だ。堪え性など皆無であり、自分を追い込んだ博打で一発逆転の狙うのも当然と言えば当然だった。

「まだまだですよ。ここから地獄を見せてあげますから」
「う‥‥‥‥嬢ちゃん。あんた、まだ‥‥‥‥」

 中年男性は、少女の前に山のように積まれているチップを見つめ、恐れるようにたじろいだ。
 少女の前に積まれているチップは、これまでのゲームで少女が対戦相手から奪い取った持ち金の全てである。少女は少しでも強い手が入ると倍々でチップを引き上げ、場合によっては降ろして着々とチップを稼いでいく。
 とても博打に負けて借金まみれになったとは思えない程の稼ぎ方だ。相手もそれなりの実力者なのだろうが、勝負に出ても力の差でねじ伏せられ、もはや“グウ”の音も出てこない。

(いける‥‥! 今日はこのまま稼ぎまくるわよぉ!!)

少女は勝利を確信した笑みを浮かべながら、次々に相手からチップを奪い取っていく。相手にも退けないわけがあるのだろう。ゲームを止めようとしない少女から少しでもチップを奪い返そうと、後ろに控えている代貸しから金を借りては少女に挑んでいく。それも一人二人ではなく、その場の全員が‥‥‥‥だ。
終わる気配のない勝負。
少女は借金を全額返済しても余りある程のチップを目の前に、高笑いをあげながら手札を繰り出していった‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥

 ‥‥‥‥と、そんな気配を背後にヒシヒシと感じながら、振り返りもせずに監視する謎の二人組が、静かにバーカウンターに向かっていた。

「で、借金を返済するそうだけど、調子はどう?」
「ここ一週間で、見事に倍になったわ。ある意味すごい才能よね」

 「答えは分かっていますけど、一応訊いておきます」と言った風の空に、エスメラルダは「あの子がここにいる時点で分かってるでしょ?」と言わんばかりに、素っ気もなく答えた。
 そして、二人仲良く溜息をつく。
 少女にこの店を紹介した事もあり、空は毎日のように“黒山羊亭”に通っていた。
 そして少女の現状を聞かされては、溜息を吐いて酒を飲む。それも飛びきり上等な、出来るだけ“度”の強い酒を選んで喰らっている。
 エスメラルダはそんな空に付き合い、酔わない程度の酒を嗜みながら、空と共に少女の身を案じていた。

「そんな飲み方してると、体を壊すわよ」
「飲まずにやってられないわよ。せっかく仕事と逃げ場を用意したのに‥‥‥‥これじゃぁ、良いように利用されただけじゃない」

 ついでとばかりに心配されながら、空は飲み干したジョッキをカウンターに叩き付けた。対“荒れている空”専用のジョッキには空の怪力にもヒビ一つ入らず、むしろ叩かれたカウンターが凹んでいる。
 「修理代追加ね」と呟きながら、エスメラルダは根気よく空の愚痴に付き合っている。

「大体何よ。ここに来た時には『あんな目にあった身ですから‥‥‥‥賭け事なんて、とても恐くて出来ませんよぉ』なんて言ってたのよ? それが何? 一週間であんなのになるわけ?」
「実際には、三日目から参加していたわね。休憩時間に参加する程度だったから、特に止めなかったけど」
「そこは止めてよ」
「借金返されると、私の稼ぎがないのよ」

 エスメラルダは、実にクールだ。空の愚痴を聞きつつ少女の身を案じ、そして同時に自分の利益も考えている。
 なるほど、エスメラルダにとっては少女の借金が返済されない方が、自分の利益になるのだろう。何しろ、少女はエスメラルダからお金を借りたわけではない。客に人気の若い踊り子(見習い)を言い値で働かせることが出来るのだから、お得と言えばお得だろう。
 ‥‥‥‥もっとも、そのお得な踊り子は、ろくに踊りもせずに博打に興じ、客に酒を運んでは騒ぎを起こしていたりもするのでマイナスの方が大きかったりするのだが、それでも追い出さないのがエスメラルダである。

「‥‥‥‥ねぇ、エスメラルダ? まさかと思うけど、稼ごうと思って他の男と寝させていたりは‥‥‥‥」
「してないわよ。止めてきたのはあなたでしょう?」

 エスメラルダの答えに、空は安堵の溜息をついた。
 博打で借金を更に増やし、客との騒動も起こす少女への対策として、エスメラルダは金を持っている上客への“サービス”として、少女を貸し出すことを空に相談したことがある。期間は短いものの、空は少女の飼い主に近い立場にある。空がその立場を放棄しない限り、いくらエスメラルダでも少女に勝手な指示を出すことは出来ないのだ。
普段からこの店に来ては少女と“お楽しみ”をしている空の返答は、意外にも「NO」だった。これにはエスメラルダも少々驚きはしたが、理由は実に些細なもの‥‥‥‥

「分かってるじゃない。私が勝つまでは、売ったりしちゃダメよ!」
「未だにベッドの上では勝てないのね‥‥‥‥」
「だって、日に日に磨きが掛かってるのよぉ。私がやろうとしたことを次々にやってくるし‥‥‥‥」

 空は悔しそうに唇を噛みながら、ワナワナと手を振るわせてカウンターに突っ伏した。
 一週間程前、少女と初めて夜を過ごした夜、空は少女に惨敗した。
 どんな勝負だったかは‥‥‥‥まぁ、夜とベッドという事から連想して欲しい。少年少女を相手に百戦錬磨で通していた空は初黒星を決めてしまい、それからというもの毎晩のように少女に挑んでいる。
 ‥‥‥‥そして、見事に返り討ち。
 寝ている間に(狸寝入りだったが‥‥)空の技を体験した少女は、その技を見事に空へとお返しした。それからというもの、技に磨きを掛けて空を責め立て続けている。
 元々、空は責めることはあっても責められるような立場に立ったことがなかったために押しに弱い。今では空の弱点も知られ尽くしてしまい、どう足掻いたところで勝ち目など内だろう。

「そっちで稼がせてくれたら、かなり早く解放されるわよ。あの子」
「だからダメ。わたしが勝ってから」
「そう‥‥まぁ、気長に待つわ」

 エスメラルダは諦めたように目を閉じ、グラスを傾ける。静かにグラスを空にする美女に、空はカウンターに身を預けたままで問いかけた。

「そもそも、あの子は今カードで勝ってるでしょ? 何で借金が増えてるのよ」
「あの子、負けるまで止めないから‥‥‥‥」

 エスメラルダの返答に、空は「はっ?」と声を上げる。
 これまで、空が来るような時間帯には大抵賭け事が終わってしまっていたため、空はこれまでの博打がどんな経過を経ていたのかを知らないのだ。

「今の調子で、最初は勝つのよ。で、勝って勝って勝ち続けて、勝ちを積もらせてもっともっとと欲張って、そしてそのうち負ける。で、その負け分を取り戻そうとまた勝ちに行く‥‥‥‥さ、その先にあるものは?」
「あ〜〜‥‥‥‥え? もしかして‥‥‥‥後が無くなるぐらいにまで負けないと、止まらないの?」
「そうなのよ‥‥‥‥すぐにムキになる性格みたいだから、負け続けるともう泥沼ね」

 すぐに感情的になる者は、博打には向かない。
 特にムキになって向かってしまう者はそうだろう。挑発には簡単に乗るし、勝ち続ければ気分良く勝負を続けてくるが、負ければ勝つまで勝負を続ける者も珍しくない。

「‥‥‥‥自覚してるのかしら、それ」
「本人に聞いたら『分かって入るんですけど、ついつい‥‥‥‥ねぇ?』だ、そうよ。熱中すると周りが見えなくなるタイプよね。他の参加者もちょっとした組織からの客が多いから、私が止めるわけにも行かないし」

 借金も嵩むわけである。ツボに嵌ればイカサマすら必要がなかっただろう。
 典型的なカモ。博打には最も向いていないタイプである。

「あの集中力に、体付き‥‥‥‥体も柔らかいし、よく動く子だから鍛えれば良い踊り子になるでしょうに‥‥‥‥」
「嫌がってるの?」
「踊るのは好きみたいだけど、やっぱり博打好きなだけあるわね。飽きっぽい上に面倒くさがり」
「子供ね‥‥」
「最近は多いのよ」

 様々な人間を見てきた経験からか、エスメラルダはガッカリと肩を落とす空の背中を叩いて元気付ける。少女を更生させるためにここに入れたようなものなのに、このままでは逆効果だ。

「とにかく‥‥‥‥あの子には、ちゃんと賭博から足を洗って貰わないと、庇いきれないわ。今は連中も黙ってるけど、借金が増えすぎると私でも庇えないし‥‥‥‥出来れば二、三日中に、踊り子に専念させたいわね」

 エスメラルダは憂鬱そうにそう言うと、自分の用件は終わりだとばかりに沈黙した。
 後は、空の役目だと言うことだろう。空もそれを理解し、横目で少女を観察する。ようやく勝ち運が切れ始めたのか、少女は手持ちのチップを他の参加者達に配り、山積みとなっていた資金を吐き出し始めていた。

(踊り子に‥‥か。確かに、あの子なら大成してくれそうなのよね)

 これまで少女と共に過ごしてきた夜の時間を思い起こし、空は思わず熱くなる体を抱き締め、これは酒の所為なのだと言い聞かせた。
夜‥‥‥‥少女と体を重ね、大汗を掻いて踊った記憶が鮮明に蘇る。薄暗いランプに照らされ、薄く茜色に染まった少女の身体と小悪魔のように頬を歪ませ、空の体を蹂躙する手足‥‥‥‥なるほど、あの見るだけでも媚薬のように体を熱くさせる情熱的な少女の力を使えば、エスメラルダの言う通り十分に借金を返済することができるだろう。空としては避けたい事態ではあるが、このままでは最終的に行き着くところはその辺りだろう。
少女の様子を見ながら、どうすればあの少女を一端の踊り子に仕上げることが出来るかを考え始める。出来ればエスメラルダと共に、普通の踊り子として売り出したいのだが、本人にその気があるのが絶対条件である。
体全体で表現する踊り子は、踊っている本人が踊りを楽しんでいる方が客の方も素直に楽しめる。その場の空気と言うべきか、本人の放つ雰囲気が伝染しやすいのだ。無理矢理やらせていては、客のテンションまで下がってしまう。ストレスの発散場所である酒場としては致命的だ。

(店内での博打を禁止してみようかしら‥‥‥‥ダメね。無理矢理押さえつけたら、外に行きかねないわ。私も四六時中あの子についているわけにもいかないし‥‥‥‥)

 まるで母親か、もしくは出来の悪い妹を持ってしまった姉のような心境で策を考える空‥‥‥‥しかし、これまで他人の面倒など深く見たことも考えたこともない空では、どうすれば人が動くのかが分からない。敵を罠に嵌めるために策略を練ることとは全く別次元の話に、空の頭脳は回転するも空回りして熱くなっていく。
 思考に没頭するあまり、ジョッキを手にしたままで固まる空を眺め、エスメラルダは悪知恵でも思いついたかのようにほくそ笑んだ。その笑みは少女が空を責め立てる時の表情に似ていたが、空にはエスメラルダに目を向けるような余裕はなく、逃げるべきだとは思いも寄らずに固まっている。

「そんなに悩むぐらいなら‥‥‥‥いっそ、あなたも一緒に稼いでみたらどうかしら?」
「‥‥‥‥‥‥え?」
「踊り子はいつでも募集中だし、どう? 給金も出すわ」

 エスメラルダの提案‥‥‥‥それは、つまりはあの「少女と一緒に踊ってみてはどうだ?」と言うことか‥‥‥‥
 あの少女は、良くも悪くも空に懐いている。店長でありあらゆる組織に顔が利くエスメラルダと一緒に踊るよりも、気心の知れた(?)空と共に踊る方が気も楽だろう。むしろ、積極的に踊ってくれるかも知れない。

「でも、それはねぇ‥‥‥‥」

 空はエスメラルダの案ならば或いは‥‥‥と思いながらも、踊り子のショーの舞台となっている店の踊り場を見てから、目を背ける。踊り子の舞台となっている場所は、店の壁際にある。奥と言えば奥なのだが、覗き込めば窓の外からでも除けるようにと目立つ場所にある、どのテーブルからでも眺めることが出来るようになっていた。
 エスメラルダの提案ならば、飲む価値はある。一人よりも二人、三人と集まっていた方が行いやすい仕事というものもある。しかし空は踊りの素人であり、踊り子で有名なこの店で踊れる程の技量など望めない。
 しかし、物は試しとも言う‥‥‥‥
 今は、何でも試せることならば試してみるべき時だ。口頭であの少女を諭そうものならば、些細なことで喧嘩にもなりかねない。穏便に済む方法ならば先に試してみるべきだろう。

「‥‥‥‥私、踊った事なんて無いわよ?」
「大丈夫よ。相手は酔っぱらいばかりなんだから、あの子を真似てれば気付かれないわよ」
「‥‥あなた、プロの踊り子よね?」
「あなたなら、ノリで何とかなりそうじゃない?」

 クスクスと小さく笑うエスメラルダに、空は憂鬱そうに溜息をつく。
 出来ることならばしてみるべきだ。こうなったら、エスメラルダの言う通りに踊ってみるのも良いだろう。

「‥‥‥‥で、給金はいくら?」
「ここ一週間のツケ代ぐらいかしらね。最近、あの子に負けるたびに飲んでるからすごいことになってるわよ?」
「うぐぅ‥‥」

 そこらで暴れ回っているよりも割の良い仕事である‥‥‥‥この際、少女と共に本気で踊り子を目指してみるのも良いかもしれない。
 本気でそんなことを考えそうになった空は、頭を振って立ち上がった。

‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「燃え尽きてるわね。真っ白に」

 勝負の後、明かりの落とされたテーブルを前に、話題の少女は燃え尽きていた。
 ただでさえ薄暗いその場所は、少女の雰囲気によってより近付きがたい空気を漂わせている。少女は体から魂が抜けてしまったかのように動かず、目は明後日の方向を向いて瞬きもしていない。うっすらと涙ぐんでいるのは少々可愛いが、今の少女の顔を覗き込むほど、エスメラルダも物好きではない。

「だから、いつも言ってるのに‥‥‥‥もう、いい加減賭け事は止めなさい」
「‥‥‥‥考えておきます」

 少女はグッタリとしながらそう言い、のろのろと椅子から立ち上がった。
 賭博をしていた時間は、店の休憩時間を利用していることもありそれ程長くはない。既に夜は更けていたが、この酒場にとってはまだまだ宵の口だ。客の入り次第では、それこそ朝まで騒ぐことがあるのだから、少女の手もあまり長く休めさせるわけにはいかない。
 そこは少女も理解して納得しているらしく、大敗のショックで燃え尽きながらも、仕事に復帰するために服装を正して頬を叩き、あっと言う間に普段の少女の顔に立ち戻る。
この切り替えの速さは見事なものだ。博打の負けは博打の負け、仕事は仕事だとしっかりと分けている。日常の精神的ストレスを仕事に持ち込まないよう、キッチリと気持ちを切り替えることは、仕事人の必須条件である。

「今日は、私はお客の相手をしているから、他の子と一緒に踊って頂戴。控え室の方に呼んであるから、仲良くね」
「はい。って、他の踊り子さんは、今日は休日じゃありませんでした?」
「飛び入りで入った子がいるのよ。優しくしてあげてね?」

 何やら楽しそうに去っていくエメラルダを見送り、少女は踊り子の控え室へと向かっていく。エスメラルダは、この店の店主であり踊り子だ。当然踊り子としてこの店に来る女の子達を見る目も厳しく、どれも美しい少女ばかりである。
 そんなエメラルダが飛び入りで雇うような女性だ。余程の相手なのだろうと少女は期待に胸を膨らませ、勢いよく控え室の扉を‥‥‥‥

「あ‥‥空さん!?」
「ぁ〜‥‥‥‥えっと、今日はよろしくね?」

 控え室の中、踊り子衣装(上下のビキニ水着のような衣服に薄い布を巻き付けたような物だった)に身を包んだ空は、勢いよく入ってきた少女に手を振りながら微笑んだ。
 エスメラルダの提案を受けた空は、そのまま控え室へと連行された。空としては一日か半日は練習を積みたいところだったのだが、エスメラルダ曰く「半端に上手い子よりも、素人みたいに拙い踊りの方がウケることもある」とのことで、すぐに踊り子として働くことになったのだ。

(ぶっつけ本番にも程があるわよぉ!)

 表面的には笑みを浮かべて少女を迎えた空だったが、心中は初めて実戦に立った時と同じように荒れ狂っていた。いや、実戦の時には暴れるだけ暴れて発散させたが、今回は勝手が違う。これから公衆の面前に立って、踊ったこともない踊りを踊るのだ。例えれば練習も無しに隠し芸をしろと上司に言われたようなもの。走って逃げ出したい衝動に駆られてしまう。

「空さん、もしかして‥‥‥」

 表情の機微から内心を読み取ったのだろう。少女はしばし空の顔を見つめていたが、やがてニヤリと、エスメラルダと比べても遙かに邪悪な笑みを浮かべていく。これまで小悪魔的と言えばまだ魅力的だったが、今では生け贄を前にした悪魔というか、明らかにレベルアップしている。エスメラルダにして「素質がある」と言わせる程、少女の踊りの腕前は確かだ。元々明るくノリの良い少女と言うこともあり、踊りの類は得意分野だったのだろう。
踊り子初体験の空と比べれば、実力は確かだ。

(何でかしら‥‥この子には負けっ放しな気がするわ)

 少女の「どうやって苛めてあげようかしら」と言わんばかりの表情に、空は怯みたじろぎそうになる足を止め、体をほぐす。こんなところで余計な緊張感を貰うわけにはいかない。それに、これはあくまで少女のためにやっていることだ。多少の悪戯程度ならば‥‥耐え抜いてみせる。借りは後で倍にして返すとして、まずは少女が踊り子に専念するようにと誘導することが大事だ。

「踊るのは慣れてないんだけど、今日はお願いね」
「はい。もちろんですよぉ。何しろ店長からも“優しく”って言われてますし、キッチリと面倒見てあげますから」

 多少‥‥‥‥“面倒見て”の部分に含みが感じられたが、あえて深くは考えないようにした。

「で、今日踊る内容について、ちょっと教えて欲しいんだけど‥‥‥‥」
「ええ、えっとですね‥‥まずはこう‥‥‥‥」

 空に言われ、少女は舞台の上で披露する踊りを簡単に教えていく。
 さすがに少女も踊り子となって日が浅いだけあり、基本的な動きは簡単なものだった。エスメラルダも、まだ複雑な振り付けを教えていないのだろう。空は少女の動きを身振り手振りで模倣し、動きを吸収していく。

「う‥‥思ったよりも良い動きをしますね」
「そう?」
「とても初心者とは思えません」

 残念そうな少女の言葉に、空はホッと胸を撫で下ろした。
 のだが‥‥‥‥

「まぁ、それならそれで方法が‥‥‥‥」
「あなた、私に失敗して欲しいの?」
「あたっ」

 少女の頭を軽く小突き、空は「早く着替えなさい」と少女を急かす。
 素直に「はーい」と従う少女は、空に背を向けて服を脱ぎ始めた。

(あなたのためにやってるんでしょうに‥‥‥‥)

 自分は、思ったよりもタチの悪い問題児の面倒を見ることになったらしい。
 空は楽しそうに艶やかな踊り子衣装に着替える少女を眺めながら、まずは自分が舞台で恥を掻かないようにと振り付けの確認に掛かった‥‥‥‥‥‥




‥‥‥‥‥‥しかし、そんな努力も舞台に上がってからは役に立ってはくれなかった。

「みんなー! ノッてるー?」
「おおおおーー!!」
「大きい姉ちゃんももっと動けー! 腰を振れー!」
(こ、こいつ等‥‥‥‥)

 舞台に上がった空を待っていたのは、大勢の観客達。
 それは良い。元々満員お礼で賑わっていたのだから、当然だ。ほぼ全員が、酒瓶やらジョッキやらを片手に盛り上がっているのも分かる。酒場なのだから、相手が酔っぱらっているのも当然だろう。
 ‥‥‥‥なのだが、この少女が扇動して盛り上がっているのはどういう訳だろうか?
 普段からこの店に通っている空ではあるが、エスメラルダが踊っていてここまで盛り上がっていたことはない。と言うよりも、ここまで無駄に盛り上がっていたことがない。まぁ、問題になるのならばエスメラルダが止めに入っているだろう。黙認は許可していると取ることが出来るし、何より止めるべきである店主がバーカウンターで舞台をニヤニヤと眺めている。

(ああもう‥‥騙されたー!)

 ここに来て、ようやく空はエスメラルダの思惑に気が付いた。
 少女の更生は囮。いや、確かにそれも目的なのだろう。しかしそれ以上に、この雰囲気はエスメラルダとて苦手の筈だ。元々物静かなタイプのエスメラルダでは、踊っている最中でもこの客のペースに合わせることは無理があっただろう。
 つまりは、身代わり。
 新人の少女がエスメラルダよりも目立つことはない。そう思ったからこそ、少女の踊りはエスメラルダのバックに隠れてしまうような補助的な踊りだろうと、そう踏んでいた空の思惑は完全に空振りになった。
この少女は、例えるならば台風のような物だ。吹き荒れ始めたら誰もが気に留め、巻き込まれていく。そして、台風とは察知することも隠れることも出来る事象だが、退けることも止めることも出来ない。
最初こそ、少女は空に教えていた通りに踊っていた。しかしそれも、最初の数分間のみで、今ではノリに任せて出鱈目な踊りを披露しているだけだ。楽器でBGMを演奏してくれている店員とは予め打ち合わせが出来ているのか、呼吸は合っている。と言うより、少女の方が演奏に合わせている節がある。
まるで賭博で負けた憂さを晴らそうと荒れ狂うように踊り続ける少女は、少女こそが看板娘であるかのような存在感を放っていた。エスメラルダと踊っていた時にもこんな踊りをしていたのであろうか? これまで踊っている時間帯に来たことがなかったために見たことはないが、さぞや見応えのある踊りを披露していたことだろう。
しかし、そんな即興の踊りに付き合わされている空は堪った物ではない。
見様見真似で少女の踊りを模倣し、何とかついていく。次に少女がどんな動作をするのかがまったく予想が出来ないために、どうしてもワンテンポ遅れて踊っているのだが、それでも神業的な所業と言えるだろう。戦闘時以上に神経を研ぎ澄まし、傍で踊る少女の動きを察して次の動作へと移っていく。

(楽しそうに踊ってるわね‥‥‥‥ええい! もうどうにでもなれ!)

 客の声援を受けながら踊り続けている少女を睨み付けながら、空は少女と共に踊り続ける。
 元々難しい振り付けなど習っていない少女の動きは、空の観察眼をフルに発揮すれば模倣することは可能だった。怪人としての身体能力の高さもあり、身体的な疲労を感じるようなこともない。神経を集中させれば、少女の動きもスロー再生のように見ることすら出来る。
まさかこんな酒場で怪人としての特性をフル活用するなど思いも寄らなかったが、背に腹は代えられない。この能力無しではとても少女の動きにはとても付いていけず、下手をしたら大恥を掻いてしまうかも知れない。
行き付けの酒場でそんな失態をすることは避けたいものだ。だからこそ、空は必死になって少女の踊りを真似し続ける。
‥‥‥‥そして、そんな空の必死の踊りは、少女自身にも変化をもたらす。

(‥‥‥‥? この子の動きが‥‥‥‥)

 空は踊りながら、少女の動きの変化に気付いて眉を顰めた。
 少女の動きが、最初の激しい踊りからゆっくりとした踊りへと変化していっている。
 少女の手足や体を見続けていた観察眼から、空は少女の身体を探りに掛かる。少女の息遣いは段々とリズムを外して荒くなり、体から噴き出している汗は玉となって流れていく。
 そして少女の表情から、空は少女の身体に多大な疲労が襲いかかっていることを察知した。

(まずい‥‥!)

 少女の顔色から疲労の度合いを測り、空は少女の身体が危険な状態にあることを察した。
 怪人である空に引っ張られてしまったのか、自分の体力の限界を見誤ってペースを上げすぎてしまったのだろう。必要以上に動き回った少女の体力はそこを見せ始め、軽快な動きを見せていた足は微かに震え、バランスを失い始めている。

(気付いてエスメラルダ!!)

 空はカウンター席に目を向け、そこで飲んでいるはずのエスメラルダに助けを求めた。
 しかし、そこにエスメラルダはいなかった。カウンター席には空のグラスだけは残されており、本人の姿がどこにもない。
 ならば、せめて演奏を締めに入って貰おうと目を向け、空はエスメラルダの姿を発見した。
 空よりも先に少女の限界を察知したエスメラルダは、いつでも締めに入れるようにとタイミングを見計らっていたのだ。これまで少女と共に踊っていた経験からか、エスメラルダはより性格に少女の体力を量れていた。
 空はエスメラルダが、いつでも演奏を終わらせられるようにと待機していることを察し、今にも倒れそうな少女の手を取り、その体をクルリと回転させて引き寄せた。
 これまで少女の踊りを模倣し続けていた空の行動に、驚いて対応できない少女。
 空はそんな少女の反応などお構いなしに体を引き寄せ、まるで社交ダンスでも踊っているかのように体を支え、少女に負担を掛けないようにと懸命に体を動かした。
 形振りなど構っていられない。演奏は佳境を迎え、それに合わせて空も少女の身体を抱いたままで踊り、不自然にならないようにと舞台に膝をついて少女を胸に抱き、休ませる。胸に抱いている少女の呼吸は荒く、もしや壊れてしまったのではないかと思わせる程の熱を放っていた。

「おおおおおおおおおーーー!!!」
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥‥終わったぁ‥‥」

 そしてそれと同時に演奏は終了し、歓声を上げている客達からは労いの拍手が湧き起こった。その拍手に頭を下げ、空は少女を抱いて舞台を降りる。
 そして‥‥‥‥‥‥





「あの子、どう?」
「大丈夫よ。疲れてるだけなんだから。ちゃんと起きてるし」

 疲れ果てた少女を控え室に連れて行き、備え付けの簡易ベッドに寝かせた空は、カウンターから貰ってきたドリンクを手に戻り、少女の容態を見ていたエスメラルダに声を掛けた。

「疲労と軽い脱水症状ってところでしょ。それを飲ませて、一日寝てたら治るわよ。明日は筋肉痛になってるでしょうけど、給仕の仕事には差し支えはないわ」
「そう‥‥良かった」

 エスメラルダの言葉に、空はホッと胸を撫で下ろす。
 そんな二人に、寝かされていた少女が弱々しく言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい‥‥ご迷惑を掛けて」

 先程までの少女とは、とても思えない程の弱々しい声‥‥‥‥
 まるで、最初に空と出会った頃と同じように心細さを感じさせる声に、空は優しく答えてあげた。

「大丈夫よ。今は、ゆっくり休みなさい」

 そんな空の台詞に、エスメラルダは呆れたような目を向ける。
 黙認はしていたが、それでも今回のことは叱り飛ばそうとしていたのだろう。なのに少女を責めようとしない空に、「お人好し」と言いたげに肩を竦めて立ち上がる。
 ‥‥‥‥どうやら、この場は退いてくれるらしい。
 気を利かせてくれたのか、エスメラルダは何も言わず、静かに控え室を出て行った。
 空は少女と二人きりとなった控え室で、少女の手を握って問いかける。
 これ以上、少女が不安げな声を出さないように、勇気づけるようにと手を握って‥‥‥‥

「あなた、どうしてあんなに無理をしたの? あなたがこんなに無理をするようなら、別の仕事を探すわよ?」
「いえ‥‥あれは、私が一人で馬鹿やってただけですから」

 力無く微笑む少女。
 そして申し訳なさそうに目を閉じ、片腕をその目の上に置いて溜息を吐き、呼吸を正しにかかる。まるで弱った猫のようだ。普段ベッドの上で見せる獣のような力強さが、微塵も感じられない。

「はぁ‥‥‥‥本当に、ごめんなさい」
「無理をしたこと? 確かに、あんな事はして欲しくはないわね」
「いえ、そうではなく‥‥‥‥」

 少女は言葉を切り、そして僅かに申し訳なさそうに、子供のように残念そうに────

「空さんが思ったよりもタフで‥‥‥‥先に疲れさせて動けなくなったところを‥‥‥‥しようと‥‥‥‥でも、これじゃあ配役が逆ですね♪」
「‥‥‥‥‥‥」
「ぁ〜ぁ‥‥‥‥せっかく空さんと一緒に踊れたのに‥‥滅多にないことなのに‥‥‥‥」

 前言撤回。
 猫ではない。紛れもなく獣である。
 どんなに可愛らしく取り繕ったところで、間違いなく獣の化身である。

(こんなに手間を掛けさせておいて、結局こんなオチなの?)

 空は、思わず手に力を入れそうになる。だが危うく少女の手を握り潰しかねないことに気付き力を緩め、大きく息を吸って心を落ち着けた。
 だが‥‥今回は、さすがに限界である。

「あなた‥‥‥‥ここまで手間を掛けさせておいて、それは────」
「でも、楽しかったですよね?」

 叱り飛ばそうとした空の言葉は、少女の言葉と笑顔によって遮られた。

「ぁ、あのね‥‥楽しかったって、それであなたは倒れたんでしょ?」
「空さんがあんまりにも上手だったんで、ムキになっただけですよ。まさか初めて踊った舞台で、私の踊りを真似されるなんて思いませんでしたから」

 少女は、無邪気な笑顔で空に笑いかける。
 含みのない笑顔。しかし、この笑顔に一体何回騙されたことか‥‥‥‥
 ‥‥だが、しかし‥‥‥‥

「また一緒に踊る時には‥‥もっと上手くなって‥‥‥‥」

 少女の目蓋が落ちてゆく。
 極端に疲労してから休んでいるためか、強い睡魔に襲われているのだろう。空は少女の頭を優しく撫でながら、少女の手をもう一度握り返した。

「まぁ‥‥‥‥気が向いた時にはね」
「もっと上手くなってから、私から誘いますから‥‥‥‥」

 少女の意識が途切れ、目蓋が落ちる。
 静かな寝息を聞きながら、空は「しまった」とばかりに溜息をついた。

「参った‥‥子供を叱ったりするのは苦手なのよね‥‥‥‥」

 出来れば、これで博打ではなく踊りの方に集中するようになってくれればいいのだが‥‥‥‥そう簡単にはいかないだろう。
 これからしばらくの間は、この少女の付き合わなければならないのかも知れない。

「はぁ‥‥本当に手間の掛かる子よね」

 この少女と出会ってから、忙しない日常に走り回っている。
 だが、不思議と不快ではない。

(ま、休暇だとでも思っておこうかしら)

 そう‥‥これは争いの場に身を置いている自分にとっては、休暇のようなものなのだ。
 ならば、もうしばらくの間は楽しんでも良いかもしれない。
 空は少女が目覚めるまでその手を取り、これからの日常はより一層、忙しいものになりそうだと、苦笑混じりに一息ついた‥‥‥‥




Fin



●●参加PC●●
3708 白神 空

●●あとがき●●
 大変お待たせいたしました。博打に勝ったことのないメビオス零です。
 最近アルバイトが夜勤に変わったせいか、昼間が眠い‥‥でも学校にも行かないと‥‥‥‥これからも、このあとがきを書いてからまた寝ます。こんな調子で就職先を探せるのかどうかが不安ですが、まぁ、何とかなる気がするので大丈夫でしょう。
 さて、今回の作品はどうでしたでしょうか?
 Q:少女の博打癖は治ったのか?
 A:根本的に解決してません。
 て言うか、目先に餌をちらつかせて視線誘導しているだけな気がする。踊りに専念しても、上達して空を追い越したらまた博打に走るのでしょうか‥‥まぁ、そこはエスメラルダさんが何とかしてくれるでしょう!
 しばらくの間、空さんは踊り子としてあるバイトをしているようですが、さて、次の発注時にはそのバイトが終わっているのかどうか‥‥‥‥それは空さんに任せます。まさかあの少女が再び登場するとはあまり思ってなかったものでして(苦笑)
 もう少しエスメラルダさんのキャラを把握しないと辛いですねぇ。他の人の作品も読んで参考にしておこうかな?
 では、この辺で‥‥‥‥
 改めまして、今回のご発注、誠にありがとう御座いました。
 これからも何とか‥‥なんとか頑張っていきますので、よろしければまた、ファンレターでご感想やご指摘を下されば幸いです。
 また寒くなって参りましたが、風邪など引かぬようにお気を付け下さいませ。
 ではでは(・_・)(._.)

PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年02月17日

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