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『冬の日 』
シノン・ルースティーン1854)&(登場しない)


 ベルファ通りから少し外れた場所に、スラム街はある。薄汚れた古い建物が建ち並び、小さな工房や商店がひしめき合うように存在しているその中に、シノン・ルースティーンのいる孤児院がある。
 見た目は、正直綺麗とは言いがたい。あちこち痛んでいるし、何より古い。だが、痛んでいる所は修繕しているし、古さは言い換えれば温かみに変わる。事実、孤児院の中からは、賑やかで楽しげな笑い声が終始聞こえてくるのだから。
 きゃっきゃっと楽しげな声は、街路樹が葉を落とし、びゅうと吹く風が切り裂くような冷たさを含んでも、途絶える事はなかった。
「みんな、元気だね」
 ふふ、とシノンは笑いながら、孤児院の窓から駆け回る子ども達を見る。子どもは風の子なんて言葉があるけれど、それを見事に実証していると思えてならない。
「もう少ししたら、皆中に入ってくるかな」
 シノンの後ろでは、パチパチと暖炉で木が燃えている。寒い中、目一杯遊んだ子ども達は、暖かな室内でほっと一息つくだろう。頬や耳を、真赤にして。
「暖かいものでも作っておこうか。チャイとか」
 チャイはシノンの得意な飲み物だ。もちろん、子ども達だって大好物なので、喜んで飲むだろう。
「あ、そういえば兄貴はいるのかな?」
 作る量を考えつつ、シノンは呟く。そうして、孤児院の斜め向かいにある、歯車仕掛けの商品を扱う店兼工房を伺ってはみたものの、しんと静まり返っているようだった。暖炉がついている様子もなく、明かりがついていることもない。
 恐らくは、留守なのだ。
「また、冒険に行っちゃったのかな」
 工房に籠もっていると思えば、何時の間にか冒険に出かけている。冒険のお土産を貰ったり話を聞いたりするのは、子ども達もシノンも大好きだ。びっくりするような出来事を、シズカに語ってくれたりするのが、まるでその場にいるようでドキドキしてしまう。
 だが、このように気づけばいない、というのは何処か寂しい気がしてならない。どうせなら、一言くらい言ってから出かけて欲しいものだ。
「ま、仕方ないか」
 シノンは苦笑交じりに呟き、再びキッチンへと戻る。ちょっと暖炉のある場所から離れただけで、寒さを感じてしまう。部屋の中でこれなのだから、外はどんなに寒いだろうか。
「本当に、そろそろ雪が降ってもおかしくないなぁ」
 シノンは呟き、チャイの準備を始める。寒い中から帰ってくるのだから、たっぷり作っておくに越した事はないだろう。そう考えると、一人の増減は特に問題ないような気がして、ちょっとだけ笑う。
(兄貴がいてもいなくても、作る量はそんなに変わらないか)
 食事ならともかく、とシノンは思う。チャイは、作れば作るだけなくなる。おかわり、という元気な声がこだまするのだから。
「後は、暖炉の近くに置いておこうかな」
 ある程度チャイをつくり、シノンは呟く。キッチンにおいておくよりも、暖炉に置いておけば優しく暖めてくれるので節約になるし、注ぎに行く手間が省けられる。子ども達は暖炉の周りで、チャイを飲むのだろうから。
「それじゃあ、持っていっちゃおう」
 シノンはそういうと、鍋つかみを手にはめ、小さく「せーの」と呟く。そして、勢い良く、沢山のチャイが入った鍋を持ち上げる。
 鍋一杯のチャイは、手にずしりと重くのしかかるが、両手で持てばもてない程ではない。
「こぼさないようにしないと」
 シノンは呟き、注意深く鍋を持って移動する。キッチンから暖炉までは遠いわけではないのだが、鍋の重みでいつもよりも大分遠くに感じられた。
「や、やっぱり無謀だったかな」
 はは、と小さく笑ってみるが、また鍋をキッチンに戻そうとは思わない。ふらふらとなる足に、ぐっと力を入れて歩いていく。そうしてどうにか、暖炉まで鍋を持っていく事が出来た。
 暖炉の中のフックに鍋をかけ、ぐるぐる、とお玉で鍋の中を混ぜる。手はまだびりびりとしていたが、暖炉の火の暖かさと無事だった鍋の中身で、心身ともにほっとする。
「うん、これくらいの火なら、放っておいても大丈夫だね」
 暖炉の火を確認しながら、シノンはそう判断する。鍋の位置と暖炉の火の加減が、丁度とろ火のようになっている。
「じゃあ、コップを持ってきておこうかな」
 シノンは呟き、立ち上がって再びキッチンへと向かう。暖炉から離れると、やはり肌寒い。
「ええと、人数分のコップと……あたしのも」
 沢山のコップをお盆に置き、更に自分の分のコップも置く。そうして、再び暖炉の前へと急ぐ。今回は重い鍋がないため、簡単に行くことができた。
「なんていうか、一度ここに来ちゃったら、あんまり他に行きたくなくなっちゃうな」
 ふふ、とシノンは笑う。コップの並んだお盆を暖炉近くの机に置き、そこから自分のコップだけ手にする。
「味見しておかないとね」
 シノンは楽しそうに呟き、鍋からコップにチャイを注ぐ。暖かなチャイが、甘い香りをさせながらコップに注がれていく。
「うん、おいしそう」
 ふわりと立ち上る湯気が、気持ちまで暖かくするようだ。コップ一杯分入れたシノンは、ふうふうと冷ましながら口へと持っていく。
 甘くて暖かなチャイは、心をほっとさせる。今回のチャイも上手くできたから、きっと寒い外から帰ってきた子ども達は、喜んでくれることだろう。
 シノンは小さく笑い、ふう、と息を吐き出す。
 ぱちぱちと響く、暖炉の火種がはじける音。
 窓の外から聞こえる、楽しそうな子ども達の声。
 夏に比べ、冬は静かだ。虫の声もしないし、うだるような暑さもない。だからこそ、気づく音と空間がある。
 例えば、こうして寒い中で暖かな暖炉に向かい合っていることだとか。
 手の中のチャイが、ほっと心を安らげることだとか。
 外で遊ぶ子ども達が、寒さに負ける事無く楽しそうにしていることだとか。
 そういった様々な事を、さり気なく教えてくれているように感じられる。
「なんか、いいな」
 しみじみと呟き、コップに残っているチャイをぐいっと飲み干す。すると、外から「ただいまー!」という元気の良い声が響いてきた。外で遊んでいた子ども達が、帰ってきたのだ。
「おかえり」
 シノンが声をかけると、子ども達は一斉に暖炉の前にやってくる。
「あったかーい!」
「やっぱり、中はいいなぁ」
 真赤な頬をさせたまま、子ども達は口々に暖炉をたたえる。
「皆、寒かったでしょ」
「うん、寒かった!」
「風がね、びゅーって吹いてきたんだよ」
「落ち葉が凄い勢いで飛んでねー」
 楽しそうに子ども達は口にする。と、その時一人の子どもが「あ、チャイだ!」と声を上げる。
「暖炉にチャイがある」
「あ、本当だ!」
「ねぇ、シノン。このチャイ、作ったの?」
「甘くていい香りー」
 わいわいとする子ども達に、シノンは「落ち着いて」と宥める。
「皆が寒かっただろうと思って、作っておいたんだ」
 シノンの言葉に、子ども達は一斉に「わーい」とはしゃぐ。
「じゃあ、注ぐから順番に取りにきて」
 子ども達はコップを手にして、列を作る。シノンは一人ずつコップを受け取り、チャイを注いで行く。鍋でたっぷり作ったのに、皆に配ると残りはあと少しになってしまった。
「後ちょっとか。早い者勝ちになっちゃうかな」
 シノンがそう呟くと、窓の外を見ていた子どもの一人が「シノン」と声をかける。
「帰ってきたよ!」
「え?」
 子どもに言われて窓を覗くと、確かに人影がある。シノンたちに気づき、ひらひらと手を振っている。
「兄貴、帰ってきたんだ」
 シノンは手を振り替えしながら呟き、暖炉に戻る。もう一人分くらいのチャイは、残っていそうだ。
「外は、寒かっただろうから」
 ふふ、と小さく微笑む。
 鍋から注ぐ最後のチャイは、ふわりと甘い湯気を立ち昇らせ続けているのだった。


<甘く暖かな空間の中・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2008年12月10日

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