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『花の囁きがあふれる店 』
黒・冥月2778)&木曽原シュウ(NPC3108)

□prologue
(あれは、仕方が無かったんだ!)
 黒・冥月は何度も心の中でそう繰り返し、うろうろと小道を行ったり来たりしていた。
(だから、あの場を切り抜けるには、ああするしかなかった!!)
 腕を組み、うんうんと心の中の主張に、自ら頷く。
 目の前に見えるは、『Flower shop K』。いかつい店主と少女のような店員が切り盛りする、いつもの花屋だ。
 しかし、冥月はいつものように真っ直ぐ花屋を目指さない。
 それと言うのも、先日ちょっとした事があったからで、そのちょっとした事がちょっとした事じゃ無いのが問題なわけで……。
(いやいやいや! だから、仕方が無かったんだ。だから、アレは瑣末な事で!)
 そして、最初の思いに戻る。
 ちょっとした事件を切り抜けるため、自分が花屋の女性店員を艶かしく誘惑してしまった。
(違うッ! 断じて、違うッ!!)
 誘惑してしまったんじゃない。そのフリをしたのだ。
 その時の店員の怯えた表情と、必要以上にノリノリだった自分の姿を思い出し、冥月は身悶えた。そして、誰も見ていない小道で一人空中にむかって拳を繰り出した。しかも、何度も。くそッ。この空気めッ! 空気めッ!!
 その姿は、普段の冥月からはとても考えられない。
(気まずい……)
 そうなのだ。あの件以来、花屋に立ち寄り辛くて、全く来ていなかった。
 しかし、彼女の事は気になる。もし、あの件で心を痛めていたならば、フォローしなければ。
 だから勇気を振り絞って、ここまで来たのだ。
 冥月はもう一度、花屋を見据えた。

□01
 『Flower shop K』は、それほど忙しいわけではない。
 従業員は店主と店番の二人だけ。店舗は、キーパーと呼ばれる小さな透明の展示用冷蔵庫が一つ置いてあり、後は鉢植えや生花の入ったバケツがいくつか並べてあるだけで割合狭い。
 来客も一日に数えるほどしかないようだ。
 現に、今も店の中には店主が一人、静かにフラワーアレンジメントを作っている。
 店内に客の姿はない。もっとも、厳つい男が真剣にパステルカラーの花束を抱えている姿を見た者は、恐ろしくて店の中に入る事などできない……と、言うような事もあったりなかったりするけれど。
 いつもならば、店主であり、厳つい男であり、花を愛する木曽原シュウが店番をする事はない。しかし、今日は特別、店員の女性が展示用の小道具を買出しに出た。
 だから、木曽原シュウが一人、店番をしていた。
 そんな事は、気配で分かっている。
(分かっているんだ!)
 ぎり、と、奥歯を噛み締め冥月は店内をそっと窺った。
 とにかく、彼女が怒っているのかどうなのか、それだけでも確かめたい。あの店主なら、彼女から冥月の事を聞いているかもしれない。そして、今なら彼女に気付かれることなく、それが確認できるのだ。だから、行け。行くんだ冥月!
 と言うような心の葛藤を抱え、もう一度店内を覗き込む。
 今度は、バッチリ、木曽原と目があった。
 瞬間。
『くすくすくす』
『くすくすくす』
『くすくすくす』
 店の中から、楽しげな笑い声が聞こえた気がする。
(ええい!)
 目があってしまったのでは仕方がない。冥月は、観念して店のドアに手を伸ばした。

□02
 店に入ってきた冥月を見て、木曽原は驚いたように両目を大きく見開いた。まるで、自分が店番をして入る時は、客が入ってこないと信じているような、そんな感じ。
『あ! 冥月だぁ』
『いらっしゃいませぇ』
『わぁい。くすくすくす』
 固まってしまった木曽原をよそに、店の花達はわっと明るい声で冥月を迎えた。
「……すまない、彼女は……いない」
 店に入ってきたのだから、客だろうと思うけれど、木曽原は最初にそう切り出す。どうやら、ある程度冥月を知っているようだ。
「いや、いいんだ」
 冥月は歯切れ悪く返事をする。
 木曽原は不思議そうな顔をしたが、結局、冥月に椅子を勧め温かい茶を差し出した。
 椅子に腰を下ろし、差し出された茶を啜る。
 店内にはくすくすと、花達の笑い声だけが響いていた。
 花の辞典を片手に知識を披露したり、冥月の話を面白そうに引き出す店番がいないので静かなのだ。木曽原は、何も言わずフラワーアレンジを再開した。何か話し掛けたほうが良いのだろうが、冥月はなかなか彼女について話し出すことができない。
『女のオキャクサンだねぇ、シュウ?!』
『ねぇ、冥月は、今日は何をしに来たのぉ?』
『くすくすくす』
 話の弾まない二人とは違い、花達は賑やかに笑い続けた。黙りこむ木曽原と少々大人しい冥月の様子が面白くて仕方がないらしい。
 この花屋の花は、喋る。
 どう言うわけだか分からないが、この花屋の花達は人間の言葉を理解し人間に語りかけるのだ。
「前から聞きたかったんだが……花達の声な」
『お?』
『あたし達の事だよね? ね?』
 話し始めた冥月に、花達はわっと歓声を上げる。
「ええい、煩いっ」
『はぁーい』
『ちぇ……』
 しかし、それでは話が進まないと、冥月は花達を一喝した。
「声が聞こえるのはここの花達だけなんだが、何か理由があるのか?」
「それは……」
 まっすぐな冥月の疑問に、木曽原は訥々と語る。
 花達は大きく一つの意識を共有していて、それは大きな流れとなって渦巻いている事。
 それは地脈や霊脈と言ったモノに似ていると言う事。
「その、出口……のような物が、この辺りにあるのだ、と思う」
 そう言いながら、木曽原は首をひねった。どうやら、彼自身も全てを理解しているわけではない様子だ。
『半分くらいは正解だねー』
『くすくす』
『シュウの言う通りだったら、ここを離れた私達の声は、聞こえないよねー』
『くすくす』
 確かに。木曽原の説明では、冥月の元に来た花達の声の説明はつかない。
 店の中に楽しそうな声が木霊する。花達は、それ以上自分達の理由を語ろうとはしない。ただ、楽しそうに笑うだけだった。

□03
 さて。
 一通り話し終わった木曽原は、また黙ってフラワーアレンジの作業を再開した。元々、楽しく会話すると言う機能がすっぽりと抜け落ちているようだ。
 冥月は、茶を飲もうと口を湯飲みにつけた。しかし、熱い液体は口に入ってこない。いつの間にか、湯飲みは空になっていた。
 くすくすと、花達の笑い声がやけに大きく聞こえる。
 花達は、きっと、そわそわしている冥月が珍しいのだと思う。冥月の様子を見て、随分楽しんでいるようだ。そんな事、とっくの昔に分かっていた! と言うか、冥月が困っている事に気がついているのなら助け舟を出してくれれば良いのにと、冥月は目を細め笑う花を睨む。
 ぱちん、と。ハサミの音。
 木曽原は何も言わないが、客でもない、用事もない自分が居ては邪魔になるかもしれない。
 冥月は、随分逡巡した後、空になった湯飲みを握り締め、切り出した。
「……あのな、彼女が私の事、何か言ってなかったか」
「何か、とは?」
 しかし、まさかの切り返しに言葉に詰まる。そこまで詳細に語らなければならないのか。
 冥月はもごもごと口ごもりながら、何とか返事をした。
「いや、だから……その。アレだ。つい最近、この店に妙な客が来た……とか、何とか……」
 最後の辺りは、消え去りそうな声。
 そんな冥月の様子に、木曽原はふむと考え、ハサミを置いた。
「火を吐く猫の話か?」
「……そうか。アレが猫に見えたか。いや、そうじゃなくて、もっと最近の話でだな……」
 首を横に振る冥月。
 ぐるぐると、記憶を引き寄せた。確か、この店を襲った強盗は、猫と言うよりも豹だったのだけれど、本人が猫だったと思っているのならそれが一番だ。
「最近……」
「そうだ。最近、そう、花束……の事を何か言っていなかったか?」
 しかし、この店を強盗が襲ったのは、随分昔の話のような気がする。それよりも、妙な客に絡まれた事について何か言っていなかったか知りたいのだ。
「最近……小さな花束なら、安心して任せられる……随分勉強しているようだ」
「……」
 冥月は頭を抱えた。
 おそらくだが、この花屋では、木曽原が花束を担当していたのだろう。しかし、最近は彼女も勉強し上達してきているので、小さな花束ならば安心して彼女に作ってもらえる、と言うことが言いたかったのだと思う。
 しかし!
 そんな事を話題にしていたのではない。つい先ほどまで、事件がどうのと言う事を話していた筈だ。どうすれば、この男とスムーズに会話ができるのか。彼女の様子を伺う事でいっぱいだった冥月は、普段よりちょっぴり余裕がなかった。
『くすくすくす。違うよぉ。あの子は、冥月の事、シュウに話していたよね?』
『そうそう。花束が沢山売れた日の話!』
『あの子、いっぱい花束を作ったって、興奮していたよ?』
 くすくすと笑うだけだった花達が、そんな風に木曽原に語りかける。
 見かねて助けてくれるようだ。
「花束が、売れた日……。から、冥月さんの顔を見ていない……」
 ポツリ、と。木曽原が呟く。ようやく、何を言うべきか分かったようだった。彼女の口調をなぞるように、木曽原は口を開く。
「そ、それで」
 確かに、気まずくて、ずっとこの店に足を運んで居なかった。お互い、顔を見ていない。それで、顔を見ていないから、何だろうか。冥月は声が上ずるのも構わず、続きを促した。
「……? 買い物に、出かけたら、会えるかもしれない、と。言っていたが」
「そ、そうか」
 そうか。そうか。
 冥月は頷きながら、ゆっくりと検証した。
 会えるかもしれない、と、言う事は、自分と出会うことを期待しての言葉だ……と思う。会って、何か話したいことでもあるのかもしれない。
 つまりは、声も聞きたくないと言うほど嫌われていない、のではなかろうか。
 すっかりと長考する冥月を見て、木曽原はフラワーアレンジを再開した。

□epilogue
 食虫植物の小さな鉢を手に取り覗き込む。
 最近、観葉植物の代わりに食虫植物を購入する人が居るそうだ。確かに、珍しい。ビジュアルはグロテスクとキモ可愛いの間で揺れているが、手のひらに乗る小さな姿は見ているとだんだん愛着が湧いて来る感じがする。
「変わった物を、仕入れて見たら、意外と人気が、あった」
「なるほど」
 木曽原は、相変わらず訥々とした話し方をする。しかし、少しは慣れてきたのか、珍しい鉢植えを冥月に紹介してくれる。
 小さな姿の食虫植物は、とても空中の虫を捕らえるような力強さはない。
 が、それがまた良いのかもしれない。
 恐い物は恐いだけだが、そこに愛嬌が加わると途端に愛らしくなる。自分に害をなさないと分かれば、安心して危険な物を観察できるのだ。
 つい、小さな鉢に集中してしまった。
 気がつけば、聞きなれた足音が遠くから聞こえてくる。
 あっと思った時には、時既に遅し。
 花屋は出入り口が一つしかないので、このままでは店の入口で彼女と鉢合わせしてしまう。
 たったったと、軽い足音がだんだんと大きくなる。ドアのすぐそばに彼女の気配を感じた。
 冥月は、急いで小鉢を展示棚に戻す。
『あ、帰ってきたよぅ』
『お帰りー』
『きゃはは。あたし達の声、まだ聞こえないのかなぁ?』
「……」
 にぎやかに彼女を出迎える花達と、無言で頷く木曽原。
 からんとドアが開いたその瞬間。
「世話になった!」
 ようやく、それだけを小声で呟き、冥月は影の中に逃亡した。
 ただいまですーと、明るい声が店内に響いた時、店の中には木曽原が立ち尽くしているだけだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
陵かなめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年11月14日

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