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『BODY LINE 』
ソール・バレンタイン7833)&碇・麗香(プライベート)(NPCA036)


 東京都心の中央に渦巻く環状線……それは人間の普遍的な日常を表しているかのようだ。一日と見るか、一年と見るかはさておき、この構造を短いスパンでのライフサイクルを示しているとは考えられないだろうか。長い人生においてそれほど起伏のない日常を繰り返すことは、まるで終わりのない電車に乗っているかのようである。
 しかし、人間はそんなちっぽけな事実に逆らうために生まれた。それこそが「生きる意味」であると、無意識のうちに思い込んでいる。こんなに平和な社会の中にあっても、彼らは常に変革を求めているのだ。その変化に善悪は関係ない。この平坦な人生に起伏をつけたいがために、人は容易に天使にも悪魔にも変わるのだ。


 いくら平日でも夜が更けてくれば、環状線の車内も混雑してくる。今は通勤ラッシュが終わった頃で、多くの乗客が心地よい振動に身を任せていた。この時間は気のいい酔客や元気な学生たちがおり、一本調子で語りかけてくる車掌のアナウンスとともに車内を賑わせている。さまざまな声色が周囲に広がっていた。
 そんな車内でひとり、苦痛な表情を浮かべてじっと立っている女性がいた。美しい金色の髪、青く澄んだ目……そして女性らしさ全開のおしゃれな服。誰がどう見ても「美少女」としか表現のしようのない彼女は、決して周囲の雑音が不快なわけではない。原因は他にあった。彼女のすぐ後ろにいる安物っぽい紺色のスーツを着た男性が、電車が揺れもしないのに自分で勝手に揺れて、手や体を密着させてくるのだ。早い話が「痴漢」である。この男は今、悪魔になっていることに気づいていない。こんな無法を放っておくことはないのだが、少女は声を殺してただ耐えるばかり。周囲の乗客も残念ながら男性の行為に気づかないようで、むなしく時間だけが過ぎていった。

 彼女の名はソール。ソール・バレンタイン。
 この日は仕事が休みで、職場の友達と都心で遊んでいた。職場ではしない楽しい話をして、ウインドウショッピングもして……そんなとても充実した休日を過ごした彼女を待っていたのが、ひとりの男が衝動的に発した欲望なのだからたまったものではない。ところがソールは騒ぎになるのを恐れて、あえて我慢していたのだ。耐え難い苦痛を、じっと。だが、そんな態度を取れば、痴漢が調子付くのは当たり前。それで今の状況までに悪化してしまったのだ。これはソールが招いた災難ではないが、その後の行動が不幸にも傷口を広げる結果になってしまうとは、なんとも不条理である。

 そんなソールの苦しい状況を察するかのように、ある乗客が声を上げた。

 「ちょっと、そこのあなた。次の駅で一緒に降りません? 行き先は駅の事務所よ。誘われた理由は……わかってるわよね?」

 第三者の登場に、ソールも痴漢も驚いた。一瞬、賑やかな声が耳に入らなくなる。静寂の中、ふたりは声を発した相手に顔を向けた。そう、この車両で一連の行為を見ている人がいたのだ。まさにキャリアウーマンを絵に描いたような女性は鋭い眼光で痴漢を怯ませると、悪事に染めた手をしっかりとつかみ逃がさないようにしていた。彼女の凛とした声は周囲に響き渡っており、3人は乗客の視線を浴びていた。これではさすがの痴漢もやすやすと逃げられない。まもなく最寄り駅に到着するが、まだ電車は動いている。逃げ場はない。観念した痴漢は摘発した女性に引っ張られる覚悟を決めた。一方のソールは呪縛から解き放たれたことで安心していると、大捕り物をしたその女性から一緒に来るように言われた。そう、まだ事件は解決していない。

 ホームに降りた3人は、近くにいた駅係員に連れられて駅の事務所にやってきた。そして奥にある応接室……いや、これは実質的に取調室である。そこに警察もやってきて、いよいよ事情聴取が始まった。
 まずは第三者である女性の証言から聞くことになった。彼女は仕事で使っている名刺を出し、周囲に碇 麗香と名乗る。彼女は目撃したありのままを説明し、警察も被害者であるソールに「思い出すのも嫌だろうけど」と遠慮しながら、丁寧に裏付けを取っていく。こういう時、痴漢に口を挟ませると非常に厄介だ。その辺は警察も手馴れており、たまに男を目で威嚇しながら作業を進める。
 順調だった事情聴取だったが、ソールの素性が知れると一気に荒れ始めた。話がまとまりかけた頃、警察がソールの連絡先を教えてもらおうと情報提供を願い出た。すると彼女は麗香と同じく、仕事で使っている名刺を差し出す。これがいけなかった。名刺の内容をなんとか読み取った警察の視線は、しばし名刺とソールの間を行ったり来たりする。その表情は驚きに満ち溢れていた。何事かと思った痴漢もそれを見ると、いきなりデカい声でまくし立てた。

 「お、男? あ、あんた男なのか? そっ、そんなバカな! こ、こんなの痴漢が成立しないでしょ! 男が男の身体を触ってて痴漢って……これってどうなんすか?!」
 「かっ、完全に女にしか見えんが……ま、まぁ、しかしだ。男がね、女の格好をして男を誘惑するのは、それはそれでどうかと思うんだけどねぇ……」
 「……あ、その……」
 「警察から言うのもあれだけどさ。あんたが男だって知っただけでもさ、やった方も懲りただろうよ。これもお仕事の一環だと思って、今回は我慢してくれないかなぁ? 面倒になると困るでしょ、あんたも。」

 なんとソールは男だった。しかもその身体を存分に発揮する商売をしている。それが男性陣の不評を買ってしまったらしい。痴漢が開き直るのはお約束だとしても、警察が被害者に対して妥協させようとするのは前代未聞である。さっきまでの丁寧な対応はどこへやら、今度はずいぶんとぞんざいに扱われ始めた。これではどっちが加害者かわからない。いよいよこの場は混沌とした雰囲気になってきた。

 その一部始終を冷静に見ていた麗香は、さっきまでと変わらぬ調子でソールの後押しをした。

 「さっき口ごもったみたいだけど、性別なんて関係ないわよ。不快な思いをしたのなら、それを素直に訴えればいいわ。どうかしてるのはあなたじゃなくて、警察や痴漢の方なんだから。」
 「ああ? あんたは余計なこと言うなよ……ややこしくなんだろ? ただでさえ余計なことしてくれて迷惑かかってんのに……」
 「もし彼女が本当に女性だったとしたら、あなたはその時も同じ言えるのかしら? それと、今の言葉もデリカシーがないわね。同じ人間なのにひどい口の利き方。」
 「あっ、その、僕……僕は、不快な思いをしました。二度とあんなこと、されたくないです……」

 ソールが重い口を開くと、麗香はやさしく微笑んだ。そして自分で「今からすることはお節介かもしれないけど」と前置きした上で、警察にソールと痴漢の間で示談が成立するように話を進めた。
 今までの遠慮がちなソールの態度から、痴漢を逮捕させる方向に話を持っていくとさらにややこしくなると判断。そこで示談を提案し、相手に自分の非を認めさせることで「ソールが被害者である」という構図を成り立たせることが最善だと考えたのだ。痴漢も痴漢で社会的な体面がある。実に不満そうな表情ではあったが、この麗香の案を受け入れ、それ相応の態度を見せることになった。


 騒動が収まった後、ソールは麗香に「お礼がしたい」としゃれたショットバーに誘った。麗香はいろんな意味で遠慮なく振る舞う。もちろんソールからの乾杯にも快く応じた。

 「見た目は少なくとも日本人じゃなさそうね。その慎ましやかな性格はとっても日本人だけど。あ、褒めてるつもりよ?」
 「出身はイギリスです。仕事は……ご存知でしょうけど、他にはボクシングや魔女術などを嗜んでます。」
 「あら、思ったより多趣味じゃない。特にボクシングは意外だわ。女性っぽいことしかしてないのかと思ったら、そうでもないのね……」

 思った以上に話が弾むので、麗香はあえて胸に秘めていたことをソールに伝える。それは「時には自分から踏み出す勇気も必要だ」ということ。人当たりも決して悪くなく、誰から好かれてもおかしくないのに、自分からその可能性を閉ざしているのはもったいないと言った。ソールは静かにその言葉をかみ締めながら、何度も何度も頷く。その姿勢もまた人に好感を与えるものだった。
 その後は麗香が興味を持った魔女術の披露に、いつも持ち歩いているタロットで恋愛運を占ったり、とりとめのない雑談などをして時を過ごした。大人の女性の魅力たっぷりの麗香と、美少女として絶対の美貌を持つソールの談笑は時を忘れさせるほどだった。

 ふたりは最終電車に間に合うように店を出た。ソールはその時、今日の感謝をいつか形にしたいと申し出る。

 「今度、麗香さんが何か困ってたら呼んでくださいね。絶対に駆けつけますから。」
 「あら、それはありがたいわ。でもあなたが得意のタロットで私を占えば、すぐにわかるんじゃない?」

 麗香の冗談は笑いを誘った。ソールはそれが実現可能かどうかをあえて伏せ、その日は別れを告げた。この未来を占う必要はない。近い将来、また再び出会うことになるのだから。ソールは再開を胸に誓って、前を向いて歩き出した。


 平凡だが起伏のある日々の終わりを、いつも夜空の星が照らしてくれる。それは変わらない明日を意味のあるものに思えるよう導く、人間にとっては目映い光。
 普遍的な日常を変えていくのは、自分を含めた人との触れ合いと関係の変化かもしれない。ソールにも新たな星の巡りがやってきた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年01月19日

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