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『Bleeding - 4 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)



「かふっ、ごふっ」
 仰向けになったまま、瑞穂は激しく血を吐いた。
 ほとんどは、鼻から出た血だ。上を向いているせいで、流れた血が食道や気管に入り込む。おかげで、呼吸もままならない。吐き出された血は飛沫になって飛び散り、彼女の服や鬼鮫の顔に付着した。
 鬼鮫は、返り血など気にもしなかった。攻撃を止めることもなかった。
 彼は頭を振り上げると、もういちど瑞穂の顔面に打ちつけた。がつん、と金槌で石を砕くような音。もはや、瑞穂は反撃することも防御することもできなかった。頭突きではなく拳で殴るほうが合理的だったが、鬼鮫の体に流れる魔物の血が、彼を気狂いじみた攻撃に走らせているのだった。
 鬼鮫は無言だった。黙ったまま、機械作業のように頭突きをつづけた。あたかも、それ以外の攻撃手段を忘れてしまったかのように。頭突きが一撃くりかえされるごとに、瑞穂の顔は血まみれになっていった。それはまるで、どちらの頭蓋骨が先に割れるかという我慢くらべをしているようですらあった。

 十発目の頭突きが炸裂したとき、びくんと瑞穂の指先が痙攣した。鬼鮫の手が離れても、彼女が動くことはなかった。彼女は完全に動きを止めていた。
 ようやく怒りがおさまったのか、鬼鮫はゆっくり立ち上がると、壊れた玩具でも捨てるように彼女の体を蹴り飛ばした。瑞穂の体はボロ布みたいに転がって、キャビネットにぶつかった。
 つかのま、静寂が流れた。
 冷たい闇の中、わずかな光に照らし出されるのは、力なく投げ出された脚。ぐしゃぐしゃにもつれて床に広がる髪。血に汚れたエプロンドレス。それは、さながら廃棄処分されたマネキン人形のような姿だった。胸が上下していなければ、死体と見まちがえてもおかしくないありさまだった。
 瑞穂は、それでも意識を失ってはいなかった。ひとえに任務への使命感と責任感だけが、彼女の気力をささえていた。もっとも、そんなものは持っていないほうが幸せだったのかもしれないが──。ともかく、どんな状況でも彼女は諦めなかった。

 泥沼の眠りからさめるように、瑞穂はじわじわと体を起こしていった。床についた両手は、骨の芯から痛みを発している。右腕は使いものになりそうもなかった。それでも、左腕は動く。それに、脚もだ。
 キャビネットに背中をあずけるようにして、そろそろと彼女は立ち上がった。足がガクガク震えている。まるで、生まれたばかりの仔鹿のような立ちかただった。それよりひどいかもしれない。なにしろ、子供がかるく押しただけでも倒れそうなほどだった。
 鬼鮫は、黙って彼女を見ていた。表情は動かなかった。瑞穂が完全に立ち上がるまで、攻撃することもなかった。温度を感じさせない、しずかに狂った目が、瑞穂を凝視しつづけていた。

「どうしたの……? 私はまだ生きてるわよ?」
 挑発するように、瑞穂は言った。キャビネットに寄りかかったままだ。そうしなければ、立っていられなかったのである。どう見ても、戦える状態ではなかった。しかし、寝転がっていたところで状況は変わらない。あきらめてしまえば、すべてが終わりなのだ。
 鬼鮫は挑発に乗らなかった。警戒していたわけではない。挑発に乗る必要も、警戒する必要も、彼にはなかった。
「こないなら、こっちから行くわよ」
 そう言って、瑞穂は『意識』をカチューシャに向けた。床の上で二つに踏みつぶされたそれを、思いきり弾き飛ばした。遠隔操作能力。
 鬼鮫は、避けようともしなかった。パシッ、と軽い音を刻んでカチューシャは彼の胸にぶつかった。フリル付きの、かるいプラスチック。なんのダメージにもならなかった。
 せめて、このキャビネットぐらい動かせたら──と瑞穂は歯噛みした。それで勝てる相手とも思えなかったが、足止めぐらいにはなるはずだった。──まるで意味のない妄想。

「く……」
 瑞穂は、キャビネットから背中を引きはがした。
 足がもつれて、倒れそうになる。それを、どうにか気力でささえた。やぶれたワンピースの右袖を引きちぎり、顔の血をぬぐって足元に放り捨てる。スカートの裾を払って形をととのえ、髪をたばねて肩にかけた。左足を前に出し、両手をかるく持ち上げて、ゆったりと構える。
 拳は握っていない。自然な形で指を開いている。相手を殴るのでなく、つかまえるための構えだ。打撃で止められる相手でないことは、もうわかっていた。脚でも首でもいい。関節を折るしかなかった。もっとも、そのことに気付いたのが自分の腕を極められた後というのが皮肉ではあったが。

 瑞穂は、ゆっくりと前に出た。素早く動こうにも動けなかったのだ。
 鬼鮫は構えも何も取らなかった。ただ無造作に近付いてきて、無造作に蹴ってきた。革靴の底が、瑞穂の顔面に向かって突き出される。まるで、ヤクザのような蹴りだった。
 瑞穂は、それを受け流してアキレス腱を取ろうとした。いつもの彼女なら容易なことだったが、いまは絶望的な状態だった。蹴りの力をうまく流せず、彼女は真後ろに吹っ飛んだ。ふたたびキャビネットに背中をぶつけて、よろける瑞穂。倒れなかったのは、ほとんど奇跡だった。
 そこへ、鬼鮫の蹴りが再び飛んだ。今度はヤクザ風の蹴りではなく、空手仕込みの綺麗な回し蹴りだった。狙いは、瑞穂のこめかみだ。あたれば確実に昏倒する蹴りだった。
 瑞穂はスウェーして避けようとしたが、キャビネットに背中をぶつけて、それができないことに気付いた。いつもの彼女には有り得ないミス。脳がまともに動いていないのだ。あわてて、彼女は両腕で鬼鮫のハイキックをブロックした。
 バキッ、という音。爆発物でも受け止めたみたいに、瑞穂の体が横に吹っ飛んだ。つづけざまに、ゴツッという音。頭が壁にぶつかったのだ。壁とキャビネットに体をささえられて彼女はどうにか倒れずにいたが、もはや彼女の勝算は限りなくゼロに近かった。
 瑞穂の左腕は、手首の下あたりで曲がっていた。いまの蹴りで折られたのだ。最初につかまれたとき、ひびが入っていたのかもしれない。とにかく、いまや彼女の両腕はまったく使いものにならなくなったといって良かった。

「あ……。うああああっ!」
 折れた左手をおさえながら、瑞穂は絶望の声を上げた。
 その声さえ、もはや正常に発声できてはいなかった。
 彼女のあごから血のしずくが落ちて、コンクリートの床に次から次へと赤い斑模様を作り上げていた。その流れ出す血液の一滴一滴が、彼女の命を削り取っているのだった。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年02月16日

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