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『真実は時々嘘を吐く 』
梶浦・濱路7483)&花鳶・梅丸(7492)&江口・藍蔵(7484)&草間・武彦(NPCA001)


 本当だよ。
 子供にお母さんが居るのは当たり前なのに、
 時折、お前にお母さんは居ないんだよ、と言う。
 真実は度々嘘を吐く。
 死に別れを理由にして。生き別れを理由にして。
 けれど子供は納得できないから、
 尋ねる。
「どうして僕にお母さんは居ないの?」
 、
 どう答える。

◇◆◇


 草間興信所があるビル、屋上にて。
 全くすっかり澄み切った空に、漂う霞のような物。その真下、黙々と煙を上へ上へと送る男が一人居た、まぁ、煙草を吸っているのである、もしか一箱千円という馬鹿げた値段が付くやもしれぬ嗜好品を。
 多分ここまで語れば、誰? と訪ねる者は一人も居なく、そう、興信所の主である。喫煙者への風当たりがきつくなり、部屋に臭いがついては溜まらぬと、やんわり、義妹に追い出されるようになったのは何時の日だろうか? ……まぁ吸う時は吸うよ、煙草臭い部屋? いいじゃないか、ハードボイルドで。
 それ違う、ハードボイルドじゃない。……と、つっこむには、彼には読心術が無かった。そもそも生憎、そういう不可思議なスキルは現時点身につけていない。特筆すべきといえば身のこなし、ただそれも本人にとっては忌み嫌う過程によって身についたもので、まぁともあれ、
 それ絶対間違ってます、と、つっこむ事は無く、彼は、
 梅丸は、「あいつを呼んだのは間違ってると思うんですが」と、喫煙者、草間武彦に話した。「付き添い、僕だけで十分だったんじゃ?」
「数が必要なんだと、契約にな」
 草間は屋上、柵の側、梅丸はまるで煙がかからないように、ジーパンなんざ汚れちまえと、地べた、座りながら、霞漂う頭上をみつめている。
「けど草間さん、人には適材適所という物が」
「あいつに適する仕事ってなんだ?」
「……福袋買う時ですかね」
「零が喜ぶな」
 いや、卑怯は駄目と生真面目な事を言うか、と。草間は上、梅丸は下、立場というより高低が違う事で、二人の会話はすんなりつらつら進んでいた。全くの青い空の下、これは相当の幸福である。
 だがその幸せが終わりを告げたのは、会話のネタになっていた
「ちーっす! 草間さんチーッす!」
 赤いかどうか解らないサンバイザーを、日本人にしては高い身長のてっぺんにつけた男の登場からである。名前は江口藍蔵、古めかしい名前だなと思うが、読み方はアクラと読むらしく。
「ブツは何っすか? ロリ? 熟女? ゆりかご? 墓場?」
「……いきなり来て何のたまっているんだお前は」
「いきなりってひっで、呼び出したのは草間さんじゃねぇッスか、で、で! どんな裏モノ手に入れたんスか! そりゃもうスイーツでえげつなくて!? あるいはセンチメンタルでドログロで!?」
「……回りくどく言うのはやめておく、江口、俺は裏ビデオを見せる為にお前を呼んでない」
「えー」
「えーじゃない」
「ちぇー、あ、草間さん草間さん零ちゃんは居るッスでぇ!?」
「……殴っておきましたが」
「ああ、助かる」
 つむじがつむじがあとのたうち回ってる被害者を眺めながら、礼をする草間。そりゃ今の会話の流れから、義妹の名前が出たのなら、他人の手を汚させてまで打撃したくなるってもんだった。
「ひでェ梅ちゃん先輩! 理不尽な暴力反対ッスよ!」
「正当な暴力というのはなんなんだ江口」
「SMプレ」梅丸はもう一度殴った。
 さて、
 霞が空に漂ってる。
 それの一部は紫煙である、多くは、
 ――梶浦濱路
 、
 梶浦濱路を知っているか?
 知らないと、彼は成り立たない。どういう事だと言われても、その侭である。
 とりあえずこの場では、彼を知る者が三人居る。ならば、
 梶浦濱路は成立する。
「……あのー、」
 と、
「さっきから超目に染みるんだけどー、煙」
 声が空から聞こえるのは、
「っていうか、えろぞーも梅ちゃん先輩も呼んでどうすんの」
 ソレが天使だからじゃないが
「聞いてないって、当たり前じゃん、俺ついさっきよ」
 ソレが天使である場合も有り、
「草間さんが、あと梅ちゃん先輩が」
 悪魔である場合も有り、梶浦濱路は、
「想像したの」
 夢の人である。
 ……いや、感動系小説のタイトルとかじゃなくて、そうとしか言いようがないんだもの。梶浦濱路は、どこぞの誰かの夢の登場人物で、どういう訳かそこから抜け出した存在で。
 何故そんな事が起こったのか、等という問いかけは、何故自分が生まれたのか? という問いかけと一緒で、人だろうと彼みたいな人外だろうと持ち合わせているものだから、まぁ、問題じゃない。考えてもしょうがないかと結論する人と同じように、人外はそこにこだわっていない。問題なのは、
 自分は誰の夢の産物かという事で、
 自分の親は誰か? と同じくらい重要な事で。
 いっそ鯨の夢と断言してくれるなら、色々諦めという名の悟りが付くのだろうけど、謎の侭ではそういう訳にもいかず、だから、求める。こんな存在に生まれちまって、彼がマイペースで無かったら、とっくに崩壊を来していてもおかしくないのに、そういう意味で言えば、無知はまだ、良い方向に作用しているか。
 まぁ、一番幸いなのは、
 彼が孤独ではない事だろうけど。
 箸の使い方を知らないのかと、箸の使い方を教えてくれる者が隣人であるという、とんでもない幸福を。彼は、享受している。
「で、依頼は何なの草間さん?」
 享受している、
 ……、
 している、けど、
「……一つは子供の相手、もう一つは」
 それでも、自分を夢見た者を探そうとするのは、興信所という場所に身を寄せるのは、
 寂しいからか。
「子供の霊の退治だ」
 子供だからか。


◇◆◇

 どう答えてきたのだろう、様々な人達は。
 答えられず、ただ笑うだけだったのか、泣いて抱きしめてあげたのか、
 残酷な現実を述べたのか、素晴らしい理想を語ったのか、、
 ……、
 嘘を吐いたのか。
 嘘は、いけない事のはずなのに、時々、サンタのように優しくて、そう、
 捨てられたんだよとは、けして、
 真実が語らない時がある、隠蔽する時がある、まるで優しさのようにでも、知らない方がいいんだよ、と。
 それでも、子供は言う。
「どうして僕にお母さんは居ないの?」
 どうして聞く、知らない方が幸せなのに、何故、
 、
 幸せじゃないから?

◇◆◇


「はーい、お兄ちゃんに注目―」
 エプロン姿も様になった梅丸の目の前、小粒な子供達が、ばらまかれるようにして座っていた。
「今日は先生達がインフルエンザでお休みなので、代わりに僕達がお相手する事になりました。みんな、よろしくね」
 梅丸、アングラな子供達をみつめる時とは違った、純な瞳でたくさんの少年少女を、一人一人確かめるようにみつめている。ああ、五体が揃ってるなぁ、という不謹慎な事は流石に考えない。……脳裏によぎったとしてもさっと消去する。
 児童養護施設――様々な事情で、親と共に過ごす事が出来ない子供達の為の施設。生き別れ、死に別れ、経済的理由、……最近とみに増えているのは、児童虐待。
 ――そんな傷を負った子供達を、僕達素人が相手してもいいんでしょうか?
 と、この施設の長であり、依頼人の方に挨拶の時問うたけど、
 普通でいい、それが子供達にとっての一番――
 と、にこやかに話してくれた。無論その後、幽霊の除霊の依頼を念押しされたが。
 ともかく梅丸は思う、両隣の二人には任せておけないと。うん、
「うわー大変ッスよ梅ちゃん先輩、ジュニアアイドルの卵達が……えーと雄は除外してやばいくらい居るッス」
「うわーまるでカマキリの卵みてぇ、こううじゃうじゃって、すげー」
 任せておけねぇ。
 元々この依頼、除霊だけならば濱路一人きりで問題ないのだが、このパートとなるとそういう訳に行かなかった事が解る。とりあえず両脇の二人には、隅っこで大人しくしてろって言って、さて、
 ずっと僕のターン!
 絵本、「昔々ある所にそば屋の娘が居て、そこに雷が婿入りを……」
 積木、「うん、上手だね、これはお城? ……彦根城?」
 お歌、「あ、ごめんこれは著作権が」
 ずんずんどんどんと、子供達が作る輪の中心で、笑顔と共に子守をこなす梅丸、そういえば例の幼なじみが小さいい頃も、こうしてあやしてやったなぁと、昔、を懐かしみながら、今、子供達を相手にしていたのだけど、
「ねぇねぇお兄ちゃん」
「ん、何かな?」
 自分の袖を引っ張って、おしゃまそうな女の子が話しかけてきたから笑顔を向けたらば、少女は言った、
「幼稚っぽくない?」
 ピシコーン。
「ちょっと駄目だよりっちゃん、お兄ちゃん必死なんだよ?」
「それは解ってるけど、あんまりにもあれなんだよ? 今頃ねぇこれはあれだよねー」
「ば、バカ、例えあれだとしても、一応笑っておかないと」
「でも皆もう飽き始めてるし」
「それはそうだけど、りっちゃんもうちょっと大人になろーよ、ほらお兄ちゃんが」
 梅丸は、
 固まっていた。
「……あ、そ、そっか、うん、ごめんね、それじゃ皆がもっとやりたい事しようか、何がいい?」
「勉強」ピシッ、「あ、そうだDSの英語の奴やろー、将来の為に」ピシシッ、「なーお兄ちゃんはカブって持ってるの? カブがあればヒルズ住めるんだろ」
 パキーン。(砕けた
 知らなかった、梅丸は知らなかった、最近の子供に夢は一体なんですか? と聞いたら、大多数がそんなものないとか、安定した生活とかを望む事を。野球選手やゲーム作る人より、窓際族が最終目標だと。By某子供向け雑誌より。尚、その某子供向け雑誌には、大マジに株がどういうものか等載っていたりするらしい。そんな世の中。
 昔と今の差が梅丸お兄ちゃんに襲いかかった。ジュネレーションギャップという奴だ。花鳶梅丸二十二歳、平均年齢十歳との意思疎通が難しい事を悟って。
 こうなると、最初のやる気はどこへやら。歩く事を止めた旅人、首だけをギギギと、ぼうっと動かして――
「はっはっは! よーしお前らオラに力を! 合、体!」
「わーい」「お兄ちゃん高ぇ!」「こら、操縦席は女の子だけ! そっちの方が幸せだから!」
 任せておけねぇと思った子、盛り上がっとる。
 身長が高い藍蔵を、子供達はさながらジャングルジムにしてる様子であり、腕にぶら下がったり頭に登ったり、しっかりしがみついた所で動いたりするもんだから、子供達超大喜び。
 というか藍蔵が見た目は大人頭脳と顔は子供を地でいくのだから、同年代とシンクロしやすいのだろう、気がつけば自分の周囲に居た僅かな子供達も、あの不格好な合体ロボットに集まって、
 ……、
 ……よく考えれば、藍蔵は、ここの子供達と同じ境遇である。
 三歳から十五歳までを、孤児院で育った。
 こういう子供達の気持ちが、解らない訳じゃなかろう、自分より、ずっと。
 ――刹那
 ……雨粒が水面に溶け込むかのような一瞬、子供の足が絡む笑みが寂しそうになったのを、クラシカルカメラのファインダーのように梅丸は切り取っていた。
 境遇を思った直後にである、そんな笑みが見えたのは、という事は、……見た目裏腹、相当寂しいのだろう、相当、思う事があるのだろう。この仕事を受けて、良かったのか、
 どうかはけして解らないけれど、
「よーっしそれじゃお前らぁ!」
 今は寂しそうじゃなく、明るく笑って、
「目の前の悪のロボットをやっつけるぞー!」
 ……悪のロボット? えーとどういう事目の前って何って、
「うおおい!?」
 梅丸が叫んだその理由は、
 本当に、
 ロボットが居たから。(機動戦士みたいなの)
「って、しまった、梶浦君!?」
 前述した事ではあるが梶浦濱路という人物は、いや夢の物は、他人の思考によってその姿が決定するという怪奇以外の何者でもない能力の持ち主である。
 いや、能力というのは自分自身が使いこなせるツールのような物であるべきで、濱路の場合第三者によって勝手に変化させられるのだから、それも、
 これだけ想像力豊かな子供に囲まれれば、
「うぎゃあ」天井に頭を打った、誤字でなく。「く、首キリンになってじゃん!? ちょ、やば……足ドリルって俺埋まっちゃうじゃん何処行くの地球の裏側!? うわー手がぬいぐるみに!? たーすーけーてー!」
 ドーラーと続けて叫んだかはともかく、かなりヤバい状況なのは間違いが無い、あ、監督の先生が呆然としている、どうやって誤魔化すか――
「マジックです!」
 梅丸は、ゴリ押した。それで問題を解決した事にして、すぐに呼びかける、
「馬鹿、江口! 早く濱路君をなんとかしろ!」
「え、なんでッスか梅ちゃん先輩? これから俺達がこの魔王キリン首ドリル足手ぬいぐるみ腹ライダーを倒すんだー! OKエヴィバデ!」
 イェーって盛り上がっちゃ駄目子供達!
「あのな江口、このまま子供達の想像に任せた侭にしたら、梶浦君が大変な事になるのは目に見えてるだろ!」「はぁ、確かに見えてるッスね、大分面白い事に」
 面白いじゃなくて! とやたらに凄い剣幕に、ちょっとヘタれる藍蔵、「わ、わかりましたッスから、そんな怒鳴らないでくださいよ怖いッスよ……」と。で、
「じゃあ俺がどうにかしますッス」
「……え?」
 そう、おっしゃった。
 ……いやまぁ、出来る物なら本当にそうして欲しいが、……なんか今度は膝のあたりが花火みたいに綺麗になってるし、けれど、
 そんな簡単にどうにか、と思ってみつめていた濱路が、
 次の瞬間、《普通の人間の姿》に戻って、尻餅で着地した。
「あ痛っ! ……いってぇ」
「お兄ちゃん大丈夫?」「あー、んー」
 寄ってくる子供達にどう対応していいか一瞬悩んだ彼だったが、とりあえず、エロゾーがやったように頭の上に乗せたり腕にひっつけたりし始めた。見様見真似である。
 問題は、あっさり解決した。しかしどうやって、
「……凄いな江口、どうやったん……」
 ……いつの間にか子供をひっぺがして、江口藍蔵は隅っこに居る。
 その脇にはカバンがある。
 そこから何かを取り出して読んでいるようで、それが子供を覗き込もうとすると、渡す物か! と腹に抱えながら番犬のように吠える、えーケチーと言う子供、あれこの眼鏡何? と言う子供、それは渡さねぇ! と死守する子供、
もう一度、濱路の方に振り返る。
「あれ、ねぇねぇお兄ちゃん?」
「ん、何?」
「お兄ちゃんってお姉ちゃんなの?」
「うわ、ちょっと、えろぞー」
 と濱路が部屋の隅っこに声かけた時には、梅丸の足刀が藍蔵の首筋本気でヤバい部分に突き刺さっていた。その瞬間宙に舞う藍蔵が持っていた本、それをむしり取るように掴む梅丸、没収! の一言、
「な、な、なんでなんッスか! 濱路サン元に戻ったじゃないっすか!」
「あれの何処が戻ったって言うんだ!」
 しつこいが、梶浦濱路の姿は他人の意志により決定される。つまり、子供達の無邪気な気持ちを、残念に育った大人の邪気な気持ちが凌駕した時、
 濱路は先程のキマイラみたいな状態から解放され、グラマラスなバディを持つ姿になれるのである。
「俺の中の濱路さんはあれなんッスよ! つうかいいじゃないっすか、おっぱいがぺたんなこの空間、でっかいおっぱい咲かせたっていいでしょっ! いでぇ!」
「気絶しろ! 今すぐ気絶しろ!」
「あーのー、俺、この体動かしにくいから嫌いなんだけど、ねー聞いてんのーエロゾー?」
「ああ聞いてるッス! もう俺は止まらねぇ! 燃え上がれ俺の妄想ッ! この侭、全力で、濱路さんをエロティックに衣服は星二つのみぃ! うおおおおお!」
 梅丸は殴らず、首を絞めて落とした。先生には手品です、と押し切った。


◇◆◇

 親が居たら幸せか?
 そうじゃないと、彼は答えるだろう。
 誰も親は選べないと、誰かが言った事と同じよう、家という巫山戯た宿命が、厭で厭で堪らなくなっちまって、こんな日本の中心までやってきたのだから。けど、それは、おそらく彼等からは、不思議がられるだろうし、いちいち説明した所で、不思議そうな顔をされるだろうし、
 だけど、
 逆に、不思議がらない子も居るだろうし。だって親に裸にされて煙草で背中に斑点を付けられて泣く事すら出来なくなったらそりゃ不思議がらない、そう、親子と幸福はイコールじゃなくて、
 ……、
 ……例えそれが真実でも、
 真実は、嘘を吐くんだろうか。彼に、
 自分に。
「どうして僕にお母さんは居ないの?」
 親が居る事は、幸せだと。
 絶対に。

◇◆◇


 食事も終わり、お風呂も終わり、もう子供達、眠る時間。
 、
 本番、
 子供を夜眠らせない、いたずら好きの子供の霊の除霊。
「全く、梶浦クンはともかく、江口は連れてくるべきじゃなかった」
 二人は無駄話、子供達の部屋がある通路、その廊下、
「何でッスか、俺が居なかったら濱路さん、今頃もっとおもしろおかしくなってましたッスよ?」
 本来なら、濱路一人だけでこなせる依頼、
「……お前の所為で、子供達にトラウマみたいな物追わせたのかもしれないんだぞ」
 だから、無駄話、
「納得できねー、ていうか、世間はいやらしい事に冷たすぎじゃねッスか?」
 自分たちが必要だった、子供達の相手、という部分はもう終わっている。
「食事中ですらチャックを上げ下げしようとする奴に、暖かくすると思うか」
 だからここからは、濱路一人だけでも出来る事、
「……して欲しいなぁ、誰かそんな女神居ねーッスかね」
 大丈夫な事。
「……」
 江口藍蔵という人間が、こうまで変態なのは、割と良い見た目を変態という中身で台無しにする程、性というものに傾倒しているのは、
 その生い立ちから、というのは想像に難くない。
 今の言葉だって取りように思えば、愛に飢えてる、とも取れなくもない。
 彼の寂しげな笑みを、カメラを持たない日に梅丸は、何度も何度も記録した。こういう場所だったからだろう、昔を思い出す場所だったからだろう、そうだ、
 江口藍蔵という人間は、
「二十四時間、俺のチャックの開閉を担当するラ・マンあいて!」
 本性は、獣。
 頭の悪さで隠れてる、体の大きさで隠れてる、捻れた性衝動で隠れてる、けれど、きっと獣、酷く酷く飢えてる、愛に。吠えても、吠えても、届かない。愛に。
 寂しい、獣。
「殴りすぎッスよ今日−、俺の脳細胞どんだけ死滅したんッスか」
「やらしい事しか考えない細胞だろ、減ってちょうどいいくらいだよ」
 そうぶっきらぼうに言って、視線はもう藍蔵に向けない。ただ、意識だけは向ける。今日一日明らかに、過去という物に振り回された彼を、
 そして、もう一人。
「……あ」
「捕まえたみたいだね、梶浦クン」
 悠々と立ち上がる梅丸、それに付いていく藍蔵、廊下の曲がり角曲がる、場所、階段の踊り場、
 濱路がパジャマを着た子供を、蝉を捕まえるよう無造作に羽交い締めしてるのを見て、「透けて見えるッスけど、元からッスよね」「ああ、うん」
 幽霊が透けて見える物だとか、足が無いだとか、……定義は実際その場所その存在次第でころころ変わるものだけど、今はともかく、藍蔵が能力を使用した訳でないのに、子供の姿は透過してあった。
 そんな霞みたいな存在を直接捕縛出来たのは、単純、梅丸がそう調整したからに他ならない。はっきり言って梶浦濱路は酷く利用出来てしまう。……良からぬ輩に操が左右されないだろうかと、心配になる程。
「……でー、梅ちゃん先輩、これどうすんのー?」
「え?」
 腕の中で離せよとやたら暴れる子供を顎で指しながら、
「いや、だからどうすんの、俺お坊さんじゃないからジョーブツなんて無理だよ?」
「ああ、それは――」
 そんな事は解っているのだ、もう正直、梶浦濱路は何もしなくていい。ただここに居る事だけが慣用なのだ、そうだ、あの探偵はとっくに推理している、
 これで、事件は解決すると。そう、
 幽霊には、色々な定義があるけど、この世に居残る要因の一つは、
 ――心残りで

 例えばそれが、母親に会いたいという事ならば、
 その母親に会えば逝ける。ならば、
 子供は母親をきっと望むから、
 濱路は、母親の像を取る。
 それで、
 完了する。

 発光も無い、炎上も無い、ただスイッチを切り替えたように濱路の変化は行われた。
 子供の霊は、見ていない。ただ、接触の部位の違和感を覚える。やがて視線が腕に落ちた瞬間、自分を抱きしめている者が、さっきと同じじゃないと気づく。
 この感触はまるで――
「……ママ?」
 振り返った子供が、己の顔を見て、
 ……ぶわっと涙を流したのを見て、濱路は一瞬酷く混乱した、何か泣かすような事をしたのかと、だけど、その出来事に腕の力が緩んだ次の瞬間、
 その子供は泣きながら自分の体を、向き直って、正面からぎゅっと抱きしめた。泣いている、泣いている、幽霊なのに、涙を鼻水を垂らして顔をしわくちゃにしながら、
 とても文字に出来ない程の、不可解な音程を喉から絞り出しながら、子供は顔を埋める、擦りつける、なんでこんなに泣きながら、自分を縛ってくるのか、濱路には理解出来なくて、
 ……でも、と思う。けど、まさか、と思う。
 泣いているのに、この子はこんなに泣いているのに、
 もしかしたら、
「……ママァ」
 嬉しいのか、と思う。
 ……子供の嗚咽が、治まった。彼の体は、薄らいでいく。濱路は、
 何故か抱きしめていた、
 何故か笑っていた、
 それは無意識の所為だった、
 あれ程泣いていた子供も、安らかさに満ちていた。心に、もう、残りは無い。声も漏らさず、ただうっすらと、オーロラが空に融けていくよう消失していく。行き先は天か、あるいは地か、
 そんなこたぁ知ったこっちゃないけれど、濱路は、
 ……濱路だけじゃなくて、藍蔵も、
 その子供がこの世から去る姿は、

 なんだかとても嬉しくて、
 そして、とても羨ましい。


◇◆◇

「どうして僕にお母さんは居ないの?」

◇◆◇


 今考えてみれば、あの興信所の探偵が、江口藍蔵という子守への適正が甚だしく怪しい人物にすらこの仕事を斡旋したのは、何か感じる事があればと考えたのではあるまいかと、
 そう思ってみたが、矢張り違うような気もして。
「腹減った−、梅ちゃん先輩、モス奢ってー」
 一晩お世話になってからの帰り道、朝食は辞退したので、濱路の最初の意見は当然であった。で、最後の方も、
「……まあいいよ、梶浦クンをお腹減る姿にイメージしたのは僕だしね」
「梅ちゃん先輩俺も俺も!」「お前は100円やるからマック行け」「ちょ、何なんッスかそのネチネチした虐めは!?」
 差別だ不当だー先輩の馬鹿白エロスク水着用−、とかぬかすのでまた殴っておく、その五秒後今し方手前が適当に言った事を想像して気持ち悪くなったみたいなのでまた殴っておく、……彼の隣に居ると、己が暴力的な人間になっていくようで、はぁ、とため息を吐かざるを得なくて。
 ……片方は親が居ない、
 もう片方は、親という存在が居たかどうかすらも解らない、
 親が居るのは自分だけ、……その親もろとも、家を捨てて来てる訳だけど。でも、この場合、やっぱり、
「……親というか、保護者の真似事はしなきゃいけないのかな」
「あぇ?」「どしたんッスか梅ちゃん先輩」
 なんでもないと言いながら、今度は藍蔵の高い位置にある頭を、濱路の頭と一緒に、殴らず、ポンと軽く叩いた。


◇◆◇

 真実は時々嘘を吐く。
 けれど、優しい嘘もある。
 例えばそれは血が繋がってなくても、親と子のような絆がある事。
 それ以上の絆がある事。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年11月11日

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