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『あなたの笑顔が見たい夜 』
黒・冥月2778

■Opening
「やぁ、君、サンタクロースにならないかい?」
 もうすぐクリスマスだし、ね、と目の前の男は微笑んだ。
「衣装は……持っている? なければ貸し出すよ。……トナカイは? なければ用意しよう。うん、僕はね、サンタクロースを支援するサンタ支援協会営業部長なんだ。ああ、違うよバイトのお誘いじゃ無いんだ、君がプレゼントを贈りたい誰かに、サンタクロースとしてプレゼントを贈って欲しいのさ」
 街を歩くとそろそろクリスマスツリーが目立ってきた事だし、ジングルベルも聞こえてくる。
 ああ、そうか。
 クリスマスだから、か。
 男の笑顔には、妙に納得させられる何かがあった。
「そうそう。僕達は別に無償でサンタを支援しているわけじゃ無いんだ。一つだけ、代わりに欲しい物がある」
 やはり、世の中、そう甘くは無いのか? 不安がよぎる。
 しかし、男は、やっぱり笑顔でこんな提案をした。
「君がプレゼントを贈る相手を、笑顔にして欲しい。笑顔こそ、サンタクロースの活力だと、思わないかい?」
 プレゼントを贈る相手が笑顔になりますように。
 それは簡単そうで難しい、確実に不確かな要求かもしれないかも。

■01
 黒・冥月は、話を聞いて首を横に振った。
「私がサンタ? 他をあたれ、他を」
 軽くあしらい、立ち去る。
 はずだった。
「いやいやいや! 貴方にお手伝い、して欲しいんだ。ほら、思い出して。きっと、貴方のプレゼントを待っている人がいるんじゃないのかな?」
 しかし、男は思った以上に執拗に食い下がる。
「あのな、笑顔なんて私の柄じゃ……」
 柄じゃない、そう言いかけて、ふと、彼女の顔が思い浮かんだ。花屋の店員鈴木エアなら、周りをきっと笑顔にしてくれるに違いない。それに……、クリスマスにはお誘いが来ているのを思い出した。
 冥月は、男に向き直る。
「笑顔にしたい相手は指定するから、その役目は鈴木エアという娘に回してくれ」
「役目を指定、ですか?」
 思わぬ提案に、男が首を傾げた。
「ああ、そうだ。老人ホームのパーティに誘われてるんだが私の柄じゃないんでな」
 彼女なら、花束を抱えて行くだろうか。小さな花束を沢山作るのは、彼女の練習にもなると思う。
 そうと決まれば、話は早い。
 冥月は、人数分の花束の代金を男に渡した。

■02
 サンタ支援協会営業部長とのやり取りがあってから数日後。
 花屋『Flower shop K』の前を通りかかった。客の気配が感じられなかったので、挨拶だけでもと店の中に入る。
 冥月は、レジの傍に立つエアの姿を見て、驚いた。
 いつもはエプロン姿の彼女が、今日はサンタ衣装を着込んでいるのだ。真っ赤なミニのワンピースの裾には白いファーが付いている。同じく、真っ赤なマントを肩にかけ、サンタ帽子までかぶっていた。
「いらっしゃいませーって、冥月さん。こんにちは」
「……ああ」
 店のクリスマスキャンペーンだろうか。まぁ、彼女自身がネタ作りのためにコスプレをしているとは思えないが。
 色々と考えているうちに、一呼吸遅れた。
「そうだ! 冥月さん、今からお暇ですか?」
 気が付けば、エアがレジカウンターから出てきて、冥月を見上げていた。
「うん?」
「実は、今から花束の配達があるんですよ! クリスマスパーティーなんですけど、一緒に行きません? 是非、パーティーにも参加してくださいって、依頼主の方からお願いされてしまって」
 なるほど、花束の配達か。
 行き先がクリスマスパーティーだとしたら、サンタ衣装も頷ける。世間では、クリスマスシーズンだから、今日はどこもかしこもパーティーだなと思う。しかし、パーティーにも参加は少し変な気がした。
「ふぅん。配達先は?」
「老人ホームです。数年前までは小さな施設だったようですけど、ここ最近、スッゴク綺麗になったって噂なんですよ。色々な体験教室を企画したり、入居している方へ誕生日のお花が届いたり、至れり尽くせりだそうです。しかも、高級ホームじゃないんです。入居費用もお高くないのにって、大人気なようです」
 ……。
 エアは、それは凄いところだと、熱弁をふるう。
 隣で話を聞いていた冥月は、頷くのがちょっぴり辛くなって来た。どこかで聞いた事のあるような所だと、ぼんやり思う。
「ね? ちょっと、行ってみたいと思いませんか?」
 そうだな、と、冥月は曖昧に頷いた。
 そうだ。
 確かに、サンタ支援協会営業部長とやらに、花束を頼んだ。そして、今日は、例の老人ホームのクリスマスパーティーだと連絡が来ていた。何より、今この時に、自分がここに顔を出せば、一緒に行こうと誘うだろう。彼女なら、きっと、誘う。誘うよ、なぁ。
 あはは。冥月は、内心、自分の迂闊さに頭を抱えた。
「ほらほら、冥月さん、この帽子をどうぞ!」
 行くのを渋っていると思われたのか。
 エアが冥月の頭に、ぽんとサンタ帽を乗せた。
 それから間もなく。
 冥月は、山ほどの花束を抱え、エアの運転する花屋の配達車に乗っていた。

■03
「結局、荷物運びまで手伝わせてしまってすみません」
「気にするな」
 パーティーに参加する人数分の花束を抱えてホームに入った。一つ一つは小さな物だが、リボンや装飾のセロファンが潰れない様に抱えると、両手がふさがった。
 パーティー会場は大広間だと案内を受ける。
「さぁ、行きますよ! 冥月さんっ」
「どうでも良いが、気合いが入ってるな」
 それはもう、せっかくご招待されたパーティーですからとエアは胸を張った。
 そのテンションのまま、勢い良くドアを開ける。
「メリークリスマス! 花束のお届けですっ」
 笑顔のエアを微笑ましく思いながら、冥月も後に続いた。エアと二人で、参加者一人一人に花束を配る。この花束は、エアが一つ一つ花の組み合わせから考えたのだと聞いた。その花束が、笑顔で受け取られていく。エアもとても嬉しそうだった。彼女の笑顔を見ていると、冥月まで嬉しくなった。
「ねぇねぇ! 花束が届いたの? ボクも見たいなっ」
 その時、たしたしと足音が近づいてきた。聞き覚えのある声。冥月が振り返ると、そこに、炎を纏ったヒョウが当然のように老人達の隣に立っていた。
「あ……あぁ」
 それを見たエアが驚愕の声を上げた。
 炎を操るヒョウ。
 エアにとって、それは、花屋を襲った強盗の記憶。
 しかし、このホームを護るヒョウは、違うのだ。
 事情を理解している冥月は、ぽんとエアの頭に手を乗せた。
「大丈夫。店を襲った奴とは違う」
「え、でも……」
 この炎のヒョウは、人間を傷つけるのを極端に嫌がる。人間と遊んだ記憶を頼りに、この世界に存在しているのだと、言葉で言うのは簡単だけれども……。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
 冥月は恐がるエアを背中にかばいながら、炎のヒョウを呼んだ。
「あ! お姉ちゃんっ」
 すると、ヒョウは嬉しそうに跳び上がり、冥月へと近づいてくる。その瞳は、変わらず真っ直ぐで、優しさが伝わってきた。
「あのね! 今日はパーティーだって! 嬉しいね。ボク今日は特別、オシャレにしてもらったんだ!!」
 見ると、炎のヒョウの首には、紙でできた首飾りがかかっていた。熱量を調節しているのか、紙が燃える事はない。
「そうか、良かったな」
「うんっ。お姉ちゃんも、その帽子似あってる!」
 冥月の後ろでは、エアがそのやり取りを聞いているはずだ。口で説明するよりも、実際、彼がどんなヒョウなのか見せたほうが早いと思った。思う通り、エアは冥月の背中から少しだけ身を乗り出して、ヒョウを見ている。
「こんにちは!」
 ヒョウも、エアに気がついたようだ。珍しそうにエアの前まで歩み出て、くいと見上げた。
「あ……あの。こ、こんにちは」
 エアは冥月の背中に半分隠れながら、おっかなびっくりヒョウに挨拶を返す。
 どうやら、ヒョウの害のない思いを感じ取ったようだ。
 エアが手を伸ばすと、彼女を傷つけないよう、ヒョウの炎が小さく揺らいだ。

■04
 花束を配り終えた後、冥月は老人達に手袋をプレゼントした。
「配達途中の寄り道って、これだったんですね」
 黙って見ていたエアが、感心したようにため息をつく。
 ここに来る途中、百貨店に寄ってもらったのだ。
「何と言うか、冥月さん、抜け目がないですねぇ。どこまで、格好良いんでしょうか」
 勿論、一つ一つ箱入りの高級品は、冥月の財布から支払われた。
 冥月は、エアの言葉に口の端を少しだけ持ち上げる。
 そんな事を言われても、最後の一つはここにあるから。
 ゆっくりと、隠しておいたプレゼントのマフラーを取り出す。そのまま、ふわりとエアの首に巻いてやる。流れるような動作に、エアはほぅとため息をついた。
「今年は色々世話になったな」
「あ、わわわ……。あ、ありがとうございます」
 ふわふわの笑顔が、ふわふわのカシミアマフラーにつつまれているようだった。
「でも、私、何もプレゼントを用意していません」
「気にするな。私が勝手にしたことだ」
 なんとまぁ。
 エアはもう一度、有難うございますと、頭を下げた。

■Ending
 随分ホームに長居していたように思う。
 あれから、パーティーに無理矢理引きずり込まれ、近所の子供達のお遊戯だの歌だのを存分に堪能したのだ。
 けれど、今は、もう夜。
 エアとも別れ、冥月は一人亡き恋人の墓へとやってきた。
「はい、マフラーとケーキよ。両方とも手作りなんだから感謝してよね」
 昼の喧騒が嘘のよう。
 冥月は、彼とお揃いのマフラーを巻き、墓にもたれかかった。
 吐く息が白い。
 静かな夜だ。
 目を瞑ると、様々な思い出が手の届くところまで降りてくる。
 見上げると雲のない空。冷え込むはずだ。
 いや、せめてこの時だけは、美しい光が二人の元へ降り注いでも良い。
 冥月は一晩を静かに過ごした。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒・冥月様
 こんにちは。いつもご参加有難うございます。炎のヒョウの事、懐かしいです。彼も、冥月様に紹介していただいた生活をきっと満喫していると思います。
 それから、エアにも素敵なプレゼントを有難うございました。
 今年一年、お世話になりました。良いお年をお迎えください。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
LEW・PCクリスマスノベル -
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東京怪談
2008年12月25日

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