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『栗と魔法と 』
千獣3087)&エディオン(NPC0197)


 ぱき、という木の枝を折る音を聞き、千獣(せんじゅ)は視線を下に向ける。
「あ」
 いがいがの実を見つけ、ぐいぐいと足で踏む。暫く踏んでいると、中から大振りな実がぽろりと出てくる。
 茶色で大きな、栗の実だ。
「栗」
 ぽつりと千獣は呟き、栗の実を拾う。辺りをくるりと見回せば、大きな栗の木が近くにあるらしく、いたるところにいがいがの実が転がっている。
 千獣は布を取り出し、栗の実を包む。
「いつも、もらって、ばかり」
 二つ目のいがいがを踏み始めつつ、千獣は呟く。
「話を、聞いて、くれて。お茶と、お菓子、くれて。その後、また、お茶を」
 千獣の頭の中を巡るのは、訪れるたびに何かしらご馳走されるエスコオドだ。エディオンは千獣が尋ねるたびに、紅茶やお菓子を出してくれる。頭がぐるぐるした時も、その後でそのお礼を言いに行った時も。
(今は、実りの、秋)
 再び出てきたおおぶりの実を拾い上げ、千獣は布に包んでいく。
(栗、たくさん、ある)
 そもそも、千獣は栗拾いをする為に山に入ったのではない。エディオンに会いに行こうかと、ふと思い立っただけなのだ。
 その途中で栗を見つけた。いつも貰ってばかりでお返しがしたかった千獣には、うってつけだった。
「あそこ、にも」
 栗のいがいがは足の裏にたまに刺さり、ちくっとする。だが、それ以上に中から大振りの実が出てくるのはなんだか楽しい。
 気付けば、千獣は布いっぱいに栗を拾っていた。ちょっとしたサンタクロースのようだ。
「エディオン……驚く、かな」
 ほわ、と笑うエディオンの顔を想像し、千獣はそっと呟いた。そして、足取り軽くエスコオドへと向かうのだった。


 エスコオドには相変わらず「OPEN」の札がかけてある。が、当然のように人はいない。店の中にも人の気配は感じられない。
 千獣は一度ノックをしてから、扉を開ける。
「エディオン?」
 声をかけると、中から「いらっしゃいませ」という声が響く。続いてエディオンが姿を現し、千獣を見てにこやかに微笑んだ。
「いらっしゃい、千獣さん」
「エディオン、これ」
 千獣はそう言って、手にしている大きな包みをエディオンに手渡す。エディオンは不思議そうにそれを受け取り、中を確認して「有難うございます」と頭を下げる。
「たくさんの栗ですね。それも、大きい。大変だったでしょう」
 エディオンの問いに、千獣は首を横に振る。エディオンは再び礼を言い、栗を持って店の奥に行こうとする。
「お茶、持ってきますね」
「エディオン、待って」
 大きな包みを抱えたまま、エディオンは足を止める。千獣の言葉を待つように。千獣は「ねぇ」と口を開く。
「この、前。クルミ、で、クッキー、焼いた……て、言ってた、よね……?」
 千獣は以前頭がぐるぐるした時に、エディオンが言っていた言葉を思い出しながら尋ねる。エディオンは「ええ」と頷き、更に千獣の言葉を待つ。
「この、栗、も……何か、作れる、の……?」
「勿論です」
 にこやかに、エディオンは答える。「これだけあれば、食べきれないくらい色々できますよ」
「例、えば……?」
「そうですね……クッキーやパウンドケーキに入れてもいいですし、ペーストにしてパイに入れてもいいですし……お酒を造ってもいいですね」
「そんなに、沢山……作れるの?」
「はい。それでもあまるくらいでしょうか」
「凄い」
 興味津々の目で、千獣は栗の入った包みを見ている。
 千獣には、料理と言う概念がなかった。特に必要としていなかったからだ。だが、最近調理された食べ物を口にするようになってから、料理というものに対して興味を持つようになってきた。味にも、作り方にも。
「なら、一緒に作りましょう」
「え……?」
「これだけ沢山あるんです。だから、そうですね……甘露煮を作りましょうか」
「かんろに?」
「はい。栗を甘く煮ておくんです。そうしたら長くもちますし、色んな料理に使えるんですよ」
「色んな、料理?」
「ええ。さっき挙げたお菓子もそうですし、そのまま食べても勿論おいしいですよ」
 エディオンの言葉を聞き、千獣は何処となく嬉しそうな表情をする。どんなものなのだろう、という興味もあるようだ。
「どうぞ、こちらに。あまり広くない台所ですが」
 エディオンはそう言って、カウンタを開ける。店の奥に台所があるようだ。
 店の奥の台所は、シンプルながらもどこか温かみがあるように感じられる。色んなお茶やお菓子が出てくるからだろうか。
「まず、栗の鬼皮をむきますよ」
「鬼……皮?」
「はい。この一番外側の硬い皮です。ナイフを使って……こうやって」
 エディオンはそう言って、一つ栗の皮を剥いてみせる。千獣はじっとそれを見つめ、剥き終わった栗を見つめた。
「すごい」
「千獣さんにもできますよ。ほら」
 エディオンはそう言って、ナイフをもう一つ出して千獣に手渡す。千獣はナイフを受け取り、エディオンがやっていたように鬼皮を剥いていく。時間がかかるのは初めてなので仕方ないにしろ、その作業自体は中々上手い。教えられた事を、そのまま忠実に守ってやるからだろう。また、変に自己流が入っていないのも一因といえる。
「上手いじゃないですか」
「本当……?」
 嬉しそうな千獣に、エディオンは「ええ」と言って湯を沸かす。鬼皮を剥いた栗をつけておくためだ。
 湯がわく間に、エディオンも鬼皮を剥く作業に加わる。たくさんの栗の皮を剥くことによって、千獣の腕は格段に上がっていた。最初はエディオンが5つ剥く間にようやく1つを剥き終えていたのに、気付けば同じくらいの速さで剥くようになっていたのだ。
「全て剥きましたね。お疲れ様です」
「うん、なんか、面白い……」
 手は疲れたが、達成感があった。エディオンはにこにこと笑いながら「はい」と頷き、剥いた栗を熱湯につけた。
「後は冷めるのを待って、渋皮を剥いて、栗の重さの半分の砂糖を入れて煮るだけですね」
「それ、だけ?」
「はい。一番大変な作業は、とにかく皮を剥くことですから」
「なら、もう、大半は、終わった……?」
「そうですね、渋皮は簡単に剥けますから」
「そう、なんだ」
 感心する千獣に頷き返し、エディオンは大きな瓶を二つと、小さな瓶を一つ用意する。
「……それ、は?」
「保存用の瓶です。煮沸消毒しておこうかと」
「煮沸、消毒?」
「ええ。こうやって熱湯で煮て、綺麗にするんです」
 エディオンはそう言いながら、瓶を煮てみせる。その様子に、千獣は「煮る、のは、食べ物、だけじゃ、ないんだ……」と呟きながら見つめる。
「でも、エディオン」
 千獣は三つの瓶を見つめ、小首を傾げる。「その、小さな、瓶、は……?」
「これは、千獣さんの分ですよ」
「私、の?」
「この大きな瓶を持って帰るのは大変でしょうから」
 煮沸の終わった瓶が、三つ並べられる。もうすぐ、熱湯につけている栗も冷める。そうすれば渋皮を剥き、砂糖と煮る。そうして出来た栗は、瓶につめられる。
 保存用の二つの瓶と、千獣のお土産の小さな瓶に。
「そのまま食べても、十分おいしいですから」
「なら、栗を、使って、できるもの……知りたい」
「そうですね……確かに、何か作れたらいいですよね」
 エディオンはそう言って、小麦粉を取り出す。
「折角なので、パウンドケーキも作ってみましょうか」
「うん……!」
 千獣は嬉しそうに頷く。エディオンは「分かりました」と頷き、次々に材料を取り出す。
「まるで、魔法、みたい」
 並ぶ材料を眺めて、千獣は呟く。
「魔法、ですか?」
「うん。エディオン、魔法使い、みたい」
「それなら、千獣さんもですね」
 え、と不思議そうな千獣に、エディオンはにこやかに笑う。
「今から、千獣さんも魔法を使うんですから」
「私は、まだ、見習い、だから」
「それでも魔法使いには変わりないですよ」
「そう、かな?」
「ええ」
 千獣とエディオンは顔を見合わせて、笑い合う。魔法と言う言葉が、何故だかくすぐったい。
「それじゃあ、魔法にとりかかりましょうか」
 エディオンはそう言って、大きなボウルを机に置く。千獣は「うん」と頷き、ボウルに小麦粉が注がれる様を見つめた。
 これから起こる魔法を、自分のものにする為に。


<栗の香りに包まれつつ・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年12月02日

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