『【冬のおくりもの】 』

松浪・心語（3434）＆アンジェリカ・ランカスター（NPC0736）

　＊――――＊

　王国の首都から少し離れた郊外にその店――サティーシュはあった。
　気がつくと、上空には漆黒の布が覆いかぶされ、硝子の欠片のような星たちが瞬くそんな時間になっていた。

　＊　＊　＊　＊　＊　＊

　洗練されてはいるが小さな雑貨屋であるサティーシュでは、女主人であるアンジェリカがカウンターで本日分の収支記録をノートに羽根ペンを素早く走らせる音が聞こえる。
　レジの中に残る金額と買われた商品リストをしかめっつらで眺めながら、作業する風景はこの時間の見慣れた風景だ。

―――チャリン、チャリン…。

　店の外の来客を告げる鈴の音が響いたのはそんな時だった。
アンジェリカは顔を上げずに言葉を発した。
　「いらっしゃいませ〜、サティーシュへようこそ〜」

店内を静かに歩を進める音が聞こえた。それが大きくなっていくのを感じたとき、アンジェリカの頭上に重たい影があらわれた。
　「…いらっしゃいませ〜お買い上げ商品は……って、あらあ？」
影と視線に気づき、お会計をしようと思い顔を上げたアンジェリカに飛び込んできたのは綺麗な銀色の髪を短く切り揃えた少年だった。
　それは先日の訪問者である松浪心語だった。
　（…虹色の宝玉を買っていったお客様…だったわよね）
アンジェリカは内心記憶の端を辿りながら、にっこりと笑顔で応じた。
　「こんにちは、お世話になっております。虹色の宝玉のメンテナンスですか？」
アンジェリカの店で売る商品には効果が一過性のものもあり、ちょっとした事故で壊れやすいものもある。壊れてしまった商品を《治す》のも、サティーシュの主人たる彼女の役目なのであった。
　彼は先日、《虹色の宝玉》を購入したお客様だ。もしかしたら壊れてしまい修理にきた、と彼女はぼんやりと考えていた。
　しかし、予想に反して心語は小さく首を振った。
　「……ペンダント、ありがとう…」
心語はぎこちなく、そして小さく微笑んだ。
　「……え？」
　「…これのおかげで、その…仕事、いっぱい…入るようになったから…」
胸につけているペンダントを軽く触りながら、ひとつひとつの言葉をかけらのように紡いだ。
　キョトンとした表情だったが、ああ…とすぐ合点がいき、笑顔で応じた。
　「そう、役に立ったようで嬉しいわ、どういたしまして」
そこで、心語の瞳に影を差しこんだ。
　「…でも」
心語はペンダントを触りながら、悲しげに言葉を紡いだ。
　「…兄の前では…大きくなれない…」
心語はそう言い放つと、ペンダントを触るのをやめて、ぎゅっと拳を握り締め、目を閉じた。
　アンジェリカは、目の前の少年――心語の姿に、会計作業の手をとめ、痛ましい表情で彼を見つめていた。
　「お兄さんは…あなたのとても大切な人なのね」
そう呟くと、アンジェリカは椅子から立ち上がりカウンター越しから心語の頭をそっと撫でた。
　「…きっと、《虹色の宝玉》の神様のいたずらね」
くすり、と小さく笑みをこぼしながら、アンジェリカはゆっくりと口を開いた。
　「突然成長したあなたが目の前に現れたらむしろ心配になるわ。今のあなたがお兄さんにとっても大好きだと思うの」
そう言いながらアンジェリカは優しく目を細めた。
心語は、その言葉にハッと顔をあげ、アンジェリカの優しい笑みを見つめ返した。
　「………うん」
ややあってからぼそりと呟き、それから彼の表情が少しだけ和らいだ。

　心語の落ち着いた表情を近くから眺めてから、アンジェリカは内心で小さく頷くと、彼の頭を擦っていた手を取り払った。
　「よかったわ、元気を出してくれて。また商品が入用の際はいらしてね―――ありがとうございます！」
　アンジェリカは前に出ていた髪を後ろに払いながら営業用の笑顔で応じ、手を振った。
　心語は思い詰めた表情でしばらくアンジェリカを凝視していたが、不意に踵を返した。

　心語がカウンターから入り口まで小走りで駆けている間に、ふっと何か思い立ったように心語は立ち止まり向き直った。
　そしてついさっきまで走っていた道を戻り…カウンター越しのアンジェリカの前に戻ってきた。
　「…？」
アンジェリカはきょとんとした表情で心語を見つめ返していた。すると、心語は革袋から何かを取り出した。
　「……働いて自分で買った。だからこれあげる」
彼の手にあるのは白い毛糸で編んである手袋と帽子だった。
アンジェリカは目を大きくさせた。
　「え？…いただけるのかしら？」
彼は瞬時に頷き、すばやく渡すと、言葉をかける間もなく一目散に店から出てった。

　白い毛糸の手袋と帽子を両手に抱えたままアンジェリカはしばらく放心状態で店先の扉を見つめていた。
　そして我に返ったように両手に残されたものを見遣った。

―――ふわふわとあたたかい温もりが両手から伝わってくる…。

　見れば、窓の外にはぽつり、ぽつり…と白い結晶が降っている。
　「…まあ、雪だわ…。もうそんな季節になってしまったのね」

　ぽつ、ぽつ、ぽつ…。
　雪の結晶が夜の帳の中に落ちてゆく。そして、まわりの建物や木の枝に降り積もってゆく。
　サティーシュからみえる窓から眺めながらアンジェリカは両手に残る白い小さな贈り物を優しく抱きしめていた。

―――今年もサティーシュは忙しくなるだろう、と。
　アンジェリカは唇の両端をあげながら窓の外と掌の中を交互に見つめていた。
夜だけが静かに、しかし確実に更けていく。

　――　Fin.　――

PCシチュエーションノベル（シングル）

里乃　アヤ

聖獣界ソーン

2008年11月25日