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『やさしい温度 』
望月・健太郎6931)&弓槻・蒲公英(1992)&草間・零(NPCA016)


 望月・健太郎(もちづき けんたろう)は、腕を組みながら椅子にもたれかかる。視界の端には、弓槻・蒲公英(ゆづき たんぽぽ)がぼんやりと窓の外を眺めている様子が映っている。
(蒲公英に友達を、増やしてやりたいな)
 外をぼんやりと眺める蒲公英は、教室にいるにも関わらず、どこか寂しそうだ。
(かといって、俺ばっかり話しかけても、増えるわけじゃないしな)
 特に、女子が。
 健太郎は少し迷った後、立ち上がる。そうは言っても、蒲公英に話しかけようとする女子はいない。蒲公英は寂しそうにしている。
「なぁ、蒲公……」
――にゃー。
 健太郎が蒲公英に話しかけようとすると、突如猫の声が教室内に響いた。教室にいたクラスメイト達が一斉にそちらを見る。
 女子生徒が、猫を抱いていた。少し困ったような顔で、それでもどこか照れたようにしている。
「猫、蹲ってて。つい、連れてきちゃった」
 女子生徒はそう言って、そっと机の上に猫を置こうとする。それを、蒲公英は「ま、待って……ください」と声をかける。
 蒲公英の言葉に、一斉に皆がそちらを見る。蒲公英は「あ」と戸惑ったように声を出した後、ぎゅっと手を握り締めてから口を開く。
「猫……さん、妊娠……してます」
「え、妊娠?」
 健太郎が聞き返すと、蒲公英はこっくりと頷き返す。そして、教室の端に置いてあったダンボールに、体操服の入っている袋からタオルを取り出して敷く。
「あの……ここに、寝かせて……ください」
 おずおずと、蒲公英はダンボールを差し出す。普段からは想像できぬ、素早い動きだ。呆気に取られるまま、女子生徒は言われたとおり猫をダンボールの中に寝かせてやる。
 猫は苦しそうに唸っている。出産が近いのかもしれない。
「どうしたんですか? もう、チャイムは鳴ってますよ」
 いつの間にか、担任教師が立っていた。その後ろから、ひょっこりと草間・零も顔を覗かせている。
「あ、先生。実は」
 猫をダンボールに入れた後、女子生徒が教師に説明する。教師は猫とその周りに集っている生徒達を見比べ「これは」と息を呑む。
「仔猫、生まれそうですね」
 零はそう言って、じっと猫を見つめる。
「とはいっても、今は学校です。どうすれば」
 教師が悩んでいると、健太郎が「先生」と声をかける。
「とりあえずここで生ませてさ、俺らが仔猫育てて、里親探せばいいじゃん」
 健太郎の言葉に、教師が返事をする間もなく「おおー」と声が上がった。クラス中が猫を中心にして、盛り上がっている。
「静かにしなさい。そんな事、いきなり言っても」
「いいんじゃないでしょうか。生きた勉強になりますよ」
 皆を諌めようとする教師に、零がにっこりと笑いながら言う。
「こんな機会、殆どありませんよね。猫の出産に皆で立会い、育て、里親を探す。こういう体験は、必ず役に立つと思います」
 零の言葉に、クラスメイト達は手を叩く。教師は大きなため息をついた後「分かりました」と頷く。
「ただし、皆、責任を持つこと。分からない事を曖昧にしない事。最後まで投げ出さない事。約束できますか?」
 教師の言葉に、皆が元気良く返事した。
「まずは、ええと」
 教師が何をすればいいのかと猫を見つめると、蒲公英が「あの」と声を出す。
「まずは、産箱を……作らないと……。さっきから、落ち着きが……ないから……早く」
「産箱?」
 皆がきょとんとしている。蒲公英は「あの」と再び言ってから、口を開く。
「お産をしたり……子育てをする、箱、です」
 蒲公英はそう言って、産箱の作り方を説明する。ダンボールにペットシーツ、毛布、細かく切った新聞紙の順で引くだけなのだが、猫に落ち着きがないところを見ると、どうもお産が近い。急いで準備する必要がある。
「本当なら……先に、この場所に……馴染ませてあげたい……ですけど」
 教師と零が走り回り、必要なものを手に入れて産箱を作った後、蒲公英はぽつりともらす。そうして完成した産箱は、教室の後ろにそっと置かれた。猫は、先ほどから産箱に出たり入ったりしている。
「他に、する事ないのか?」
「声かけたりするとか?」
「餌をあげなくていいの?」
 口々に、生徒達が教師に尋ねる。教師は「待って」と言い、蒲公英の前に立つ。
「弓槻さん、猫の出産の事、良く知っているんですね」
「あ、はい……」
「それなら、皆にも教えてあげて下さい。と、その前に役割分担が必要ですね」
 教師はそう言い、生徒達を席に着かせる。
「まずは、仔猫の里親を探す人。そして、仔猫と親猫の世話をする人。これを、交代でやりましょう」
 教師の言葉に、零が「そうそう」と付け加える。
「確か、仔猫は三ヶ月以上親猫の元にいさせた方がよかった筈です。だから、三ヶ月後に猫を引き取れる人を探してくださいね」
 零の言葉に、クラスメイト達は「はーい」と返事をする。その間にも、ちらちらとみなの目線は猫のほうへと向けられる。
 そして、教師と零によってクラスメイト達は役割分担の表を作った。里親を探す係と、お世話係だ。そして、お世話係の方に健太郎と蒲公英が割り当てられていた。
「弓槻さんは猫の出産に詳しそうだから、私や草間先生が居ない時は、弓槻さんに聞いてください」
 教師がそういった途端、教室内がざわめく。
 クラスメイト達だって、分かっている。先ほど見せた蒲公英の動きは、何をしていいのか分からないクラスメイト達とは全く違っていた。普段とは全く違って、てきぱきと適切な処置をしていたのだ。
 それでも、特に女子は、素直にはなれない。
 そんな生徒達を一望し、教師は「静かに」と付け加える。
「いいですか、絶対に独断で動いてはいけません。相手は、生き物です。命あるものなのです」
 教師の言葉に、教室内はしんと静まり返った。
 猫は、ただ可愛いだけのぬいぐるみとは違う。生きているのだ。自分達とは大きさの違う、だが同じ心臓を動かして。
「では、皆さん。猫の親子にとって、最善の行動を取りましょう」
 教師がにっこりと笑って言った。戸惑う生徒達に、零が「返事は、どうしましたか?」と尋ねる。
 生徒達は顔を見合わせた後「はい」と答えた。
 今までの浮かれていた様子とは違う、引き締まった返事であった。


 放課後、親猫が産箱の中から出てこなくなった。騒ぐクラスメイト達に、蒲公英はそっと「静かに……しましょう」と声をかける。
「何でだよ、応援した方がいいんじゃないか?」
 不満そうな男子に、蒲公英は「あの」と口を開く。
「応援は……いい事、です。でも……手を貸しすぎると……猫さんが、子育て……しないんです」
 蒲公英の言葉に、へぇ、とクラスメイト達が感心したように頷いた。
「なぁ、餌、食べてないけど」
 健太郎が親猫のためにおいてある水と餌の皿を見て、尋ねる。
「猫さんは……出産前は……食べる量、減るんです」
 蒲公英がそういうと、産箱の中から、猫の唸り声が聞こえた。クラスメイト達ははっと息を呑み、その中の一人が「先生たち、呼んでくる」と出て行った。そうして教師と零がやってきて、静かに見守った後……産箱の中から、小さな声が聞こえてきた。
 生まれたのだ。
 クラスメイト達は大声を出さないように注意しながら、喜び合う。その中に、蒲公英も混じっていた。近くの女子に「やったね」と言われて、手を握り合ったのだ。蒲公英は嬉しそうに「はい」と頷いている。
 健太郎はその様子を見て、そっと笑う。すぐに女子は気付いてそっぽを向いたが、蒲公英は嬉しそうにしている。仔猫の誕生と、嬉しそうにしている女子に釣られて。
(いけるかもしれないな)
 そっと心の中で、健太郎は呟いた。


 仔猫は、合計4匹生まれていた。教師と零、そして蒲公英の指示によって、世話をしすぎなかった事も手伝い、親猫が率先して育てているようだ。
 里親探しをする担当はいかに仔猫が可愛いかをアピールし、世話の仕方を書いた紙と一緒に里親を探した。世話の仕方を書いた紙を一緒に渡そうと提案したのは、健太郎だ。内容を決めたのは、教師と零と蒲公英ではあったが。
「最後の仔猫、里親見つかったよ」
 数日後、そんな声と共にクラス中が湧き上がった。既に親猫と仔猫の一匹、そして他二匹の里親は決まっていたが、残り一匹だけが決まっていなかったのだ。
「これで、安心できるな」
 健太郎の言葉に、蒲公英が「はい」と頷く。蒲公英は仔猫のためのトイレを、親猫用のトイレの隣に作っていた。
「トイレ、丸ごと綺麗にしなくていいの?」
 匂いが気になるのか、女子の一人が進言する。言い方がまだきつい。だが、蒲公英は「はい」とにこやかに返す。
「ここがトイレだって……仔猫さん達に、分からせないと……。仔猫さんは、嗅覚しか、ないんです」
 丁寧な蒲公英の説明に、女子は「へぇ」と感心する。その声に、先ほどまで含まれていた棘はない。
 実際、仔猫が生まれてから数日経った今、蒲公英に対する女子の評価は変わりだしていた。トイレなどの嫌な事も、穏やかに蒲公英は対処する。皆が嫌がりそうな事を率先してやり、猫のために努力を惜しまない。分からないと言ったことは丁寧に教える。
 女子の評価は「何、あの子」から「なかなかやるわね」に変わっていた。
 そんな女子の様子を見て、男子も変わりだしていた。最初は蒲公英に聞かずに勝手な事をしようとして、慌てて蒲公英がフォローを入れたりする場面もあったのだが、女子達に「先生か、草間先生か……弓槻さんに聞けって言われたでしょ」と諌められたりして、姿勢を変え始めた。
 猫を通じて、蒲公英はクラスメイト達から一目置かれるようになったのだ。
「良かったな」
 健太郎は、数名のクラスメイトと話す蒲公英を見て、呟く。今はまだ、猫の世話という共通の事によって話をしているようだが、それも徐々に普通に話すようになるだろう。クラスメイト達に今までのような雰囲気はないし、蒲公英もそれを感じてか、今までのような暗さはない。
「よし」
 健太郎はにっと笑い、「おーっす」と、元気に挨拶をしながら蒲公英たちに近づく。クラスメイト達も「よっ」だとか「猫見に来たの?」とか、返事をしてくる。
「けんたろう……さま」
 そんな中、蒲公英も返事をした。
 健太郎の好きな、あの優しく綺麗な笑みを浮かべながら。


<やさしい温度に笑みを浮かべ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年02月09日

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