▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『日常とその裏で』 』
大守・安晃7430)&−・リヴァ(7431)&(登場しない)



 街の中にある小さなその鍼治療院の若き院長を頼り、今日も病を抱えた人々が集まってくる。
 西洋医学が発達した日本では、鍼や灸を使った治療法はまだまだ浸透しているとは言えない。鍼を打つ事を怖がる者も多いが、近年、マスコミ等で針灸の効能がたびたび報道される様になってからは、鍼灸に関心を持つ人が増えてきており、この治療院も連日、それなりの混雑を見せていた。
 しかし、理由はそれだけではない。この治療院では、治療費を格安にするという善意の治療を行っていた。
 院長の名は大守・安晃(おおかみ・やすあき)、23歳にして治療院を開き、患者に頼られ治療を行う毎日を過ごしていた。
「大分コリが溜まっているようだ。今日はこの鍼を使おう」
 そう言って安晃は、指先ほどの大きさの、小さな丸い形をしたシールを出した。
「先生、それは何ですか?」
 疲れた顔をして治療を受けに来た若い男の患者が、安晃に訪ねた。
「これは貼る鍼でね。コリの部分に貼ると、磁石と鍼の作用により、血行を促進してコリをほぐす事が出来るんだよ」
「へえ、そんなのあるんですか」
「シール状になっているから、動いても剥がれ難い。貼ったまま入浴をしても問題ない。3日ぐらいで張り替えるのが目安だ。さ、背中を出して」
 安晃がそう言うと、患者の男は着ていた真っ赤なシャツを脱いで、背中を安晃に向けた。
「ほら、このシールをよく見てごらん。小さな鍼がついているだろう?」
 安晃は男の顔にシールを近づけた。シールの中央部分に、1ミリにも満たない小さな鍼がついている。この鍼をコリの部分に貼るだけで、治療を行う事が出来る。手軽に出来る、最新の鍼治療の1つだ。本当は鍼を刺すつもりでいたが、男がとても嫌がったので、結局安晃は、この治療法を行う事にしたのであった。
 安晃は男の背中にシールをつけ終わると、わずかに笑顔を見せて言った。
「今日は治療費はいらないよ。また3日後に治療を受けに来るといい。コリが治らなければ、また違う治療法を考えよう」
 安晃の言葉に、患者の男は嬉しそうな笑顔を見せた。
「有難うございます。何たって、私の様な妖怪を快く治療してくれるのは、先生だけですから」
 すっかり安心したのか、男の尻にふさふさの尻尾が生えていた。
「ほら、尻尾が出ている。早くしまって戻りなさい」
 男は慌てて尻尾を隠すと、軽く頭を下げて治療院から出て行った。
 何の動物かはわからないが、男は長年生きてきた動物が、人の姿になった妖怪なのだろう。
 この治療院ではいつもの光景だった。安晃を頼ってやってくるのは、何故か物の怪や魔物の類ばかりであった。
 最近はそんな人外達の間でもネットワークが発達したのか、口コミや噂を聞きつけて、毎日の様に様々な人外達がこの治療院を訪れる。おかげで安晃は忙しい日々を送っているのであった。



「午前中は忙しかったわね。午後もこんな調子かしら?」
 安晃の世話係であり、もともとはこの治療院のマスコット猫であった、リヴァ(りう゛ぁ)が安晃に、たった今入れたばかりのコーヒーを出す。
 午前の診療が終わり、安晃とリヴァは待合室のテーブルを使い休憩時間を取っていた。静かに置かれたコーヒーの黒い水面に、そばに立っている彼女の笑顔が揺れ映っていた。
「忙しいという事は良い事だが、ここ連日はずっとこの調子だな。少々疲れてくる」
 首を回しながら息をつく安晃に、リヴァが照れくさそうな笑顔を浮べて続けた。
「それじゃ、あたしがご主人様のこりをほぐしてあげるわ」
 安晃の肩をしっかりとつかむと、リヴァは優しく肩を揉み解す。鍼灸師といえども、リヴァの優しいマッサージには鍼を打つよりも癒しの力を感じるのだ。
「あの」
 どこからか聞こえてきた女性の声が、2人ののんびりした休憩時間に割って入った。
「あの、すみません」
 安晃が声の方に振り返ると、診療所の入り口のドアに、人影が映っていた。声とそのシルエットからして女性なのだろう。
「リヴァ、休憩時間の看板は出したのか?」
「ええ、出しておいたわ。急患さんかしら?」
 休憩時間中でも、急な患者が来たのなら拒むわけにはいかない。安晃が入り口のドアを開けると、そこには年若い女性が立っていた。
 美しい顔立ちのその女性は、白いワンピースを着て独身の様に見えるが、左手の薬指に指輪をしているところから、既婚者なのだろう。どことなく、すでに子供のいる母親の雰囲気を感じた。女性は安晃の顔を見るなり、黙ったまま白い封筒を差し出した。
「依頼か?」
 その封筒を見るなり、安晃の顔からは今までの鍼灸師としての温和な表情が消え、仕掛請負人としての険しい顔つきへと変化する。
「詳細を聞こう。まずは奥へ」
 休憩時間の看板を出したまま、安晃はその女性を診察室の奥へと通す事にした。



「それで、どんな依頼だと言うのだ」
 診察室の奥にある部屋で、安晃はその女性に訪ねた。鍼灸師としての安晃にはもう1つの顔があった。
 それは、冷酷な仕事ですらもこなす仕掛請負人という顔であった。裏では悪事を働いて富を得た大富豪の男を殺害した事もあり、安晃は仕事は的確にこなす確かな腕を持ち合わせていた。
「実は、私は狐なんです」
「狐?」
 急に女性の頭から黄色の三角の耳が生え、黒いひげとふさふさの茶色の尻尾が現れた。
「化け狐なのです。普段は人間の主婦として生活してますけど」
「そうか。それで、肝心の依頼は」
 驚きの表情など少しも見せず、落ち着いた口調で安晃は話を続けた。治療はもとより、依頼を持ってくる者のほとんどが妖怪であった。この様な事にはもう慣れている。
「やー、ウチの子供も通ってる小学校の近くで人攫いが起こっててね、私の知り合いの一つ目さんのお子さんも、やられちゃったらしいのよ」
「人攫い?しかも、子供ばかりが狙われるのか」
 女性の口調は明るかったが、その表情は重く沈んでいた。いつ自分の子が犠牲になるかわからないという、母親の不安が表情に現れていた。
「犯人が捕まらなきゃ、安心して子供を外に行かせる事だって出来やしないわ。友達も早く、事件が解決してくれる様願っているわ。子供達の行方も早く捜さないと。多分、私らみたいに人の社会に紛れてる妖怪の仕業だと思うんだけど……何とかしてくんない?」
「なるほどな。子供を攫う化け物というわけだ。リヴァ」
「ご主人様、何ですか?」
 女性の話が終わると、安晃は即座にリヴァを呼びつけた。
「この女性の子供が通っている学校へ行って、付近を探ってくるのだ。その学校の子供が良く狙われるのなら、犯人は近くに潜んでいるはずだ」
「え、今すぐに?」
 険しい安晃の表情に、いつもはにこやかなリヴァも真剣な表情を見せた。
「子供に万一の事があってからでは遅いからな。今すぐ調査を始めるべきだ」
 安晃の言葉に、リヴァは真面目な表情で頷いた。
「さて、ご婦人。このリヴァは黒猫の妖怪。黒猫姿で学校付近を捜索させれば、怪しむものはいないと思う。学校の場所を教えてやってくれ。俺はその間に出来る限りの情報を集め、犯人の居場所を特定したいと思う」
 そう言うと、女性はほっとした様な顔を見せた。
「ええ、わかったわ。どうもありがとうございます。よろしくお願いしますわね。では、リヴァさん学校へ案内します」
 安晃は女性とリヴァが診療所から出て行くのを見送り、この付近の地図を広げた。依頼を調査するに当たり、犯人が潜んでいそうなところを探し、捜索ポイントを絞るところから始める事にした。



(このあたりは住宅地なのね。子供もいっぱいいそう)
 元の黒猫姿になり、リヴァは小学校周辺を歩き回っていた。
 女性に道案内だけしてもらい、その後は単身でこの地域を捜索する事にした。まず最初に問題の小学校へと入ったリヴァであったが、この時間は学校でも授業が行われており、犯人もうかつに手を出さないのか妖しい者は見つからなかった。
 もう少し学校の中を調べようとした時、グラウンドで体育の授業をしていた子供達に見つかってしまい、猫がいる!と騒ぎ立てられてしまった為、リヴァは一度学校から出る事にした。
 仕方がないので、しばらく小学校付近を探索する事にした。このあたりは住宅街の様であり、子供の服が洗濯物に干してある家も多く見かけるところから、沢山の子供が住んでいるのだろう。しかし、人攫い事件が多発しているせいか、人影はまばらであった。
(静まり返っているわ。人が生活している痕跡はあるのに。皆、きっと不安がって出てこないのね)
 リヴァは交差点を曲がり、やがて郊外の方まで歩いてきた。ここまで来ると空き地も多くなり、住んでいる人も少ないのか、付近は今まで以上に静まり返っていた。
「あら?」
 つい声が出た。3階建ての廃ビルの前に差し掛かった時、リヴァはその廃ビルの入り口に靴が落ちているのを発見した。近づいてよく見ると、それは明らかに子供用の青い小さな靴であった。しかも片方だけでもう片方は見つからない。この近くを通りかかった子供が落としたのだろうか。
 しかし、子供だけでこの様な郊外に来るだろうか。親が一緒にいるのなら、落とした靴は拾いに来るのではないだろうか。
 この付近で子供が関係する事件があったのかもしれない、というリヴァの疑いは、ビルから漂ってくる強い妖気によってさらに強まった。静まり返っているが、このビルには何かが潜んでいる気がしたのだ。それは人間などではなく、人外である事が、猫の妖怪であるリヴァには直感的に感じられた。
(とにかく、早くご主人様に知らせなきゃ!)
 リヴァは道がわからなくならにように、近くの建物の特徴をしっかりと覚えて、安晃の元へと走った。



「元は会社が入っていたビルみたいだな」
 リヴァと共に廃ビルへ向かう安晃は、静かに答えた。
「インターネットでそのビルの事を調べた。その会社が倒産してからは、郊外にあって不便な為もあり、買取手がつかずほったらかしにされているらしい」
「だから、その誰もいないビルに、妖怪が棲みついたのかもしれないわ!」
 安晃とリヴァは交差点を曲がり、さらに目的地の郊外へと向かった。
 リヴァの報告を受け、安晃は彼女と共にその廃ビルへと早足で歩いていた。子供達の命がかかっている為、一刻を争う事態であったが、自動車やバイクは使わなかった。エンジン音を聞き、怪しまれその妖怪が逃げてしまう可能性があるからだ。
「あのビルよ!」
 前方を真剣な眼差しで見つめ、リヴァが声を上げる。
 彼女の指差す方角を見つめると安晃の目に、灰色のビルが飛び込んできた。そのビルの窓ガラスは汚れており、割れている窓もあり、壁もコンクリートが裂けている部分が幾つもあった。その外見からとは今でも誰かが使っているとは思えず、その建物が明らかに廃ビルに間違いなかった。
 ビルに近づくにつれ、安晃もリヴァと同じくその妖しい気配を感じ取っていた。
「ご主人様」
 不安そうな表情で自分を見上げたリヴァに、安心させるように安晃が穏やかな表情を見せた。
「2人で力を合わせれば必ずうまくいく。さ、行くぞ」
 リヴァは小さく頷き、安晃を先頭にして2人はビルの中へと足を踏み入れた。



「ご主人様これ!」
「静かに。わかっている」
 リヴァがビルに入るなり声を上げたのは無理もなかった。そのビルの入り口から天井伝いに、透明の太い糸の様なものが奥へと続いていた。
「これは、何なのかしら。まるで、まるでこれは」
「蜘蛛かもしれない」
「蜘蛛?そういえば」
 安晃はその糸が続く道を辿っていた。さらに奥へと続いており、明らかにその奥に何かありそうであった。
 しかし、やみくもにこのまま部屋の奥へ進むのは危険だと感じた安晃は、部屋の上側にある天井板が一部分外れた部分を指差した。そのリアクションが何を意味しているか、リヴァも理解したようであり、彼女は黙ったまま静かに頷いた。
 2人はその天井の穴から天井裏へとあがり、糸が進んでいる方向へとそっと進んで行った。決して、音を立ててはいけない。もしここに安晃の予想通り蜘蛛の妖怪がいるのだとしたら、自分達も捕まって糸でくるまれて、餌食になってしまう可能性も考えられるからだ。
「あれは?」
 安晃は天井裏の床の切れ目から、一人の男の姿を発見した。年齢はいくつぐらいだろか。安晃と同じ位かもしれない。部屋の前でしばらく佇んでいたその男は、周囲を見回した後、男のすぐ前にある扉を開き部屋の中へと消えていった。
「リヴァ、先へ進もう。この先があの男の入った部屋の先になっているはずだ」
「はい、ご主人様」
 安晃とリヴァは静かに天井裏での移動を続け、先へと進んだ。天井裏自体が暗い為、慎重に足元を確認しながら先へと進んだ。今ここで失敗するわけにはいかないのだ。失敗すれば救える命も救えなくなるかもしれない。静かに敵に近づき、そして事を解決しなければならない。
 やがて、安晃達は天井裏の床に見える小さな隙間を発見した。明かりがそこから漏れており、中の様子を確認する事が出来た。
「あれは!」
 安晃の目に2匹の巨大な蜘蛛の姿が飛び込んできた。さらに、その横には透明の蜘蛛糸で拘束された数人の子供達がいた。おそらくは、人攫いにあった子供達だろう。蜘蛛は今まさに、巨大な蜘蛛は大きな口をあけて鋭い牙をむき出しにし、子供達に食らい尽くそうとしていたのである。子供達は皆気を失っているのか、叫び声すらも上がらなかった。
「リヴァ、俺に続け!」
 それだけ叫ぶと、安晃は天井を突き破り、蜘蛛の真ん前へと飛び降りた。着地する寸前彼は太い鍼を、2匹いるうちの1つ、一回り大きな蜘蛛の首筋へと狙い定めて突き刺していた。
 突然、安晃が天井裏から現れた事に驚いたのか、その蜘蛛が動きを一瞬止め油断したところを狙い、安晃は首筋を狙って鍼を突き刺した。蜘蛛は一瞬にして鍼で突かれ一撃で息の根が止まった様であった。
「ま、待って!」
 一歩遅れて、リヴァが天井から降ってきた。彼女は急に行動をした安晃にかなり動揺していたが、床に着地したところで、蜘蛛を見つめすぐに今自分のやるべき事・やれる事を判断し、その鋭い爪を伸ばして蜘蛛へと飛びかかった。
 リヴァの爪が、蜘蛛の背中を切り裂いた。蜘蛛の背中から緑色の粘液が滲み出してくる。蜘蛛が苦しそうに声をあげると、その隙を狙い安晃が先程と同様に蜘蛛の首筋へと鍼を突き刺した。安晃が的確に蜘蛛の弱点を突いたので、蜘蛛は叫び声をあげながらたちまちのうちに、絶命してしまった。
「やったわ!」
「こちらから不意打ちをかられたのが良かったな。ところで、子供たちは?」
 安晃は部屋のすみで、蜘蛛の糸でしばられていた子供達に駆け寄ると、すぐに糸を切って子供達を開放した。
「大分弱っているが。皆無事だ」
 安晃はほっと一安心し息をついた。子供達は気絶しているが、すぐに目覚めることだろう。安晃は子供達の無事を確認した後、わずかに笑ってリヴァを見つめた。
「よくやったな、リヴァ」
「そんな、あたし何もしてないわよ」
 照れくさそうにリヴァは安晃に笑顔を見せる。
「2人で力を合わせればどんな事も出来るはずだ。情報集めご苦労だったな」
 褒められて恥ずかしくなったのか、リヴァが頬を紅に染めた。
「さあリヴァ。子供達をつれて帰ろう。親御さんたちも心配で溜まらないだろうからな」
 安晃の言葉に、リヴァは大きく頷いて返事をしたのであった。
「ええ、帰りましょう!帰ったら、暖かいスープ作ってあげるわね!それに、美味しい料理も沢山!」
 リヴァが楽しそうに言うので、安晃も何となく楽しい気分になってくるから不思議だ。
 事件を無事に解決したあとの食事は、さぞかし美味しいに違いない。(終)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年11月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.