▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『冬の前に 』
シノン・ルースティーン1854)&スラッシュ(1805)&(登場しない)


 ベルファどおりから少し離れた場所にある、スラム街。そこは薄汚れた古い建物が立ち並んでおり、小さな工房や商店がひしめき合うように存在している。
「大分、日が短くなったな」
 シノン・ルースティーンは呟き、ぶる、と体を震わせる。スラム街の小さな孤児院に吹き込む風は冷たさを増しており、太陽の出ている時間も徐々に短くなっていっている。今にも冬の足音が聞こえてきそうだ。
「シノン、紙か何かないか?」
 窓の外を眺めていたシノンの元に、スラッシュがひょっこりと顔を出す。「紙?」と不思議そうな顔をするシノンに、スラッシュが肩をすくめつつ口を開く。
「また、隙間風だ。今日はまた一段と冷え込むからな」
「そっか。ちょっと待ってて」
 シノンは答え、紙とテープを探す。一時しのぎでしかないが、何もしないよりかはマシだろう。
「もうすぐ、本格的な冬が来るだろうな」
 紙とテープを受け取りつつ、スラッシュが言う。シノンは「そうだね」と答えつつ、ため息を吐き出す。
「確か、雨漏りもあるんだよね。雪が降ったりしたら、危ないかも」
「そうだな。しっかりと補修をしておくか」
「補修を?」
「ああ。ただでさえ老朽化が進んでいるんだ。しっかりと直してやらないと」
 スラッシュはそう言い「じゃあ、行って来る」と紙とテープをひらひらとさせ、隙間風の場所へと向かっていく。
「しっかり直さないと、寒いもんね」
 スラッシュの背を見送り、シノンは呟く。
 いっその事、建て直した方が早いだろうことは、シノンもスラッシュも心得ている。だが、どれだけ老朽化が進んでいようとも、建て直そうとはしない。それは、孤児院の子ども達にとって、この建物自体が「親」のようなものだからだ。
「そういえば、皆で頑張ってお金もためたんだっけ」
 少ないながらも、孤児院の皆でお金を貯めている。そのお金を、今こそ使うべきではないか、とシノンは思う。
「明日はいい天気になりそうだしね」
 シノンは呟き、再び窓の外を見つめる。
 すっかり暗くなってしまった空で、星が綺麗に輝いていた。


 翌日、朝早くから孤児院の子ども達は動き回っていた。貯めていたお金で補修に使う材料を購入し、年長組と年少組に分かれて補修作業をすることになったのだ。
 孤児院の補修に使うのだと材料を購入する店に伝えた所、出来る限りのおまけをしてくれた。お陰で、しっかりと補修を行えるだけの材料を手に入れることが出来たのだ。
「じゃあ、これから屋根の補修に入る。危ないから、必ず三人組で動け」
 スラッシュはそういうと、年長組を三人ずつ組にしていく。すると、一人だけ残ってしまった。きょとん、とするその子に、スラッシュは「よし」と力強く頷く。
「俺が、二人分だからばっちりだ」
 スラッシュの言葉に、年長組は思わず吹き出す。スラッシュは「あのな」とため息混じりに手をひらひらとする。
「笑っている暇が合ったら、動け動け」
「はーい」
 子ども達はくすくす笑いながら、作業に取り掛かる。スラッシュも組となった子に「よし、行くぞ」と声をかける。
「何で三人組なの?」
「一人が落っこちそうになったら、二人で支えられるだろう?」
 へぇ、子は感心しつつ、更に「でも」と付け加える。
「二人が落ちそうになったら?」
 素直な疑問に、スラッシュはぐっと言葉を詰まらせつつ、口を開く。
「残り一人は、あれだ。他の人に知らせる」
「ああ、なるほど」
 偉いなー、と子はにこっと笑った。スラッシュは子の頭を優しく叩き「行くぞ」と再び声をかけた。
「屋根の補修は、大事だからな。これで今年の冬が変わる」
「雨漏りしない?」
「しないように、頑張るんだ」
「はーい」
「屋根が終わったら、次は壁が待ってるからな」
 屋根の補修をする子ども達に、スラッシュは声をかける。はーい、と返事をする子ども達は、どこか楽しそうだ。
「スラッシュー、釘、変になった」
「あー、板が曲がったー」
「スラッシュー、こっち来て」
「ああ、やっちゃった!」
 至る所から、気になる声が聞こえてくる。スラッシュは組になった子に「よし」と言い、深く頷く。
「俺達は、フォロー係になるぞ」
「フォロー係? 補修、しないの?」
「しようとしたら、ああやって声がかかる。だから、そのフォローをするんだ」
「僕も?」
「俺一人じゃ無理だからな。行くぞ」
「はーい」
 手にしていた補修の材料を置き、スラッシュは声のする方へと向かっていく。こっちこっち、と振る手とかけられる声が、たくさん溢れていた。


 シノンは年少組と一緒に、箒や雑巾といった掃除道具を手にしていた。スラッシュ率いる大掛かりな補修組に加わるのは危ないため、部屋の掃除と簡単な補修を請け負うのだ。
「皆、無理は駄目だからね。大きな補修があったら、兄貴に相談するんだよ」
「はーい」
 シノンの言葉に、子ども達は元気良く返事をする。そうして、各自割り当てられた所へと進んでいく。
「シノン、私はどうしたらいい?」
「ええと、箒と雑巾は?」
「もう持ったー」
 そう言って、子ども達は各自持っているものを振りかざす。シノンは「うん」と頷き、にっこりと笑う。
「じゃあ、あたし達は先に台所を掃除するよ」
「何で台所?」
「上から順番じゃないの?」
 不思議そうな子ども達に、シノンは「だって」と言って笑う。
「動いたらお腹すくし、喉も渇くから。その時、すぐに対処できるように」
「何か作るんだ!」
「正解! だから、先に台所を掃除するんだ」
 シノンの言葉に、子ども達は「はーい」と返事をして、ぱたぱたと台所へと向かっていく。シノンは「こけないようにね」と声をかけつつ、自らもバケツを持って移動を始める。
 台所の掃除は早めに終わらせ、使えるようにしておきたかった。作業の合間でも簡単に食べられるような軽食や、冷えた体をほっと温めるような暖かな飲み物を作りたいからだ。補修作業やそれに伴った掃除も勿論大事だが、食べ物や飲み物を用意しておくことも大事な事だ。
「シノン、これは何処におけばいい?」
「あ、それはその上。ちゃんと台使っておくんだよ」
「シノン、これ、何かなぁ」
「うわ、何その茸。ちょっと取って、捨てちゃおう」
 子ども達と一緒に、バタバタしながら台所を綺麗にしていく。その間にも、別の場所から「シノンー」と声がかかる。
「ああ、もう。皆、呼びすぎ」
 シノンはそう言いつつも、笑顔で呼ばれるたびにそちらに向かう。布団の隙間に入っちゃって取れなくなったとか、小銭を見つけたとか、箒の柄が取れたとか。一つ一つに対処して、てきぱきと子ども達の作業を進めていく。
「シノン、台所終わったよー」
 台所の方から、声が響く。シノンは「分かったー」と答え、とりあえずテープでぐるぐるまきにした箒を子どもに手渡し、台所へと向かう。
 台所は、ぴかぴかになっていた。綺麗になって感心するシノンに、子ども達が誇らしそうに笑う。
「凄いじゃん、皆」
「まあねー」
「ざっと、こんなもんだよな」
 嬉しそうにはしゃぐ子ども達一人一人を褒め、シノンは「それじゃあ」と言って、軽食と飲み物作りを始める。
「シノン、料理大丈夫?」
 悪戯っぽく言う子どもに、シノンは「こら」と言って、軽くおでこをつつく。
「あたし、結構上手くなったでしょ?」
「目玉焼きとかなら」
「そうそう、卵焼きとか」
 楽しそうに言う子ども達。シノンは「大丈夫だって」といいつつ、パンを並べていく。
「サンドイッチにしようか。それなら、片手で食べれるし」
「失敗も少ないし」
「一言多いよ」
 くすくすと笑いながら、シノンは材料を用意する。中身は、いり卵に、トマト、レタス、ハムといったシンプルなものだ。
「経費削減だよね」
 悪戯っぽく笑い、シノンは具を挟んだパンの耳を切って、更に小さく切る。全体量としては同じだが、ぱっと見、小さなサンドイッチがたくさんあると、ボリュームがあるようだ。
「パンの耳、どうするの?」
「それは、ぶつ切りにして、揚げて、シナモンと砂糖を絡めて……」
「あ、スナックだ!」
 子ども達がはしゃぐ。沢山のサンドイッチを作り、それに伴って出てきたパンの耳のスナックが出来る。
「後は、やっぱり……」
「チャイ!」
 シノンの言葉を受け、子ども達が一斉に言う。シノンは「そうだよね」と言って微笑む。
「あったまるしね」
 大皿に乗ったサンドイッチの隣で、シノンはそう言いながら紅茶の葉を取り出すのだった。


 スラッシュが「そろそろちょっと休むか」と声をかけると、子ども達は「はーい」と答えてからその場に座り込む。
 屋根は既に終えており、壁の補修も後ちょっとの所までできた。元気良くしているように見えるが、やはり疲れているのだろう。
「大丈夫か?」
 スラッシュがそう尋ねると、子ども達は大きく頷く。が、やはり何処か元気がない。
「何か、気持ちだけでも元気にならないものか」
 ぽつりと呟いていると、孤児院の中からいい匂いが漂ってきた。子ども達は一様にくんくんと鼻を動かす。
「この匂い……チャイだ!」
「シノンのチャイだ!」
 子ども達は嬉しそうに、そう言い合う。スラッシュもかすかに漂ってくるチャイの香りに、思わず顔がほころぶ。
 楽しそうに子ども達が言い合っていると、シノンが「差し入れだよ」と言いながら、子ども達と一緒に孤児院の中から出てきた。
 大皿に乗ったサンドイッチに、鍋一杯のチャイ。
 中で作業をしていた子ども達もシノンを手伝いつつ、皆が出てきた。
 子ども達はあっという間に大皿と鍋に集り、それぞれが欲しいものを手にする。お腹がすいた子はサンドイッチをつまみ、寒さが染みている子はチャイを飲む。子ども達同士が笑い合い、作業の事を話し、嬉しそうに補修されている孤児院を見つめていた。
「はい、兄貴」
 子ども達の様子を見守るスラッシュに、シノンはコップに入ったチャイを差し出す。
「いい考えだな、シノン」
「何が?」
 きょとんとするシノンに、スラッシュはチャイの入ったコップを指差す。シノンは「そっか」と言って笑う。
「基本は、食だからね」
「確かに、そうだな。お陰で、もう少しの作業も頑張れそうだ」
「あと少しなんだ。早いね」
「皆、頑張ったからな」
「そっか」
 二人は並び、チャイをすする。ほわ、と暖かな湯気が立ち昇るのが、心をほっとさせる。
「相変わらず、チャイの腕は確かだな」
「サンドイッチだって、中々上手くできたよ」
「挟むだけだが」
「それは、言いっこなし!」
 スラッシュとシノンは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。互いの健闘をたたえるかのように。
「それじゃあ、後一踏ん張りするか」
 ぐいっとチャイを飲み干し、スラッシュは言う。
「あたしも、後ちょっと頑張るよ」
 スラッシュからチャイの入っていたコップを受け取り、シノンは言う。
「もう、冬が来ても安心だね」
 シノンは孤児院を見上げ、呟く。
 皆の力で補修された孤児院は、前よりも温かみを増したような気がした。どれだけ外が寒くとも、中は暖かいのだから。
「シノンー」
「スラッシュー」
 子ども達が二人を呼ぶ。二人は「よし」と同時に呟き、自分達を呼んだ子ども達の所へと急ぐ。
 補修された孤児院には、きっと雪が似合う。
 その姿を想像し、シノンとスラッシュは小さく微笑むのであった。


<冬の寒さを待ち構え・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年11月18日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.