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『『やってきた客』 』
ミネルバ・キャリントン7844)&三下・忠雄(NPCA006)



 吉原は江戸幕府によって公認された遊廓であり、今現在は風俗の店が軒を並べる夜の町としてその名を全国に知らしめていた。
 この町の一角に、最高級ソープランド『アフロディーテ』は建っていた。コンパニオンや従業員の質は高く店構えも立派な為に、毎晩多くの男達がこの店を訪れるのであった。
「アテナちゃん、もっと店に出てくれないか?ここのところ、客も多く増えてきて盛況なのはいいが、女の子が足りないんだよ」
「でも、お客さんだって相手が誰でも良いってわけじゃないのでしょう?私は私のお客さんの為に働くのよ」
 アフロディーテのアテナこと、ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)は、眉を寄せて困り果てた表情の支配人に、柔らなくもしっかりとした口調でやんわりと断った。
 週に1度、ミネルバはこの店へは働きにやってくる。彼女はイギリスの貴族であるが、その正体はサキュバスであり、このソープランドでの仕事も、金銭の為というよりはやってきた客の精気を得る手段として行っているのであった。
 世間からは、卑猥で品のない仕事と思われているかもしれない。しかし、ミネルバはこの仕事がそれほど悪いものとは思っていないし、ビジネスと1つとして割り切っている。
 ミネルバだけではない。この店には他にも沢山の女性達が訪れた客を接待している。自分の体を売り物にし男達を満足させ金を貰う。中には生活のためにこのような仕事についた者もいるだろう。
 それでも彼女達はこの仕事に誇りを持っているのだ。自分で自分の体を売り物にしている。何の苦労もせずに他人を騙して金を取り設けている輩より、よっぽど堂々として立派な仕事ではないのか、そう思いながら彼女達は、この数百年の伝統のある吉原の地で仕事をしているのだ。
「だけど、店の経営問題もあるんだよ。返事はあとででいいから、考えてくれないかい?」
 支配人は再度、ミネルバに頼み込んだ。よっぽど人手が足りないのだろうか。確かにここのところ、店の売り上げも伸びているし、女の子達も毎日が忙しいと呟いている。それはそれで良い事であるが、だからといってミネルバはこれ以上勤務を増やすつもりはない。彼女には作家という別の顔もあるのだ。執筆にも忙しい日々を送っている為、それほど勤務時間を増やすことは出来ないというのが今の状況であった。
 ミネルバは支配人に断りの言葉を入れると、早速店に出る為支度を整えた。着替えの部屋へ行くと、眼鏡を外し髪形をツーサイドアップにする為、後ろの髪の毛をつかみそれをピンで留めた。さらに胸の位置にフリルのついた赤いスケスケのベビードールに着替え、念入りに化粧をした。
「アテナちゃん、ご指名だよ」
 化粧を終えて着替えの部屋を出るなり、店のスタッフの男性に呼ばれた。
「もうご指名?いつも来てくれるあの人かしら。でも、確か今週は海外出張で来られないって言ってたはず」
「初めて来る客じゃないか?」
 スタッフがそう言うので、ミネルバは店の様子を映し出す監視カメラを覗き込んだ。そこには、何とも気の弱そうな眼鏡をかけた若い男性がソファーに座っていた。サラリーマンなのだろうか。頼んだ飲み物を口にしながら、落ち着かない様子で他にいる客の様子を眺めたり、女の子の服装に目をやったりしている。とても、吉原に常連で来ている客とは思えない。
「いきなり私を指名するなんて。まぁ、いいわ。お客さんだものお相手してあげなきゃ」
 そう言ってミネルバは、ヒールの高い靴の音を響かせながら、自分を指名した客の待つテーブルへと向かった。



「イラッシャイマセー。アテナデース」
 日本語堪能なミネルバであるが、客にはウケがいいのでとわざと片言日本語で話す事にしていた。
「ワタシを指名してクダサリ、有難うございマース」
 ミネルバは満面の笑顔を浮かべると、その客の横に腰掛けた。客は20代前半というところだろうか。眼鏡をかけたスーツ姿で、出された水をちまりちまりと飲んでいる。カメラで見た時と同じく、とてもこのような場所に良く足を運んでいるとは思えない。
「お客サマ、お名前は何とおっしゃるのデショウ?」
 それでも笑顔を絶やさず、しかし本来のサキュバスの妖しい瞳でミネルバは、客に問いかけた。
「み、三下です」
 おどおどと自信がなさそうな表情で、その客…三下は答えた。
「ミノシタさんデスカ?変わった名前デスネ。どんな字を書くんデスカ?」
 ミネルバがそう尋ねると、さらに自信がなさそうな視線で三下が空中に文字を書いた。
「漢数字の三に、下って書きます。みのした、と言うんですけど、まわりの人達、特に編集長はさんした、さんしたって言います」
 ミネルバを笑わせる為に言ったのだろうか。三下は恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
「そーなのデスカ。下の名前は何と言うのデスカ?」
「え、ええと、忠雄です」
「三下・忠雄さんですね。良い名前デスね」
 ミネルバが笑顔を浮かべると、三下も照れくさそうな笑顔を見せた。
「こういう店、来るの初めてなんです僕。どうすればいいのか、わからなくて」
「初めてなのに私を指名してくれるナンテ、嬉しいデス。そうデスネ、まずは乾杯しまショウ。好きなお酒を、頼めばいいのデース」
「お酒ですか。ええと、どうしようかな」
 ミネルバが店のメニューを渡すと、三下は書かれているメニューに目をやった。何を頼もうか考えているのだろう。
 この若い男は、何故一人でここへ来たのだろう。好奇心から来たのだろうか。いかにも気弱で真面目そうな男だ。それでも男というのはまことに欲情に弱い生き物で、ふとした事からこのような風俗店に興味を持ったのかもしれないが。
「グレープサワーにします。アテナさんはどうしますか?」
「あらまあ、可愛いものを頼むのですネ。それなら、私も同じものを頂きますネ」
 三下はそばにいたスタッフに声をかけて、グレープサワーを頼んだ。
 単にサワーが好きなのだろうか。大抵、このようなところに来た男は、格好つけて高価で強い酒を頼むものなのだが。
 あれこれと考えをめぐらせるミネルバであったが、もしかしたら本当にウブな初心者なのかもしれない。ミネルバはかつて軍隊に所属していたこともあり、人を探ってしまう事があるようだった。今は、仕事をしっかりとやろうと思い直し、運ばれてきたサワーを手に取った。
「では、乾杯!」
 グラスをあわせる、とんがった音が小さく響き、ミネルバは三下と一緒に酒を飲んだ。
「ところで、三下サンはどんなお仕事をしているのデスカ?」
「雑誌の編集をしています」
 ミネルバをちらりと見て、三下はすぐに視線を戻した。ミネルバはわざと、その白い肌、特に胸元を三下にアピールしていた。何も知らない初心者なら、色々といじくりまわしてみるのも面白いかもしれない。サキュバスの本能が、ミネルバにイタズラな好奇心を刺激させていた。
「雑誌デスカ。どんな雑誌なんデスカ?」
 三下へとさらに近づき、ミネルバは妖しく微笑んだ。三下は慌てた表情でミネルバから少しだけ遠ざかった。アルコールがまわったのか、顔はほんのりと赤く染まっている。
「面白い雑誌なのかしら。興味ありますワ」
「アテナさん」
 ミネルバと視線を合わせず、三下が呟いた。
「貴方が昔、イギリスのSAS、特殊部隊にいたことは知っています」
 一瞬、ミネルバは表情から笑顔が消えたのを感じた。しかし、それをまわりにいる人間に知られてはなるまいと、すぐに笑顔を取り戻した。
「能力的にも世界最強と言われるあの部隊に、貴方みたいな若い女の子がいたなんて信じられませんよ」
「ふふ、それで?それがどうかしたと言うのでしょう、三下さん」
 何事もなかったかのように、ただの世間話を聞いているだけの様に振る舞い、ミネルバは三下へと答えた。
「編集長の命令なんです。貴方なら面白い記事が、物語が書けるのではないかと。貴方に執筆の依頼をしに来たのです」
 そう言いながら、三下は名刺をミネルバに手渡した。『白王社・月刊アトラス編集部編集員 三下忠雄』そこにはそう書かれていた。月刊アトラスといえば、中堅のオカルト雑誌だ。ミネルバも本屋で目にした事がある。
 ミネルバ自身、小説家としての地位も築いているのだから、他の雑誌から執筆の依頼が来てもおかしくはない。だが、それよりも自分がSASにたことすでに突き止めているとは。その方がミネルバには驚きであった。公式には元陸軍にいたということだけしか伝えていないはずだ。一体、どういう経路でそれを知ったのか。ミネルバはアトラスの取材力に心の底から感心した。
 が、感心だけしている場合ではない。彼らが自分に何をしようとしているのか、何を要求しているのか、それを知るまでは心を許すことは出来ない。仕事が来たからといって、両手を挙げて喜んでいる場合はない。ミネルバはアトラスに感心しつつも、警戒も怠らなかった。
「でもね三下さん」
 相手が何を要求しているか、この三下から聞き出せるかもしれない。ミネルバはそう考えて、自分の武器の1つ。いわゆる色気で攻撃を続けた。三下へと近寄り、彼のももに手を添えた。
「私も色々と忙しいデス。お仕事を頂けるのはウレシいですけど、そこまで出来るかわかりませんワ」
 そう言ってミネルバは体を捻り、その豊満な胸を三下の体に押し付けた。三下は顔をさらに赤らめて、ミネルバをかわそうと彼女から体を遠ざける。
「お願いします。貴方からOKが出ないと、編集長に怒られるんです。たぶん、会社にも入れてもらえないかも」
 その編集長とやらは、三下にとって恐ろしい人物なのだろうか。ミネルバは三下をいじめてやろうと、再び三下に近づいた。
「そうですわネ、貴方みたいな優しそうな方と、お仕事するのは楽しそうデスケド」
 透けたベビードールの下に、ミネルバの胸がくっきりと見えている。どうしても男をからかいたくなる。特に三下のような初な若者はいじればいじるほど楽しいものだ。客である三下の方が恥ずかしがっている様で、あまりミネルバに視線を向けなかった。
「アテナさん、この東京には様々な怪異と面白い場所があるんですよ」
 その言葉は、ミネルバの興味を惹きつけた。この町が平凡な町でないことは知っている。しかし、このアトラスの編集者は、ミネルバが知らない不思議なことや楽しいことを、沢山知っているのかもしれない。
「例えば、どんな?」
 今度は三下をいじるためではない。純粋に興味を持ち、そう尋ねたのだ。
「不思議な心霊現象や、妖怪、妖魔。普通の人は気づかないところで、色々な事件が起きているんです。そして、その事件を取材するのが僕達の役目なわけですが」
「なるほど。それは楽しそうね!」
 本心が口から漏れた。三下の知っている色々な事件に、興味が湧いてきた。
「僕に協力してくれるなら、色々な事件の事、教えてあげますよ」
「いいわよ、貴方の依頼引き受けてあげる。でも、約束は守ってね?」
 そうミネルバが言ってウインクをすると、三下は顔を赤らめながらも嬉しそうに軽く頭を下げた。
「では、そろそろ僕は帰りますので」
 三下が帰ろうと椅子から腰をあげたので、ミネルバは三下に言葉をかけた。
「あ、ちょっと待って三下さん」
 呼び止められた三下が振り向いた瞬間を狙い、ミネルバは三下に軽い口付けをした。いや、口付けだけではない。ミネルバの正体はサキュバスだ。ミネルバは三下から精気を吸収した。
「ふふ、思ったよりも美味しいじゃない。気に入ったわ」
 精気を吸い取られて、さらに酒が急にまわったのか。三下はソファーに倒れこんだ。
 そんな三下を見つめ、これから始まるであろう出来事を思い、ミネルバは妖しく笑みを浮かべるのであった。(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年01月26日

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