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『     月と太陽と、沈むコウモリ      』
海原・みなも1252)&藤凪 一流(NPC4515)

 ぱぁんっ。
 3つの空にそれぞれ並ぶ太陽と月。そのうち、2つの太陽が勢いよく弾けた。
 獣人の森には夕陽の赤いシャワーが、翼人の浮島にはハチミツ色の粘液が降り注ぐ。
 明るかった空が急に暗くなり、別れていた3つの空が闇の中で1つになる。
 中心地、人魚の水辺に月光だけが輝いていた。
 コウモリ娘のみなもと案内人の一流は、水辺に浮かべられたイカダに腰をかけ、それを見あげる。
 砂浜や増設された橋には獣人たちが並び、翼人たちが腰をかけ、イカダや水辺に突き出た岩には人魚たちが乗っている。
 皆の視線は、うっとりと頭上に注がれている。
 夢世界の年越し祭はいつも、現実の花火大会の様相に酷似していた。
 ぱんっ。
 続いて、唯一残っていた月が弾け飛んだ。
 バラバラと落ちる光の欠片は、まるで流れ星のようだった。
みなもを含む夜行性の翼人たちが、蔓で編んだ網を広げてそれをキャッチする。
 完全な闇が訪れた中で、キラキラと光る月の欠片を乗せた網はゆっくりとおろされ、木の器を持った皆の元にまわされる。
「今年もとうとう終わりか〜」
「お疲れ様ぁ」
 忘年会のような言葉が交わされ、月と太陽はそれぞれ、飲み物などに用いられる。
 サイダーのようにシュワッとした酸っぱい月の欠片。――他のものに混ぜると性質を変える。
 赤くて辛い夕陽のシャワー。――他のものに混ぜると味を変える。
ハチミツを焦がしたように甘い太陽の粘液。――他のものに混ぜると形態を変える。
これらを好きなように組み合わせるのが、この宴会の醍醐味だ。
「じゃあ今年も、お疲れ様」
 皮膜のついた両手を合わせ、カギヅメで器を持つみなもに、一流がコツンと器を合わせる。
「お疲れ様です」
 みなもも笑って、月の欠片の入った水……お酒に口をつける。
 この世界では未成年も何もなく、新年にはこれを飲むのが日課になっている。甘酒のようなものだろうか。
 ザバン、ザバッ。
 水音が聞こえて、目をやると人魚を筆頭に、獣人、翼人の何人かが真っ暗な水の中に飛び込んでいた。
「ありゃりゃ、酔っ払ってんのかな。それとも、優勝で川に飛び込むみたいなノリ?」
「何言ってるんですか、水浴びですよ。特に、太陽と月が溶け込んだもの水は美容にも健康にもいいですからね」
「へー、そうなんだ。でもなんか、ネバネバしたりヌルヌルしたりしそうな感じ
……」
「あたしも水浴びしてきちゃおうかな」
 みなもの言葉に、一流はブーッと勢いよく飲み物を吹き出した。
「やだ、どうしました? 大丈夫ですか?」
「ど、どうしました、ってあなた……」
「藤凪さんも、一緒に行きませんか?」
「えぇっ!?」
 相手の困惑をよそに、みなもは両翼を広げ、飛び立った。
 一流もミミズクに姿を変え、その後を追う。
 みなもは、ハチミツ色の粘液におおわれた、浮島の下へと飛んでいき、その下の岩場に腰をおろした。
 鋭い爪のついた足はとてつもなく細く、膝のところで逆向きになっている……つまり足の裏が正面を向く形である……ため、立ったり歩いたりすることはできない。
 しかし、暗褐色の毛に包まれたお尻は人間のものなので、腰をかけることは可能だった。
 一流もとりあえず、近くの岩場に降り立って。
「……そっか、水浴びっていっても、格好はそのままなんだよな」
 と、つぶやきながら一人でうなずいていた。
 浮島のところから、とろりとした粘液が落ちてくる。
 みなもはそれを、そのまま受け止めた。
「うわ、大丈夫?」
 ほんのり温かいものが頭からかぶさり、頬を、肩を、胸を、身体の表面をゆっくりと伝っていく。
「藤凪さんもいかがですか? 毛の艶もよくなりますよ」
 カギヅメのついた指で軽く髪をすいて、みなもはそう声をかける。
 一流は恐る恐る、それに従った。
「なんか……不思議な感覚だね」
「気持ちいいでしょ?」
 尋ねかけると、小さくうなずく。
 少しくすぐったい感じはするけれど、あったかくて気持ちがいいのだ。
 みなもの青い髪の毛に、胸と、下腹部をおおう暗褐色の毛の中に、粘液が染み込んでいく。
 顔とお腹の部分は人間の肌なので、その部分はまた違った感触だった。
 長く伸びた指の隙間にはられた薄い皮膜は、その熱に穴があくのではないかと思うくらいにほてっていたが、少しも痛くはなかった。
 闇夜の中で、溶けた太陽を身に浴びることで全身がほのかに光り出す。
 身体全体を包むようになると、それはまるで、黄金の彫像のようだった。
 少し重たくなった翼を思いきり背後に伸ばすと、みなもは前のめりに、水辺の中へと飛び込んだ。
 すると、からみついていた粘液が液体となって、水と同化していく。
 髪の毛や、胸と腰から下をおおう毛並みが、ふわふわと揺れた。
 ほとんど垂直に伸ばしていた翼を、ゆっくりと下へと降ろしてみる。
 というより、水圧でゆっくりとしか動かせないのだ。
 うまく身体をよじって水面を見上げると、落ちてくる光が美しく見えた。
 上の喧騒は水の中まで届かず、水音が聞こえるばかりだった。
 そこへ、ドボンと大きな音を立て、大きなウミガメが姿を現す。
 一流が心配して、様子を見に来たようだった。
 みなもは安心させるために笑顔でうなずいてから、ゆっくりと両翼を動かし、水面へと浮上していった。
 仰向けになった状態で、ぷっかりと浮き上がる。
「あー、びっくりした。急に沈んでいくんだもん。コウモリってさ、泳げたっけ?」
「そうですね、普通のコウモリは、暑いときに水にお腹をつけたりするくらいでしょうけど……あたしたちは結構、水浴びしますよ」
 みなもは身体を包み込むように両翼をたたみ、上半身を起こすかわりに、足を沈めた。
 そのまま足だけを使って、スイスイと立ち泳ぎをしていく。
 やがて、別の岩のところにやってくると、ぴょん、と跳ね上がるようにしてお尻から着地する。
 泳いだり飛び跳ねたり、実際のコウモリとはまた違った動きである。
「……器用なもんだねぇ」
「いつもしていたら慣れますよ」
 言いながら、コウモリの足でパシャパシャと水を跳ねた。
 長い髪の毛と、毛の生えた部分からぽたぽたと滴が垂れる。
 みなもは両翼を広げ、水をはらうようにバサバサとはためかせた。
 それから、プルプルと猫や犬のように頭と身体を震わせ、滴を飛ばす。
「けど、大変だね。太陽もない中、その長い髪は乾かしにくいでしょ。タオルでも出してあげようか?」
 一流は人の姿に戻って、目の前の岩に腰かけている。
「平気です。毛づくろいをして空でも飛んでたら、すぐに乾いちゃいますから」
 そして翼で頭を撫でつけようにして、まだ湿ったままの身体を、舌を使ってペロペロとなめていく。
 粘液の名残のせいか、微かに甘い。ほんのりお酒の香りもした。
「毛づくろい……ねぇ」
 一流は何となく頭をかいて、顔をそらした。
「はい。あ、でもやっぱり、毛並みがよくなったみたいですよ。ちょっと触ってみます?」
「えっ!?」
 また顔を向けると、みなもは笑顔のままで腰をかけていた。
 彼女の身体をおおっている、コウモリの毛は首筋、胸元、腰から下のみだ。
青い髪は人間のときと変わらずに伸びているが、その毛並みとは一体、どこのことなのか……。
「――遠慮しときます」
 コホン、と咳払いをする一流に、みなもはふふ、と笑って「そうですか?」とつぶやいた。
「コウモリ仲間なんかでは、互いに毛づくろいし合ったりもするんですけどね」
 そう言って、また自分の身体をなめ始める。 
 上半身を終えて、今度は下半身へとうつっていく。
「そ、そーいうもんなんだ?」
 尋ねながらも、一流はついに身体の向きを変えてしまった。
 先のみなもにならってか、足を使ってバシャバシャと水をはねさせる。
 みなもはじっと、自分の足の先を見た。
 太腿あたりまで毛におおわれていて、身体に比べて小さく細い足の先は黒い。
 他の鳥のように、地面を歩くようにはできていず、足の裏が正面を向いているのも大きなカギヅメがあるのも逆さにぶらさがるのに適したもの。
 そのおかげで、眠っていても決して落ちることはない。
 足から辿るようにして、自分の身体に目を落とす。
 下腹部までは毛でおおわれ、その上にから人間の肌が覗く。
おヘソから上へと辿っていくと、胸元でまた毛にあたる。
肩から先の腕は、骨格が露出したような形になり、肘までが曲がった形で小さく、五本の指はそれぞれ大きく伸びて、その間に皮膜ができて翼となっている。
――自分の身体なんて、改めて見ることはそうそうない。
だけど何となく、まじまじと検分してしまった。
やっぱり、藤凪さんとは違うなぁ。もっとも、あの人はよく色んな姿になるから、コウモリにだってなれるんだろうけど……。
「……藤凪さん、コウモリにはならないんですか?」
「ん? ああ、別になってもいいんだけどね。みなもちゃんのお友達にコウモリさんが多そうなんで、あえて別路線でいこうかな、なぁんて」
「なりましょうよ。それで一緒に、果物でも食べにいきませんか?」
「果物ってどこに?」
「獣人さんの森です。上は今、粘液だらけですから」
「でもあっちも、何かかかってるんでしょ」
「それが、おもしろいんです。あのシャワーは、単独だと辛いだけですけど他のものと混ざると味が変わるので。どの果物と一緒に食べたらどうなるか、あたしも全ては把握してないくらいなんですよ」
「そーなんだ。いいね、そんじゃあ食べにいこうか」
 一流はそう言って、コウモリへと姿を変えた。
 ただみなもとは違って、大きさこそ人と同じだが、身体のつくりは全てコウモリのもの。
 上半身は全部毛でおおわれているだけでなく、ぽっこりと丸いシルエットになっていた。
 その中で、顔だけがまるきり人間のものになっている。
「あ、いけね。耳もだ耳も」
 しかしみなもの、コウモリ耳を目にして、再度耳の形を調整しなおす。
 どうやら、どの程度獣人化するかも全て自分で選べるらしい。
 それを見ていると、何だか複雑な心境だった。
 それでも二人して獣人の森に入って、果実を探しにいく。
 同じ目的のものは数人いたが、大人たちのほとんどはやはり、宴会騒ぎに夢中のようだった。
「わー、これおいしい!」
「うわっ、失敗した!」
 木の枝に逆さにぶら下がり、両手で果実をつかんで味わう。
 硬いものは汁を吸うようにして残りを吐き出し、柔らかいものは種以外全てそのまま食べてしまう。
「よーし、今度はおいしいの見つけるぞ」
「あたしも別の探してみます」
 そうしてまた次のものを探しにいく。
 果実には大きなものから小さなものまであるが、味の確認をゲームにしているので、比較的小さいものばかりを選んだ。
 そんな風に、いくつかの果物を口にした頃。
「……何か、トイレいきたくなってきた」
 一流が不意に、そうつぶやいた。
「すればいいじゃないですか」
「え、どうやって?」
 一流は思わず、逆さになった自分の足元を見た。
 この体勢ではさすがに問題があると思ったのだろう。
「こうやってです」
 そこでみなもは、木の枝に翼のカギヅメを引っ掛け、今度は足を離してくるりと半回転して実演して見せた。
「あ、そうなん……って、え? ここで!?」
 一流はグネグネと身をよじるようにして暴れたため、木の枝が微かに揺れた。
「皆そうしてますよー。果物とかしか食べてないから別に汚くないですし」
「え、いや……そういう問題じゃなくてさ。だってさ」
「?」
 一流の反応に、みなもは首を傾げた。
 一体何が悪いのか、まるでわからないという様子で。
「……なんか、わかったよ。みなもちゃんの心は今、完全にコウモリ娘なんだね。それが、この世界での普通なわけなのね」
「えっと、多分そうだと思いますけど……」
 ――藤凪さんから見たら、おかしなことをしてしまったのかな。 
やっぱり、種族が違うと色々と感じ方も違うみたいで難しい……。
そんな風に考えるみなもは、それこそ完全に夢の世界になじんでしまっているわけで。
現実世界に戻る際に、一流がどれほど苦労することになるか、目に見えるようだ。
 もしその価値観や習慣が、あちらでも出てしまったら……まったく、とんでもないことになるだろう。
 しかし今のみなもにとってはそんなことは気にもならない。
 コウモリ娘として、太陽と月が昇るまでの年越し祭を、思う存分堪能するのだった……。  
PCシチュエーションノベル(シングル) -
青谷圭 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年01月13日

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