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『Delicious×Danger Xmas 』
羽角・悠宇3525







 最後の一味が足りない。
 クリスマスケーキを作ろうと思っているのに、どうしてだろうどこか物足りないのだ。
 きっと材料が足りないのだろう。
 物質的な材料ではなく、そう……料理は愛情的な材料が。
 これは誰かに頼んで取ってきてもらうしかない。
「チーフ?」
 呼びかけられ、チーフパティシエは振り返った。
 心配そうな面持ちでチーフを見つめる支配人の手には、何かのリストが握られている。
「ケーキは順調ですか?」
 支配人は首をかしげチーフに問う。
「それが……」
 チーフは支配人に一味足りないのだと、材料が足りなくて、どうしても納得が出来ないのだということを告げる。
「では、材料の収集を依頼して、引き受けてくださった方もパーティにお呼びしましょう」
「それは名案ですね」
 こうして、材料を集めるための依頼文が各所に掲載された。






依頼:クリスマスケーキの材料集め

 必要な材料が不足しています。皆さんのお力をお貸しください。
 足りない材料は以下の通りです。
 引き受けてくださった方やその関係者、縁者の方全てクリスマスパーティにご招待いたします。

【材料1:枯れない華】
 片翼をなくした少年がいます。翼は両方そろって初めて羽と言えるのに、彼の片翼は何処かへいったままです。彼は探し、彼は訴えます。帰りたい。帰ろうと。

【材料2:不動の音楽】
 永遠の楽譜を求める作曲家がいます。氏はその音楽を作曲するため、不可侵と云われる場所へ行こうとしています。誰もが止めます。一度も帰ってきた人がいないから。

【材料3:魔女の涙】
 笑えない少女がいます。少女は丘の上の魔女の力で感情が固まってしまう魔法をかけられてしまいました。この魔法を解き、少女の笑顔を取り戻してください。













【Child in a Manger】






 依頼用紙に書かれた材料の名前を見て、羽角・悠宇は首をひねった。
 なにせ華というものは、咲くに見合った季節があって、それ以外の季節では種になったり、球根や枝だけになって眠ったりするものだと思うからだ。
 そもそも人はそうして華が落ちることを“枯れた”と表現し、この紙に書かれているように“枯れない”などという華はこの世に存在しない。
 どうやってこんな華見つけろと言うんだろう。
「あんたは、どう思う?」
 悠宇は振り返り、青い髪を持った男女に話しかける。
「私がいた世界では、ありえない話しではなかったからな」
 答えたのは女性――サクリファイスの方。男の方は黙ったままだ。
「そうなのか」
 悠宇が暮らしている東京にも、同じ時間軸でありながら違う理を持った世界、所謂『異界』が存在している。きっとサクリファイスがいた世界もそんな中の一つなのだろうと納得して頷く。
「片翼……か」
 材料と共に書かれていたヒント。
 とりあえずはこの片翼をなくしたという少年を探すのが先決か。
 どこかサクリファイスたちが居た世界に近い町並みを歩きながら、少年の手がかりを探すため手近に通りかかった女性に話しかけてみた。
「片翼? あなた冗談を言っちゃ駄目よ。人間に羽なんてないでしょう?」
 返ってきた答えに悠宇とサクリファイスは顔を見合わせる。
 普段は翼を出すことは無いが、背中に黒い石の翼を持っている悠宇と、同じように黒いが今はしまっている翼を持っているサクリファイス。
 確かに普通の人間には翼なんて無い。
 どうにかして手がかりを見つけなればいけないが、その手段が分からず腕を組んで首を傾げる。
 背後、ドサっと誰かが倒れこむ音に、思わず視線を向けた。
「ぼっとしてんじゃねーよ!」
 地面に倒れこみ、細い腕で一生懸命上腿を起こそうとしている少年に、上から罵声が浴びせかけられる。
 悠宇とサクリファイスは眉根を寄せた。何処の町にでもああいった輩はいるものだ。
 何の反応も示さない少年に、罵声を浴びせた本人は小さく舌打ちして、八つ当たりの拳を振り上げる。
「止めろよ」
 悠宇は男の手を掴み、きっと睨みつける。その気迫に押されたのか、男は手を振りほどくとぷいっと顔を背けて去っていった。
「大丈夫か?」
 サクリファイスは少年の側に腰を下ろし、支えるように肩に手を回す。
 少年はそっと顔を上げ、コクリと頷く。
 小奇麗な街中で、彼だけが少しくたびれていた。
「あたなも、言い返さないと、ああいった輩は付け上がるだけだぞ」
 立ち上がらせた少年の顔を見て、サクリファイスは言い知れない違和感に少し顔をしかめる。まるで、そう、どこかであったことがあるかのような。
 少年は俯いたまま、堪えきれずその青い瞳からポロポロと涙を零す。
「エリヤ…エリヤ……っ」
 誰かの名を呟きながら涙を拭うことさえもしない少年に、悠宇はぎょっとして尋ねた。
「さっきの奴に何かされてたのか!?」
 少年は悠宇に少しだけ顔を上げ、また伏せる。表情を変えず泣いていた顔が、くしゃくしゃに歪んでいった。
「エリヤ……帰ろうよ…エリヤ……」
 誰かに声をかけられたことで涙の糸が切れてしまったのか、少年は誰かの名を唱えながら大声で泣き始める。
 一同はどうしたものかと顔を見合わせた。










 それから暫くして、少年はやっと落ち着きを取り戻し、取り乱してしまったことにペコペコと頭を下げた。
「悩みは溜めずに、話すとすっきりするぞ」
 悠宇は少年に向けて励ますように力強く笑う。
「…はい」
 その笑顔に安心したのか、少年はポツリポツリと話す。
 まず、少年はエノクという名で、エノクにはエリヤという双子の兄弟がいるということ。
「まずは、エリヤが何処かへ行ってしまったきっかけとか、わかるかな?」
 何にせよ理由もなく出て行ってしまうとは思えない。きっと何かしら思うところがあったのは事実だろう。
「エリヤは、ある日突然いなくなって。ボク…探して、いっぱい探してっ……」
 そして今日、三人に出会った。
「双子ってのは分かったけど、エリヤはエノクにとってどんな存在なんだ?」
 双子という繋がり的なものではなく、精神的な部分において彼らはお互いをどう思っているのだろう。これだけエノクが気にかけているのなら、ただ兄弟という以上に何かあるのかもしれないと悠宇は気になって問いかけた。
「エリヤは、ボクにとって、片翼のような存在」
 ずっと二人一緒で、何をするにも二人だった。まるで鳥が空を飛ぶために1対の翼が必要なように。
 ふと悠宇は自分の後ろ――見えない背を流し見る。彼に自分のような翼があるわけではないが、二人一緒ならば空も飛べるような自由な気持ちになれるのかもしれない。
 それが片方なくなるということは、自由を奪われたのと同じ。
 問題は、“エリヤ”をどうやって探したものか。悠宇はむむっと眉根を寄せつつ腕を組む。
「エリヤがエノクの片翼なら、そんなに遠くにはいないと思うんだよな。好きな場所とか、親しい人のいる場所とか」
 どうなんだ? と、エノクを見れば、エノクは悠宇の言葉にまた眼にぼた涙を溜めていた。
 それにしても…と、思う。
 “枯れない華”の行方はようとして知れないが、比喩的ではあるが片翼を無くした少年に出会うことはできた。
 その思いはサクリファイスも一緒だったようで、彼ら二人に出会えれば、何かしら手がかりになるのではないかと感じていた。
 しかし、感じる以上に、目の前で困っているエノクを放って、自分(たち)の目的に走ることなどできない。
「エリヤの…場所は、知ってます」
 何度も何度も“何故”を言いに行ったから。
 けれど、エリヤはその理由を幾ら聞いても教えてくれず、ただ頑なに“帰れない”の一点張りでつりつく島さえ与えてくれなかった。
「あなたは、理由を聞くばかりで、自分の気持ちはちゃんと伝えたのかな?」
 エノクの言葉に疑問を持ち、サクリファイスが口を挟む。
「っ!」
 ぐっとエノクが弾かれたように瞳を大きくした。
 きっと自分から離れてしまった事実が大きすぎて、その理由ばかりを追い求めていたのだろう。
「まずは、きちんと自分の気持ちを話したら良い。きっと、わかってくれる」
 何よりも、自分の言葉が、必要だというのに。
 それにエノクが何かに気がついていないせいで、エリヤが帰らないのかもしれないし。
 そうエノクに言い聞かせながら、サクリファイス自身の胸もつきりと痛んだ。
「ま、でもさ、それなら話しが早いや」
「え?」
 悠宇の明るい宣言にエノクは眼を瞬かせる。
 そしてサクリファイスは問いかけた。
「会えたら言えるね?」
 ちゃんと、自分の気持ちを“何故”という言葉で逃げずに。
 だが、エノクは躊躇いがちに瞳を伏せて唇を噛んだ。
「一人が怖いなら、ついていてあげるから」
 そんな様子に、サクリファイスは腰を屈め、エノクの瞳を真正面から受け止めて、安心させるように微笑む。
「……探すんじゃなかったのか」
 今まで沈黙を保っていたソールの、短いが尤もな反論。
「それくらいの時間、あるよな?」
 悠宇はそっとサクリファイスを見る。それは、彼女も同じ考えだと思ったから。
「そうだな。このままでは折角“華”を見つけたとしても、嬉しくない」
「確かに」
 犠牲ではないけれど、見捨てて目的をやり遂げても、杭が残るだけ。
「……分かった」
 多数決の論理でソールはやれやれと息を吐いた。










 エノクに連れられて、エリヤが身を寄せているという民家に向かうと、一人の老婆が扉の前で落ち着き無く手を何度も組み替えていた。
 何かあったのだろうか。
 誰かが話しかけるよりも早く、老婆は此方に気がつくと足早に駆け寄ってきた。そして、エノクの手をぎゅっと握り締める。その瞬間エノクの中でよく知った力が伝わるのを感じた。
「良かった…良かった! あなたが聖堂会に連れて行かれてどれだけ心配したか!」
 老婆は、震える声でその手のぬくもりを確認しているようだった。
「聖堂会?」
 しかし、その声も怪訝げに聞き返したエノクの声によって遮られる。
 老婆はゆっくりと顔をあげた。
「あ……」
 エリヤと瓜二つでありながら、エリヤとは違う少年。老婆の手から力が抜け、エノクの手は自由を取り戻す。
「エリヤは今、ここにいないのですか?」
 余りにも瓜二つすぎて、老婆は何が起こったのか分からないという風体で固まっている。どうやら、エノクとエリヤが双子であることを老婆は知らなかったようだ。
「エリヤは…聖堂会に……」
 恐る恐るとでも言うような声音で、呟くように老婆が言葉を零す。
 今まで聞いていたサクリファイスはそっと老婆に歩み寄ると、優しくその手を取って一度微笑みかける。そして真面目な面持ちで問いかけた。
「よければ、その聖堂会とやらのことを話してもらえないだろうか?」
 エリヤは此処にはおらず、老婆が言う聖堂会というところに連れて行かれたのなら、そこへ向かう必要がある。だが、老婆の様子を見るに余り芳しい場所や組織ではないのだろう。
 老婆が言うに、聖堂会とは簡単に言えば宗教団体だそうだ。名前からして、そんな感じはしたが、教会等とは相容れないようだが、教祖がかかげるものは教会とよく似ているらしい。
 なぜそんな団体がエリヤを連れて行ったのかほとほと分からず、悠宇は首をかしげた。
「エリヤは、なんで連れてかれたんだ?」
 その質問に誰もが口ごもる。
 言うことを躊躇っているのではない。理由がさっぱり分からないため返事が出来ないのだ。
「とりあえず、さ。エリヤはいつ連れてかれたんだ?」
 時間が余り経っていなければ追いつけるかもしれない。老婆が心配して外で待っているくらいだ、逆にそうとう前の可能性もある。
「つい、さっきよ。直ぐ帰るって、直ぐに帰るって……」
 きっとエリヤが彼女に告げたであろう言葉を老婆は繰り返し、ぎゅっと拳を握りしめる。
「その聖堂会とやらの建物はこの街に?」
 その建物があるならば、エリヤはそこへ連れて行かれた可能性大だ。
 そんなサクリファイスの問いかけに老婆は小さく頷いた。
「行くっきゃないよな」
捕まっているのか、自主的にその場に居るのかは分からないが、老婆はエリヤが帰ってこずに心配している。行くには充分な理由だろう。
 悠宇は他意はないかと同行する面々を見る。
「私もそう思っていたところだ」
 サクリファイスが頷き、視線がソールに移動する。
「…面倒くさいな」
 そして、ぼそっと呟くソール。
「ソールは此処で待っているか?」
 優しく問うサクリファイスに、ソールは視線を向け、何度か瞬きするとまた視線を外す。
「……いや」
 言葉足らずなまま、ソールはなぜかがしっとエノクの頭を掴んだ。
「ソ、ソール!?」
「何?」
「おい!?」
 驚きの声が同時に上がる。が、
「…飛ぶぞ」
 そして、ソールはすっと自分が羽織るマントのはしを悠宇とサクリファイスに掴むよう差し出す。
 そうか、面倒くさいのは、建物をこれから探すこと――か。
 心配そうな面持ちで、どこか保護者的なサクリファイスに答えを求める悠宇。
「大丈夫だ」
「ん、まぁ、信じるしかないよな」
 サクリファイスはまず先に自分が持ち、そして悠宇にもそうするよう促す。
 二人がマントの端を持つと、4人の姿はその場から一瞬にして消え去った。













 降り立った場所は、やはりどこか教会によく似たホールだった。
 その中央で、エノクと同じ髪をした少年が蹲っている。
「エリヤ!」
 少年が弱々しく顔をあげる。
「…エノク?」
 駆け寄ったエノクの手がエリヤに触れた瞬間、まばゆい光がその場を包み込んだ。
「っ…?」
 眩しさに細目を開けてその様を見る。光の中、エノクの背に翼の幻影を見た気がした。
 パチパチパチ……乾いた拍手がホールに響く。
 警戒の眼差しで、その音がしたほうを見た。
 辺りを見回すと、とんがり帽子に眼の部分だけが穴があいているような帽子を被ったカルト集団のような面々が、一同を取り囲むように輪を描いて立っていた。
 その中で、一人だけマスクをかぶっていない司祭のような男が、拍手をしたようだ。
「さすが、メタトロン! 一瞬でこの場に降り立つとは!」
「え? ち、違う! ボクは……」
 男は、困惑した表情で首を振るエノクに近付いてく。
「や…やだっ……!」
 男の動きに合わせてエノクも後退するが、後ろにはエリヤが倒れている。
「エノク!」
 男の行く手を防ぐように、悠宇は二人の間に割って入る。
(奴らが欲しているのは……!)
 サクリファイスは他の帽子が動かないよう、牽制の意味も含めて翼を広げ、悠宇とは逆側の通路に立ちはだかる。
 予想通り、あたりに騒然としたざわめきが起こった。
「ソール!」
 名を呼ばれソールは頷く。そして、エノクとエリヤに自身のマントの端を握らせ、手が届く範囲でつかめたサクリファイスと悠宇の腕や服を握り締めた。
 するとこの場へ来たときと同じように、一瞬の浮遊感が一同を襲い、気がつけば誰もない寂れた部屋に降り立っていた。
「ここは…?」
 見たこともない空間。
「……あいつ等が居ない場所を選んだから」
 ここが何処なのかは分からない。けれど、あの聖堂会とか呼ばれる集団が来ることが出来ない場所なのだろう。
「エリヤ! 大丈夫? あいつ等に何かされたの…?」
 エリヤはゆっくりと首を振る。けれど、エリヤの生きる力はもう殆ど残っていないように見えた。
「僕はもう歌えないから……」
 自身が司る歌はもうこの身の内にはない。
「まさか……!!」
 あの老婆に手をつかまれた時に感じた、よく知った感覚。あれは、エリヤと同じだった。
「エリヤ!?」
 エノクに支えられたエリヤの身体が徐々に透けて、光の粒子を散らしていく。
「離れ、過ぎてしまったんだ…」
 老婆に、エリヤを司る全てを渡してしまったから。
「どうして言ってくれなかったの!?」
 切羽詰ったエノクの言葉に、エリヤはふっと寂しい笑いを零す。
「言ったら…君は、彼女を消すだろう?」
 エノクはぐっと言葉を詰まらせた。なぜならば、その通りだったから。
「……居なくなるわけじゃないよ。一つになるだけ、だもの…」
「それでも……」
 彼女という個が消えてしまうことに変わりない。
「うん。だから、僕は君に還るよ」
「やだ…やだ……一人にしないで! エリヤ!!」
 瞳を閉じたエリヤの耳に、エノクの叫びは届かない。
「僕らはそれぞれエノクでありエリヤ。けれど、二人で一人のヨエル。これからは一人のヨエルだ」
 エリヤの身体は、最後の力を使いきったのか、光の粒となって四散する。
「エリヤ!!」
 その場に残ったのは、水晶でできているかのような棘のない薔薇。エノクはその薔薇にそっと手を伸ばす。
 光の洪水が辺りを包み込んだ。










 まばゆい光がひき、その場に立っていたのは、3対6枚の翼を持ったエノクだった。
 目じりに涙をためて、残された薔薇をぎゅっと抱きしめる。そして、ぐっと唇を噛み締めると、激しい嘆きにその腰を折った。
『どうして…! なぜ、エリヤが……!!』
 消えねばならなかったのか。エリヤの身に何が起きたのかエノクには分からない。
『なぜっ!!』
 エノクの叫びにサクリファイスははっとした。
 翼の根元が微かに黒く染まっている。
「駄目だ! 神を疑ってはいけない!!」
 黒の翼をはためかせ、サクリファイスはエノクを抱きしめる。
「あなたは堕ちるな…堕ちてはいけない! エリヤはそんなこと望んでいない!」
 何も分かっていないエノクに対し、エリヤは全てを理解しているようだった。
「何が起こってるんだ?」
 天使の世界の事情を、人である悠宇やソールが知るわけも無く、その光景をただ見つめる。
『だって、エリヤが……エリヤが消える必要なんて無かったのに!』
 契約の天使たる力を含んだ言葉は、多大な力を伴って衝撃に変わる。サクリファイスはぐっと歯を食いしばった。
『エリヤが居ない世界なんて!』
 吹くはずのない風の衝撃に、悠宇もソールも手で顔を庇うように身を低くする。
『もうボクは独りになってしまったんだ!!』
「待てよ!」
 エノクの叫びに、悠宇はむっと眉根を寄せた。そして、少し先に蹲る二人にゆっくりと歩み寄る。
「俺には天使の事はよく分からない。だけどさ」
 大切な片翼を失ってしまったエノクの気持ちも分からないではない。自分にだってそれほどに大切な存在がいる。だが、相手がどんな思いで事を成したのかを理解しようとしないエノクに、悠宇は強い口調で言葉を紡いだ。
「なあエノク。今の自分の姿…どう思う?」
 エリヤの言葉を思い返すならば、今のエノクの姿であるヨエルは、二人が一つになった姿なのだ。ならば、
「エノクの中に、エリヤはいるんじゃないのか?」
 ヨエルの堕天を願って、エリヤがエノクに還ったわけではない。約束された消滅を受け入れるだけではエノクは独りになってしまう。だから、エノクに還ることで孤独からエノクを護ったのだ。
 その姿が、天使ヨエルという存在。
『悠宇…』
 悠宇の言葉に幾分か冷静さを取り戻したエノクは、小さくその名を口に乗せる。
「分からない…気持ち、ではない」
 ぼそり。と、ソールが呟いた。ソールにも、双子の妹がいるから。エノクとは違い、二人とも生き残る結末を迎えられたが、一歩違えばエノクと同じ結末を迎えていたかもしれない。だからこそ。
「俺は、救われた」
 今、ヨエルの堕天を止めようとしている、サクリファイスに。
『サクリファイス……』
 彼女の翼はもう完全に黒く染まっている。
『貴女は…幸せですか?』
 神を疑い、神を棄てて、今は。
「ああ、幸せだ」
 本当のところ、神から離れたことで徐々に狂気に侵されていくようになってしまったが、自由はそれ以上のものを与えてくれた。
 その言葉に薄く微笑み、エノクはそっと自分の胸に手をあてて、中に住むエリヤの声に耳を傾ける。
『私は、天使ヨエル。忘れていたのは、私だったんですね』
 涙に濡れた瞳を伏せ、ゆっくりと開いたとき、エノクの顔は穏やかな微笑に変わっていた。
『あなた方は何かを探していたのですよね?』
 最初にソールが呟いた言葉を聞いていたのだろう。ヨエルが問いかける。
「ああ、“枯れない華”というものを、探していたんだが」
「これが何の手がかりも無いんだよな」
 参った参ったとばかりに、悠宇は苦笑して頭を軽くかく。少しでも場が明るくなれば良いと思った。
『それは、これですね』
 ヨエルが差し出したのは、エリヤが消えた後に残った、水晶の薔薇。
「でも、それはっ!」
 エリヤが残した化身のようなものではないのか?
 一同の躊躇いに気がついたのか、ヨエルはにっこりと微笑んだ。
『いいえ。これは楽園の花。珍しいものではないのですよ』
 けれど、その華を見つめるヨエルの瞳は哀しげな色を灯している。
『あなた方に差し上げます』
 ヨエルは、楽園の花をサクリファイスに握らせた。
『ありがとうございました』
 エリヤを見つけ、こうして“自分”を思い出した。
「ヨエル?」
 光が射すはずのない天上から、帯のように光が降りる。
『私はもう帰らなければいけないようです』
 微笑んだヨエルの身体が、ゆっくりと宙に浮かんでいく。
『あなた方に祝福の約束を……』
 白い羽根が舞い、次の瞬間ヨエルの姿はこの場から忽然と消えていた。
「役目を…終えたんだな」
 何の役目なのかは分からない。けれど、地上に降りられるタイムリミットが終わったのだろう。
「華…手に入ったし」
「そうだな、早く届けてやろうぜ」
 この“枯れない華”でいったいどんなケーキが出来上がるのだろう。
 各々完成を想像しながら、華を届けるため足を走らせた。



























【ARRIVEL】








 普段着る機会なんてそうそうないタキシードに身を包み、悠宇は微妙な顔つきで立っていた。
(やっぱり、こういうのって窮屈だよなあ……)
 学校の制服のネクタイでさえ時々窮屈だと感じている悠宇は、今すぐにでも首元の蝶ネクタイを緩めたいが、こういった場で緩めるものではないと理解しているため、こっそりため息をつきつつも辛抱していた。
「悠宇」
 名を呼ばれ、悠宇は顔をあげる。
 白いマーメイドラインを基調とした、柔らかい3段フリルのドレスを身にまとった日和は、黒いファーとサテンリボンが可愛らしいボレロを羽織り、悠宇が気がついたことに微笑むと、ゆっくりと歩み寄った。
「そちらはどうでしたか?」
 別のものを集めることにはなったが、お互いが材料集めに出向いたことを知っているため、日和は問いかける。
「目的のものらしいものは手に入ったけど……」
 なぜ、彼らが人となって地に降りていたのか。
 そういえば、目的ばかりを見て、事の成り立ちを悠宇は何も知らなかった。知らされずに終わってしまった。
 悠宇は自分が材料集めに行って出会った双子と、その行く末、正体は天使だったことを掻い摘んで話す。
 掻い摘んで話してみても、発端を知らないためほぼ全てを話しているのとそう変わらないような気がしたが。
 一通り話し終え、やはり微妙な顔つきの悠宇に日和はやんわり微笑んだ。
「私も話を聞いただけですから、詳しいことは分からないけれど、悠宇たちの存在があったから、きっとその子も独りじゃないと気がつけたんだと思います」
「…そうかな」
 気落ち気味の悠宇の言葉に、日和は「はい」と頷く。
 ふと自分のことばかり話していたことに気がつき、悠宇は照れ隠しに頭を軽くかきつつ、尋ねる。
「そっちは?」
 悠宇と同じく、日和も思うところあったのか、静かに微笑み顔に垂れた髪を耳に引っ掛ける。
 どうしてあんな場所があるのかとか、日和も事の起こりを何も知らずに材料を集めるだけであの場を離れてしまった。
 長居すれば謎が解けたのかと問われれば何ともいえないが、やはり気になる部分ではある。けれど、日和が出会った作曲家は楽しそうに、笑顔で喜んでいた。
 だから、いいのだと、そう思う。
「どうなることかと思ったけれど、材料集めに行けてよかったと思います」
「そっか。良かった」
 日和が満足しているならばいいと、悠宇はほっと安心した笑みを浮かべる。
「ケーキ、どんな味がするんでしょう…とても楽しみです」
 胸の前で手を合わせ、うきうきと話す日和に、悠宇は虚空を見上げるように目線をあげて、しみじみ呟く。
「そうだな。調味料とは言い難い材料だったもんな」
 それを調味料としてしまうのも、チーフパティシエの腕の見せ所なのかもしれない。
 やはり自分たちで集めた材料から出来たケーキだ。それが目当てでもいいじゃないか。それまでパーティを楽しもう。
「では日和お嬢様。参りましょうか?」
 すっと悠宇は日和に手を差し出す。
「もう、悠宇ったら」
 小さく怒ったような声音でも、日和は嬉しそうに笑ってその手を取った。







 ビュッフェ形式のパーティは、誰かが一箇所に止まることもなく、ところどころにグループを作り、話に華を咲かせていた。
 それはどの招待客も同じ。
 パーティも佳境に入り、本日のメインであり、今回材料を取りに行くことになる原因となったケーキが会場に運ばれてくる。
 見た目は普通のケーキだった。
 いや、パーティに相応しく、チョコレートで作った薔薇やあめ細工がふんだんに使われ、切り分けてしまうには勿体無いと思えるような出来栄えだった。
 何処からとも無く感嘆の吐息が零れる。
 けれど、やはり作られたものは見るだけではなく、食べてその味も味わえなければ意味がない。
 しばらく展示として飾られていたケーキは、程なくして奥に引っ込み、適度な大きさに切り分けられたケーキがトレイにのって現れた。
「美味しい……」
「美味しいけれど、何故?」
 ポロポロと涙を零す人。感慨にふけり言葉を噤む人。
 洗い流され、湧き上がる感情に、困惑を隠せない。
 通常の招待客は知らない。このケーキに含まれているか隠し味となる3つの材料を。

 【枯れない華】は祝福を。
 【不動の音楽】は感動を。
 【魔女の涙】は浄化を。

 いや、魔女の涙はもしかしたら友情かもしれない。
 何にせよ、このケーキが訪れた人々に穏やかな笑顔を運んでいることは確かだった。
「メリークリスマス」
 宴の宵はまだまだ続く。
 招待客は各々の時間を楽しみながら過ごした。






















fin.







登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛


【東京怪談】

【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳(10歳)/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳(10歳)/高校生】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(12歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(13歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


☆―――聖獣界ソーン―――☆

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛


 D×D Xmasにご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 新年明けてのお届けになってしまいまことに申し訳ありませんでした。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 片翼というのは双子の比喩の謎かけでした。悠宇様は真っ直ぐで熱血な感じなので、率先した行動や、真正面からの説得をしてみました。
 ケーキとは別に天使から受けた祝福が悠宇様に降り注ぐことを願います。
 それではまた、悠宇様に出会えることを祈って……
LEW・PCクリスマスノベル -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年01月07日

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